終焉 2
「真也、一緒に帰ろう。過ぎた時間は取り戻せないかもしれない。だけど、俺がお前の居場所を必ず作ってやる。だから、一緒に帰ろう」
真也は穏やかな笑みを浮かべる。
「祐樹。君は本当に変わらない。いつ、どこにいても、君は優しい青年のままだ」
イズーは意を決したように天を仰ぎ見る。
「だからこそ君は悲劇に幕を降ろさなければならない。舞台には終わりがあるべきだ。だからこそだ」
真也がその言葉を口にすると同時に祐樹の足元が、円柱状に伸びていく。そしてその円柱の頂き、祐樹の足元から通路が伸びていく。真也のいる円柱と祐樹のいる円柱は一つの通路で結ばれる。
体のバランスを何とか保った祐樹は体が勝手に動く感覚を覚えた。気がつくと祐樹の手は、祐樹の意志に反して、レーザー・ガンを真也に向かって構えていた。真也は祐樹に告げる。
「祐樹。撃ってくれ。君にはその権利がある。撃って私の屈辱の人生を終わらせてくれ」
イズーは両手を差し伸べて懇願する。
「君だけが、私を理解し、知り、死へと導くことの出来るただ一人の同時代人だ。さぁ、その引き金を引いてくれ」
祐樹の指に凄まじい力が働く。それは祐樹にレーザー・ガンの引き金を引くように誘い込む。祐樹は必死に抵抗して叫ぶ。祐樹の手元で火花が散り、激しい風が吹き荒れていく。
「真也ぁ! 俺と一緒に! 帰るぞぉ!」
真也は静かな足取りで、二つの円柱を繋げた通路を歩き、一歩、一歩祐樹へと近づいてくる。彼の口振りは穏やかだ。
「祐樹。そう。君には撃てない。君は決して撃たないだろう。それが君の優しさだ。だがそれは脆さと紙一重だ」
イズーは誘惑するように祐樹に促す。
「乗り越えてほしい。私に死をもたらせば、君は更なる美徳を手に入れるだろう」
祐樹は体中に走る痛みを堪えながら大声で真也に向かって叫ぶ。
「優しさのどこが悪いんだ? 人を殺して手に入れる美徳って何だ!?」
祐樹は真也に呼び掛ける。
「真也、どうして死に急ぐ! 生きてみろよ! 泥塗れになっても這い上がってみせろよ!」
瞬間、ほんの一時だけ、真也の瞳に笑みが浮かんだように祐樹には見えた。だがそれは束の間の幻のように消えた。真也は祐樹の手を握るとレーザー・ガンの銃口を自分の胸元にあてる。
「秘密が全て明らかになったあと、人はいつ、どこで夢を見ればいいのだろう。私は夢なき思想家だ。私は、知り過ぎたのだ。人も、宇宙も、人の心も」
「真也……」
真也は静かに祐樹の指を動かし、レーザー・ガンの引き金を引いた。迸る光が真也の胸を貫き、真也の体を燃やしていく。
その時、議長室から音が消えた。祐樹は何かを叫んでいた。確かに叫んでいた。それなのに何も聞こえなかった。
真也の口が動き、確かにこう言ったように祐樹には思えた。
「祐樹。ありがとう」
真也はよろめきながら梨奈のもとへ歩いていく。炎は容赦がない。炎に飲み込まれた真也は腕を梨奈に差し伸べる。梨奈は身動き一つしない。真也は梨奈に語り掛ける。
「許してくれるね。梨奈。私は砂の城の主だった。人間、誰もが完璧にはなりえない。それは私とて、例外ではなかった」
そして真也は梨奈に懇願する。
「これが最後の頼みだ。どうか、この孤独を、君の愛情で……、満たして、く……れ……」
真也の体は黒い煙をあげながら膝から崩れ落ちた。あとには灰だけが残った。その様を目にした梨奈は意識を取り戻し、大きな悲鳴をあげた。梨奈は顔を両手で覆う。
イズーと祐樹がそれぞれ立っていた二つの円柱が、議長室の床へと収まっていく。祐樹は梨奈に歩み寄り、彼女の手を握り締める。梨奈の肩は小刻みに震えていた。




