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第二話

「もういい。行け」

「はい……」

 微妙な表情をして突っ立っているカイルを、面倒そうに手を振って部屋から追い払うと、男爵は深く息を吐き、目を閉じた。ここ最近、目まぐるしく起こっている物事をひとりで冷静に考えてみようと思ったのだ。

 ……現在、国王暗殺の罪で、セドリック殿下は地下牢に繋がれている。一見、うまくやったように見えるが、しかしそれをどれだけの国民が信じるだろうか。

 素行の悪い殿下だが、第一部隊の連中はもとより不思議と彼を慕う国民は多い。今は情報が混乱しているが、いつか落ち着いた時、国民が黙ってこの事実を受け入れるだろうか。誰かがおかしいと声を上げたら……声はさざ波のように国中に広がっていき、その時、窮地に立たされるのは我々の方だ。

 不安にさいなまれ、思わず呻き声をあげて男爵は頭を抱えた。

 いつか姉がこんな行動を起こすことは判っていた。だが、しかし……これは少々性急で大胆すぎるのではないか。

 そして……何よりも気になるのは。

 男爵は壁に飾られている姉と国王の婚礼写真を見上げた。穏やかに笑っている国王の顔を睨むようにしてみつめる。

 国王、あなたの存在だ。

 姉上に懐柔されているとはいえ、あなたは本当に何も感じていないのか。

 セドリック殿下は先の王妃、エメリアさまの忘れ形見。最愛の息子のはずだ。その息子が自分を暗殺、などと本当に信じているのだろうか。

 そこまで考えて、男爵はまた深い息を吐いた。

 体調がすぐれないとして、ここしばらく国王は公の場所には姿を現してはいない。まさか、姉上はあの薬を国王にも……。

 もう薬は使っていないと姉上は言っていたが、しかし私の目を盗んでこっそりと使いをよこし、薬を入手していることは知っているのだ。厄介ごとを避けるため、あえて見て見ぬふりをしていたが……。

 まだ、薬は未完成だとあの時から、そうだ、あの時からあれほど言っていたというのに、姉上はまた……。

 思わず男爵は立ち上がっていた。

 あと、もう少しだ。

 中々、進まなかった薬の研究もデータが集りつつある。そして、例の水。あれが手に入れば……薬は必ず、完成する……!

 なのに、姉上はあの薬を私利私欲という間違った使い方をしてすべてを台無しにしようとしている。

 こんなことはやめさせなくては。

 先ずは姉上に会って、その真意を確かめよう。

 コリックス男爵が意を決して立ち上がったその時、控えめなノックの音が聞こえた。きっと研究室の扉を睨むと、不機嫌を隠さず彼は怒鳴るように言った。

「誰だ! ここには誰も来るなと伝えているだろう!」

「も、申し訳ございません。承知しておりますが、しかし重要なお知らせが」

 重要な?

 嫌な予感がした。

 男爵は大股で歩み寄ると、黙って扉を開いた。怯えて身を竦めている使用人の男は、男爵の顔を見ると深く頭を下げて、銀の盆に乗った一通の封書を差し出した。そして小さな声で伝えた。

「つ、ついさきほどお城からお使者が来られまして、旦那さまにこれをと。即時開封をと仰っておられましたので急ぎお持ちいたしました次第で」

「城から? ……姉上か」

「は、はい。おそらく」

「判った。下がってよい」

 封書を手に取ると男爵はすぐに扉を閉め、机に戻った。ペーパーナイフを使うのももどかしく、指で封を破ると便せんを引っ張り出し読み始める。

 そして……男爵は絶望的な溜息をついた

「姉上……」

 力なく下ろされた手から、はらりと床に落ちた便せんには、セドリックの裁判が開かれる旨が書かれていた。そしてその裁きの場に、セドリックの日ごろの暴挙の証人としてコリックス男爵にも出廷せよとあった。

「あなたはこの国をどうしたいのだ。いや、それよりもあなた自身をどうするおつもりか……」

 軽く眩暈を覚えて男爵は思わず目を閉じた。


 セドリックの裁判が開かれるのは、わずか三日後に迫っていた。


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