終焉 1
議長室の中央にある、十メートルほどの高さの円柱の頂きに、イズー・マドクルウァ、いや橋崎真也は座っていた。
真也は琥珀色のヴェールに周囲を覆われ、金色の椅子に腰掛けている。朧げな光に照らし出されたイズーの顔は、年老いても尚、橋崎真也本人の面影を残していた。
橋崎真也からアルカノ・デレトゥへ。アルカノ・デレトゥからイズー・マドクルウァへと移り変わる時に整形をしてもそれは拭えずにいた。
そして何よりも左手甲の傷痕が彼、イズー・マドクルウァが橋崎真也であるのを何よりも表していた。
左手甲の傷跡は、真也が失っていく自我の最後の拠り所として残しておいたのだろう。祐樹は足を一歩踏み出し、真也に尋ねる。
「真也、お前が橋崎真也だった最後の日、俺と話したあの日、俺がタイムワープの能力を手に入れていたのが、お前には分かったはずだ」
真也は静かに祐樹の言葉に耳を傾けている。祐樹は右手を横に払いのける。
「俺は真也とアルカノ、そしてイズーが同一人物だと気付いていた。その事をアルカノだった頃のお前も知っていた」
祐樹は鋭く真也を見つめて、話の核心を突く。
「イズー・マドクルウァは、俺がお前に再び会いに来るのを知っていたはずだ! それは偶然でもなんでもなかった」
真也は悠然としている。品のある物腰、仕種で答える。
「君と再会した時、私と君の時間が前後しているのを私は知っていた。私は君を、時間旅行を巡る謎解きに招きたかった」
真也は不敵に微笑み、両手を広げる。
「君はその招きに応じてくれた。私は君が私の屈辱の生涯を終わらせてくれると期待していたんだよ」
「屈辱?」
祐樹が問うと真也はゆっくりと話し始める。
「私は科学がもたらした虚無に抵抗したかった。私は『人類に意味がある』と信じたかったんだ」
真也の左手が胸元に翳される。それは真也がかつて自分の思想に心酔していた証だった。
「私は文明の退廃と崩壊を、押し留めるべく半生を捧げた」
悔しそうに真也は唇を噛みしめる。
「……だが、全てが無駄だった」
真也の背後にある赤い刺繍で織られた、神話画がゆっくりと燃えて行く。真也は左手をゆったりと降ろす。それは彼の敗北を表しているようだった。
「正しい歴史を踏みにじってまで、私が作り上げたのは、抑圧の政治体制だけだった」
祐樹には真也の目にうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
「そう。どんな哲学を創ろうとも、歴史を変えようとも、人々の心だけは決して一つには出来なかった」
真也の声に少しだけ悲しみが滲んでいる。
「私は何も手に入れず、多くを失った。私はただひたすら孤独に生き長らえただけだった」
神話画は脆くも灰となり崩れ落ちる。真也は瞼を閉じる。
「最後に残ったのは幼い頃の想い出。彼女、高橋梨奈の面影だけだった」
真也の隣に物静かな表情の梨奈が姿を見せる。梨奈は口を閉ざしている。薄明かりに足を踏み出す梨奈の視線からは意思が失われていた。祐樹は呼び掛ける。
「梨奈!」
梨奈が反応する気配はない。真也が悲しそうに零す。
「いつもそうだ。後になって気付く。大切なのは何かと言うことに。そこには過去も未来も存在しない。存在するのは『今』この瞬間だけだ」
真也は沈み込んだ表情で口元を両手で覆う。
「祐樹。私の悲劇を終わらせてくれ。それが私と別ちがたく結びついた君への、最後の頼みだ」
祐樹は、議長イズー・マドクルウァでも、科学者アルカノ・デレトゥでもない、一人の友人、寂しげな瞳の橋崎真也に静かに語り掛ける。




