第三話
濃紺の王家の紋章が入った白い封書を手に取り、コリックス男爵が困惑していた頃、ウィルローズの屋敷でも夫人が同じく困惑し、深い溜息をついていた。
「ケイトリン、あなた、どういうつもり……」
ソファーに座る夫人の前には、テーブルに置かれた二通の封書があった。
一通はケイトリンからの手紙。こっそりと尋ねてきた知らない少年に手渡されたものだ。
胸騒ぎを感じながらも何とか冷静に手紙の封を切った夫人だったが、その内容には落胆を隠せなかった。
封筒の中には『しばらく家に戻れない』『今は理由を聞かないで欲しい』『心配しないで』という走り書きのようなメモが一枚、入っているだけだったのだ。
それだけでも夫人を悩ませるに十分だったが、更にもうひとつ、彼女の頭痛の種があった。濃紺の王家の紋章が入ったもう一通の封書だ。
「……殿下を糾弾するためにケイトリンを裁判に出廷させろだなんて、そんな残酷なこと。ああ、それよりもケイトリンは今どこにいるの? 居場所が判らないのに出廷も何もないわ。どうしたらいいの」
「……お母さま?」
俯く夫人にそっと声を掛けたのはアレンだった。怖々と傍に寄ると、彼は夫人の手に優しく触れて言った。
「大丈夫? どうしたの?」
「ああ、アレン。何でもないわ。あなたは何も気にしなくていいのよ」
無理して微笑む夫人に、アレンはいつになく強い口調で詰め寄った。
「その手紙は何? お城のお使者が持ってきたんでしょ? もう一通は……お姉さまからじゃないの?」
「アレン……」
「お母さま、僕はまだ子供だけど、でも、この家の当主だよ。この家にかかわることは僕だって知りたい。お姉さまのことなら尚更だよ。だって……」
アレンは辛そうに顔を伏せると呟くように言った。
「セドリック殿下のことは僕だって知っているよ。お姉さまはきっととても悲しんでいると思うんだ。ねえ、お母さま、お姉さまは今、どこにいるの? どうしているの? お城では何が起こっているの?」
「ああ、アレン!」
思わず、夫人はアレンの小さな身体を抱きしめた。
「ごめんなさい。私も何が起こっているのか判らないのよ。ただ……ケイトリンは無事でいるわ。心配しないでって手紙をくれたのよ」
「本当!」
ぱっとアレンの顔が明るく輝いた。
「良かった。お姉さまが家に帰ってこなくてすごく心配だったんだ。……だけど、セドリック殿下は……」
「ええ、お城の牢に閉じ込められているのは本当のようね。裁判が行われるまではお城から出られないのよ」
「裁判? それじゃあ、本当にセドリック殿下が王さまを……」
「いいえ、まだ判らないのよ。それを裁判で明らかにするの。その裁判に……証人としてケイトリンにも出廷しろとお呼び出しを受けたのよ」
夫人はそう言うと、悲しげに王家の紋章が鮮やかに浮かぶ封書をみつめた。
「セドリック殿下に一方的に婚約破棄された時の経緯を裁判で話すようにと書いてあったわ」
「え? どうしてそんなことを話さなきゃいけないの?」
「それは……殿下のお立場を悪くするため、かもしれないわね」
「そんな! お姉さまはそんなこと言わないよ! 裁判なんか出なくていいよ」
「そうね。……だけど」
「……だけど、何?」
「あの封書には、ケイトリンが裁判に出なければ王家の命に背いたとして、ウィルローズ家に厳重に罰を与えるとも書かれていたの……」
「え? 罰? 罰って何?」
「判らないわ。だけど、もしかしたら屋敷や土地を没収されてしまうかもしれないわね」
アレンはあまりのことに黙り込んでしまった。呆然としている彼に、夫人は慰めるように優しく言った。
「大丈夫よ、そうと決まったわけじゃないわ。それに」
少し言葉を選ぶように黙ってから、夫人は続けた。
「ケイトリンが今、どこにいるのか判らない以上、裁判に出廷はできない。そのことをお城にお伝えすれば、欠席してもお咎めはないはずよ」
「……う、うん、そうだね」
母親を安心させるために頷いてみたものの、アレンの不安は消えなかった。本当にそれで判ってもらえるのだろうか。そして、大好きなケイトリンは本当に無事なのか。
幼いアレンの頭の中で、たくさんの物事が目まぐるしく回り始めた。そして、最後に閃いたのは。
「お母さま」
まっすぐに、アレンは夫人を見ると言った。
「僕は、この家を、お母さまとお姉さまを必ず守るよ」
夫人が言葉の意味を問い返す暇もなく、アレンは踵を返すと颯爽と部屋を出て行った。




