第八話
「黙れ!」
激高した男爵が我を忘れて怒声を上げた。
「そんなはずはない! 近衛兵! お前たちは確かに地下牢に繋がれていた殿下をここに連行したのか?! どこかで入れ替わった可能性はないのか?!」
「男爵、何と仰せです?」
アレクが大袈裟に困惑した表情を浮かべると言った。
「入れ替わったとはどういうことでしょうか? 私どもは確実にこの城の地下牢から殿下をお連れしました。入れ替わる暇などありません。そもそもどうやって地下牢に繋がれている人間を他の者と入れ替えることが出来るのですか? やり方があるというのであれば教えていただきたいものです。……それとも男爵は我々の職務怠慢をお疑いですか?」
アレクの声が不意に低くなった。
「そういうことでしたら、我らも近衛兵としての矜持があります。それ相応の態度を取らせていただきますが……よろしいでしょうか、男爵」
「な、何……! ぶ、無礼な……」
「もうよい」
怯えながらもアレクに何とか言葉を返そうとする男爵に、グレイシアが冷ややかに言った。
「ロバート、お前が何を言いたいのか私には判りません」
「あ、姉上……!」
「いいですか、ロバート。シアーレン公の偽物とはどういう意味なのか、入れ替わったとお前は言うが、それは何のことなのか、一切を誰にも判るように今すぐここで説明しなさい。……できないというのならもう何も言わなくてよろしい。下がりなさい」
「お待ちください、姉上」
背を向けかけるグレイシアに慌てて男爵は言った。
「何かが、何かがおかしい。これは罠かもしれません」
「罠?」
と問い返したのは二人のやり取りを今まで静観していたセドリックだった。
「罠、とはまた新しい言葉が出てきたな、男爵。従順に裁きを受けようとしている俺を偽物扱いした挙句、今度は罠とは。なんとも面白い男だな、お前は」
「何……!」
「俺が罠を仕掛けた、とお前は言いたいようだが、グレイシア王妃の言うように説明できないのであれば意味がない。お前の空想をこの神聖な裁きの場に持ち込まれては困るな」
途端に周囲から失笑の波が起きた。たちまち男爵の顔に羞恥の赤が差す。
「よくもよくも……」
今や道化と化してしまった男爵を擁護する者はいない。孤立した彼は、屈辱の怒りに震えながら法廷の真ん中で立ち尽していた。退廷する機会すらも失ってしまった男爵は、必死の形相で傍聴席に目をやった。
「カイル!」
最後の命綱を掴もうとするように傍聴席に座る若い男に片手を伸ばし、男爵は叫んだ。
「貴様! これはどういうことだ! 私への恩を忘れて裏切る気か!」
ざわついていた空気が途端にしんと静かになった。全員の視線が傍聴席に悠然と座る男に集まる。「あれは誰だ?」「身なりからしてどこかの貴族か?」「見ない顔だが……?」ひそひそと言葉が行きかう中、若い男、カイルはのんびりと立ち上がった。
「お困りのようですな、男爵」
にっと不敵に笑うとカイルは、隣に座る若い娘の手を引いて彼女のことも立たせると、ふたりで法廷に降りてきた。周囲はその様子に再度ざわついたが、あまりに彼らが堂々としていたため、その行為を咎めようとする者は誰もいなかった。
「……どういうつもりだ!」
目の前に立つカイルに、男爵は半分、怯えながら詰問した。
「わ、私に恥をかかせようというのか! 何を企んでいる? 私に嘘を……」
「嘘?」
不思議そうにカイルは聞き返した。
「俺は嘘なんて一言も言ってませんぜ。俺はこう見えて義理堅い人間だ、男爵が妹に」
と、彼の後ろに隠れるように立っている若い女性に一瞥を投げると続けた。
「イライサにしてくれたことを俺は決して忘れない」
「なら何故、私を窮地に追い込むような嘘を……!」
「ですから、嘘なんてついていませんって」
カイルはそう言うと、男爵に背を向け、セドリックに向き直った。
「そうですよね? 王子さま。地下牢に繋がれていたのはあんたじゃない、身代わりだ。嘘つきは、王子さま、あんたの方だよな?」
「おい、貴様。やめないか」
割って入ろうとしたアレクを睨んで制すると、カイルは言葉を続けた。
「あんたら近衛兵も揃ってグルだろうが」
「何だと?」
「そう考えなきゃ辻褄が合わねえ。こんなこと協力者がいないと出来ないことだからな。さて誰と誰が、この王様を殺そうとした極悪非道の王子さまに手を貸したのか、ここではっきりさせちゃどうだ? だいたいおかしいよな。地下牢に身代わりを放り込んでおきながら、この法廷には本人がお出ましだ。さてさて、何を企んでいるんだか。そのまま逃亡することだってできたはずなのによ?」
「黙れ! この男を捕らえよ!」
アレクの号令で動き出そうとした兵を、片手を上げて止めたのはグレイシアだった。
「待て。面白いではないか」
冷たい笑みを口元にたたえて彼女は言った。
「カイル、とかいったな。お前は何を知っているのだ?」
「ほう、聞いてくださるので?」
「ああ、聞いてやろう。さぞかしシアーレン公も興味がおありだろうから」
無表情で立ち尽くすセドリックに一瞥を投げると、グレイシアは従者に命じて新しい酒の入ったグラスを持ってこさせた。そしてそれを祝杯でもあげるように高々と持ち上げた。




