第六話
「大丈夫か?」
耳元でささやくとイライサはかすかに微笑み、頷いた。その健気さにカイルはぐっと目頭が熱くなる。大義のためとはいえ、こんな場所に心優しくか弱い妹を引っ張り出したのは彼の本意ではなかった。
しかし。
カイルは顔を上げ、周囲を見渡す。
王妃を見、男爵を見る。
これ以上、こいつらを野放しにはできない。罪を明るみに出すためには多少の痛みは覚悟の上だ。
ふと気が付くとセドリックがこちらを見ていた。どこか気遣わしげなその視線に、カイルはふっと心が柔らかくなるのを感じた。
王族も貴族も嫌いだが、こんな王子さまもいるのだな。
にっと笑い返すと、カイルは顔を上げ、声を張って言った。
「さて、ここにお集りの紳士淑女のみなさん、これにご注目ください」
そうして懐から取り出したのは小さなガラス瓶だった。中には錠剤がぎっしりと詰まっている。
「これに見覚えがある方はいらっしゃいますかな?」
高々と掲げられたその瓶を見て、微かに場がざわついた。
何だ、あれは? どういうこと? 薬か? 毒薬? まさか、恐ろしい!
種々雑多な言葉がしばらくの間、法廷内を行きかったが誰も答えにたどり着ける者はいない。答えを知っているであろう男爵は、被告人席で硬直した顔と身体をさらして、ただ立ち尽くしているだけだった。
「コリックス男爵、あなたはご存知なのでは?」
そう切り込んだのはセドリックだった。
「これはあなたが開発した薬なのだろう? 心の病に効く薬とか?」
「いえ、それは……その」
おずおずと口を開いた男爵は何と答えていいか判らず言葉に詰まる。ここで迂闊なことを言ってしまっては後にグレイシアの怒りをかうだろう。それは避けたい。
どうするかと逡巡しているうちに、セドリックは次の質問に移っていた。
「これは高価な薬らしいが、金を取らず、無料で貧しい者たちに配っているとか。見上げた心がけだ、男爵」
「……その薬が、どうかしたのですか。お尋ねの意味が判らないのですが」
「そうか、判らんか」
セドリックは手を伸ばしてカイルからその薬瓶を受け取ると、蓋を開けて一粒取り出した。小さなその錠剤は一見、白色だがよく見ると薄い茶色をしている。そして印象的なのは星の形に押された刻印だ。
「よく見ろ。見覚えがあるはずだ」
「そ、それは……」
「お前が長い年月をかけて作り上げた薬ではないのか。ああ、いや、未完成なのだったな?」
「は、はい。研究の余地はまだありますが」
姉の刺すような視線を気にしつつも、男爵は必死で答えた。
「ですが、もう完成品と言っても構わないものです。ですから貧しい者たちに無償で配り、彼らに平穏な暮らしを」
「優しいのだな」
ふんと鼻で笑うと、セドリックは続けた。
「だが、その薬を完成させるために、俺たち第一部隊は『黒の樹海』に行き、伝説の『虹のかかる泉』の水を取ってくるよう王命が下ったのではなかったか? そのおかげで死にかけた者もいる。随分と血も流れたぞ」
「それは……存じません」
男爵は思わず姉に目を向けそうになったが、寸前で何とかこらえた。今更、それは王命ではなく姉・グレイシアの命令だとは口が裂けても言えない。しかも薬のためというよりは厄介なセドリック殿下率いる第一部隊を国外に追い払うことが目的だったなどとは絶対に知られてはならない。自分の命そして家族の命もかかっているのだ。
「そ、そのような水が本当にあるのかどうかもあやしいものではありませんか。どんな病気も怪我も治せるとか、不老不死だとか、ただの伝説に過ぎません。そんなものを薬にどう活かすと? 失礼ながら私は理性的な人間ですよ」
媚びるように笑いながらそう言うと、男爵は開き直って言葉を続けた。
「だいたいその薬が何だというのですか? 高価な薬を貧しい者たちに与えた、それが罪ですか? それとも第一部隊が『黒の樹海』に行かされたことへの恨みを私にぶつけるためにこんな騒動を起こしているのですか? そもそもそれは私のせいではありません。帰還したあなた方を国境から締め出したのも私ではなく、国王さまです。私は命に従っただけで」
「よく喋る男だな」
溜息と共にセドリックは言った。
「ではそのよく動く舌で語ってもらおうではないか、真実とやらをな」
「し、真実?」
たちまち男爵の顔の血の気が引いた。
「そ、それはどういうことですか?」




