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第一話

「つまり」

 と、コリックス男爵は、自分の前で大きな身体をできるだけ縮めて小さくなっている男に、冷たい一瞥を投げて言った。

「例の水の在りかを探るためにケントリッジの家に忍び込んでみたら、逆に第一部隊の連中に罠をかけられて捕まって、それから尋問を受けた、ということか」

「……はい」

「隙をみて逃げ出してきて、今、ここに醜態をさらしている、というわけだな」

「……はい」

 カイルはますます顔を俯けた。

彼はユーリ・ケントリッジの家を抜け出した後、散歩の途中ではぐれた飼い犬が家にまっすぐ戻るように、コリックス男爵の元に駆け込んでいた。

サタナイル家の製薬工場内にある男爵の研究室に、裏口からいつものようにこっそり入ると、おずおずと男爵の前で事の次第を説明しているのだった。

「……まったく」

 溜息をつく男爵を、カイルはそっと上目遣いに見た。

 一時は妹を救ってくれたことで神とまで崇めた男だが、しかし今は一抹の不安、そして疑問が頭をもたげていた。

『恩人か何だか知らないけどさ、男爵に言われたことをただ実行するんじゃなくて、それをすることによってどうなるのか、きっちり周りを見て、そして考えろって言ってんのさ。受けたとかいう恩をありがたがるのはその後でもできるだろ』

 あの小僧……。

 思い出せば苦々しいが、しかしその言葉はカイルの胸の一番柔らかな部分に深く突き刺さっていた。

きっちり周りを見て、そして考えろ、か。

確かに男爵は恩人には違いないが、しかし引っかからないことがないわけでもなかった。

 ……貴族の金持ちが、普段は卑下しているだろう貧乏人の小娘を何故、助けてくれたのだ? いや、助けたのは妹だけじゃない。薬代も払えないような心を病んだ貧乏人どもは、手に負えないと身内ですら見放すというのに、男爵は最新の高価な薬を無償で配り、しかもその経過をも診てくれるという手厚い看護までしてくれている。

 何故だ。

そんなことをして何の得がある……。

 そこまで考えた時、カイルの頭にあることが閃いた。

 まさか……。

「カイル、どうした? 聞いているのか?」

「……え。あ、はい」

 慌てて顔を上げたカイルに、不機嫌そうに眉を上げるとコリックス男爵は言葉を続けた。

「それで、お前は連中にどこまで喋ったんだ」

「い、いえ、何も」

「何も? 本当か?」

「ほ、本当です!」

 身を乗り出してそこは強くカイルは言った。

「何も話していません!」

「……そうか。まあ、それはいい。それで、お前はケントリッジに接触して何を掴んだのだ。まさか、手ぶらで帰ってきたのではないだろうな」

「あ、それは……」

 一瞬、迷った。が、男爵に睨まれると抗えないものがある。この男の背後にはか弱い妹がいるのだ。

「……例の水の在りかが判りました。おそらく……おそらくではありますが、ユーリ・ケントリッジがどこかに隠し持っていると」

「ふん。やはりあの男か。それで、どこにあるのかは判ったのか?」

「そこまでは……」

「まったく、お前は役に立たない奴だな」

 盛大に溜息をつかれて、さすがにカイルもむっとした。まっすぐに男爵を見ると言い切った。

「手がないわけではありません」

「どういうことだ?」

「第一部隊の連中はまず、セドリック殿下奪還を狙うのでは?」

「それはそうだな」

 セドリックが謀反を起こし、城の地下牢につながれているという情報は彼らの耳にも届いていた。コリックス男爵はうんざりしたように続ける。

「そんなことぐらい我が姉上も承知の上だろうよ。砂糖に群がる虫を潰すことぐらいわけないということさ」

「あいつらは一筋縄ではいかない連中です。思い通りになるかどうか怪しいものです。そもそも男爵は例の水を手に入れたいのですよね」

「そうだが」

「第一部隊を潰すのもいいでしょう。ですが、それでは例の水が手に入らないかもしれません。あのユーリ・ケントリッジという男のことだ、水の隠し場所も巧妙なのでは? 自分たちが捕まった時のことを考えていないとは俺は思えないのですがね」

「確かに、何か手を打っていることは考えられるが」

「俺にもう一度、やらせてください」

「うん?」

「あいつらには借りがありますから、きっちり返したいんですよ。男爵のお役にも今度こそ立って見せます」

 コリックス男爵は胸の前で腕を組むと、カイルの顔を冷静に見返した。

「どうするつもりだ?」

「それはお任せを」

しばらく考え込んだ後、コリックス男爵は頷いた。

「判った。任せる」

 大して期待はできないが、ないよりはましだろうと冷たく心の中で付け加えながら。


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