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第16章 250年後の世界

 地球全体会議である、ローマ会議での人口削減計画が実施されてから、すでに200年余りが経過していた。地球人口は、2050年に100億人を超え、その頃には環境汚染も限界にきており、CO2濃度の上昇によっての地球温暖化が誰の目にも明らかになっていた。地球温暖化による影響は深刻で、シベリアの永久凍土内に封印されていた古代の病原菌によるパンデミックが世界を襲った。病原菌だけでなく、異常気象による農作物の不作、イナゴの大量発生、海面上昇といった問題に直面し、人類はいくつかの選択をせざるをえなかった。


 まず第1に、人口調整が検討された。もはや地球上の生命体の98%が人類と人類に飼われている家畜という事実を受けて、人口調整もやむなしの声が多数となりつつあった。2010年に開催された、ローマ会議では地球人口の目標値を8億人と設定し、各国に人口の割り当て枠を設定した。すでに、多くの先進国では出生率の減少による人口減少が始まっていたが、世界人口を約100億から8億人にまで減らすというのは、かなり野心的な取り組みだった。


 第2に、太陽系内の他の星への移住が検討され、その候補として月と火星が挙げられた。ただし、月は火星移住のための前線基地という位置づけとし、最終的な移住先は火星にするということで、国際間の協力体制を構築することとなった。目標としては、2350年までに、2000万人の移住者を定住させる計画となった。また、月の前線基地については、遅くとも2100年には、基地の運営に必要な人員を常駐させることができるようにとの目標が定められた。


 第3の取り組みとして、化石燃料の使用削減、そして最終的には使用を禁止することだった。各国は、核融合発電技術の開発に資源を注入することとなり、将来的にはCO2が発生しないエネルギー源の確保を目指すことした。それと同時に、金属触媒技術による、CO2封じ込め技術を確立することにより、大気中のCO2濃度を19世紀初期同等レベルにすることが宣言された。

 

 250年後の現時点で、核融合発電技術はようやく日の目を見ることとなり、すでに実用化が本格的に始まっていた。また、ほぼ同時に金属触媒によるCO2削減技術も実用化の目途がたち、これらふたつの技術によって、地球温暖化問題が解決しつつあった。ただし、これらの技術革新は、国際政治のパワーバランスにも大きく影響した。かつては化石燃料にて国の経済を支えていたいくつかの国々は収入源を失い、最貧国に転落することとなった。そんな中で、一番不利な立場に追い込まれたのが、ロシアであった。これらの技術革新前までは、地球温暖化による耕作地の拡大、北極の氷の溶解による北極航路の独占、広大な領土から採掘される化石燃料などで、国際的な影響力を確保していたが、それらを一度に失うこととなりつつあった。地球温暖化で最大限の経済的な恩恵を受けていた国だったが、国際的な孤立を恐れ、ローマ会議での決定に従わざるをえなかった。

 

 すでにロシアは21世紀初頭に戦ったウクライナとの戦争で一度は経済が疲弊し、その後いくつもの国内の自治共和国の独立を許していた。ただ、この地球温暖化による耕作地の拡大、北極航路の独占により国力を回復しつつあった中での、今回の決定だった。実際、CO2濃度の減少により、地球温暖化にとうとう歯止めがかかり、地球の平均気温は19世紀初頭のレベルにまで落ち着きつつあった。その結果、地球は再びやや寒冷化され、北極航路は再び閉ざされ、シベリアの大地も永久凍土に逆戻りすることとなった。海面上昇や異常気象に苦しんでいた国々は、これらの取り組みによってようやく国家的な危機から立ち直ることができた。その一方で、ロシア国内は非常に政治的に不安定になっていた。そのうえ、人口削減政策によるロシアへの人口割当枠は、わずか800万人だった。この人口で、この広大な領土の維持は実際持って不可能だった。それでも、ロシアは軍事力の維持によって、6大勢力の立場を維持していた。逆に言えば、彼らが世界に影響を及ぼすことができるのは、はるか過去の遺産である、多数の核兵器とミサイル技術であった。

 

 ロシアにおける社会と政治の不安定化に乗じて、過去のソ連時代に政権をになっていた共産主義勢力が数百年ぶりに台頭してきていた。そして、共産主義勢力はメディアを通して、現在のロシアの置かれている状況を打破するために、政権の奪取を宣言し、過去と同じように暴力を用いた政権転覆に成功した。彼らは、国内の不満を外に向けるために、火星の独立分子の存在を国内に喧伝し、火星資源の奪取を目指す政策を掲げた。ロシアが有する軍事力は全て共産主義勢力に掌握された。彼らは、火星独立阻止、火星政府打倒を掲げて、国内の結束を図ることとした。彼らは、火星で採掘できるレアアースの独占を目指し、今後も軍事力の優位性を確保したいという思惑があった。もはや、彼らには火星のレアアースと古びた核兵器による威嚇以外、国際社会に影響力を及ぼせる力はなかった。

 

 とはいえ、核融合発電とCO2削減技術が確立した今となっては、他国の領土拡張の野心はもはや残っていなかった。レアアースは環境への負担が大きいということで、地球でも採掘、精製は禁止されていたし、化石燃料の採掘も禁止されているため、いくら地下資源に恵まれていても、あまり政治的な影響力は無いに等しかった。以前は、国際社会で何か決議された事項があったとしても、それを該当国に強制させる強制力がないということが問題になっていたが、今はかつての5大国が持っていた拒否権ははく奪され、多数決での決議となっていた。そのうえ、決議事項に違反した国家は、国際基軸通貨である円との連動が禁止され、国際決済システムから除外されるため、一切の国際取引ができなくなるのである。また、決議違反国の飛行機、船舶、車両などの、他国への発着が全面的に禁止されるため、人の流れも止められてしまうのである。そういった国際的な潮流のなか、もはやロシアに対する関与を各国ともほとんど止めてしまっていた。実際、政治面でも経済面でも、ロシア無しでも何も影響のない世界になってしまったのである。しかも、過去の歴史を考えても、ロシアに侵略されて領土を失った国も多いため、あまり積極的にロシアに関与しようという国は少なかった。また、農作物に関しても、ウクライナや北米の生産性の向上、人口抑制の観点から、かなり余剰作物が市場にあふれ、あえてロシアから買い付ける国は皆無だった。そういった意味でも、ロシアは完全に国際社会から孤立していたうえに、国内社会も極めて危険なほど不安定化していた。そんななかでの、旧共産主義勢力の権力の再奪取がなされたのである。

 

 人口削減計画で、一番厳しい現実に直面したのが、中国、インド、ナイジェリア、インドネシアだった。これらの国は圧倒的な人口で、世界での影響力を維持していたが、それももはや不可能だった。中国もインドも割当人口は、6000万人で、ナイジェリアとインドネシアは3000万人だった。中国の場合、この人口では、かれらの広大な領土を管理することはかなり難しかった。それに対する中国国内での不満はかなり高まっており、中国政府も不満分子の取り締まりに忙殺されている状況だった。中国では、エネルギー問題と地球温暖化が一度に解決したことは、広く歓迎されていたが、人口抑制政策による民衆の不満は大きかった。そのうえ、極端な人口減少と長引く不況の結果、国内のインフラ維持が追いつかず、様々な悲惨な事故が起きていた。中でも、過去に加熱した不動産投資にて建設された高層階ビルの各地での崩壊事故が多発しており、国内でもかなりの犠牲者を出している。国力の低下は、国内の少数民族居住地域、内陸部の貧困地域、沿岸部の裕福な地域の分断をもたらし、国内各所で独立運動を求める反乱が相次いでいた。もともと、中国という国家自体が過去にも分裂と集合を繰り返してきた歴史があり、今は中国語圏の各地域が分裂志向に傾いている。そんな中、過激な国粋主義者のグループと軍部が結びついて、政権の転覆を画策し、その試みが成功したようだった。現政権の主要政治家達は、拘束されたり、暗殺されたりして、完全に政権は崩壊したようだった。

 

 ロシアと中国の革命政権は、お互いに戦略的互恵条約を締結し、お互いの資源の共有をめざした。とはいえ、この2か国では、今の国際情勢では、西側主導の国際情勢のなかで存在感を示すには力不足の感があり、まずは火星資源の奪取を目指すこととなった。地球上での戦争では、彼ら自身も大きな犠牲を払う必要があり、それはかなりのリスクだった。現状では、日本、インド、EU、アメリカの4勢力を相手に戦っても、全く勝ち目はなかったからである。すでに、日本、インド、EU、アメリカの4勢力は、火星の高度自治を認めており、将来的には地球から独立することも承認していた。それを見越して、中国、ロシアは火星政府を彼らの支配下に置き、今後の宇宙開発で他国より先行したいという思惑があった。

 

 中国、ロシア国内にも、サイキック能力者が多数おり、この分野では、火星政府、アメリカ政府と同じくらいに技術が先行していた。先日、火星で発生した一部の電源喪失事故に関しても、中国のサイキック能力者の攻撃であった。また、ミサイル技術でもこの2国は伝統的に優れた技術を持っていた。ただし、それらミサイルを別世界に移す技術については、あまり深い知見を持っていなかった。火星を本格的に攻撃するためには、ミサイルを別世界に移し、そこで火星近傍にまで移動させる必要があった。

 

 Zhang(中国革命軍技術者)「ワープ航法については、まだ実用化の目途はたっていないのか。」

 

 Sun(中国諜報部員)「自前の技術ではわれわれの計画には間に合いそうにありません。現在、火星とアメリカに技術諜報員を派遣しております。また、サイキック能力者による他国技術の遠隔透視も実施中です。」

 

 Zhang「で、進捗はどうなんだ。」

 

 Sun「サイキック戦ではかなり苦戦しております。火星側もアメリカ側もかなり強力な能力者がいるようで、ことごとく妨害にあっております。」

 

 Zhang「ロシア側の技術はどうだ。」

 

 Sun「あまり精度は保証できないが、なんとか実用化にこぎつけたようです。」

 

 Yang(中国政治局員・国防大臣)「ロシアのワープ航法と、われわれのミサイル技術でなんとか一撃を火星に加えられないだろうか。」

 

 Sun「ええ、ロシア側にすでに打診済みです。」

 

 Yang「これが上手くいけば、Huang主席もお喜びになる。」

 

 中国革命政府は、2233年の中ごろには、ロシアからのワープ航法技術を取り入れ、核兵器を搭載したミサイルを火星に向けて発射した。ミサイルは2回に分けて発射され、宇宙空間に出たところで、別世界へとワープさせられた。現在は、別世界内の空間にて、地球から火星近傍に移動している最中である。ただし、火星上の攻撃目標地点がはっきりとは絞り切れていなかった。 火星側や他国からの情報攪乱工作にあっており、はっきりとした情報が得られなかったのである。ただ、いくつかの爆撃候補地が、数少ない情報源からもたらされており、そのうち一番信ぴょう性の高い、2カ所の地点を攻撃目標とした。

 

 一方で、ロシア側は別のアプローチで火星への関与を深めていた。彼らは、火星に内通者を派遣し、内部情報を得ようとしていたのである。ロシア政府は臨時の指導者をすでにたてており、この国の歴史を振り返れば理解できるように、その指導者もまたかなり独裁色の濃い指導者であった。彼を中心とする独裁者指導体制が完成するまでは、かなりの犠牲者が出ていたようだった。ロシアのアプローチは火星政府内の情報に基づいた、政府内の攪乱であり、それが上手くいけば、親ロシア政権を樹立することであった。こちらのほうが、彼らにとっては得意な手法であると同時に、火星の施設を無傷で独占することができるのである。

 

 Petrov(ロシア新指導者)「どうも、中国のやり方は、わが国のやり方にはそぐわないな。」

 

 Orlov(ロシア外務大臣)「わが国は、わが国のやり方で計画を進めますが、あまり中国側に火星の施設を破壊されても困りますから、偽情報をリークしてはいかがでしょうか。」

 

 Volkov(ロシア諜報部長官)「すでに、火星の攻撃ターゲットについては、偽情報をおりまぜた情報提供を行っております。中には、正確な火星の施設の攻撃位置も含まれますが、あまり重要でない攻撃目標のみ、正しい座標を伝えております。」

 

 Sergeev(ロシア国防大臣)「並行して、わが軍の攻撃態勢も整えております。ご指示があれば、わが軍からも中国同様の攻撃はいつでも可能です。」

 

 Petrov「いや、まずはしばらく様子を見よう。われわれの諜報員からの情報を待つことにして、次の作戦を考える。すでに火星に人は送り込んでいるんだな。」

 

 Volkov「3名送り込んでおります。そのうち2名は男女のカップルで、彼らは実行部隊。残りの1名は、その2名を監視する役割です。その2名のカップルの諜報員は、1名の監視員のことは知りません。」

 

 Sergeev「具体的な作戦はどうなのか、お聞かせ願いたい。」

 

 Volkov「まずは、火星政府要人の周辺情報を調査します。何か失脚させられるような情報がないか徹底的に調べます。また、同時に重要な施設の場所の特定、及び火星居住者に対する情報拡散を実施します。」

 

 Orlov「どのような情報の拡散を実際されるのですか。」

 

 Volkov「火星政府内指導者の腐敗や汚職の情報です。これらはもちろんでっち上げですが、嘘もある程度広まれば、どんどん事実として捉えられるようになります。次に、日本、インド、EU、アメリカ、中国に関する、ネガティブ・イメージ・キャンペーンです。」

 

 Petrov「なるほど、中国に関するネガティブ・イメージ・キャンペーンも行うのだな。それは良いアイデアだ。」

 

 Volkov「もちろんです。彼らとの同盟関係は表面上に過ぎません。彼らもわが国の潜在的な脅威ですからね。」

 

 すでに火星には、ロシアからの諜報員が3名おくりこまれていた。そのうちの2名は、ロシアの諜報部からの具体的な命令を受けていた。また、その2名に先立って送り込まれていた1名の男性は、彼ら2名の監視役である。

 

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 Leu「何者かが火星に侵入したようだな。」

 

 Xin「3人いるみたいだ。どこから来たのだろうか。少し監視を強化したほうが良さそうだ。」

 

 Ren「少し、泳がすか。彼らの心は読めるか。」

 

 Xin「いや、彼らはかなり訓練されている連中のようで、何をしようとしているのか、全く読めない。どこからだろうか。それもわからないな。」

 

 Leu「Amitに報告しておいたほうが良さそうだ。」

 

 Cheng兄弟は、至急Amitに緊急ミーティングを要請した。

 

 Amit「で、3人はいつごろ侵入したのですか。」

 

 Leu「先月末に、まずは1名の男性が送り込まれております。地球からの移民団に紛れ込んでおります。」

 

 Amit「先月末の移民団というと、欧州からの移民団ですな。」

 

 Xin「そうです。約200名の移民団でした。」

 

 Amit「あとの2名はどうですか。」

 

 Ren「どうも、カップルのようです。こちらは先週到着した移民団に紛れております。」

 

 Amit「先の1名とは別の移民団で火星に来たということですか。その2名は、先の1名とは違う国から来たのですか。」

 

 Xin「その2名と先の1名の国籍は現時点では不明です。現在のところ、とりあえずわれわれが探知できたのは、3名のみで、いずれも欧州からの移民団に紛れ込んでいるようです。まだ、人物の特定までできておりません。」

 

 Ren「彼らもかなりの能力者らしくて、なかなか正体を見せてくれません。おそらく、彼らもわれわれのことをある程度は把握しているものと思われます。」

 

 Amit「彼らの目的は何でしょうか。」

 

 Xin「あのミサイル飛来みたいに、目的が明確ではないですね。」

 

 Amit「われわれも、軍事作戦会議を招集したほうが良さそうですね。」

 

 Amitは防衛戦略会議を招集することにした。会議は、在火星の地球側の大使を交え、明日の正午に開始されることとなった。火星自治政府側としては、地球側の真意を問いただす必要があった。地球側との直接の会談も検討したが、まずは在火星の地球大使を呼び出し、まずは彼らとの話し合いを持つことにした。


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