第八話 備える
晴れて『あやかし特命科』へと合格を果たした僕には士官学校の敷地内にある男子寮の自室___待ちに待った『自分だけの居場所』が与えられた。
教官から手渡された真鍮の鍵を差し込み、重厚な木枠のドアを静かに開けた瞬間、僕は思わずその場に立ち尽くした。
そこに広がっていたのはクラシカルな花柄の壁紙に深く磨き上げられた漆黒の木製デスク。高い天井からはレトロで温かみのあるペンダントライトが下がり、部屋の奥には優雅な真鍮の装飾が施された大きなベッドが鎮座していた。
(……待て待て、最高すぎるだろこれ!?)
離れや裏山のボロ小屋で過ごしていたあの惨めな日々がまるで嘘のようだ。
僕は思わず部屋の中に足を踏み入れた。壁に設置された小さな金属製のスイッチへと一直線に向かい、パチッと心地よい音を立てて押してみる。すると天井の電球が温かいオレンジ色の光を放ち、部屋全体を優しく照らし出した。
さらに洗面台へ向かい青く光る蛇口をキュッと捻れば、澄んだ水が勢いよく流れ出してきた。
(電気が通ってる……! 蛇口を捻るだけで当たり前みたいに綺麗なお湯や水が出る……! そして何より、このふかふかのマットレスと羽毛布団……! ベッド! 水道! 電気! 前世の令和では当たり前すぎて意識もしなかった文明の利器が、この世界に来て初めてこんなに五臓六腑にしみ渡るなんて……っ!)
僕は我慢できず靴を脱いでベッドへとダイブした。
ポヨンと心地よく身体が沈み込む感覚に浸りながら天井を見上げていると窓の隙間からすっと一匹の小さな影が滑り込んできた。
昼間のうちに校舎へ潜入させていた【管狐・紺】だ。
「零~!ただいま帰りましたー!」
紺はトントンと軽い足取りでベッドへ飛び乗ると、得意気にお腹を張って僕を見つめた。
「昼間のうちに学校中をコソコソ回って、色々と情報を探ってきましたよ! 明後日の演習場になる模擬市街地の構造、教官たちが配置する予定のあやかしの種類、それに他の分隊の噂話まで、ばっちり仕入れてきましたー!」
「助かるよ、紺。さすが僕の優秀な偵察員だ」
「へへっ、任せてください!」
頭を撫でて相変わらず特製ジャーキーをあげと、紺は満足そうに目を細めた。
集めてくれた情報を頭の中で整理しつつ、僕は腰に差した【魔改造リボルバー】を引き抜いた。シリンダーの金属面を指先でコツンと叩く。
「霙。少し出てきてくれ。今度の演習に向けた調整をしたい」
一瞬の静寂の後、シリンダーの隙間からすーっと藍色の冷気が溢れ出し、部屋の温度がスッと下がる。
紺は「寒いです……!」と身を縮めポンッと消えてしまった。
実体化したのは、陸軍の黒漆仕立ての軍服を纏った絶世の美少女——【雪女・霙】だ。
彼女は藍色の長い髪を優雅に払い、腕を組んで僕をジト目で見つめてきた。
「……こんな夜遅くに女性を呼び出すなんて相変わらず扱いがなってないんじゃないの、零?」
「夜露死苦って時間でもないだろ。明後日の演習に向けて、君の冷気の同調速度と連射時の冷却限界をテストしておきたいんだ」
僕が淡々と告げると、霙はフッと口角を上げ、不敵に笑ってみせた。
「へぇ、明後日演習ね……何がお望み? 私の絶対零度、完璧にコントロールしてみせるけど?」
「頼もしいね。僕の計算通りのタイミングで冷気を叩き込んでくれれば、それでいい」
「私を誰だと思ってるのよ」
互いの目的と利害、そして能力を認め合った対等な「相棒」としてのやり取り。霙の頼もしい言葉に、僕は満足げに口角を上げた。
翌朝。
僕は支給された軍服にマントを羽織り、霙を伴って地下最深部にある【霊導技術科・兵装開発室】へと向かっていた。
霙は周囲を物珍しそうに見回している。
コン、コンと静かな階段を下りながら、僕は頭の中で武器のカスタマイズ設計図を描く。
(……あいつらは『霊力』という曖昧なエネルギーに依存しすぎている。だがあやかしの身体構造も術式も、すべては物理法則と分子の相互作用だ。前世の科学知識とこの世界の霊導技術。この二つを掛け合わせれば、僕に勝てる奴はこの学校には存在しない……
)
開発室の重い鉄扉の前に立ち、中を覗き込む。
「……すいません、銃のカスタムをお願いしたいんですが」
扉を開けた、その直後だった。
ドッカァァァンッ!!
「わゎゎ〜〜っ!? また失敗しちゃったでふ〜〜っ!」
派手な爆発音と共に大量の黒煙が吹き出し、奥からふわっとツインテールを左右に揺らした小柄な少女が派手に転がり出てきた。
パンツが見えている。
ゴーグルを斜めにかけて鼻の頭を真っ黒に汚した彼女は、自分の頭をぽんぽんと叩きながら「うぅ〜」と唸っている。
「んー、何がダメなのでふかね……? 呪符の回路とギアの噛み合わせは完璧だったはずでふ……あ! いらっしゃいでふ!」
パッと顔を上げた彼女は僕の姿に気づくと、一瞬で笑顔になり、元気に立ち上がってポンと胸を叩いた。
「私は霊導技術科の技術士、九条 成でふ! 呪具と機械の配合なら、私にかかればこんなのおちゃのこさいさいでふ!」
(……ずいぶん賑やかでドジそうな子が来たな)
僕は苦笑しながら、腰から愛銃を引き抜いて作業台の上に置いた。
「成さん。僕の銃のカスタムを頼みたい。明後日の演習やこれからの戦いを見据えて、二丁拳銃による近接連射や、遠距離狙撃用のスナイパーライフル形態への『換装アタッチメント』を作ってほしいんだ」
成は僕の銃を見るなり、目を輝かせてツインテールをピンと立たせた。
「ほわぁ〜〜! すごいでふ! 霊力を使わないで物理機構だけで冷気を循環させてるでふか!? 安倍零くん、君は天才でふ!」
「明後日が演習なんだ。……一日でどこまで仕上げられる?」
「一日もあれば十分でふよ! 全力でより良い武器に仕上げますね!」
ニカッと八重歯を覗かせる成に、僕は隣に立つ霙を振り返った。
「成さん、それと銃の熱耐性の問題だが……霙、どこまでの熱さに耐えられる?」
問いかけられた霙は、藍色の髪をファサッと揺らし、ふっと不敵で誇り高い笑みを浮かべた。
「どこまでも。どんな熱でも私には敵わないわ」
「……さすがだ。ということらしいから、熱による暴走は全く考えなくてもらっていい」
「それはそれは! 腕がなりまふね!」
成が目を輝かせて大喜びすると、霙は退屈そうに爪を眺めながらフッと口角を上げた。
「それに……あなたの開発、私も協力してあげるわ。私、派手なことは好きなの」
「お前な……成さん困らせるなよ」
僕が呆れ顔でいると、成はツインテールをぶんぶん振って大興奮で手を叩いた。
「本当でふか! 霙さんがいてくれたら凄くありがたいでふー!」
「てことでよろしくね」
「まぁ協力的な事には構わないけど……」
ドジだが技術への情熱と腕前は本物の成、そして何故かノリノリな霙。頼もしすぎる協力者を得て、僕の『令和の兵器開発』は着々と形になりつつあった。
兵装開発室を出た僕は、完成を楽しみにしながら1階の生徒食堂へと続く階段を上っていた。
(成のアタッチメントが完成すれば、近接戦でも遠距離戦でも即座に対応できる。……あとは、チーム全体の配置だな。蘭の『玄武』を前線の盾にし、陣の『赤蓮』の圧倒的火力を局所的なサーマルショックの熱源として利用する。咲とキヌタは後方支援……)
思考を巡らせながら食堂の重い扉を押すと、昼休みの熱気が押し寄せてきた。
「あ! 零、こちらですわ!」
蘭が手を振る第一分隊のテーブルへ向かう。そこには霙と同じく白い軍服をブカブカに着た【化け狸・キヌタ】が咲の隣にチョコンと座っていた。
「咲〜っ! 今日のお団子もすっごく美味しいぞ〜っ!」
「ふふ、良かったねキヌタちゃん」
咲が優しくキヌタの口元を拭いてやり、その横では陣が大盛りの白米を掻き込み、蘭が品良くお茶をすすっている。僕が席につくと、キヌタが「ふんっ! 」と強がりつつもお団子を頬張っていた。
僕が紺から聞いた情報と演習場の地形データを机に広げていると、爽やかな笑い声を上げながら第三分隊の班長・ 黒木 冴が歩み寄ってきた。
「やあ、第一分隊の皆さん。相変わらず仲が良さそうだね。……零くん、明後日はいよいよ初の『分隊対抗演習』だ。君のことだ、もう準備は完璧なんだろう?」
僕の思考を探るような冴の鋭い視線。僕は資料を静かに閉じ、冷ややかな笑みを返した。
「ハッ ……当たり前だろ。僕は勝たない戦はしない主義だからね」
演習場の地形データ、配置される中級あやかしの属性、他分隊の戦力分析。そして成と霙が作ってくれているアタッチメントと、霙・紺の連携ロジック。
隙を見せないために、あらゆる変数をすでに頭の中でシミュレーションし終えている。
冴は一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにハハッと爽やかに笑った。
「やっぱり君は面白いよ、安倍 零。……明後日の演習、楽しみにさせてもらうよ」
冴が立ち去った後、陣が「なんだあいつ、気取ってやがるな!」と大太刀を叩き、蘭も「気味が悪いですわ」と眉をひそめる。
僕は胸の前で腕を組み、不敵に口角を上げた。
(……黒木冴、そして他の連中。令和の知略と完璧な準備の前に、僕に隙など一切ないことを見せてやる)
こうして、徹底的な準備と新たな相棒・武器を手に入れた僕たちは、満を持して明後日の『分隊対抗演習』へと挑む。




