第11章 仮想世界B
仮想世界Bからは、例の電車にのって紛れ込んだ女性、そして10人の子供達が、ある日突然姿を消した。ただ、仮想世界Bの人たちの間では、彼らと意思疎通ができなかったため、彼らに関する情報を何も得られないまま、彼らはどこかに消えてしまったことになる。仮想世界Bについても、仮想実体B(以下Milo)が存在し、Milo以外の生命体はすべて彼と根底でつながっている。ただ、Miloがいったいどの個体なのかは知る由もなかった。ここも、80兆ある並行仮想世界のひとつなのである。ただ、初期設定が仮想世界Aとかなり酷似していたのと、その後の進化の具合がかなり似通っていたため、同じような世界になりつつあった。ただ、実際にその世界の詳細を見てみると、やはり仮想世界Aとは別の世界だということがわかる。そこには、地球そっくりな惑星があり、太陽があり、月があった。大陸があり、海があり、国家があり、都市があり、そして人がいた。人類と呼ばれる生命体がおり、仮想世界Aと同じように、そこに暮らす人々は彼ら独自の言語を話していた。ただ、古代から、どこからか言葉の異なる人が、突然現れるという現象が発生しており、それらは神話として人々に語り継がれていた。そして、彼らの遠い最初の先祖は、別の世界からやってきた一組の男女だと信じられていた。その先祖の直径の子孫が、彼らの世界の皇帝だった。皇帝は神事を行う義務を負い、彼らの家族は深い山脈の中にある木造の建物に住んでいた。そこは、仮想世界Bの惑星上にいくつか存在する国のうちのひとつだった。そして、その国がその世界では、一番古い国家と信じられていた。
仮想世界Bにおける、仮想実体Bは実はその国の皇帝その人だった。しかも、彼は自分自身のその秘密をすでに知っていた。彼は、彼だけがその世界で唯一の仮想実体としての人間であり、彼以外の人々は彼から派生した幻影だということを認識していた。彼が、そのことをなぜ知っているのかわからなかったが、彼自身はその世界が生まれた神話の時代から、姿形を変えて生きてきたのである。そう、最初の人類であり、神話で語られる世界は、彼が実際に経験し、その目で見てきた出来事なのである。その神話の中で、数々の神が生まれ、その神々がこの国を建国した。その神々のなかで唯一実体のある神が彼であった。いよいよ地球上に土地と海を作ったあとに、彼は最初の人類として大地に降り立った。そして、彼の体からは、たくさんの人々が生まれてきた。その生まれてきた人々は、彼の姿を見て、恐れおののき、彼を崇めた。そして、彼のかずかずの振る舞いが、やがて口伝で伝承され、それらがやがて神話として人々の間で語り継がれた。人々はやがて、その神話における出来事の記憶を無くし、神話だけが残った。神話の出来事は、ある出来事を比喩的に物語にしたものと言われているが、その全ては実際に起きたことだった。だが、もはやそれを知る者は皇帝としてのMiloしかいなかった。
Miloは、例の女性の話を知っていた。彼女や10人の子供達がどこから来たかも、知っていた。そもそも、彼は彼らが仮想世界Bにやってくる前から、そのことを知っていた。そして、それらの出来事は彼の想定通りに起こった。なぜか、彼はあちらの世界(仮想世界A)に行くことができた。それがどういうことなのかは、彼にはわからなかったが、あちらの世界に行くことができる能力が備わっていた。しかも、あちらの世界の言葉も話すことができた。あちらの世界に行くときには、いろいろな物に姿を変えるが、あちらの世界の人と話すときは、ちいさな男性になることが多かった。こちらの世界(仮想世界B)の神話には、小人が登場する話がたくさん出てくる。そう、その小人は彼自身だった。ただ、電車に乗って紛れ込んだ女性と10人の子供に関しては、彼よりも上の存在がその処置を上手くしてくれたようだった。その上の存在については、彼でさえも詳細がわからない存在であったが、何か世界に不具合が発生すると、上の存在が介入してくることがある。彼は神話の時代から現在にいたるまで、そのような事例を複数回見てきたが、その上の存在の意図や意思については、何もわからなかった。ただ、今回もその上の存在は、物事を極めて目立たない形で処理してしまったということだった。ただ、ひとつだけ彼が気になっているものがあった。もうひとり女性が存在しているのである。しかし、その彼女はこちらの世界にも存在し、あちらの世界にも存在していると同時に、こちらの世界には存在せず、あちらの世界にも存在していなかった。しかも、彼女は、あちらの世界とこちらの世界以外の世界にも存在しているようだった。そのもうひとつの世界については、彼にはよくわからなかったが、間違いなく彼女は、3つの世界に存在すると同時に、3つの世界に存在していなかった。彼女の存在は、いわゆる確率としての存在としか言いようがなかった。彼女は実体があるようで、実体がないのである。彼女は波として存在していると同時に、粒子としても存在していた。そして、彼女の存在している世界は、あきらかに10次元の世界ということだった。10次元の世界がどのような世界か、Miloにはわからなかった。Miloには、3.5次元の世界が全てだった。そう、仮想世界Bも基本的には、仮想世界Aと同じ物理法則にて世界が動いていた。
そのもうひとりの女性は、確かに彼の世界にも存在していた。そして、元の世界に戻って行った女性とも接点があったということもわかっていた。その女性はまだ未成年の学生として存在しているようだった。その未成年の女性は、元々はあちらの世界の住人だったのだが、どういった理由でこちらの世界に来たのかわからなかった。彼としては、彼女を元の世界に戻したいと考えていた。というか、彼女は元の世界に戻るべきなのである。それが正しいことだと思えてきた。問題は、上の存在の意思がわからないことだった。少なくとも、このような事態には、何かしらの意思が働いているように思えた。




