第一話
これは一体、どういうことだ。このような裁判は前代未聞だぞ。
パドフ少佐は、闖入者で荒れる法廷に呆然としながらも、周囲の傍聴席の様子にも目を配っていた。不安に駆られ許可なく席を立ち、法廷から逃げ出そうとする者もいれば、これから何が起こるのかと興味津々に前のめりに法廷をみつめる者、知人同士で堂々とおしゃべりを始める者、わけが判らずただ呆然と座り込んでいる者とその様子はさまざまで、今や静粛という言葉は遥か彼方に消えていた。そして、なにより彼が気遣っていたのはすぐ隣に座る令嬢のことだ。
黒いヴェールの奥で表情はよく見えないが、きっと予想外の法廷の状況に怯えて顔色は蒼白になっているに違いない。
「大丈夫ですか? ウィルローズ嬢」
怖がらせないようにそっと耳元で優しく囁くと、ふと彼女は顔を上げ、ゆっくりとパドフを見た。その瞳は何も恐れていないように冷たく澄んでいて、思わずパドフは息を呑む。
「……何か仰いましたか?」
「あ、いえ。その、法廷が荒れているので、あなたが怯えていないかと」
「ああ、そうですね」
静かに微笑むと彼女は言った。
「確かに荒れていますが、でも、それでよいと思うのです」
「は? どういう意味です? まあ、確かにこの裁判は初めからどこかおかしいところはありましたが……更に荒れてしまえばいいとお考えですか?」
「荒れて壊れてしまえばいい。そうしてもう一度、作り直すことができるのなら……」
すっと彼女は立ち上がると、法廷の中心にいるグレイシア王妃にまっすぐに目を向けた。
「みんなが幸せになれるかもしれません」
「は? 幸せ、ですか?」
「はい」
自分をぽかんとした顔で見上げるパドフに彼女は優しく言った。
「正直に好きなものを好きだと言えて、好きな時に好きな方に会いに行ける。そんな幸せがあればいいと思うのです」
「……はあ」
確かにそれはいいことだが、それとこの裁判が何の関係があるというのだろう。
乙女心は複雑だな。
パドフは小首をかしげながらも、紳士として軍人としてか弱き女性に危害が及ばぬように守るべく、自身も立ち上がり、そっと彼女に寄り添った。
「ここにいるのは嘘つきだらけだ」
声高に、宣言するようにカイルは言うと、珍しそうに法廷を見渡した。
「御大層に裁判なんか起こしやがって、一体、誰が誰の罪を裁こうっていうんだ? 茶番だね」
「何を言う。無礼な」
声を荒げたのは裁判長だった。彼は法壇から立ち上がると不快感を隠すことなく言った。
「法廷を侮辱することは許さんぞ!」
「黙ってな」
カイルは言うと、大胆にも裁判長を指さした。
「あんたさ、俺は王妃さまに頼まれてこれから大事な話をしようってんだ。ほら、あれだ、静粛にって奴だ。しばらく黙ってそこに座ってな。文句があるなら王妃に言えよ」
「な、何……! 王妃さま、これは、しかし!」
怒りで顔を真っ赤にした裁判長だったが、グレイシアに無言で睨まれると黙るしかなく、渋々と席に着いた。
「さ、これで邪魔はなくなったかな。ここにいる奴で俺のご高説を聞きたくない奴は口と目を閉じて耳をふさいでおけ。……よしよし、静かになったな。神聖なる法廷はこうじゃないとな」
「満足がいったようですね」
冷ややかにカイルをみつめると、グレイシアはやはり冷ややかに言った。
「ではそろそろ、お前の知りえることを話しなさい。それはそう、シアーレン公が何か企んでいるということだったかしら?」
「いいだろう」
にやりと笑うと彼は意味深長にセドリックを見て言った。
「俺はさ、王子さま。あんたのお仲間から色々と面白い話を聞いているんだよ。地下牢で偽物と入れ替わったことから、何を企んでいるのかも。そりゃあ、すべてをな」




