第一話
最近の国民の最大関心事は当然のごとく、近日行われる第一王子セドリックの裁判の行方だった。
様々な噂が飛び交う中、国民は、国王・王妃派とセドリック派に分かれ、意見を言い合うのが流行りとまでになっていた。
国王暗殺の罪に問われ、城の地下牢に繋がれているセドリックを擁護する国民も多かったが、その反面、国王を崇拝する者も根強く、両者の意見はいつも白熱し最後には必ずと言っていいほど暴力に訴える喧嘩となった。そのたびに警察が取り締まりに駆り出され、結果、五人以上の集まりが禁止されるなど、平和だった国内はぴりぴりとした空気に包まれていた。
そんな中、一人の男が裏通りを大股で歩いていた。相変わらず種々雑多な人々が集まる猥雑な通りだったが、こんなところの空気さえ奇妙な具合に張り詰めている。
これもすべて例の暗殺未遂事件が原因か。
男は微かに顔を歪めると、吐き捨てるように呟いた。
「親子喧嘩なら、もう少し穏やかにやって欲しいもんだ」
「ちょいと、カイル」
横合いの路地から不意に声を掛けられ、男……カイルは鋭くそちらに目をやり、身構える。
「なに怒ってんだよ、あたしだよ」
「……何だ、お前か」
カイルは身体の力を抜くと、暗がりから現れた顔見知りの女、ジニーに言った。
「別に怒っちゃいない。妹のところに行く途中だ」
「はあ? イライサのところだって? 今更、何言ってんだか」
ジニーは粗末なスカートを翻すと、するりとカイルの傍に寄り、睨むようにカイルの顔を見上げた。
「ひとりきりの妹をほったらかして、今までどこに行ってたんだよ? イライサはずっと不安そうにしてたよ」
「何だ、何かあったのか?」
「はあ? 何かあったもないもんだ。判るだろ、そのくらい」
「例の国王暗殺未遂の件か」
「ああ、そうさ。起こっているのはあたしたち下々のあずかり知らないお城の中での出来事。それでもそのおかげで、この国の空気はおかしくなっちまった。イライサはそういうものに敏感だ。怖い、兄さんが来ないって毎日、泣いてたよ」
「……そうか。ここ数日、忙しかったからな。悪かったな、ジニー。お前が何かとイライサの面倒を見てくれているから助かるよ。ちゃんと礼はするから」
「そんなもの、いらない。ご近所によしみだ。イライサはあたしにとっても大切な友達だからね。そんなことより、お前、何やってんだよ?」
「……何とは何だ?」
「とぼけんな」
ジニーは一歩、前に出て更にカイルに詰め寄ると言った。
「やばいことに首突っ込んでるんじゃないだろうね? あんた、最近、ずっとあの男爵と」
「何もしてねーよ」
カイルは彼女の言葉を遮って慌てて目を背けたが、ジニーは攻撃を止めない。
「ねえ、貴族なんて信用しちゃだめだよ。あんたたちごろつきをあいつは利用しているだけだ。捨て石にされるだけだよ」
「だから、何もしてねえって」
「イライサだってそうだよ」
ジニーを押しのけて歩き去ろうとしたカイルだったが、そのひとことで足を止めた。
「イライサが……何だって?」
「捨て石だってことよ」
「おい?」
振り返るカイルにジニーは再度、詰め寄ると言った。
「あんただって薄々、気が付いているんじゃないのか。おかしいって思ったことあるだろ? 何でお偉い貴族さまが無償で貧乏人に薬や治療を施してくれんのさ? 何の得があるんだ?」
「それは……」
「あんたは妹を人質に取られているようなもんだから、言いなりになってるんだろうけど、それでも気が付くことはあるだろ?」
「俺は別に言いなりになっているわけじゃ……男爵には恩があるから」
「恩んだって? ただイライサに薬を、治療を続けて欲しいから男爵の言いなりになっている。ご機嫌を損ねて、薬をもらえなくなったらどうしよう、そんなことを考えているんだろ?」
「ジニー!」
「いいかい、カイル。あの男爵はあやしい。王妃の弟だか何だか知らないけど、もう関わらない方が」
「黙れ」
低く吠えるようにカイルは言った。
「頼む。黙ってくれ」
「……カイル」
ふうっと深い息を吐くと、ジニーは優しい声で呟いた。
「真実を見るのは怖いよね。判るよ。だけどさ、このままじゃだめなこともあんたは知っている。そうだろ? どうにかしようとしているんだろ?」
「……ああ、そうだな」
今度はカイルが観念したように深い息を吐いた。
「イライサはどんな具合だ? あの薬……男爵からもらったあの薬は」
「まだ呑んでる。あたしは嫌だけど、確かにあの薬を呑むと、イライサは落ち着くんだ。それで男爵の手下だか、助手だか知らないけど、白衣の連中が治療だとか言って、定期的にイライサの血を抜いたりして色々、調べに来るよ。そんなことをされているのはイライサだけじゃないけど……見ていると、何だか実験されている動物みたいで、あたしは本当に嫌なんだ」
実験されている動物。
どくんと嫌な角度に心臓が跳ねた。
「また来るよ、白衣の連中はイライサのところに。いいのかい?」
「……ジニー」
「何だい?」
「俺は妹を助けたい」
「うん、知ってる」
「そのためにはどの道を選べばいいか、俺はずっと考えていたんだ」
「うん。それで?」
「正しい道を、少なくともイライサのためになる道を俺は選ぶと決めたよ。例え、裏切者と蔑まれても」
「構うもんか」
ジニーが豪快に笑うと言った。
「言いたい奴には言わせとけ。何が大切か、そこさえ見誤らなけりゃ大抵の場合、人は生きていけるもんさ」
硬かったカイルの表情が少し和らぐと、彼はしっかりとジニーをみつめて頷いた。もう迷わない瞳だった。




