第七話
「お待ちください、どのような根拠があってのお申し出でしょうか」
裁判官がその場の張り詰めた空気を破るように、強い口調でグレイシアに問いただした。
「場合によっては、王妃さまであろうと法廷を侮辱した責任を取っていただくことになりますぞ」
「よろしい」
一歩、前に出ると、グレイシアは項垂れているセドリックをまっすぐにみつめて言った
「今すぐに、ここにいるのがシアーレン公でないと証明すればいいだけのこと。さ、そこの男。顔を上げよ」
微かにセドリックの肩が震えたが、顔を上げる気配はない。グレイシアは苛立ちを隠さずに言葉を重ねた。
「私の声が聞こえないのですか! 早く顔をお見せ!」
全員の視線がセドリックに集まった。その痛いくらいの視線の中、しかし彼は顔を俯けたまま王妃の言葉に従う様子はない。ただその肩や背中の微かな震えが次第に大きくなっていった。
「……怯えて震えているのか。それとも泣いてでもいるのか」
低い声でコリックス男爵がどこか気の毒そうに呟くと、グレイシアが馬鹿にするようにふんと鼻で笑った。
「今更なんですか。そこの男、お前はシアーレン公に化けてこの裁きの塔にのりこんできたのです。法廷だけでなく王族も国民もすべてを侮辱したのです。当然覚悟はできていますね」
尚も沈黙を守る男にゆっくりとグレイシアは近づいた。
「さあ、観念して顔を上げなさい」
「……覚悟、と言ったな?」
不意にセドリックが口を開いた。
それほど大きい声ではなかったが凛と辺りに響くその声に、ぎくりとしてグレイシアは動きを止めた。
「覚悟が必要なのはどちらだろうな」
すっと顔を上げると、セドリックは鋭い視線で王妃をまっすぐにみつめた。
「俺の顔が見たいなら存分に見るといい。残念だが、俺は偽物ではない。この通り、正真正銘、この国の第一王子だ」
「そんな」
蒼ざめてその場に立ち尽くす王妃に、セドリックが一歩、あゆみを進めた。
「どうした、先ほどまでの勢いはどこに行った? グレイシア王妃よ」
「被告人、下がりなさい!」
裁判長の怒声に応じて、アレクたち近衛兵が素早く動き、王妃をセドリックから引き離すと、彼女を守るべくその周囲を固めた。
「おい、グレイシア。言っておくが俺が震えていたのは恐れていたからでも泣いていたからでもない。お前たち姉弟の茶番がおかしくて笑いを抑えるのに必死だっただけさ。残念だったな」
「何! セドリック殿下だと? そんなはずは」
コリックス男爵も慌てて姉の傍に駆け寄り、盾のように王妃を囲み、守っている近衛兵たちの隙間からセドリックの顔を覗き見た。そして絶句する。
目の前で冷たい笑いを口元にたたえているのは確かにセドリック第一王子に間違いなかったからだ。
……どうしてだ。カイルの情報が間違っていたのか?
それとも……まさかカイルが裏切った、と?
しかし、カイルが私を裏切って得られるメリットは何もない。それどころか妹の恩人と敬っていたはず……。
混乱しながら視線を彷徨わせた男爵の目に、ある人物の姿が引っかかった。
……カイル?
傍聴人の座る席の一番奥に知っている顔があった。いつもの薄汚いなりではなく、上等な服に身を包んだ若い男女だ。
どういうことだ。ここはお前たちのようなものが入れる場所ではない。一体、どうやって……。
呆然としていると、カイルの方も男爵の視線に気づき、にやりと笑った。
その刹那、男爵の背中に冷たいものが走った。
何だ、これは。
何が起こっているんだ……。
不吉な予感に男爵は思わず、身震いした。
「あ、姉上……」
「ロバート、これはどういうことですか」
助けを求めるように、あえぎながらグレイシアに呼びかけたが、その姉の固い声に、男爵は再度絶句した。
「シアーレン公が偽物だとお前が私に言ったのですよ、ロバート。お前は、私に恥をかかせたいのですか」
「まさか、そんなことは……いや、それより姉上、何かおかしいのです。嫌な予感がします」
「おかしい? お前がおかしいのではありませんか。これはシアーレン公の裁判です。シアーレン公が被告人の席にいて何がおかしいのですか」
「姉上! 私の言うことを聞いてください。どうか、いますぐ退廷してください。姉上の身に危険が及ぶ可能性があります」
「今更、何を。裁判は始まったのです。退廷などとんでもない。決着をつけるのです。今すぐ、ここで」
「姉上!」
「盛り上がっているところ恐縮だが」
冷たい声で姉弟の会話に割って入ったのはセドリックだった。
「お前たちの口喧嘩のおかげで裁判が止まっているのだが構わないのか? 裁判長もご立腹の様子だ」




