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第二話

 かちりと静かに、だが正確に時計の針は動き、この国に朝が来たことを軽やかな鐘の音をもって知らせた。

 仕事に向かうべく、まだ夜が明けきらない暗い通りを歩いていた青年はふと足を止め、確認するように自分の懐中時計にちらと目をやり、朝食の支度をしていた婦人は不安そうに窓の外をながめ、大通りを箒で掃いていた清掃夫は手を止めて空の向こうに聳え立つ時計塔と、豪奢な城とを交互にみつめた。

「物騒なことが起こらなきゃいいがなあ……」

 ぼそりと彼がそう呟いたのは、セドリックの国王暗殺未遂の裁きが、本日、午後から『裁きの塔』において開かれると国民に正式に通達されていたからだ。

 その通達の後、それでなくとも不穏な空気の国内に拍車をかけるよう物騒な噂が流れ始めていた。

『裁きの塔』は王族など身分の高い者が罪を犯した時にのみ使用される裁判所であり、城の敷地内にそれはある。その『裁きの塔』に、セドリックを擁護している一部の軍人たちが武力で乱入し、セドリック奪還を計るのではないか、いや、裁きが下される前に王妃の命を受けた暗殺者がセドリックの息の根を止めに来るのだ。そうなれば内乱が起り、国中に血の雨が降ることになる……。

「まったく、殺し合いなんてごめんだよ。王族の争いなんて俺たちには関係ないことじゃないか」

 吐き捨てるように掃除夫はそう言うと、辺りをきょろきょろと見回した。そしていつもと変わらない朝の様子に少しほっとしながらも、それでも今朝は早々に仕事を切り上げると道具を抱えてそそくさとその場を後にした。

 掃除夫が立ち去ってすぐ後のこと。

 ひとりの労働者風の男がゆっくりとした足取りで街角に現れた。そしてくしくも掃除夫がそうしていたように時計塔を見、それから城に目をやった。

「……さて、そろそろ始めるか」

 帽子の陰から不敵に笑うその顔は……セドリック第一王子、そのひとだった。



 上機嫌だな。

 姉に呼ばれて一緒に遅めの朝食を取った後、コリックス男爵はこれから始まるセドリックの裁判のために身支度を始める姉の様子をぼんやりとながめていた。

 裁きの場に出るため、いつもよりは抑えた色味のドレスで身を包んではいるがしかし、赤く彩られた唇が先ほどから上機嫌に笑みの形を作っていた。

 そのうち、鼻歌でも出て来そうな勢いだ。

 思わず小さく溜息をつくと、それに気付いたのかグレイシアが不意に振り返ると男爵に言った。

「ロバート、お前の方の準備は当然、完璧なのですね?」

「あ、はい。勿論」

 こほんと咳払いをしてから男爵は答えた。

「セドリック殿下の追い落とすための証人は充分な数を用意しています。言い逃れなど出来る余地はありません」

「それは素晴らしい。そうそう、あのウィルローズ家の娘もこちら側の証人として出廷すると返事がありましたよ。喜ばしいことね」

「え? ウィルローズ家の娘というと、あの看護師の?」

 男爵の脳裏に、まっすぐな瞳で迫ってくるケイトリンの姿が浮かんだ。セドリック殿下のために、仲間のために我が身を顧みず、一歩も引かないあの時の姿が。

「まさか」

 思わず呟いてしまってから、慌てて男爵は口をつぐみ、顔色を窺うように上目遣いに姉を見る。が、彼女は相変わらず、上機嫌のまま、弟に言った。

「心は変わるものですよ、ロバート」

「はい? それはその、心変わりした、と?」

「当然でしょう。突然、一方的に婚約を破棄されたのです。まるで用済みと言わんばかりに。こんな不名誉なことをされてはあの娘と結婚しようと思う殿方は当分、現れないでしょう。何と可哀そうなこと」

 そう言いながら、グレイシアの口角は楽しげに上がっている。

「その恨みつらみを思う存分、裁きの場で晴らすとよい。私はその機会を与えてあげたのですよ」

「はあ、しかし、あの娘がそのようなことを望みますか……」

「望むわよ」

 不意に彼女の声が固く冷たくなった。

「望んでもらわなければ、困る。私も、そして小娘の家族も」

「家族……?」

「これは頼んでいるのではない。命令だ。そのことはウィルローズ家も承知しているでしょう。国王からの命令を貴族であろうと拒めばどうなるか、馬鹿でも判る」

「……そうですね」

 なるほど、こちらの望むことを証言しなければあの娘ともどもウィルローズ家を叩き潰す、ということか。確かに、馬鹿でも判る。この人のやることに慈悲がないということぐらい。

「姉上、ひとつお伺いしたいことがあります」

 男爵は意を決して顔を上げると言った。今しかもう聞ける時がないような気がしたからだ。

「何かしら?」

「あの薬のことです」

「……薬」


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