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第18章 地球-火星 惑星間戦争

 火星の中では、徐々に独立の機運が高まってきていた。地球勢力から届く、あまりにも理不尽な要求に対して、火星人民の不満が徐々に高まりつつあった。地球勢力は、火星に対して必要物資の輸出を制限し、独立を阻止しようと圧力をかけつつあった。特に、食料品はかなり地球からの輸入に依存していたため、かなりの圧力になりつつあった。ただ、地下水脈の発見と、地下での農産物の生産が徐々に軌道に乗り始めており、火星の食料自給率は上がりつつあった。火星側としては、もはや地球なしでもなんとか自前で経済をまわせるようになってきていた。そして、地球勢力とのサイキック戦争は、徐々に先鋭化しつつあり、中にはサイキック能力のみでインフラの一部を破壊できるような能力者まで現れつつあった。地球側はあくまでも、火星の独立阻止を掲げていた。

 

 Lun「徐々にサイキック戦が激しくなりつつあります。地球側にもかなりの能力者が出てきているようです。彼らの能力開発もどんどん進んできてます。」

 

 Amit「彼らの、兵器の開発はどんな具合なのでしょうか。特にミサイルを別世界内で移動させられるようになると、防御が非常に困難になる。ゲームチェンジャーになりうる技術です。」

 

 Ren「その技術に関しては、おそらくわれわれの方が少し先行しているはずです。地球側にも、われわれの諜報員を潜伏させております。」

 

 もうあと15分後には、防衛戦略会議が始まるところだった。Cheng3兄弟と火星人民軍サイキック司令官のAmitも会議に招集されていた。彼らは、会議前の控室でしばらく待たされていた。そのうち、軍の担当者が彼らを呼びに来た。そして、彼らは火星政府庁舎内の大会議室に通された。

 

 火星人民軍将軍①「全員そろいましたか。本日は私が議長をつとめます。議題としては、今後の火星防衛のための戦略についてとなります。」

 

 火星自治政府国防大臣「議長、ありがとうございます。すでに諸君もご存じの通り、地球勢力側はわれわれ火星の独立を認めない方向で世論は一致しているとのことです。われわれとしては、地球側の支配をこのまま受けるメリットは何もなく、これ以上われわれの資産であるレアアースや鉱物資源を無料で差し出す理由もありません。われわれとしては、今後火星の独立を果たし、地球勢力側とは対等な立場としての地位を確立したい。そのためには、独立戦争もやむなしという結論であります。」

 

 議場内では、がやがやと会議参加者の声が響いた。火星には、一応火星自治政府があるのだが、自治政府内の議会には、地球側からも代表が送り込まれており、本会議にも地球側の代表者が何名かが招集されていた。地球側の代表者の中には、火星の独立もやむをえないと考え、火星政府支持にまわる者もいたが、やはりそれに反発している者も多かった。

 

 火星人民軍元帥①「地球側は、サイキック能力者を使い、先日も電源インフラの一部を破壊してきました。もうこれは立派な戦争行為です。このまま彼らのやりたいようにやらせる理由がありません。」

 

 Amit「はい、われわれサイキック部隊でも、その件は把握しております。現在、われわれ隷下のサイキック部隊に調査させておりますが、地球側にもかなりの数のサイキック能力者が動員されているようです。」

 

 火星人民軍元帥②「問題は、彼らのミサイルのワープ技術の開発だ。ミサイルを別世界に飛ばし、その別世界内で物理的な移動を行い、火星到達間近になったら、ミサイルを本世界に戻して爆発させる。これは、非常に検知が困難だ。こちらの技術の進展はどうなんだ。」

 

 Amit「われわれ火星側でもその技術の開発は行っており、どちらかというとわれわれの技術のほうが先行していると考えます。ただし、おっしゃる通り、本技術は攻撃に特化した技術であるため、防御に関しては非常に難しい。というか、ほぼほぼ不可能です。一体彼らが、どこの別世界にミサイルを潜伏させているか、われわれは知りようがない。検知は不可能です。」

 

 地球大使「外交交渉を提案します。われわれ地球側としても、争いは望んでおりません。」

 

 Amit「すでに地球側から、3名の侵入者が火星に入り込んできている。あなたは、そのことを把握されていますか。彼らは一体なにを目論んでいるのですか。」

 

 地球側代表議員①「そのことについては、われわれ代表団は何も把握しておりません。地球勢力側からも、何も聞かされておりません。」

 

 火星外務大臣「それは、地球側のどこかの国の仕業ということですか。」

 

 地球大使「現時点では、何もお答えできません。本当に何も情報がないのです。」

 

 火星外務大臣「地球側は、火星自治区の独立は認めないということですか。」

 

 地球側代表議員②「それも、交渉をするべきだと考えます。例えば、独立をいくつかのステップに分けて、徐々に行うとか、独立の条件として、火星にあるインフラの投資金額に見合うリターンを数年間に分けて支払うとか。地球側でも、国によって火星の独立に対する政策は異なります。各国との個別交渉をするべきです。」

 

 火星人民軍元帥②「いや、もうすでに十分彼らの投資に見合ったリターンは払い終えている。これ以上の資源の提供は、われわれを資源植民地としか見なしていないということではないか。」

 

 火星人民軍将軍②「そのワープ技術によるミサイルの件ですが、われわれの技術が先行しているのであれば、一度その手法で彼らのミサイルを発射してみてはいかがでしょうか。もちろん、最初の1発目は核兵器は搭載せず、古い技術ですが、爆薬のみを搭載し、人があまり住んでいない場所に投下するとか。」

 

 火星国防大臣「いや、それはダメだ。それだと、彼らに宣戦布告の口実を与えるようなものだ。物量から言えば、彼らのほうが圧倒的に有利な状況にある。われわれは、技術については彼らと同等かそれ以上だが、なんせ軍に必要な人員や資源が不足している。」

 

 会議は延々と続いたが、結局結論は出ないまま、来週また同じメンバーが招集されることとなった。AmitとCheng兄弟は、再び別室に集まった。

 

 Amit「ところで、あの過去の日本からやってきた女性が消えたそうですね。」

 

 Xin「ええ、Evieの助手につけていたのですが、ある日彼女が滞在していた部屋から消えました。セキュリティーカメラにその様子が映っているですが、かなり奇妙な消え方をしています。」

 

 Amit「そうですか。彼女はいったいどこに行ったのか、何か探る方法はありますか。」

 

 Ren「いや、われわれの能力を使ってみましたが、わかりません。おそらく、別の世界に消えたかと思います。」

 

 Lun「この同じ世界にいれば、われわれの能力で探知できますが、全く気配を感じないのです。別の世界に行ったことは間違いありません。」

 

 Amit「彼女は敵ですか、味方ですか。」

 

 Ren「どちらでもありません。彼女は、われわれの戦争のことはほとんど何も知りません。われわれも、あまりそのことの詳細を彼女には教えていませんでした。まだ、子供でしたしね。」

 

 Amit「他にも2人、過去の日本から遠隔透視をしていた者がいたと言ってましたが、彼らの正体はわかりましたか。」

 

 Lun「いや、もうひとりの女性のほうは、もう全く気配は感じません。おそらく、元の世界に戻って、そこで天寿を全うしたのでしょう。彼女は、単純に別世界に間違って紛れてしまった存在だったようです。もう一人の男性のほうは、わかりません。ただ、そのうちわれわれの世界に現れるような気配を感じます。彼は、必然性があって、別世界をさまよっているような感じがします。そう、あの少女と同じように。」

 

 Amit「必然性?彼らは、ここに現れる理由が何かあるというのですか。」

 

 Xin「ええ、彼らは何か、そうですね、使命というか、そういうものを持って、この世界に現れると考えています。あの少女が一度現れ、消えましたが、なにかシナリオがあってそのようなことになっているような気がします。」

 

 Amit「そうですか。私は何の能力もないので、そういうことを感じ取ることはできません。引き続き警戒をしてください。何か新しい兆候があれば、すぐに連絡をください。」

 

 Cheng兄弟「承知いたしました。」

 

 ----------------------------------------

 

 一方の地球側では、Jayが250年後の日本に移動していた。彼の最後の記憶では、Kynoと町の神社にいたはずである。そこで、大きな地震にあい、その後の記憶がはっきりしない。そして、また神社に彼はいた。どうやら地震があったときにKynoと一緒にいた神社のようだが、付近の様子が全く違っていた。彼は、その場の空気に強い違和感を感じていた。神社内には、普通に何人かの人々がいたのだが、着ている服も違うし、何か周囲の匂いも違った。空を見上げると、何やら小さな機械がたくさん飛んでいた。中には、人を乗せているようなものもあり、それらは整然と飛んでいた。普通、空中を飛び交う機械は、飛行機にせよヘリコプターにせよ、かなり騒音が出るものだが、ほとんど騒音らしき音は聞こえてこなかった。しばらく、境内を歩き回ってみたが、その変な違和感が消えることはなかった。

 

 小さいおじさん「そうか、君はこちらの世界に来たのか。」

 

 Jay「うわ、あの小さいおじさん。Kynoと話していた、あのおじさん?」

 

 おじさんは、何も答えず、スーツの内ポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけた。大きく煙を吸い込むと、ふーっと煙を大きく吐き出した。Jayはこんなに小さな煙草があるのだと感心した。おじさんは、おいしそうに再度タバコの煙を吸い込み、大きく煙を吐き出した。ひとしきりタバコを吸ったあと、おじさんはタバコを地面に捨て、白いエナメルの革靴でタバコを踏んで火を消した。

 

 Jay「あの、KynoとNaomiはどこにいるか知ってますか。それと、一体ここはどこですか。」

 

 Jayは恐る恐るおじさんに質問してみた。

 

 おじさん「俺は、ラッキー・ストライクしか吸わない。ただ、日本ではなかなかラッキー・ストライクが売っていない。」

 

 Jayの質問を無視するかのように、おじさんは話し始めた。

 

 おじさん「ここは、250年後の日本だ。場所は、そう君の考えているとおり、あの君の町にある神社だ。同じ場所だ。」

 

 Jay「250年後?いったい、どういうことですか。俺は、Kynoと一緒にNaomiを探しに行くところだったんです。それがなぜ、俺だけ250年後の日本に移動しているんですか。タイムマシーンかなんかに乗った覚えはないんですけど。」

 

 おじさん「いや、KynoもNaomiも同じ時代にすでに来ているよ。そして、別の君は、KynoとNaomiと一緒にまた別の世界に行っている。」

 

 Jay「別の世界?いや、全く理解が追い付かないんですけど。どういうことですか。」

 

 おじさん「君も、この私も、君の友人達も、ここに存在していると同時に、存在していないのだよ。そして、ここに存在していると同時に、別の世界でも同時に存在している。そういうことだ。それは必然なんだよ。」

 

 Jay「存在していると同時に、存在していない?」

 

 おじさん「そういうことだ。それは、この世界の理なんだよ。」

 

 Jay「別世界があるというところまでは、なんとか今までの経験からわかりました。とはいっても、それも本当に腑に落ちないことですが。ただ、目の前で起こっている以上、認めないわけにはいかない。でも、存在していると同時に、存在していない。ここに存在していると同時に、別世界でも同時に存在しているって何なんですか。おまけに、それが必然って。」

 

 おじさん「もっと広い視野を持ちなさい。君たち人間が認識できる事象なんか、本当に限定されたわずかな領域だけだ。それはわかるよね。」

 

 Jay「ええ、そうかもしれないですね。」

 

 おじさん「君たちには3次元の空間しか認識できない。4次元の空間なんか、想像すらもできない。でも、それは君たち人間の知覚がそこまでの能力しかないからなんだよ。4次元だろうが、5次元だろうが、高次元の世界は存在している。ただ君たちは認識できない。認識できないものは、存在していないということではない。」

 

 Jay「まあ、理屈から言うと、そうですね。」

 

 おじさん「君たちには五感というものがある。五感があるから、この世界を知覚することができる。だが、・・・」

 

 おじさんは、小さくプッとおならをした。

 

 おじさん「失礼。だが、五感ではとらえきれない世界の姿というものも存在する。人類全員が知覚できない以上、その未知の感覚は存在しないものとされている。でも、それらは確かに存在する。」

 

 おじさんは、再度上着の内ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。確かに、その小さなパッケージを見ると、Lucky Strikeと書かれていた。これは、どこで製造しているのだろうと思った。

 

 おじさん「それと、君たちの世界は、君たちの使っている言葉でも限定されてしまう。いくら、五感を使って目の前のものを認識しても、それを表現する言葉がなければ、そのものを正しく表現しえない。そうだろ。」

 

 Jay「ええ、そうですね。」

 

 Jayには、彼の言っている小難しいことがよくわからなかった。しかも、一体彼は何が言いたいのかが、一番わからなかった。

 

 おじさん「そもそも、君が知覚しているのと同じように、他の人が目の前の物や出来事を知覚、もしくは認識できているなんて、どうやってわかるんだね。君が見ている目の前のリンゴは、君の友人が見ているリンゴと、色や形が全く同じかどうなかんて確かめようもないではないか。」

 

 Jay「ええ、確かにそうです。」

 

 おじさん「そういうことなんだ。」

 

 Jayには、「そういうことなんだ。」と言われても、どういうことなのかさっぱり理解ができなかった。なんだ、この無限ループのような禅問答は。

 

 おじさん「君と君の友人2人は、ふたつの別の世界で起きていることを修正しなければならない。これは、歪なんだ。歪を修正しないと大変なことになる。」

 

 Jay「歪?ふたつの別の世界というのは、どこの世界のことですか。」

 

 おじさん「今、君がいる世界がそのうちのひとつの世界だ。そう、君の目線で言えば、この250年後の日本ということになる。」

 

 Jay「ここに、何か大きな歪があるということですか。」

 

 おじさん「そうだ。それを事前に止めないと、大変なことになる。大勢の人が死ぬ。そして、この世界は、意図せぬ方向へと行ってしまう。」

 

 Jay「KynoとNaomiは今どこにいるんですか。彼らもこの世界にいるって言っていたじゃないですか。」

 

 おじさん「彼らは火星にいる。」

 

 Jay「・・・・・?火星ですか。」

 

 おじさん「そうだ。考えてもみたまえ、ここは君らの世界から250年後の世界だぞ。何も驚くことはない。人類は火星に橋頭保を築いたということだ。」

 

 Jay「それで、なぜ僕だけ日本なんですか。」

 

 おじさん「地球と火星が戦争の瀬戸際にいるからだ。君らは、それを止めなければならない。」

 

 Jay「火星と戦争?火星人が攻めてくるんですか。」

 

 おじさん「いや、火星に住んでいるのも、われわれと同じ人類だ。彼らは火星に移住した地球人だ。」

 

 Jay「すごい。250年後には人類は火星に住んでいるんですね。」

 

 おじさん「そういうことだ。ここは、君らの世界から見ると未来の世界だ。」

 

 Jay「はい、そうなりますね。」

 

 おじさん「もうひとつの戦いは、君らの世界から見ると過去に起きた出来事だ。」

 

 Jay「過去の出来事ですか。それを今さら、どうやって変えるんですか。」

 

 おじさん「時間というものは、本来存在しないんだよ。この世界には、過去、現在、未来が分け隔てなく同居している。時間なんてものは、君らが勝手に感じているだけなんだ。だから、未来の出来事とか過去の出来事なんていうことは、本来は分けることが出来ないんだ。」

 

 Jay「それでは、なぜわれわれは時間の流れを感じるのですか。」

 

 おじさん「それは、君たちがそのように進化したからだ。動物はそんな進化はしていない。彼らは、過去とか未来なんかいっさい想像できない。なぜなら、そんなものは存在していないからだ。そういった意味では、動物のほうがこの世界を正しく認識できている。」

 

 Jay「いや、動物が時間の流れを認識していないなんて。でも、なぜそんなことわかるんですか。」

 

 おじさん「すでに何種類かの動物とかなり正確に意思疎通できる手法が開発されている。少なくとも、ほとんどの哺乳類では時間の捉え方が、われわれ人間とは違うということがわかっている。」

 

 Jay「ただ、同時に別々の世界に同時に存在するとか、存在と非存在が同時とか、全然理解できないです。」

 

 おじさん「まあ、理解できないだろう。数百万年かかって進化してきたなかで獲得してきたこの世界の認識をそんなにたやすく修正することは困難だよ。どんな速度で移動していても、光の速度は一定だとか、質量がエネルギーと同じなんて、アインシュタインのような天才であって初めて発見できたんだ。かなり常識に反する事象だから、それまで誰も気が付かなかったんだよ。」

 

 Jay「確かに、エネルギーが質量と光速の二乗を掛け合わせたものなんて、普通に生活していたらわからないですね。」

 

 おじさん「それと同じことだ。自分自身の知覚で上手く認識できない世界は、それがたとえ現実であっても、なかなか人類には受け入れがたいものだ。でも、確かにそういう事象はたくさん存在する。」

 

 Jayはうなずくしかなかった。

 

 おじさん「だいたい、この地球が回っているなんて、普通に生活していたら、何も感じないだろう。」

 

 Jay「たしかに、わからないですね。」

 

 おじさん「重力なんかも、ニュートンが発見したんじゃない。そもそも重力なんて、人類全員が気が付いていた現象なんだ。でも、それを最初に理論的に説明できたのが、ニュートンだったってことだ。」

 

  Jayとっては、おじさんの話はかなり興味深いものだったが、これから何をどうすれば良いのかわからなかった。

 

 おじさん「これから何をどうすれば良いかわからないのだね。」

 

 Jay「ええ、わかりませんね。こんな250年後の日本にいても、何の役にもたてないと思います。そもそも、こんな世界で暮らしてもいけないですよ。お腹が空いても、この世界のお金もないし。」

 

 おじさん「心配することはない。もうすぐ君を迎えに来るものがいる。彼女についていけばよい。しかるべき場所に連れて行ってくれる。」

 

 そのうち、神社内にある石灯籠のあの印が青白く光りだした。前にも見たことがある。そして、そちらに気を取られている間に、あの小さいおじさんは居なくなってしまった。足元には、あの小さなラッキー・ストライクの吸い殻があった。そう、確かにあのおじさんはそこに存在していたのだ。それにしても誰が迎えに来ると言うのだろうか。彼女と言っていたということは、女性がやってくるのだろうか。Jayはその250年後の日本の姿に非常に興味があった。神社がそのままあるということは、彼の町は特に戦争などに巻き込まれず、残っているということだった。


 神社を出て、しばらく町の中を歩いてみた。たしかに、通りを行きかう人たちの着ている服が全く異なっていた。それに、日本人は東アジアの人種なのだが、通りには本当に様々な人種が行きかっていた。特に、どの人種なのかわからないような人が多かった。おそらく、異人種の血が複雑に混ざっているような人たちに見えた。言葉は、確かに日本語だということはわかったが、細かい部分がよく理解できなかった。聞いたこともないような単語もかなり混ざっており、人々の会話は半分くらいしか理解できなかった。電車に乗ろうと思い、駅のあった場所に行ってみたが、やはりもはやそこには駅はなかった。電車やバスも走っていないようだった。空には、いくつもの乗り物が飛び交っているのだが、地上を走る乗り物はほとんど見られなかった。町の中心にあるはずの例の電話ボックスのある商店街に行こうとした。二駅分を頑張って歩いて、商店街のあった場所にたどり着いたが、そこには無機質なビルがいくつか建っていただけで、その他は何もなかった。


 それにしても、店らしきものはどこにもなく、食事ができるレストラン、食堂、カフェなどというものが全く見当たらなかった。スーパーもない、コンビニもなかった。とにかく、町並みは整然としており、Jayがいた世界に比べると、何もかもがあまりにもあっさりとした世界だった。それと、街中で見かける人の数がすごく少ないようにも感じた。街並みは期待していた未来の世界とはかなり違っており、なんだかがっかりしてしまった。大通りに出ると、大きな建物の外壁一面がディスプレイになっており、そこで現在進行している各地の出来事が映し出されていた。その中に、どうやら火星の風景と思われる映像が流されていた。そして、そこには火星に住んでいるであろう人々が映し出されていた。確かに、あの小さいおじさんが言う通り、彼らは宇宙人でもなんでもなく、普通に地球にいる人間と同じ見た目だった。そして、驚いたことに、その映像のなかに、KynoとNaomiが映っていた。

 

 Jay「なんてこった。本当に、KynoとNaomiは火星にいるんだ。」

 

 Jayはひとり呟いた。あのおじさんの言っていたことは正しかった。そして、その映像には兵器と思われるたくさんのミサイルが映っていた。どうやら、本当にきな臭い世界になっているようだった。それにしても、KynoとNaomiはあそこにどうやってたどり着いたのだろうか。しかも、彼らは火星でいったい何をしているのだろうか。そのうち、その映像に同期するかのように、頭のなかで声が響き渡った。どうやら、あの映像に意識を向けると、その映像の音声が脳内に聞こえるようになっているらしい。どんな仕組みかはわからなかったが、Jayは驚いてしまった。一体、何が起きているのか彼は知りたかったので、その映像に意識を向けた。その映像の音声はかなりクリアに聞こえるのだが、なんせ未来の日本語ということで、全く聞いたこともないような単語もどんどん出てきて、本当に半分くらいしか理解できなかった。ただ、どうもやなり火星政府と地球勢力とが何やら戦争の瀬戸際にまできているということは理解できた。こんな技術が進んだこの未来の世界で、戦争なんかが起きてしまえば、確かに大事になるのは間違いないと思えた。


 Jayは火星に行くべきか考えてしまった。すると、その映像に日本から火星への行き方が映し出された。それにかかる費用が日本円で表示され、それに要する時間も出てきた。どうやら、その映像は見る人の見たいものを自動的に検知し、それをすぐに映し出してくれるようだった。ということは、今出ている映像は彼に特化して製作された映像だということになる。多分、他の人はその人が見たい映像を見ているのだろう。まわりには、他にも何人かあのディスプレイを見ている人達がいたが、笑って見ている人がいたり、深刻な顔をして見ている人もいたため、見ている人はそれぞれ全く異なったコンテンツを見ているのだろうと思った。それにしても彼は驚いた。どうやって、Jayの頭の中の思考を読み取ったのだろうか。ある意味、おそろしい仕組みだと思った。JayはどうやってKynoとNaomiに連絡をとればよいかわからなかった。火星にいる彼らと連携して、一体何をすればよいのか。地球と火星の戦争をとめろということだろうか。でも、どうやって。さっぱりわからなかった。どうすれば良いのだろうか。それと、あの小さいおじさんが言っていた迎えの女性とは一体どういう人なんだろうか。敵なのか、味方なのか。あるいは、もっと知らなければならない重要な情報を持っているのかもしれない。その彼女はいつごろ、どこに現れるのだろうか。


 時間は午後の2時ごろだった。ビルのディスプレイには時間も出ていた。どうやら、時間の見方は250年後の世界でも変わらなかった。Jayの腕時計も同じ時間を指していた。だが、もはや彼には今の時間が何時とかどうでも良かった。もはや、身に染みて時間というもののいい加減さを感じていた。彼の中では、時間という、かつては絶対的な尺度としての存在は無くなりつつあった。時間はもはや彼にとっては絶対的な存在ではなくなっていた。同様に、空間についても彼は非常に疑い深くなりつつあった。正直言って、元の世界に今すぐにでも戻りたかった。でも、どうやら、あの小さいおじさんの話が本当なら、かなりややこしい事態に巻き込まれているのは間違いなかった。それにしても、なぜ自分がこのような奇妙なことに巻き込まれているのか全く理解出来なかった。なぜ、自分とKynoとNaomiの三人なんだと思った。KynoとNaomiも間違いなく、同じことを考えているであろうことは容易に推測できた。さて、これからどうしようかと考えていると、Jayの前に車が停まった。そして、音もなくそのドアが開いた。中には若いアジア系の女性が一人座っていた。彼女は声は出さずにJayに話しかけてきた。

 

 Calyx「乗って。」

 

 やはり物理的に鼓膜を振動させて相手に意図を伝える従来の意思疎通方法ではなかった。だがはっきりと彼女の声が脳内に響いた。割と小柄だが、もう大人の女性だった。おそらく、20代半ばといったところだろうか。上下はシックな紺色のスーツを着こなし、きちんと白のシャツにネクタイをしていた。薄めの化粧はしているようだったが、あまり派手目ではなかった。ただ、髪の毛の色が薄いオレンジ色で、眼球は薄い緑色だった。彼女は、日本人なんだろうかと思った。かなり不思議ないでたちなのである。Jayからみたら、彼女はかなり年上に見えた。正直言って、Jayはそんな車には乗りたくなかった。すぐにでも、元の世界に戻って普通の高校生活を送りたかった。でも、もう逃れられない運命的なものを感じていた。Jayは黙って、彼女に促されるまま車に乗り込んだ。車内は円形のソファになっていた。円形ソファの真ん中には小さな丸テーブルが固定されていた。勿論、運転手なんていなかった。彼女が何かを言うまでもなく、すぐに車は動き出した。おそらく、彼女の意思を読み取って行き先がインプットされているのだろう。これは、車のようで車ではなかった。全く揺れというものがなく、流れるように空間を移動していった。何が動力源なのか、彼には全く想定することも出来なかった。すぐに上昇を始め、そのうち並行移動に切り替わり、他の同じような乗り物と同じ方向へと移動し始めた。この空飛ぶ車中には、軽めの音楽が流れていた。

 

 Calyx「今から、東京に行くからね。ところで、音楽は好き?」

 

 Jay「ええ、音楽は好きです。」

 

 またもや、彼女はJayの心に直接話しかけてきた。彼には、この勝手に自分の心の中に土足で踏み込まれるような彼女の行為には腹が立ってきていた。

 

 Calyx「ごめんなさい。私は実は声が生まれつき出せないの。」

 

 まるで、Jayの心の中の考えがわかるかのように、彼女は言い訳をしてきた。

 

 Jay「耳は聞こえるんですか。」

 

 Calyx「耳は聞こえるわ。あなたが話してもちゃんと聞こえるわ。だから、音楽も聴くのよ。何か好きな音楽はある。」

 

 Jay「でも、僕の話す言葉がわかりますか。ここは、僕がいた世界から250年後の世界だと聞きました。」

 

 Calyx「わかるわよ。同じ日本語だし。そもそも、もうこの世界には言葉の壁はないのよ。誰がどんな言葉で話をしても、すぐに理解できるようになっているの。」

 

 Jay「それは、外国人とも話せるってことですか。」

 

 Calyx「そう。あなたは、あなたが話せる言語で話せばいい。あんたの話している意味は完全に理解できるわ。」

 

 Jay「それは、どういう仕組みですか。私は、何も体に機械みたいなものは入れていませんが。」

 

 Calyx「まあ、難しいかもしれないけど、あなたの話した言葉は全て中央情報ユニットに送られて、情報処理がされるの。」

 

 Jay「それでは、僕の話した言葉だけでなく、全ての人の話した言葉は全て記録されているということですか。」

 

 Calyx「いや、それは技術的には可能だけど、法的にはかなり厳しく規制されているの。」

 

 Jay「それじゃ、なぜ僕の話した言葉は、その中央なんとかってところに送られるんですか。」

 

 Calyx「まず、あなたはこの世界の人ではないため、厳密には法的には保護対象外と考えられるため。そして、もし裁判所が許可した場合は、その対象者の話した言葉を中央情報ユニットに送付することができるの。」

 

 Jay「そうか、僕は過去から来た怪しいやつだから、法的に保護はされないんだ。これから、僕をどうするつもりですか。僕はあなた方が知りたいようなことは何も知りません。」

 

 Calyx「何も拷問して、何かを自白させようなんて考えていないわ。そもそも、事情聴取に関しても、きちんとあなたの人権が保障されるように、全て映像と音声の記録が残されるし。」

 

 Jay「でも、僕にはこの世界での戸籍とかなんかそういうものがないから、そんな人権とかの保障は関係ないんじゃないですか。」

 

 Calyx「それは心配しなくていいわ。そもそも、君が嘘をついていれば、それもすぐにばれるから。知っていることだけど、素直に答えてくれればいいのよ。ところで、お腹空いた?」

 

 移動している間、車内にはジャズがかかっていた。マイルス・デイビス、フレディ・ハバード、ウェイン・ショーター、ウェザー・リポートなどがかわるがわる流れてきた。中には、聴いたことのないアーティストの曲もたくさんあった。おそらく、1980年代以降に出てきたジャズの曲なのだろうと思った。多分、彼女は気を利かせて、彼女の時代から見たらものすごい古典と呼ばれてもおかしくないような曲を選定してくれたのだろうと思った。彼らの音楽を聴いていると、KynoとNaomiと一緒に過ごした時間が思い出されて、心が和んだ。音楽には時を超えた良さがあるとしみじみと思った。いや、まだそんなことを感じる年でもないとも思えてきたが。

 

 しばらく移動したあと、はるか向こうの空に、宙に浮いている巨大人工物が見えた。巨大な黄金のピラミッドを二つ上下に結合したような形だった。一番上と一番下の箇所が、頂点になっていた。その人工物へつながる空中の道路でもあるのだろうか。たくさんの空飛ぶ物体が、その人工物へと連なっていた。多分、政府の施設か何かなのだろう。

 

 Calyx「あ、あれね。あれは、日本国政府の施設で、クリスタルっていうの。」

 

 まるで、Jayの心の中を読んだかのように、その人工物の説明をしてきた。彼女も自分の心の中を読んでいるのだろうかと思えてきた。この世界では、隠し事なんて何もできないではないか。Calyxは声を出さずに会話をするため、Jayがひとりで一方的に喋っているような変な会話風景だった。ただ、Jayにはこの女性からは全く悪意というものが感じられなかった。なぜかと言われれば困るのだが、彼女のことは信用できると思えてきた。そうこうしているうちに、その空中を滑走する車はクリスタル内部に入って行った。車が停車し、左側のドア部分がすっと消えた。Calyxが目で車から出るように合図をした。車を出ると、もうすでにそこはホテルの一室のようだった。車のドアから、ホテルの部屋のドアに直結しているようだった。

 

 Calyx「私の名前は、Calyxというの。何か食べ物と飲み物を用意するけど、何かリクエストはある。」

 

 Jayは今さら自己紹介かよって思った。しかも、Calyxってどんな名前なんだろうと思った。明らかに日本人の名前ではない。やはり、彼女は日本人じゃないのだろうか。すごく不思議な女性だった。でも、日本語で話しかけてくる。しかも、自分でもわかるような言葉を選んで話してくる。

 

 Jay「いや、この世界に一体どんな食べ物があるのか想像もつかないですよ。何かお勧めあれば、教えてください。」

 

 Calyx「なんでも言ってごらん。好きなものとか。あ、それとね、私は日本人よ。バリバリの日本人。まじりっけなし。」

 

 Jayの心の中を呼んでいたかのように、彼女は言い放った。

 

 Jay「えっ、日本人なのですか。」

 

 Calyxはうんうんと静かにうなずいた。未来形の日本人なんだろうか。確かに、肌の色は日本人のようだった。

 

 Jay「あ、それじゃ、多分もうこの世界には無いと思いますが、ビッグマック、コーラ、ポテト、チキンナゲット、ストロベリーサンデー。マクドナルドのやつ。確かに、お腹空きました。」

 

 Calyx「ポテトのサイズは?バーガーは1個だけで足りるの?ジャンクフード好きなのね。」

 

 Jay「え、マックはあるんですか。」

 

 Calyx「あるわよ。すぐに用意するから少し待っていて。」

 

 Jay「あ、ポテトはLでお願いします。」

 

 Calyx「オッケー。」

 

 しばらくすると、2人分のマクドナルドのセットが部屋に届いた。ホテルのボーイが持ってきてくれたのだ。でも、あのボーイは明らかに、人間ではなかった。いや、見た目は完全に人間だったし、話す様子とか、しぐさも人間そのものなのだが、絶対に人間ではないと感じた。

 

 Calyx「さあ、好きなだけ食べて。あ、それとね、私は先祖代々日本人の家系よ。出身はね、水戸市なの。行ったことある。」

 

 Jay「いや、水戸は行ったことないですね。親戚とかいないし。あんまり、県外とか行ったことなくて。ところで、水戸ってどこでしたっけ。」

 

 Calyx「えっ、水戸を知らないの。いや、君は人生かなり損してるね。あんな良い町をしらないなんて。水戸は良いところよ。ことが落ち着いたら、一回行ってみて。」

 

 Jayはマクドナルドの紙袋を見て驚いた。元の世界のマクドナルドと同じ紙袋だった。しかも、匂いも全く同じだった。とは言っても、彼は元の世界でも、マクドナルドは2回しか食べたことがなかった。なんせ、彼の生まれ育った町には、そもそもマクドナルドなんてものはなかったからである。紙袋から、全部の食べ物を取り出したが、ビックマックもそのまんまだった。マクドナルドはこの250年間、全く進化も退化もしていなかったということだった。これは、彼には驚き以外の何物でもなかった。食べ物というものは、われわれが考えるほどには時代で変化しないものなのかもしれない。それにしても、250年間ずっと同じだったのかと思うと、なぜか笑えてきた。それと、Calyxは気を使って、ビックマックを2つ注文してくれていた。

 

 Calyx「何をニヤニヤしてるの。お腹空いているんでしょ。早く食べたら。」

 

 相変わらずCalyxはJayの心に話かけてきていた。Jayはいろいろと聞きたいこともあったが、いちいち細かいことに驚いていたら、体がもたないと思い、目の前の全てのことを受け入れようと思った。ハンバーガーもチキンナゲットも普通に美味しかった。元の世界で食べたものと、何も変わらなかった。

 

 Calyx「どう、味は?昔のものと同じ味だった?」

 

 Jay「全く同じですね。バーガーもナゲットも、コーラやポテトも全部同じ。笑っちゃうくらい、何も変わってないです。」

 

 Calyx「そう、それはよかった。でもね、これお肉はいっさい使ってないのよ。」

 

 Jay「え、バーガーのなかのお肉はお肉じゃないんですか。」

 

 Calyx「そう、チキンナゲットもチキンは使ってないの。」

 

 Jayには信じられなかった。バーガーに入っていた肉は完全に肉の味と食感だったし、チキンナゲットも同様だった。

 

 Jay「どういうことですか。あれが肉じゃないなら一体何ですか?」

 

 Calyx「植物性の加工肉なの。栄養もタンパク質もお肉並みに含まれているし、味も良いでしょ。」

 

 Jay「もう、肉は食べないんですか。」

 

 Calyx「そう、もう肉も魚も食用のものはないわね。まあ、ここ30年くらい前までは、本物の肉や魚が食べられたけど、今はほとんど食べることはないわね。」

 

 Jay「それは、どうしてですか。何か、疫病とかで牛や鶏がいなくなったとか?」

 

 Calyx「違うわ。もう数十年前から、世界中で少なくとも動物、鳥類、魚類を食用にしないようにする社会運動が盛んになって、それに食品加工技術も追いついてきたから、それらの食材の摂取は禁止になったの。まあ、日本では罰則規定はないから、食べても警察に捕まるわけではないけど、欧州とかでは実刑をくらう場合もあるみたい。それとね、家畜っていうのは、環境破壊が激しいのよ。地球温暖化とかね。」

 

 Jay「それは、どういった理由からそうなったんですか。」

 

 Calyx「世界中の先進的な人たちから、痛み低減運動というものが起こったの。この地球上に暮らす、人間だけでなく全ての動物が受ける痛みを最少限にするというムーブメントよ。簡単に言うと、全ての生物を含めた『最大多数の最小苦痛』ってわけ。」

 

 Jay「痛み軽減運動ですか。考えたこともなかった。」

 

 Calyx「まあ、250年前の人からしたら、考えられないわよね。とにかく彼らの主張は、すべての生き物からあらゆる痛みを取り除くこと。もし、痛みを取り除けないなら、少なくとも軽減してあげるという考え方なの。だから、いわゆる食べるために殺すなんてことはもってのほかなの。他にも、昔は動物の革で作られたカバンとかあったでしょ。信じられないけど。」

 

 Jay「じゃあ、人間はどうなんですか。例えば、何らかの病気で痛くて毎日苦しんでいるけど、治る見込みのない人とかはどうなるんですか。」

 

 Calyx「良い質問ね。この世界では、すでに安楽死が認められているの。どう治療しても、やはり痛みが除去できなくて苦しんでいる人がいるとします。そして、その人に治る見込みが無く、なおかつその痛みを除去できる医学的な方法がない場合は、本人の意思を確認したうえで安楽死が選択できるの。ただし、3人の医師の精密検査と許可書が必要だけど。」

 

 Jay「僕がいた世界では、安楽死などというものはおそらく認められていなかったと思います。僕のひい爺ちゃんも、ガンで酷く苦しんで亡くなりました。すごく痛いって言って。見てられないほどでした。」

 

 Calyx「そう、それは可哀そうだったわね。末期のガンだと、患者さんは酷く苦しむケースが多いわね。そういう苦しみは、不要な苦しみだというのが、今の世の中の見解なの。」

 

 Jay「その安楽死については、反対はなかったのですが。」

 

 Calyx「かなり世界中で論争があったし、現在でもそれを認めていない国もあるわ。」

 

 Jay「そうですよね。もしかしたら、あと数か月程度我慢したら、何かしらの新しい医療技術が出てくる可能性もあるだろうし。」

 

 Calyx「そうなの。だから、複数の医師からの許可書が必要なの。専門医であれば、その症状と最新の医療技術を照らし合わせて、近いうちに何等かの新医療で治せるのかどうかを判断できるからね。」

 

 Jay「今の世の中では、ガンは治療可能なのですか。」

 

 Calyx「ガンの進行度合いによるわね。ただ、かなり安価で精度の良い簡易検査が普及しているから、ほとんどのガンが初期状態で発見されているわ。今の時代だと、ガンで死ぬ人はほとんどいない。」

 

 Jay「ガンは根絶されたわけじゃなくて、検知能力が向上したってことですか。」

 

 Calyx「いや、食生活の改善などで、例えば前立腺がんなどは、ほとんど根絶されたわよ。すでにほとんどの人が肉食を止めてから、前立腺がんの症例は激減したわ。肺がんもかなり減ったわね。もうこの世界でタバコというものは歴史上の嗜好品だからね。」

 

 Jay「タバコがないんですか。僕の世界では、ほとんどの大人の男性はタバコを吸ってますよ。女性も男性ほどじゃないけど、吸ってますね。」

 

 Calyx「まあ、肺がんの原因もタバコだけじゃないけど、世の中からタバコが消えてからは、かなり肺がんで死ぬ人は減ったわ。」

 

 マクドナルドの食事を終えた。CalyxはJayにしばらく休むよう言い、部屋をあとにした。明日、あらためて面談があるとのことだった。とはいっても、彼には何も話すようなことはないのだが。彼らが知りたいと思っているようなことは、本当に彼は何も知らなかった。


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