第四話
「地下牢でのシアーレン公の様子はいかがですか」
ソファーにしどけなく座ったグレイシア王妃は、お気に入りの果実酒が入ったグラスを片手に静かに問うた。
「はっ。観念したようで、おとなしくしております」
「観念?」
ふっと愉快そうに口元だけで笑うと、グレイシアは扉の前で微動だにせずに立っているアレクを見た。国王陛下の近衛隊長である彼は、国王暗殺を企てたとされるセドリックの身柄を拘束する責任をも負っている。内心、この件を不可解に感じていたとしても、それを顔にも口にも出すことはできなかった。特にこの王妃の前では。
「あの男が観念と? 面白いこともあるもの」
「はっ。仰せの通りで」
「アレク近衛隊長。裁判は三日後です」
「……承知しております」
「第一部隊の連中の身柄がまだ拘束できていないと報告が入っています。それは知っていますか」
「はっ」
「どこに雲隠れしているのやら」
グレイシアは透明な果実酒を一口飲むと、小さく息をついて言葉を続けた。
「もうすぐ裁判が行われるというのに、第一部隊の連中が何もしないとは思えません。何か仕掛けてくることは必至。この三日間、しっかりとシアーレン公を見張りなさい。地下牢に繋がれているからといって油断してはなりませんよ」
「御意」
「裁判の当日、彼を牢から出す際は特に気を付けるように。奪還を計るかもしれません。まあ、私に言われるまでもなく、お前に抜かりはないだろうけど」
「仰せのままに」
アレクは深く頭を垂れた。
「必ず、裁きの場にセドリック殿下をお連れ致します」
「よろしい。もう下がってよい。忙しい身でしょうから、お互いに」
「はっ。失礼いたします」
頭を垂れたまま、アレクは王妃の部屋を辞した。
長い廊下を歩きながら、思わず溜息をもらしてしまう。当然、彼は今現在、地下牢に繋がれているのがセドリックではないことを知っている。偽物だと承知の上で身柄を拘束し地下牢に送った。そして本物のセドリックを城から逃がしたのだ。いくら似ていても、裁きの場に引き出されれば、たちまち偽物であることはばれてしまうだろう。
「……どうしたものか」
下手をすれば自分だけではなく、部下にも処罰が下る……。
考えあぐねた彼が仕方なく足を向けたのは地下牢だった。セドリックの身代わりになったあの男……確か、テリュースといったか、彼と話をしてみようと思ったのだ。何か打開策がみつかるかもしれない。
地下牢へと続く階段の降り口に急ぐと、見張りに立たせていた部下の姿が見えた。いかにも退屈そうなその様子に、いつものアレクなら喝を入れるところだが、今日のところはそんな気にはなれず、穏やかに声を掛けた。
「見張りご苦労だな。異常はないか」
「はっ! 何もありません!」
慌てて背筋を伸ばす部下に苦笑して、アレクは言った。
「ここはもういい。後は俺が引き継ぐから下がっていろ」
「え? あ、判りました」
一瞬、部下はきょとんとしたが、退屈な任務から解放されると喜んで、啓礼をするとそそくさとその場を離れて行った。その姿が廊下の角に消えるのを見送るとアレクは階段を降り始めた。牢にいるセドリックが偽物であることを部下に知られるわけにはいかない。誰も巻き込みたくはなかった。用心するに越したことはない。
薄暗い階段をしばらく降りていくと、ふと、アレクは足を止めた。
人の話し声?
思わず後ろを振り返り、耳を澄ました。自分が降りてきた方向から、声が微かに反響してくる。
ふたり、いる?
それも若い声だ。
部下の誰かかと思ったが、誰の声にも当てはまらない。当てはまるどころか、聞こえてくる声のひとつは……。
子供? 少年の声か?
……まさか。
アレクは身を翻すと、急いで階段を降りきった。そして暗がりにしゃがみ込み、身を潜める。
やがて薄闇の中に現れたのは二人組だ。ランタンの光が揺れる中、先を走るのは少年だった。
「……あ、ショーンさま! お待ちを!」
跳ねるような足取りで階段を降りる少年に、後から付いてくる男が慌てて言っている。
「お足元に気を付けて……」
ランタンの光が少年を追う。そうして階段を降りきったふたりはそのまま、奥にある牢へと向かって行った。
おいおい、どうなっているんだ?
そろそろと身体を起こしたアレクは、呆然とふたりの背中をみつめた。
あれはショーン殿下ではないのか。
セドリック殿下に会いに来た、と?
アレクは思わず、頭を抱えた。事態はどんどんややこしくなって行くようだった。




