彼女は記憶障害のランク5
超能力者の中にも知的障害や人格障害、精神疾患などと診断される人がいる。その中でも、ランク3以上の高ランク能力者はとても危険な存在である。理性の無い刃は何を壊すかも分からなければ、誰の人生を狂わすかも分からない。
そこで判断能力の欠如が認められた高ランク能力者は、中央区にある超能力保護区立総合病院内の『暗黒物質遮断状態』で超能力が発動できなくなった区画に入院している。
ランク5の黒夜瞳も『精神的幼児化』で入院している患者の一人である。
「これっ、ひなた!」
幼稚園児が描いたような似顔絵を描いた自由帳を手に、どこからどう見ても思春期の少女が、年の差もほとんどないような女子に無邪気に駆け寄っていく。真っ白なワンピースに黒の長い髪の毛の少女は、裸足で白いタイルの上を走る。彼女がランク5の黒夜瞳であり、ここが判断能力の欠如が認められた高ランク能力者を入院させている超能力保護区立総合病院の第C塔である。
ひなたと呼ばれた女子は、黒夜瞳の妹の黒夜陽太である。半そでパーカーに半パンで黒夜瞳と同じ黒く長い髪を頭の上で束ねた陽太は、眼鏡の裏から優しい笑みを浮かべて、幼児に対する優しい声で。
「まぁ~、瞳ちゃんは絵がうまいねぇ~。じゃぁ、次は美代子叔母さんを書いてみよっか」
「うん!」
黒夜美代子は彼女たちのお母さんである。今日はまだ来ていないが、毎日昼過ぎにお見前に来る。
お姉ちゃんは机に向かって走る。
5年前にこの街最初のランク5超能力者として憧れだったお姉ちゃんが、あの実験以来、まるで幼少期の少女の様に振舞うようになってしまった。お母さんも私も、初めはお姉ちゃんに遭うことが一番つらかったのに、いつの日にかそれにも慣れて、いつの日にかそれが当たり前になってしまった。
医者はお姉ちゃんの症状に困惑していた。症状としては認知章によく似ているが、脳のCTによる脳の縮小は見られなく、神経細胞の脱落は見られなかった。しかし、記憶喪失というわけでもないらしい。記憶喪失の多くは、陳述記憶と言う主に経験したことの記憶を失うことが多いそうなのだが、お姉ちゃんは幼児期のある時期からの陳述記憶に含め、日常の常識的なことの記憶の非陳述記憶まで失っているようなのだ。初めのころはトイレのし方すら怪しかったほどだ。
お姉ちゃんは机の前のイスに座って、足を振りながら絵を描き始める。
お姉ちゃんの記憶はどこに行ってしまったのだろう。世紀の大発明のための最大の検証実験と称された『暗黒物質能力移動実験』が開始される前、お姉ちゃんと会う機会は少なかったが、月に一回くらいでお姉ちゃんが家に帰って来ていた。当時街には2人のランク5がいて、お姉ちゃんはこの街最初のランク5だった。それもあってか、お姉ちゃんは数々の研究に関わり、数々の超能力者に関する事実を明らかにする手助けをしていた。
私はそこに憧れていた。この街最強で、この街の最新鋭で、この街で最も有名なお姉ちゃん。私はそんなお姉ちゃんになりたかった。
お姉ちゃんに私はゆっくり近づいて行く。
でも、あの実験はお姉ちゃんの記憶を奪ってしまった。
急に明かりが落ちた。
闇に包まれた病室には窓が無い。外は昼間の明かりが照らしているだろうが、その光は届かない。急に明かりが消えて少し取り乱したが、陽太はベットの横におかれた小さな棚から手探りで懐中電灯を取り出し、瞳のもとに向かう。
「瞳ちゃん大丈夫?瞳ちゃん?瞳ちゃん?」
机に突っ伏した黒夜瞳は、陽太がいくら揺すろうとも起きる様子もない。
不安になった陽太は大声でお姉ちゃんのを呼ぶ。だが、返事がない。
すると暗闇から声が聞こえてきた。
「アハっ、ランク5もこうなったら、頭の狂ったただの子供ねェ」
懐中電灯を声の主に向けると、そこにいたのは元々黒谷瞳が通っていた日向高校の制服を着た長い黒髪の女だった。




