第五話
呟くように言うと、彼は振り返りグレイシアの脇に控えるアンたちを見た。
「このことを知っていたのか……」
「面白くないという顔ですね、」
ユーリの言葉をさえぎって答えたのはグレイシアだった。彼女は邪悪に口を歪めて笑うと言った。
「自分が捨てた元婚約者とはもう会いたくありませんでしたか、シアーレン公?」
「……なるほど、あなたの仕業か。出廷して俺に不利な証言をしないとウィルローズ家を取り潰すなどと匂わせて脅したのだろう」
「脅す? とんでもない。私はただ、可哀そうな娘に婚約破棄された恨みを晴らす機会を与えてやったにすぎません。これは優しさですよ。……さあ、ウィルローズ家の娘。ケイトリンといったか? どうもおかしな裁判になってしまったが、構わない。お前の恨みつらみをこの冷酷な男にぶつけるがよいぞ。そしてこのくだらなくなった裁判を少しは面白くしておくれ、ケイトリンよ」
「……恨み、ですか?」
不思議そうにその言葉を呟くと令嬢はその場に困ったように立ち尽くした。そして改めてセドリックを見、それからグレイシアの方に視線を向ける。
「私には……そのようなものはございません、王妃さま」
「いい子ぶらなくてもよい」
氷の視線を向けると、グレイシアはやはり冷たく言った。
「かつて、お前のように心に一つの曇りもない、という顔をした女がいた。誰にも優しく、他人のことばかり気をかける……馬鹿な女。私はその女が……世界一憎らしかった」
「だから、殺したのか」
そう言ったのはセドリックだった。彼は天気の話でもするような軽い様子でグレイシアに向き合った。
「その憎らしい女はお前にとってなんだったのだろうな」
「……あら、そこの小娘に代わって、あなたが私に恨み言を? 面白いこと」
くすくすと笑い出したグレイシアに、かつと靴を踏み鳴らすと、セドリックは打って変わって厳しい声で言った。
「ここは裁きの塔の神聖なる法廷ということを忘れるな! のたりくたりと言い逃れることはもう許さない。……はっきりさせようじゃないか、グレイシア王妃!」
「ほう?」
上目遣いで冷たい視線をセドリックに送りながらも、グレイシアは笑うのをやめない。
「いつからこの裁判は私を裁くものに変わったのかしら? 誰がそのようなことを許した? 被告人風情が何を勘違いしているのやら」
「勘違いしているのがどちらかはすぐに判る」
「……あなたは、あなたのお母さま、エメリア妃を私が殺したと言いたいのね? そして王妃の座を奪ったと」
「だとしたら?」
「もしそれが間違いだったと判った時、あなたはどうなさるおつもり? 私に泣いて詫びても許しませんよ。こんな茶番はおやめなさい。あなたのお母さまは確かに病気で亡くなられたのです。それ以上でも以下でもありません」
「……そうかもしれない。母は優しさゆえに心と身体を壊してしまった……それは事実だろう。だが、そこには表からは見えない真実も隠されている。俺はそれを明らかにしたい、いや、しなくてはならないのだ」
「そのようなことをしてどうなると?」
切り込むように言ったグレイシアはもう笑ってはいなかった。射抜くような鋭い視線をセドリックに送っている。
「馬鹿なことをしたと後で泣くのはあなたですよ、シアーレン公」
「何故だ? 何故そう思う?」
その言葉にグレイシアは、一瞬、何かを言おうと唇を開きかけたが、結局、何も言わず、顔も背けてしまった。
その様子をしばらく眺めた後、セドリックは控えているカイルに目をやった。
「頼む」
その一言にカイルは頷くと、拘束していたコリックス男爵を引きずるようにして、さっきまでセドリックがいた被告人席に立たせた。
「何だ、何をするつもりだ!」
「だから、裁判だよ」
カイルはそう言うと、とどめとばかりに男爵の耳元に吹き込むように言葉を放った。
「あんた、おとなしくしていた方が身のためだぜ。第一部隊の面々の武器は、全方向からきっちりあんたの心臓を狙っているからな」
ぐっと息を呑んでおとなしくなった男爵を確認すると、カイルはすっとその場を離れ、心細そうな妹の傍に戻った。




