第28章 北京事変その1
その日、北京の中南海の会議室では新中国と新ロシアの首脳があつまり、今後の方針についての協議をすることになっていた。当然、このような集まりについては、公には公表されておらず、新ロシアの指導者層は、極秘裏に中国入りをしていた。すでに、季節は晩秋を迎え、北京は連日厳しい寒さを経験していた。今から本格的な冬が始まる。更に日々寒さが厳しくなるだろうと思った。
中国側、ロシア側の出席者はそれぞれ4名だった。それらの出席者に加えて、各部局の官僚や警備の人間まで含めると、かなりの人数になった。会談用の長テーブルの両脇には、それぞれ指導者1名と閣僚3名を含めた4名ずつの指導者層に加え、それぞれ3名の官僚が参加していた。よって、テーブルの両側にはそれぞれ、7名ずつの参加者が着席していた。
Huang「われわれが火星政府に潜伏させている諜報員からの情報によると、近々、私とPetrov同志に対して、なんらかの排除計画があるようだ。」
Petrov「排除計画ということは、暗殺ということでしょうか。」
Sun「いや、暗殺とは違うような。完全に物理的に消去するとのことだ。日本、インド、EUもこの計画に関与しているらしい。先日、そのための会議が東京のクリスタルで開催されたようだ。」
Yang「Lun同志。概要を説明してくれないか。」
Lun「はい、すでに火星自治政府は、日本、インド、EUとは中立条約を締結しております。ただし、これら3か国は直接の戦闘には関与しない旨を表明しております。」
Ren「日本側には、過去世界から移動してきた3名の若者がおります。火星、日本、インド、EUは、その3名の若者を使って、なんらかの工作を実施してくる予定となっております。」
Yang「具体的な計画と時期はわからないのか。」
Xin「われわれも会議に参加していたのですが、具体的な計画についての説明はされませんでした。どうも、日本国政府は内通者の存在に気が付き始めているようです。」
Petrov「他に何か具体的な情報はないのか。」
Lun「火星自治政府は、とりあえず独立宣言を当面出さないとのことでした。独立については、肯定も否定もしない方針のようです。あまり、われわれを刺激したくないということでしょう。」
Huang「だが、独立する意思はあるということか。」
Ren「ええ、独立する意思はあります。そして、日本、インド、EUと4か国共同体制の構築を目指すようです。すでに、日本、インド、EUは火星の独立を認めております。そのうち、発表されると思います。」
Volkov「この4か国は一体何を企んでいるのだ。」
Xin「この4か国で、火星資源の独占を目論んでおります。そして、その火星資源、特に火星産の金を使って、金本位制の新貨幣体制の構築を計画しております。これが実現すれば、彼らの新通貨以外の貨幣は、ほとんど紙クズになるでしょう。なんせ、彼らの新通貨以外は、信用以外何も価値の裏付けがないですから。」
Orlov「4か国で新通貨を作るということは、日本、インド、EUは彼ら独自の通過は放棄するということか。」
Ren「そういうことです。その新通貨を基軸通貨とし、世界経済を牛耳ろうとしております。そして、火星にはその見返りとして、食料の安定供給を保証するとのことです。」
Petrov「それでは、われわれの火星に対する利権は無くなるということか。」
Xin「彼ら4か国連合との交渉次第ですが、今の状態では交渉は非常に困難でしょう。かれれは、テロリストとは交渉しないと言っております。」
Huang「われわれはテロリストとして認識されているということか。」
Lun「ええ、おそらく国家承認もするつもりがないと思われます。」
Ren「火星政府は、先日のミサイル攻撃には相当憤りを感じているようです。すでに彼らのミサイルもいつでもこちらを爆撃できるように展開されているようです。」
Petrov「ミサイルが飛んで来たら、遠隔で別のターゲットに軌道を逸らせばいいだろう。」
Xin「その技術は国際条約で禁止されております。国際的な監視網もありますから、すぐにバレるでしょう。」
Sun「彼らが刺客を放つようなことを言っていたが、それについてもっと情報はないのか。」
Xin「いえ、その部分に関しては、われわれにも何も情報の共有はありません。」
Sun「君たちは能力者だろう。遠隔透視で何か見えないのか。」
Lun「実は、東京のクリスタルで非常に強力な能力者の女性がおりまして。彼女があそこにいる限り、われわれの能力も全く使いようがありません。全ての思考が読まれてしまうのです。」
Petrov「もうこの際、火星に軍を送り込むのが一番手っ取り早いのではないか。日本、インド、EUにしても、中立を維持するのであれば、軍事力ではわれわれが圧倒できるだろう。」
Lun「表向きは中立ですが、実際彼らがどう動くかは、戦争が始まってみないとわかりません。私は、彼らは参戦すると思います。」
Huang「アメリカはどうなんだ。彼らをこちらの陣営に引き込めないのか。」
Sun「アメリカは相変わらず孤立政策を固持しております。どちらの側にも付かないと思います。彼らを味方に付けたとしても、それほどの戦力にはならないかと。」
Huang「確かにな。彼らの外交政策は全く予期できないからな。せめて、アメリカだけでも完全に中立を維持していてもらいたい。」
Petrov「火星側の様子はどうなのだ。何が最新情報はないのか。われわれの工作員からの情報は。」
Volkov「それが、彼らからの連絡が一切途絶えておりまして、ただいま彼らの行方を調査中です。」
Huang「ロシア側も諜報員を送っていたのですか。われわれの諜報員からの情報はここですでに共有させていただいた。そちらが得た情報も是非共有いただきたいですな。」
Volkov「諜報員は確かに送り込んでおりますが、まだ何も使える情報は得ておりません。」
Lun「何名送り込まれたのですか。こちらから接触のうえ、協業も可能かと思いますが。」
Volkov「3名ですが、そのうち1名は単独行動をしております。」
Ren「そうですか、出来ればプロフィールをいただけますか。われわれは火星内のことは熟知しております。是非、彼らの活動の支援をさせていただきたい。」
Orlov「わかりました。後ほど、彼らのファイルをそちらに送付しますが、そのファイルを開けるのは1度だけです。閲覧時間も、1分のみですので、すぐに頭の中に情報を格納してください。」
Ren「ありがとうございます。後ほど、こちらの担当者から連絡先をお伝えします。」
Petrov「結論としては、やはり直接軍事介入しかなさそうですね。そのための作戦会議の開催を提案します。それぞれ、軍事の専門家同士でいくつかのオプション案の作成を行いましょう。その後、どの案でいくかをこの最高者会議で決定すれば良いでしょう。」
Huang「それでは、わが軍のトップにもその旨を指示しておきます。火星での工作、諜報活動についても協力体制を構築したい。わが国の諜報機関の窓口は、Lunとしてください。」
Lunは彼らの思考を読み取ってみたが、やはり中国側もロシア側も火星への直接介入が必要であると考えているようだった。ただ、どちらの側も、お互いのことを信用はしておらず、汚れ仕事は相手国に押し付けたいという意図が見えた。それにしても、ロシアが火星に送り込んでいる諜報員とはどの程度の力があるのだろうか。火星にいた時には、彼らの気配を感じることはできたが、ここ地球からの遠隔透視だと、ほとんど何も感じることができなかった。いや、彼らは意図的に今は気配を消しているものと思われた。彼らは、一体火星で何をするつもりなのだろうか。
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Calyx「北京での会議はどうでした。」
Lun「Calyxか、君はわれわれの行動を知っていたのか。」
Calyx「ええ、もちろん知っていますよ。何か情報を得られました。まあ、こちらに戻ってきてから、ゆっくりと聞かせてください。」
Ren「ああ、直接君には説明するよ。この会話はこれで打ち切るぞ。われわれは敵の本丸にいるのだからな。」
Calyx「それでは、お気をつけてお戻りくださいね。」
そうなのだ、彼女は何もかも知っているのだ。あれほどの圧倒的な能力の持ち主には出会ったことはなかった。
すでにCalyxが放った刺客は、北京に到着していた。Calyx自身も作戦の指揮をとるため、北京にある日本国諜報部の施設に入っていた。
Calyx「やはり中国とロシアは火星への直接軍事介入に踏み切るようよ。もう時間がないわ。彼らはすでにその軍事作戦の実行については合意済み。あとは両軍の具体的な作戦の検討が始まるわ。いろいろとシミュレーションをして、一番有効な戦略でことを進めようとしているみたい。」
Kyno「われわれは、何も武器を持たないで、彼らに対峙するのですか。」
Maria「私のほうで銃を用意しております。これで、中国側とロシア側の指導者を撃ってください。」
Naomi「銃ですか。そんな銃なんて撃ったことないです。絶対に当たらないですよ。」
Maria「心配しなくていいわ。その標的の人物に向けて、引き金を引くだけだから。あとは、こちらでどうにか修正するから。」
Calyx「君たちはすでに知っていると思うけど、この世界の裏側には全く同じもうひとつの世界が存在するの。そこには、ここにいるのと同じ敵がいて、私もいて、とにかく鏡の中の世界のように、反転した世界があるの。」
Jay「はい、以前Kynoが説明してくれたとおりです。今でも、そんなことが可能なのか僕には確信がありませんが。」
Naomi「4人いるってことは、2チームにわかれるってことですか。」
Calyx「そういうこと。KynoとNaomiが裏世界チーム、JayとMariaが表世界チーム、簡単でしょ。」
Jay「なんか、ゲームの組み分けみたいな軽いノリですよね。」
Calyx「これはゲームなのよ。ゲームと考えて望んでいいのよ。」
そこに、Cheng兄弟が入ってきた。見た目は完全に別人だった。
Calyx「お疲れさま。どう、あの会議室までのセキュリティーは。」
Lun「いや、かなり厳しいが、君の能力があれば、大丈夫だろう。」
Calyx「しかし、Cheng兄弟は本当はどちらの味方なの。もしかして、すでに寝返っているとか。」
Xin「いやいや、勘弁してくださいよ。こんな危険な任務をこなしているのに、裏切り者扱いはひどいな。今回の会議への参加も命がけですからね。」
Ren「それにしてもあの新指導者連中は、野蛮人の集まりって感じでしたね。彼らではとてもじゃないが、国の運営はやっていけないでしょう。今回の戦いも圧倒的に失敗すると思いますね。」
Calyx「ロシアが放った、諜報員はどうなの。何かわかった。」
Lun「ええ、いろいろと火星政府の施設を調査しているようです。攻撃目標を収集して、本国へデータ転送しているようです。」
Calyx「なんだ、すでに把握済みってことですね。」
Xin「もちろんです。Evieに指示して、彼らの送信している座標の数値を途中で入れ替えておりますので、ロシア本国には偽の座標が届いているはずです。」
Calyx「まあ、所詮は急ごしらえの政府ね。なにもかもが行き当たりばったりですね。」
Kyno「Calyxさん、そろそろ時間です。裏世界チームは移動する必要がありますから。ちなみに、裏世界にもCalyxさんは存在しているんですか。」
Calyx「私も、Cheng兄弟もいるわよ。あなたたち4人は、そもそも時空を超えてきた存在で、本来この世界にはいない人間だから、裏世界には存在しないけど。われわれは、裏世界にも同じように存在しているわ。」
Jay「僕とMariaはここに待機で、KynoとNaomiは裏世界に移動ですね。」
Calyx「そういうこと。Kyno君、Naomiちゃん、準備はいい。」
Naomi「ええ、Mariaから銃は受け取りました。」
Kyno「ところで、どうやって裏世界に移動するのですか。」
Calyx「井戸よ。」
Kyno「井戸?井戸って、あの地下水をくみ上げる、あの井戸ですか。」
Calyx「そうよ、井戸よ。井戸はね水をくみ上げる役割のほかに、裏の世界への通路でもあるの。まあ、普通誰も知らないけどね。このハウスの中庭に井戸があるの。そこから、裏の世界に行ってもらうわ。」
Naomi「井戸に飛び込めってことですか。」
Calyx「そうよ。」
Calyxはあっさりと答えた。それにしても、井戸ってどういうことなのだろうと思った。井戸にもバックドアが備わっているのか。やれやれ、こんな250年後の北京で、井戸に飛び込む日本の高校生二人組って、一体この世界はどうなっているのだろうか。
CalyxはKynoとNaomiを連れて、中庭に降りて行った。中庭からは、四角く切り取られた青い空が見えた。今は初冬で、吐く息が白かった。空気は澄んでおり、何かきりっとした鋭い感じがした。こんな寒い日に、井戸に飛び込むなんて、正気の沙汰じゃないと思えてきた。井戸のふちに立って、中を覗いてみた。当たり前だが、底の方に水面が見えた。まだ、水面のふちのほうには、薄い氷が残っていた。
Calyx「さて、準備はいいわね。裏の世界の私によろしく言っておいて。」
Kyno「これって本当に大丈夫ですか。普通に水にどぼんってなるだけとか、そんなことはないですよね。」
Calyx「まあ、一回やってみてよ。」
Naomi「Calyxさん、すごい適当だなぁ。Kyno君、先に行ってよ。上手くいったら、私も続くからさ。いや、風が寒いよ。」
KynoはMariaにもらった小型銃を握りしめて、井戸の縁に足をかけた。そして、足を下にして、思い切って飛び降りた。水にドボンと飛び込むような感覚は感じなかった。そして、今まで見てきたことが、走馬灯のように目の前に映像としてよみがえってきた。そして、なぜか昔の欧州の風景が見えた。ひとりの男性が、処刑される寸前の映像だった。彼は何かを大声で叫んでいた。Kynoにはそれが自分自身だということが、すぐにわかった。俺はなぜ処刑されなければいけないのだ。そのうち、踏み台を外され、その映像のなかの彼は絶命した。ロープからおろされ、首からロープを外され、麻袋を外された。そこには、充血した両目、大量の鼻血と鼻水、口からも血と泡が大量に吹き出ていた。顔は真っ赤に膨れ上がり、ほとんど原型をとどめていないようだった。Kynoだけでなく、JayもNaomiも、Mariaも同じように処刑されていた。声にならない声で必死に叫んでいた。そして、あの火星での古代戦争の戦場が見えた。まだ彼らは今でも戦っているのだろうか。剣で刺された脇腹から、大量の血と内蔵がどろりと外に出てくる光景が見えた。むごたらしい戦い。別の世界で続く、永遠の戦い。なぜ、人類は戦いを止めないのだろうか。
気がついたら、すでに元の中庭にいた。あいかわらず寒かった。そこには、Naomiがすでにおり、Calyxもいた。中庭の様子も、建物の外見も何もかもが、井戸に飛び込む前と全く同じだった。
Calyx「どう、気分は。」
Kyno「寒いです。ここは裏の世界ですか。」
Calyx「まあ、どちらが裏なのかは、その人の視点によるわね。私は、君たちが裏から来たと思っているけどね。」
Naomi「しかし、本当に全く同じですね。Calyxさんも同じだ。不思議です。」
Calyx「Cheng兄弟も上の部屋にいるわよ。さぁ、寒いから部屋に戻ろう。」
3人は部屋に戻ったが、当然だが、JayとMariaはそこにはいなかった。それが、ここが裏の世界だということの証明だった。
Calyx「お腹空いたね。何か食べようか。ここ中国ではね、まだ本物のお肉と魚が食べられるのよ。」
Naomi「本当ですか。うれしいです。中華料理ですか。」
Calyx「そう、中華料理よ。近くの料理店のシェフを招いて、食事を準備してもらっているのよ。」
Xin「KynoもNaomiもご苦労様。まあ、何か温かい食事をとろう。話はそれからだな。」
中華料理は、比較的日本人好みに味の調整がされているようだった。麻婆豆腐もそれほど辛くなかったし、酸辣湯もほどよい酢加減だった。北京ダックは絶品で、これは本物のアヒル肉を使っているということだった。
Naomi「なんか、こっちの世界で初めて、本物のお肉を食べたわ。これ、美味しいです。」
Calyx「酢豚もくるわよ。」
Kyno「それも本当の豚肉使っているのですか。あ、それとパイナップルは入っていますよね。」
Lun「本物の豚肉が入っているよ。でも中国では普通は酢豚にパイナップルは入れないのだよ。」
Calyx「でもね、シェフにお願いして入れてもらったわ。」
Kyno「いや、パイナップルなしの酢豚は考えられないな。」
Naomi「いや、私はおかずにフルーツを入れるのって、ちょっと変だと思うけど。」
Xin「私も、酢豚にパイナップルは何か違和感がありますね。」
Calyx「まあ、今日はゆっくりと休んで。明日からは通常業務にはいるわよ。」
Ren「Calyxさんは、人使いが荒いなぁ。」




