第29章 Noahの場合
アメリカ西海岸にNoahの乗った船が到着した。到着は深夜であったため、船は沖合に明け方まで停泊していた。船のデッキから外を見ると、黒い陸地が横たわっているのが見えた。生まれて初めて見るアメリカ大陸だった。夜が明けて、船がロング・ビーチ港の波止場に横づけされた。船の中からは、日本から逃げてきた多数のユダヤ人たちが降り立って行った。Noahにも迎えがあった。彼を養子に迎えたいという、在米のユダヤ人夫婦が彼を迎えに来ていたのだった。神戸在住の在日ユダヤ人協会からの紹介だった。Noahには何もわからなかったが、とりあえずその迎えに来ていた夫婦についていくほかなかった。これから、自分はどうなるのだろうか。彼の中には、不安がいっぱいだった。そもそも、自分は英語が話せない。自分の誕生日も知らないし、年齢だけは10歳ということは知っていたが、何月に10歳になったのかわからなかった。初めて見たカリフォルニアの空は真っ青で、とにかくものすごい広さを感じた。太陽があまりにもまぶしくて、目を開けていられないほどだった。
Will「まずは食事に行こう。それとも、一度自宅でシャワーを浴びるかい。」
Noahにはその新しい父の言うことがあまりよくわからなかったが、適当にうなずいておいた。
Becky「まずは、シャワーに入れてあげましょうよ。服も新しいのを用意してあるから、それを着させればいいわ。サイズがあうかしら。」
その新しい母の言うことも、ほとんどわからなかった。二人は、30代初めくらいの年齢に見えた。車も大きくてきれいな車だったし、どちらも高そうな腕時計をしていた。他に子供はいないのだろうか。ふたりは、いろいろとNoahに話かけるが、彼にはほとんど何を話されているのかわからなかった。いや、いずれわかる日が来ると思った。
その後、どうしたのか、今の彼にはほとんど記憶がなかった。数か月たったころには、その新しい両親の話している言葉がほとんどわかるようになっていた。普通に学校にも行かせてくれた。最初は先生の言っていることが、あまりよく理解できなかったが、徐々に勉強にもついていけるようになっていった。言葉がわかるようになれば、勉強もそれほど難しいものではなくなった。小学校、中学校、高校と何回か飛び級をし、16歳で大学への入学を許可された。大学は自宅のあるロング・ビーチから離れて、北カリフォルニアにあるカリフォルニア大学バークレー校に通うことにした。そこで、経済学と数学のふたつの学位を取得し、そのままMITの大学院に進学した。MITでも経済学、ファイナンスを学んだ。その後、ニューヨークの投資銀行に15年勤務したあと、会社の仲間数人とベンチャーキャピタルの会社を立ちあげた。彼は会社の本拠地をサンホゼとした。いわゆるシリコンバレーと呼ばれる場所だった。北米では、まだようやく小型のコンピューターやそのOS、マイクロプロセッサーなどが出始めたころだった。
彼には、なぜか近い将来を見る能力があった。彼は、その後さまざまなハイテク企業に投資を行い、莫大な利益を得ることができた。その資金を使って、1976年の大統領選挙の民主党候補に多額の献金をした。その後のイスラエルとエジプトとの平和条約のために尽力した。その一方で、旧ナチスの残党の逮捕のためのイスラエルの取り組みに対しても、多額の資金援助を行った。アイヒマンの逮捕についても、彼の裏での活躍に負うところが大きい。ただ、彼はドイツに対しての敵意はなく、イスラエルとドイツとの和解に向けて尽力をした。それは、誰も恨まず死んでいったKynoの意思を継いだものだった。また彼はパレスチナ人の境遇に対しても、心を痛めていた。あくまでも、イスラエルはパレスチナと共存するべきだというのが、彼の信念だった。
彼は今でも、アイヒマンの姿を鮮明に覚えている。あの物事の善悪について考えるのを止めた人間の姿を。あの法廷での疲れ切った、しかしある意味何かを悟ったような表情を。彼もまた、あのKynoに声をかけたSS将校のように、選択肢を持たされなかった人間なのかもしれない。ヒトラーを頂点とするあの権力構造の中で、自分が生き抜いていくには、差し出された唯一の選択肢を選ばざるをえなかったのかもしれない。そして、自分の感情に支障をきたさないように、考えることを止めるしかなかったのかもしれない。アイヒマンの絞首刑に関して、粛々と事務処理仕事をしていた官僚もいたのだろうと思う。その無名の官僚と、アイヒマンの間にどのような差があるのだろうか。アイヒマンの処刑に際して、拍手喝さいで賛意を表する人たちにも、ある意味彼は狂気を感じた。そして、延々と解決策が見えない、パレスチナ問題。しかし、もう彼にも死が間近に迫っていた。彼は人々に自由をもたらすために戦い続けた。世界に自由と民主主義を広めるために戦い続けた。そして、とうとうベルリンの壁が崩壊し、世界には自由がもたらされたと思えた。だが、今でも自由の無い生活をしている人々はたくさんいる。彼が戦い続けたことは、何かこの世界に意味があったのだろうか。そして、もうそろそろ時間が無くなってきた。
彼は眠っていた。ベッドの側には妻が付き添っていた。すでにガンが体中を蝕んでおり、余命もほとんど残っていなかった。痛み止めの注射を打たれて、睡眠薬で眠らされていた。夢の中では、あの飛騨で過ごした日々を思い出していた。あの山で出会った、白い大蛇のこと、友達と泳いだあの清流の流れ、そしてKynoとNaomiのこと、今でも思い出せない、あの幼い自分と写っていた本当の両親と兄弟、長い長いシベリア鉄道での旅。もうすぐ、KynoとNaomiに会えるのだろうかと思った。妻が彼の手を握っていた。彼は与えられた使命を全うできたのだろうか。最後に、閉じられた彼の目から一筋の涙が流れ落ちた。そして、彼は召された。最後に、6本の指で妻の手を強く握り返した。それが彼が振り絞った最後の力だった。彼の子供、孫がほとんど全員そこには揃っていた。
Kyno「俺は、君たちドイツ人を救うために死んでいくのだ。」
最後にNoahの頭の中にKynoの声が響いた。彼は救えなかった。彼は精一杯働いた。彼は自分の命をかけて、彼らの未来を守ろうとした。でも、彼は誰も救えなかった。彼はアイヒマンの未来も救えなかった。彼はホロコーストの犠牲者も救えなかった。彼は、無駄に死んでいったユダヤ人やソ連兵やドイツ兵を救えなかった。ごめんなさいKyno。ごめんなさいNaomi。側にいてやれなくて。でも、僕は精一杯頑張ったよ。
彼が生きていた時も、彼が亡くなったあとも、カリフォルニアの空はバカみたいに青かった。そう、サングラスがないと、目を開けられないくらいに。




