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第7章 仮説世界A,B,C

 80兆もの仮想世界を同時進行しているAthenaは、仮設世界内で生じるいろいろなバグを修正しながら、仮設世界を進めていた。仮説世界は初期条件から、いろいろな形で世界がランダムに進行していくため、想定外の問題もいろいろと発生するのだが、それらは都度修正を加えられ、0.5次元の時間軸に沿って、仮想の物語は進行していった。いろんな仮想世界が進行していた。全く空間に物理的な物質の生成がなされない、暗黒の世界のような仮想世界もある。あるいは、高度に文明を発達させ、仮想世界の中で、また別の仮想世界を創作して世界を理解しようとしている世界もある。問題は、時々極めて似通った複数の仮想世界が出来上がり、その進化も同じような過程をたどることがあることだ。その際に、仮想世界同士が変な干渉をし合い、部分的な重なりを持ってしまうことだった。すぐに、その重なり合いは、Athenaによって修正されるのだが、その現象を完全に無くすことは難しかった。ただ、それらの干渉によって、仮想世界内に時系列的な矛盾が生じる場合があり、それらを放置するとますます精度の悪いシミュレーションになってしまうのである。仮想世界の重なり合いは、時系列に沿って進んでいく仮想世界にとっては、極めて深刻な問題のひとつだが、その都度の対応をしていくしかなかった。

 

 重なり合いでの問題のひとつに、物理的な存在がある世界から別の世界に移動してしまうということが挙げられる。また、他の重大な問題のひとつに、時空のゆがみが局所的に発生してしまったり、最悪のケースでは0.5次元の不可逆として設計している時間軸が止まったりすることがある。あるいは、その時間軸が部分的に止まり、部分的には正常に進んだりすることがある。よって、仮想世界の中の仮想実体Kynoの中の時間軸が部分的に狂うことがあり、これはかなり深刻なエラーとされる。ひとつの仮想世界には、仮想実体は一体しか存在せず、地球という星を中心とした、ある仮想世界における仮想実体Kynoは、日本のある中学生であった。その彼も、彼自身が強く意識して臨んだ結果、非常に素晴らしい成績で高校というひとつ上の教育機関に移ったところだった。仮想実体Kynoを巻き込まないエラーについては、比較的容易に修正が可能であるが、エラー発生時に彼自身によって直接そのエラーが認識された場合の仮想世界の修正はかなり困難であった。その仮想実体Kyno(シュミレーション内では、Kynoと呼ばれている。)に直接影響のないエラーについては、彼の気が付かないところでいろいろと修正がなされていた。いずれにせよ、その仮想世界における真の仮想実体は彼一人であり、その他の仮想実体は彼自身から分岐した人たちである。


 しかし、Kynoについては、そんなことは知りようもなかった。Naomiの失踪に関しては、彼が最初に直接認識したものであり、これを修正するのはかなりの難問だった。その他のエラーについては、実際は実体のない仮想実体内のメモリーを操作すれば問題は元に戻せるが、Kynoに直に認識された出来事に関しては、そういうことにはいかないようだった。ただ、並列処理されている、80兆個の仮想世界のうちのたった複数の世界が一時的に交差しているだけである。本来のシミュレーションの趣旨からしてみれば、それほど大きな影響があるとは思えなかった。その一方で、それらの進行時に発生した小さなエラーが後々の世界に大きな影響を与える事例も少なくないことがわかっている。初期条件を、Regnosが直接慎重に設定しているのも、初期の微細なエラーがのちのちのシミュレーション結果に大きな影響を与えるのを防止するためであった。Naomiが別の仮想世界に迷い込んでしまった件に関しては、Regnosが直接介入することにした。まずは、Naomiと同じように、別の仮想世界(仮想世界B)に入ってしまった仮想実体達を元の仮想世界(仮想世界A)に移すことにした。幸い、仮想世界内の人たちは、一人の20代の女性と10人の子供たちの失踪と帰還に関しては、理解を超えた現象として深く追及するような動きは見せなかった。ただ、Kynoに関しては、そういうわけにはいかなかった。彼は、その仮想世界に一体しか存在しない、仮想実体Kynoなのである。


 物事は慎重に勧められた。しかも彼は最近夢を通して、Athena内に保管されている情報にアクセスしていることがわかった。夢の中でのアクセスということもあり、彼自身はあまり夢の内容については真剣に受け止めていないようだったが、別の仮想世界で進んでいる地球の隣の星である火星での仮想世界(仮想世界C)にもアクセスしているようだった。しかも、その仮想世界Cの映像がなぜかシミュレーションの修正中に、仮想世界間を移動中の女性の意識に現れてしまった。どういう原因でそういうことが起こったのかはわからなかったが、いずれにせよいくつかの仮想世界達が、微妙にもつれあっている状態にあることはわかった。それも、仮想世界間では0.5次元の時間という次元の早さも少しずつ異なっているため、修正を施すにしても、慎重に進めなければならないのである。仮想世界Aの主仮想実体である仮想実体Kynoとして定義されているKynoについては、そのような裏の世界を知りようもなかった。彼の周りにいるすべての人たちは、実際には存在せず、彼自身から分岐した見かけだけの仮想実体であるなんて夢にも思っていないだろう。そう、地球に存在するすべての人類も他の生物も、根っこが彼から分岐している見かけだけの仮想実体なのである。Regnosの中では、それはワンネス(Oneness)という定義になっている。そして、どの仮想世界にも真の仮想実体は一体のみで、あとの仮想実体は見かけだけの仮想実体なのである。よって、真の仮想実体はその仮想実体自身が強く望めば、どのような仮想実体にもなることができる。


 Kynoは普通の日本の田舎の高校生であるが、彼が強く心で望めば、実際は何者にでもなることができるのである。当然と言えば、当然の話である。なぜなら、その仮想世界に存在している仮想実体は、彼らが何者であれ、Kynoから派生した見かけだけの仮想実体だからである。彼は、成績を上げようと強く望んだ結果、それはそのままの形で彼の中に現れた。Naomiも彼から派生した見かけだけの仮想実体である。そして勿論Jayについても同じことが言える。Kynoのいる世界では、それに気が付いているような見かけだけの仮想実体もいるようであるが、Kynoはまだそのことには全く気が付いていないようだった。Kynoの仮想世界では、「引き寄せの法則」と呼ばれているようだが、Regnosの認識では、それは法則でもなんでもなく、ちゃんと理論的に裏付けのあるプログラムの一部である。

 

 仮想実体KynoとしてのKynoは、一応小さな物理的な実体があり、それがAthenaに接続されているような形になっている。物理的な実体とはいえ、空間に浮かんだ無数の粒子によって構成された、半実体のような形をしている。その半実体の中で、仮想世界Aの物語は進行しているのである。Athenaと80兆個の半実体の間には、細い半透明な管のようなものが接続されており、まるでスーパーコンピューター本体と、端末機器のような関係性にある。実際のシミュレーションの進行は、Athena内にて進行しており、半Regnosとの間で、頻繁に情報のやり取りが行われている。Kynoは物理的な体を持ち、3次元の空間と、0.5次元の時間軸の中で、様々な人たちに囲まれ、五感によって周囲の環境を認識していると信じこんでいる。ただ、実際のKynoは仮想世界に放り込まれた、仮想実体であり、本来の姿は空間に浮遊している、無限の粒子から構成された半実体である。時空についても、彼が持っている五感についても、単にRegnosが設定したシミュレーションの初期条件に過ぎず、次元にせよ感覚にせよ、増やすことも、減らすこともRegnosの考え次第でどうにでもなる世界である。Kynoにしてもれば、目の前にある人や物などを、はっきりと視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚にて認識していると信じ込んでいるが、実際にはそのような実体は存在しない。彼の感覚が自動的にそのように認識し、彼の脳にその感覚がいかにも存在しているように、神経の信号を送っているのである。人も、物も、動物も、植物も、あらゆる実体として彼に認識されているものは、実際には存在せず、彼の脳に信号として送り込まれた単なる情報なのである。しかも、それらは物理的な形は持たない。


 そもそも、彼が存在している仮想世界Aでの出来事に関しても、彼が目を向けた部分的な箇所だけ、いかにも物語が進行しているように認識されるが、彼が全く意識していない世界での物語は知的生命体の負担を減らすために、物語を逐一進めているわけではない。それらは、Kynoが視線や意識を向けるまでは、全くの静止状態であり、彼が意識を向けたその瞬間から、Kynoが認識している世界と矛盾がないように物事が進んでいるように物語が再開されるのである。したがって、彼が意識を向けていない世界では、時間軸のジャンプが発生するのである。彼が最後に意識を向けてから、次に意識を向けるまでの間、その部分の物語は停止しているため、彼が意識を向けた瞬間に、彼が最後に意識を向けた瞬間から今現在の瞬間に時間軸がジャンプするのである。そして、時々彼が意識を向けたにも関わらず、その世界が停止したままの状態が数十秒程度続くようなバグが発生することがある。Kynoは子供のころから、なぜか自分以外の全ての人や物の動きが止まったような世界を数回経験しているが、これらは単純に仮想世界Aで発生しているバグなのである。

 そして、Kynoが高校に進学したある日、またそのバグが発生してしまった。今度は、Jayも巻き込まれたようだった。


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