第七話
「言葉のままの意味だが、理解できないか?」
冷たく言い放つと、セドリックは一呼吸おいて言葉を続けた。
「この薬。未完成のこの薬を、お前は何故、貧しい者たちにばらまいたのだ?」
「で、ですから……人助け、です」
「ほう、人助けか」
セドリックが目配せすると、カイルはそっと妹の手を取って男爵の近くに移動させた。
「彼女を知っているな? ……ちゃんと見ろ!」
男爵はぎくりとして顔を上げ、カイルに守られるように不安げに立っているイライサにそっと目を向けた。
「……あ、はい。なんとなく見覚えはありますが」
「何だ、頼りない言い方だな。その程度の知り合いか?」
「そりゃあ、ないんじゃないか、男爵さまよ」
横からカイルが口を挟んだ。
「俺の大事な妹だぜ」
カイルが睨みつけると慌てて男爵は言葉を継いだ。
「い、いや、たくさんの患者たちと関わっていたので混乱しただけだ。……判っている。お前の妹だな。ああ、そうだ。彼女にも薬を処方してやった。施設にも入れて養生させてやったではないか。何の文句がある?」
「その通りだ。家に戻ってからも定期的にあんたの息のかかった医者だか研究者だかがやってきて診察をしてくれたよな。薬の追加もしてくれた。おかげで情緒不安定で自傷行為を繰り返していたイライサは症状が落ち着いて、普通の生活を送れるようになったよ」
「それならばいいではないか! 何故、私を責めるようなことをお前はするのだ! 恩を忘れたか?!」
「忘れてはいない」
冷静な声でカイルは言った。
「あんたのおかげでイライサは助かった。だから俺はあんたの言うことを何でも聞いたさ。危ない橋も渡った。恩人だからな。神だとさえ思ったよ」
「お、おい。余計なことは言うな」
慌てて男爵がカイルに顔を寄せて言ったが、その言葉をカイルは鼻で笑って突き返した。
「あんたとあんたの恐ろしい姉上の企みに、俺も少しは貢献したと思っているんだがな。恩返しはそれで充分じゃないか?」
「お、おい! 黙れ!」
男爵が色をなして止めたが、もう遅い。騒然となったのは傍聴席の人々だけではなく、裁判長や弁護人も驚いてお互いの顔を見合わせた。
「企み? 企みとは何のことですか? コリックス男爵!」
裁判長が身を乗り出して疑問を口にした。
「もしや、この国王暗殺の一件と何か関連が……?」
「いい加減、茶番はおよし!」
鋭くグレイシアが叫んだ。その美しい顔に珍しく焦燥の色が見える。
「そんな薬が何だという? 企みなどと大げさな! それはわが家に昔から伝わる薬だ! それを弟が……コリックス男爵が改良に改良を重ねて作り上げた秘蔵の薬。それを貧しい者どもに施していたとして何を責められようか。その薬なら」
王妃はドレスの胸元に手をやると、そこから小さなピルケースを取り出し、勢いよく中身を床にぶちまけた。四方八方に弾けて転がったのは星の刻印が押された錠剤だ。
「私も長く服用している。この通り、何の害もない!」
「害がない?」
セドリックが静かにそう言うと、改めてグレイシアに向き直った。
「何故、わざわざそんなことを言う? 俺は何もこの薬に害がある、などとは一言も言っていないぞ。グレイシア王妃、何を慌てているのだ?」
「慌ててなど!」
「長く服用していると今、言ったがそれはどれくらい前の話だ?」
「何?」
「例えば、我が母・エメリア妃が存命の頃から、か?」
「……それはどういう意味ですか」
低い声でうなるようにグレイシアは言った。
「あなたが何を知りたいのか、私にはまるで判りません。この薬とエメリア妃に何のつながりがあるというのです」
「例えばだ」
セドリックは睨むようにグレイシアを見ると言った。
「この薬を母も服用していたとしたら? それ故、母は命を縮めることになったのだとしたら?」
「馬鹿な!」
怒鳴り声をあげたのはコリックス男爵だった。
「この薬を毒薬とでも思っているのか! 私のこれまでの苦労を侮辱する気か! とんでもない言いがかりだ!」
「言いがかりだと?」
不思議な言葉を聞いたというようにカイルは男爵をまじまじとみつめた。そして、妹の細い腕を取るとその袖をめくる。
「では、これはどうだ?」
彼女の露わになった細い腕には無数の注射痕があり、白い肌に青黒いあざが痛々しく残っていた。
「これが何か判るか? 妹は薬を服用している間、その効果を知るとかで定期的に血を抜かれていたんだぞ。こんなことをして……俺の妹を何だと思っている? これは言いがかりじゃないぞ、あんたがイライサにしたことだ」
「そ、それは、お前の妹の身体を管理するためにしたことだ。妹を救うためじゃないか」
「本当か」
冷ややかにセドリックは言った。
「本当に、彼女を救うためにしていたことなのか?」
「そ、それ以外、何があると……」
「採血されていたのはイライサだけではないだろう。少々、調べさせてもらったが、お前から薬を無償で配られた者たちは全員、その後の経過を調べられ、採血されていた」
「だからそれは!」
「ああ、判っている。薬を服用した後、副作用などで重篤な状態になるのを防ぐために必要なことだというのだろう?」
「判っているのならわざわざ聞くこともないでしょう……」
「貧しい者たちに高価な薬を無償で配り、その後も面倒を見てやるなど、まさに神だな、男爵」
「何が仰りたいのか判りかねますが」
叱られた子供のように、上目遣いにこちらを見るコリックス男爵に、セドリックはそっと顔を近づけ、優しいが、しかしきっぱりと言った。
「ならはっきり言ってやる。お前のやったことは善行にみせかけた、非道な人体実験だ、とな」




