第九話 氷華爛漫、冷下の試射
士官学校に入学して、今日でまだ二日目。
教官からの事前の説明によれば本格的な座学や実技の授業は明日に控えた『分隊対抗演習』が終わるまで一旦一切行われないという。
学校側がまず見たいのは組まれた各分隊のチームバランス、そして生徒たちが扱うあやかし、妖刀、呪具との相性だ。この演習を通じて新入生たちが「これから先、過酷な現場でやっていけるかどうか」を教官陣が見極め、適性を判断するのだ。
そんな緊張感が漂う中、放課後の夕刻。
僕たち第一分隊は静まり返った無人の第十七演習場に集まっていた。
目的は成さんに頼んでいた新型アタッチメントの受け取りと明日へ向けた作戦会議だ。
夕陽が赤く染める演習場で、蘭が不安そうに手の中の『式札』を握りしめていた。
「……遅いですわね、零。成さんは本当に一日で仕上げてくださったのですか?」
彼女の後ろには、高位式神『玄武』の幻影が重厚に揺らめいている。
「まあ、待ってみようぜ。技術科の人ならきっとやってくれるさ」
そう言って太刀の柄に手を置き、汗を拭ったのは陣だ。爽やかな笑みを浮かべているが、その表情には緊張の色が見える。
入学してまだ二日。僕が作戦のシミュレーションや情報収集を行っている間、陣もまた自分に選ばれた妖刀『赤蓮』を使いこなすべく一日中一人で熱心に素振りと訓練を繰り返していたのだ。
「あ、あの……キヌタちゃん、大丈夫かな……?」
「ふんっ! 人間の演習なんて余裕だぞ!」
咲の隣では、陸軍から支給されたダボっとした白い軍服を着たショタ姿の化け狸・キヌタが腕を組んでいた。
お互いにまだ出会って二日目。第一分隊の面々はまだ固い絆で結ばれているわけではない。お互いの実力や人柄を探り合っている段階だからこそ、演習場には結成されたばかりのチーム特有のぎこちなくもピリッとした空気が流れていた。
その時だった。
「お、お待たせしたでふ〜〜〜っ! 九条成、約束通り完成させて持ってきたでふーッ!」
ツインテールを振り乱した成が走ってきて、案の定僕の前で豪快にずっこけた。
……またスカートが捲れてパンツが見えている。
彼女は気にせず起き上がると、背負っていた大きな風呂敷包みを作業台の上に置いた。
「安倍零くんの『魔改造銃』と霙さんの『絶対零度』、そして私の『霊導技術』! これらを融合させた最高の換装アタッチメント……【霊導氷華】シリーズ、完成でふ!!」
「……ありがとう、成さん」
風呂敷を解くと、黒漆の精巧なアタッチメントが現れた。
すると成の隣に立っていた霙が、藍色の長い髪を揺らした。彼女もまた、陸軍支給のきらびやかな白い軍服を纏っている。
成の開発に丸一日付き合った霙は、胸を張って僕を見下ろしてきた。
「機械と呪具の融合……。意外と悪くないでしょ?」
「ああ、素晴らしいよ。……よし。霙、さっそく最大出力での試射をする」
「ええ。私の力の素晴らしさ、見せてあげるわ」
霙は不敵に笑うと、すーっと僕のリボルバーへと吸い込まれていった。
僕はアタッチメントの一つ、【ロングバレル・ sniperユニット】を愛銃に装着した。
カチャ、カチャ、パチンと完璧な精度で噛み合い、リボルバーは長大な狙撃銃へと姿を変える。
元々この銃は、周囲の霊気を吸い上げて物理弾として打ち出す仕組みだ。そこに霙の冷気が加わることで「少し弾丸が凍りついて冷却効率が上がれば十分だ」と僕は考えていた。
「ターゲット……三〇〇メートル先の鉄人の人形。……狙撃する」
僕は銃を構え、トリガーを引いた。
バァァァンッ!!
銃口から出たのは、ただの冷気混じりの弾丸ではなかった。
空気を真っ白に凍らせながら飛んで行った閃光が遠くの人形に着弾した____その瞬間。
ドォォォォォンッ!!
「……え」
爆発的な藍色の氷が一瞬で発生した。
ターゲットの鉄人人形どころか、その周辺数十メートルにある地面、木々、瓦礫のすべてが、目にも留まらぬ速さでガッツリと凍りついたのだ。まるで空間そのものが巨大な氷塊と化したかのような圧倒的凍結。
「な……なんですのこれ……!? 周囲の霊気を集めただけでは、こんな大規模な氷結術になるはずが……!?」
蘭が握りしめていた式札を落としそうになり、陣や咲も息を呑んで目を見開く。
僕自身もあまりの光景に絶句していた。
(な……なんだこれは……!? 物理的な冷気伝導の計算を遥かにオーバーしている……僕の霊気集積のロジックだけでこんな周囲一帯を凍らせるほどの威力がでるわけがない……!)
僕が目を剥いて驚愕していると、銃の中から霙が出現してきた。
「……ふふ。驚いた? 周囲の霊気を取り込むだけじゃ、強いあやかし相手には威力が少し足りないと思ったの。だから……私の霊力と妖力を弾丸に直接叩き込んでおいたわ。どう?」
(あやかし相手に威力が足りないから……自分の妖力を直接注ぎ込んだだと……!?)
霙が僕の想定を遥かに超える力を貸してくれたのだと理解した瞬間、僕の胸の奥で理性のタガが外れた。
カッと目を見開き、瞳孔を極限までかっぴらいた僕は、震える手で銃を握りしめた。
「あぁ……!! 素晴らしすぎる……!!」
瞳孔を開いて歓喜と驚愕に震える僕の姿に、第一分隊のメンバーは圧倒されていた。
「おいおいマジかよ……! 零、お前の武器、とんでもねえな……!」
冷汗を流していた陣が、太刀の柄を握り直しながら目を見張る。
「ええ……霊力がないとおっしゃっていたのにまさかここまでの威力を出せるなんて……」
蘭も式札を構え直し、僕を見る目が明らかに変わっていた。
咲とキヌタ、そして成さんもその威力を前に言葉を失っている。
まだ入学して二日目。お互いに手探りだった僕たち第一分隊。
だがこの圧倒的な試射の光景を目にしたことで、メンバーの間に「この男となら、明日の演習でやっていけるかもしれない」という確かな緊張感と信頼の芽が生まれ始めていた。
僕は換装された銃を収め、マントを翻した。
「……明日はいよいよ『分隊対抗演習』だ。教官たちに、僕たちの相性と実力を完璧に見せつけるよ」
「……ああ、頼むぜ、班長!」
陣が爽やかに笑って応え、蘭と咲も凛とした表情で頷いた。
お互いを探り合いながらも、僕たちは明日の初陣に向けて、静かに闘志を燃やす。




