第二話
「ほう、俺の「お仲間」からか。どんな面白い話を聞いたというのだ。是非とも聞かせてくれ」
「へえ、いいのかい?」
堂々としているセドリックをまじまじと眺めながらカイルは言葉を継いだ。
「俺の話はある者にとっては苦い薬となるぜ」
「薬か。いいだろう。尚更聞きたいものだ。なあ、そう思わないか、コリックス男爵。薬とならばお前の専門だろう」
「は? 何?」
もう出番は終わったとばかりに姉の後ろに隠れていた男爵は、突然名前を呼ばれてぎくりと顔を上げた。またもや大勢の視線に晒されている状況におどおどする。
「どうした、違ったか?」
「ななな何のことだ?」
「だからよ、例えば」
カイルは会話に割り込むと、妹の手を引いて男爵の前に押し出した。
「あんたがここにいるイライサに何をしたかってことだ」
「は? 何だと? 何のことだ?」
「薬のことさ。あれは……」
「黙れ! 心身喪失に陥っていたお前の妹を薬で助けてやっただけのことではないか……ああ、いや、違う。今、話しているのはシアーレン公のことだろう。偽物と入れ替わったとかそういう話だろうが。薬は関係ない!」
「ああ、そうだったそうだった」
ぱんとひとつ手を打って、セドリックが白々しいくらいに声を上げた。
「男爵は俺の偽物とやらが気になるらしい。せっかくだ、教えてやれ」
「おや、よろしいので」
アレクは困ったような顔で聞き返すと、セドリックはますます声を張って言った。
「ああ、構わない。そうだな、先ずはその裏切り者に話を聞くか。……おーい、この男、カイルに俺の企みとやらを耳打ちした『お仲間』というのはどこのどいつだ? ここにいるんだろ? 裏切り者は潔く手を挙げろ!」
法廷はしんと静まり返った。
コリックス男爵は内心、舌打ちしていた。そんなことを呼びかけて、「はい、私が裏切り者です」と手を挙げる馬鹿がいるものか。
しかし。
男爵の目が大きく見開かれた。
すっと静かにひとつの手が挙がったのだ。
なんだと?!
思わず身体が前に出た。一体誰だ、と覗き込んでまた目を見張る。
「こ、これはどういうことだ!」
男爵が唖然としたのも無理はない。ひとつの手が挙がったと思った途端、またすぐに別の手が挙がったのだ。誰だと思う暇もなく、また別の手、別の手と次々と手が挙がっていく。そしてそれはグレイシアたちを護っていた近衛兵たちの手だった。
「これはこれは困ったな」
冷静にセドリックが言った。
「裏切り者がこんなにいたとは」
「いやあ、まったくです。おい、お前たち、どういうことだ?」
アレクがセドリックに同調し、自分の部下たちを睥睨する。と、間の抜けた声と言葉がぞろぞろと返ってきた。
「そう言われてもなあ。どうして裏切っちゃったんだっけ? お前は?」
「えっと、どうだったかな? 面白そうだったから?」
「そういうお前はどうよ?」
「何となく裏切ってみました」
「俺は裏切ったりしてないぜ、……多分」
「あ、とぼけた。ずるい」
恐縮するどころか、楽しそうに話し出す近衛兵たちに男爵もグレイシアも唖然として言葉がない。お互いに顔を見合わせた後、結局、声を放ったのはグレイシアだった。
「お、お黙りなさい! 一体、どういうつもりですか。近衛兵とは思えない醜態……まさか、お前たち」
グレイシアが何かに気が付いた時にはもう遅かった。彼女のすぐ傍に立っていた近衛兵が不意に彼女の腕をつかむと囁くように言った。
「はい、そのまさかです」
兵は片手で帽子を取ってその顔を露わにする。現れた理知的な碧い瞳にグレイシアは言葉が詰まった。
「お久しぶりです、王妃さま」
「お前は……ケントリッジ少尉。どうしてここに! 近衛兵のふりなどして、どういうつもりですか! すぐに手を放しなさい!」
「しばらくご辛抱を」
「犬の分際で……! アレク! この男を捕らえるように命じなさい!」
「はあ、それが」
アレクが困ったように部下たちを見回しながら言った。
「この者どもはどうやら私の命令はきかないようでして」
「それはどういうことですか?!」
「こういうことですよ」
ひとりの近衛兵がそう言うと、それを合図に兵たち全員が帽子を取った。そしてそこから現われたのは。
「第一部隊……」
呻くように男爵が言った。
「どうしてこんなことに……」
「俺たちが近衛兵でなくて残念でしたね。しばしの間、ご辛抱を」
トムは不敵にそう言い放つと、男爵をカイルに突き飛ばした。カイルはすぐさま男爵の腕をねじって動けなくすると苦痛に歪む彼の耳元でこう囁いた。
「あんたもここで告白しなきゃいけないことをあるだろうが。殿下を裁くついでにあんたたちも裁かれちまえよ。すぐに楽にしてやるからちょっと待ってな」
「な、何? お前、殿下とグルなのか?」
「目的が一致しただけだ」
「よくも、恩を忘れて……!」
「言ったろう、静粛に、だ」
拘束している腕にカイルが少し力を入れると、男爵は痛みで呻き、声が出なくなった。カイルはその様子にふんと鼻で笑ってから、傍らに所在無げに立つ妹を見た。なだめすかしてここまで連れてきたが、彼女は明らかに怯え、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「イライサ、大丈夫か」
彼女はおどおどしつつも、兄の問いかけにしっかりと頷いた。




