彼女を掛けたかくれんぼ
黒夜陽太はお姉ちゃんを抱える猪苗代和哉と名乗る男と病院の廊下を歩いていた。超能力保護区立総合病院大C塔の照明はすべて落ちていて窓もないため、周りにある明かりは猪苗代君の持つ懐中電灯のそれだけだ。
お姉ちゃんは眠っているだけだったらしい。息はあるし脈もあるそうだ。今は猪苗代君の腕の中で寝言交じりに気持ちよさそうに眠っている。
「今、あんたのお姉ちゃんを狙ってんのは俺の妹なんだ」
「え?」
「俺の妹は暗殺組織の有名な執行人らしい。執行人って、言うんだっけ?今まで全然知らなかったんだけどな」
「猪苗代君は風紀委員なんですか?」
「え~と……、新人……かな?昨日の夜中風紀委員になった」
「本当ですか?なんかあやしい」
「俺もそう思う。……っし」
和哉は静かにするよう黒夜陽太に要求して、立ち止まる。足音?
廊下の向こうから副数人の足音が聞こえる。
和哉は近くの病室のドアを開けて中に入る。
ドアを閉めて外の様子を窺っていると、足音が病室の前を掛けて行った。
「な、何でしょうか?」
「たぶん錐香の仲間だ」
「錐香?」
「俺の妹。たぶん、あいつらもあんたのお姉ちゃんを狙ってる。あまり動かない方がいいかもしれないな。ここで助けを待とう」
一行が入ったのは空き病室だったようだ。病室には大きなベットが一つ置いてあり、隣には木の机が置いてあった。黒夜瞳が入院していた病室と同じ配置になっていた。和哉は誰も寝ていないベットに黒夜瞳を寝かせる。
「お姉ちゃん……」
黒夜陽太は黒夜瞳を心配するように、ベットの横に座って眠っている瞳の手を握る。
「大丈夫。ここでは施設に異常が出ると、患者に麻酔を投与する仕組みになっているんだ。『暗黒物質遮断状態』が説かれると超能力者患者が暴れるかもしれないから、ってなことらしい。ほら、その腕のがそうだろう」
『暗黒物質遮断状態』は低電力ながら全壁面に電流を流す必要がある。停電の時には、判断能力を欠いた高ランク患者が無差別に超能力を発動しかねない。彼らは自然災害よろしく周囲に厄災を振りまくことになるだろう。そこで『暗黒物質遮断状態』の次の安全装置としてあるのが『麻酔装置』だ。患者の腕に装着させ、周囲の暗黒物質に反応し麻酔を投与する。
超能力には発動型と存在型の2つがある。発動型は超能力者が思考して力を行使するもので、存在型は超能力者の意識の有無に関係なく能力が発動する。交感神経と副交感神経みたいなものだ。麻酔によって発動型の超能力は封じることができ、存在型の超能力はそもそも外部に影響するものが少ない。高ランク能力者になると思考しなくても超能力が発動できる状態に至ることもあるようだが、それは意識あってのものだねだ。
「話によると6時間くらいらしいから、そんなに心配しなくてもいいぞ」
「心配しますよ」
どこか諦めたような黒夜陽太のその言葉に、和哉は自分の放った言葉がどんなに軽率なものだったかを今一度確認した。彼女にとってお姉ちゃんは一度死んだ存在なのだ。それまで姉として接していた人がいきなり別人になってしまう。そんなことを体験した人間に『心配しなくてもいいぞ』なんて、無神経にもほどがある。
「わりぃ……」
「いいえ」
「イヤー、君ハ本当ニ無神経ナ男ダネ」
2人の会話に割り込んできたのは、加工された声だった。




