第95話 ――コイツだ!!!!
それは、まるで物語の中から出てきたような人だった。
キラキラと陽の光を浴びて輝く金髪は、まるで黄金でできた絹糸のように美しい。
パッチリと開きながらも穏やかな目つき。小さな鼻と唇。幼さと成熟さのちょうど間をいく輪郭は、可憐さと美貌を両立させている。
そしてなにより、長く尖った耳が、彼女の美しさに神秘性を与えていた。
それが彼女、エルフの森山さんだった。
画面越しに見た彼女も美しかったが、実物は比べ物にならない。まだ少し距離があるというのに、彼女から目が離せない。
ハッキリ言おう――ミライさんより美しい。
月とスッポンとはまさにこのことか。ゴリラがどの面下げてこの人をこき下ろすのか、と呆れてしまう。身の程を知れって感じだ。
まぁ、口にしたら間違いなく殺されるから絶対に言わないけど。
ともかく、森山さんの美しさは本物だった。この場にいるほとんどが、見惚れて声も出なくなるくらいに。
でも、たぶん胸は小さいかな。
革でできた弓の胸当てをしていることを加味しても、あの体つきの感じはまぁ。
確かに美人ではあるけど、アレだったら俺は七緒ちゃんや千代ちゃん、今西さんの方が好みかな。
そう思ったら、スッと冷静になった自分がいた。それまでの浮かれた気分が嘘だったかのように、熱が引いていく。
――なんだこれは?
さっきまでの俺は一体……いや、待て。明らかにおかしいぞ?
確かにあの人は美人だし、ある意味憧れの人だったけど、あんなに舞い上がるほどか? まるで俺の意思を操られたかのような。
――まさか、魅了の力!?
あれだけの美しさだ。そういった能力を持っていても不思議ではない。だとしたらなんて恐ろしい。一眼見ただけで虜にして腑抜けにするなんて!
……いや。普通に好みの体型じゃないから、興味を失った可能性があるな。
むしろ俺の場合、そっちの方が可能性としては高いまである。
どうしよう、確かめようがないなこれは。
今ほど自分の性癖を恨めしく思った時はない。
俺が悩んでいるあいだに、森山さんは仲間と共に、声が届くところまで近づいていた。
長い髪を耳にかけるように掻き分ける。それだけの仕草でまた見惚れかけた。何をしてもこの人は美しい。
そして森山さんは柔らかく微笑むと、耳をくすぐるような声を出す。
「ミライさん。お久しぶりです。こんな所で会えるなんて思って――」
――ボコッ! ガッ! バタッ!
……今起きたことを説明しよう。
森山さんが喋り始めた時、その足元がボコッと盛り上がった。そこから現れたのは、渋谷ダンジョンに生息しているモグラ型の魔物だ。存在は知っていたが、初めて見た。
森山さんはモグラの頭部に足を引っ掛けると、そのままバランスを崩し前に転んだ。その姿は日本のトップ探索者の一人とは思えないほど無様な姿だった。そしてモグラはびっくりしてまた地面に潜った。
というか今、顔面から行ったな。痛い、なんてもんじゃないと思うんだが、大丈夫か?
だけどおかげで、この人に見惚れるということはたぶんなくなったな。
なんというか、夢から覚めた。
「なっ、なぜモグラがこんなタイミングで……ッ!」
「貴女、相変わらずトロいわね。【種族進化】までしたのに」
地面に倒れて表情を隠したまま、動揺を隠せない声で森山さんが呟く。
ミライさんは呆れというか、哀れみの目で彼女を見下ろしていた。
立てばイタドリ、座ればオオバコ、歩く姿は猫じゃらし。
家柄以外無能。かつてミライさんが語った森山さんの評を思い出す。
さすがに言いすぎだろと思っていたのに、いきなり片鱗が見えたな。
「でも、なんか親しみが持てるかもな」
「分かる。オレも済ました顔よりこっちの方が良いわ」
「あれだけの美人なのに、こんなドジな所もあるなんて。ギャップが可愛いくて凄いですね」
「私、友達になりたいですっ」
ヒソヒソと話していたのだが、どうやら聞こえていたらしい。森山さんは未だに倒れたまま、長い耳が真っ赤になっていた。
だが、本人はまだリカバリーが効くと思っているようだ。ムクリと起き上がると、何事もなかったのようなすまし顔で話を続けようとする。
「ミライさん、お久しぶりですね。まさかこんなところで会えるとは思って――」
「鼻血拭きなさいよ。結構出てるわよ」
「えっ、ホントッ!? どうりで痛いと……じゃなくてっ! もうっ! 見ないでよ!」
もう上品さの欠片もないな。むしろこっちが素か。
マジでエルフへの幻想が無くなったな。綺麗なのにまるでドジな子供だ。
この人に伊波は憧れていた訳だが、大丈夫か? 憧れがぶっ壊れてショックとか……はっ!?
「どうぞ」
「あら? あっ。ありがとう」
鼻を抑えていた森山さんに、ハンカチを渡す者がいた。誰かって? 当然、伊波である。
アイツいつの間に抜け出したの!? さっきまで俺の隣にいたのに!?
森山さんは思わずハンカチを受け取り、鼻血を拭う。そこで、ハッと顔色を変えた。
「ご、ごめんなさいっ。つい使っちゃったけど、血が……ッ!」
「いえ、貴女の役に立つならいくら汚れても構いません。遠慮なく使ってください」
「まぁ。そ、それではありがたく。あの、貴方のお名前は?」
「伊波。伊波智と申します。森山さん、一つお願いがあるのですが」
「……なんですか? ハンカチを渡した程度で、恩を売ったと思わないでほしいのですけど」
森山さんは不機嫌そうに顔を顰める。彼女の立場からすれば、あらゆる人が利益目的で近づいてくるだろう。あのようなことを言われて警戒するのも当然と言える。
だが、さすがの彼女も予想できまい。
伊波の目的が利益どうこうではなく、彼女自身だということに。
「森山さん。どうか僕と、結婚を前提にお付き合いしてください」
「へ?」
森山さんはポカンとした顔で、伊波を見る。そんな間抜けな顔でも、彼女の美貌は陰ることはない。
しかし、森山さんは言葉の意味を理解すると、憤慨したように言う。
「じょ、冗談にしても面白くありませんっ。なんですか急に……そんなこと言われても困りますっ」
「冗談ではありません。僕は本気です。いつか貴女に会う為に、探索者になりました」
「そ、そんなこと言って……どうせお金目当てでしょうっ! それとも私の実家が目的ですか? お生憎ですが、私は騙され――」
「金も何もいりません。貴女が居ればそれでいいのです。初めて見た時からこの人しかいないと決めていました」
「そんな……嘘ばかり……ほ、本当に? 信じていいの……?」
「はい。僕は本気です。森山さん、僕と結婚――」
「「おらああああああああああああ!!」」
川辺と二人で伊波に飛び掛かる。そしてそのまま森山さんから引き離した。
二人がかりで抑え込まれた伊波は、それでも暴れて抵抗した。
「な、何をするんだ君たち!? 離してくれ! ようやく森山さんに会えたんだぞ!?」
「何をするじゃねぇよバカタレ! お前が何をやってるんだ!?」
「いきなりすっ飛ばしすぎなんだよ! 初対面で結婚の申し込みとかホラーでしかねぇだろうが!」
「離してくれ! この機会を逃したら次はいつになるか! 僕の夢が叶うかどうかの瀬戸際なんだぞ!?」
アホか! これ以上の無礼を重ねれば俺たちの命が終わりかねんわ! 絶対にやらせねぇ!
「もしかして本気で……う、運命の人? 今度こそ、本当に?」
「伊波君は本気で貴女に惚れ込んでいるみたいよ。まぁ話だけでも聞いてあげたら?」
「うっそ〜? マジでぇ? やったじゃん林華ちゃん! お金や家目当てじゃない男だよ! しかも私達より若い!」
「とはいえ、飛びつくのも時期尚早かと。少し様子を見てからでもいいのでは?」
「そ、そうねっ! 本性がどんな人かも分からないものねっ! それに私と付き合いたいのであれば【種族進化】くらいはしてもらわないと!」
あれ? 意外に満更でもないのか?
ミライさんの勧めもあってか、森山さんが連れた二人も結構乗り気に見えなくも……もしかして俺ら、伊波の邪魔をしてしまった?
いや、でも乗り気にしては森山さんのハードルが高い。【種族進化】が最低条件って、それもうお付き合いする気はありませんって言ってるようなものだ。やっぱり勘違いか?
「その程度でいいんですか!? 頑張りますっ!」
「頑張ってどうにかなるレベルじゃないぞ」
でも具体的な目標を与えちゃったせいで、余計にこいつが本気になっちゃったな。諦めさせることが目的だったら悪手ですよ。
……【種族進化】の条件が何なのかは分からないけど、確実に高いレベルは必須だよな。でもレベル上げだけなら、時間さえあれば俺達はいくらでもできる。
あれ? わりと真面目に伊波が条件を満たす可能性もあるんじゃ?
嘘だろ。もしかして伊波の恋路が上手くいっちゃうの? 釈然としねぇんだが。
「さて、皆に紹介するわね」
ミライさんはちょいちょいと手招きして、俺達を呼ぶ。そしてそのまま、森山さん達を紹介してくれた。
「林華のことは説明する間でもないわね。こっちの二人が林華のパーティメンバーよ。まずこっちのこじんまりした方が、柴田芽依」
「柴田芽依だよ。よろしくねっ」
まず紹介してくれたのは、パンパンになった大きなリュックサックを背負った柴田さん。
ミライさんの言葉通り、女性の中でもさらに小さい身長だ。アキラさんより小さいんじゃないか?
そんな体で大きな荷を背負っている姿がアンバランスだが、ニコニコ笑ってまったく堪えた様子がない。愛嬌のある人だ。
そしてさらに特徴的なのが、森山さんよりは短いが俺達よりは長い耳。しかしその耳は、丸みを感じられる。
若干違う部分もあるが、もしかしてこの人も――
「あの、柴田さんもエルフなんでしょうか?」
「あははっ、違うよー。私は“半妖精”なんだよ。あと私のことは芽依ちゃんでいいよっ」
「それはさすがに畏れ多いので芽依さんで」
半妖精っ! エルフ以外の【種族進化】か!
他の種族も絶対にあるとは思っていたけど、まさかこんなところで見れるとは。いや、よくよく考えてみれば、森山さんのパーティメンバーなのだから進化して当然か。
「もしかして、半妖精になって身長も小さくなったり?」
「あははははっ。……これは元からなんだよね」
「あっ。その、すみません」
芽依さんは黄昏た表情で顔を背けた。
要らぬ地雷を踏んでしまった。機嫌を損ねたら殺されてもおかしくない相手だというのに。さすがに迂闊過ぎた。
「でも、可愛いですよっ。すっごくっ!」
「うんうん! 小っちゃくてよかったと思いますっ!」
「うーん。褒められてるけど複雑な気分……でもありがとー!」
七緒ちゃんとチヨちゃんのフォローでなんとか芽依さんは持ち直したようだ。危なかった。
「小せぇ……可愛い……抱きしめたい……しゅき……」
「バカな……半妖精だと……? くっ、僕は森山さんと芽依さんとどちらを取れば……っ!」
そしてこいつらはやべぇことを呟き始める。
川辺、頼むから暴走するなよ。豚が少女に抱き着くとか、セクハラ通り越して犯罪だからな。
そして伊波は早くも浮気しそう。お前、異種族なら誰でもいいんかい。しかも相手は同じパーティメンバーだぞ? 一歩間違えなくても修羅場やんけ。節操のない男はこれだから困る。
「それでこっちの大きいのが、樫原静流。林華と芽依の保護者ね」
「樫原です。よろしくお願いします」
もう一人の樫原さんは、ミライさんと同じくらいの身長の女性だった。顔はキツめの美人系。ショートヘアでパッと見は男と見間違えるかもしれない。
今西さんが優男の王子様系なら、こちらはクール系のインテリ騎士みたいな感じか。
インテリ騎士と称したように、鋼鉄製の重そうな全身鎧を身につけながらも、その涼し気な顔は崩さない。まるで重さなど感じていないようだ。
多くの人が動きやすい革鎧を選ぶ中、金属製の全身鎧とは珍しい。しかもそれをこんな女性が身につけているとなれば、数はさらに少ないだろう。見た目通り、【騎士】系のジョブとか持ってそう。
「あの、樫原さんは普通の人に見えますけど、【種族進化】はまだだったり?」
「いえ、私はこう見えて“高位人間”なのです。見た目は普通の人間と変わりないですがね」
こっちは高位人間か! 人間をそのままランクアップしたような種族でいいんだよな? これもありそうだよなとは思っていたが、マジで普通の人と見分けがつかねぇな!
「驚きました。【種族進化】は森山さんのことしか知られていませんでしたから。まさか他に二人も【種族進化】した人がいたなんて」
「あはははっ。ほら、私達は目立つのは嫌だったからさ。内緒にしてたんだよね」
「見せびらかしたかった林華にマスコミの対応を押し付けて、私達は普通の人間のふりをしていたのです」
「みっ、見せびらかしたかったとか……ち、違いますからっ! たまたまバレちゃっただけでっ!」
「いやー。そうでないと地上に居る時までエルフの姿にはならないでしょ」
呆れ気味にポツリと芽依さんが呟く。
今の発言からすると、【種族進化】の姿と元の姿の切り替えもできるってことか?
それじゃあ見せびらかしたかったと言われても仕方ないわ。
「この子達は楓太君とそのパーティメンバーよ。それぞれ楓太君、川辺君、伊波君、七緒ちゃん、チヨちゃんね」
続けてミライさんが俺達を紹介してくれる。揃って頭を下げる俺達に、森山さん達は気安く接してくれた。
「よろしくお願いしますね、皆さん」
「そんなに畏まらないでいいよー。世間では騒がれているけど、林華ちゃんだってそんなお高く留まっている訳じゃないし」
「普通の先輩探索者と思って接してください」
いや、紛れもなくトップの一角である人にそれはとてもとても。
最低限の礼儀は守ろうと思います。
自己紹介も済んだのを見て、ミライさんは頷くと話を進める。
「それで? なんで貴方達がこんな所にいるの? 最近は国からの依頼で地方のダンジョンに潜っているって聞いたけど? ましてやこんな浅い所で活動しないでしょ?」
「当然ではないですか。今は五十五層からの帰りですよ」
五十五!? またとんでもない深さだな!?
ふふん、と森山さんは鼻を鳴らし、密かに胸を張っている。自慢げな姿が隠しきれていない。でも実際自慢してもいい成果だと思う。
正直、どんな魔物が居るのかも予想できないな……。
「ちょっと断れない筋からの依頼があってさー。そんで久しぶりに此処に来て、ちょうどこの階層でも採集したい物があったから、帰る途中で寄ったわけ」
「そうして魔物達と戦っている貴方達を見つけた訳です」
芽依さんと樫原さんが補足してくれた。
はぁ~。なるほど。マジで偶然だったのね。
それで助けてもらったのなら、俺達は運が良かったな。
「驚きましたよ。遠くから見て誰かいるな~と思ったら、ミライさんだったですもの。しかもいつもと違うメンバーを連れて、苦戦しているではないですか。ミライさんはともかく、他の人が怪我をするのはよくないですからね。だからちょっと援護してあげようかと思ったのです。ああ、お礼はいいですよ。あれくらいは片手間で済みますからね。ミライさんと違って、私は強いのでっ」
うわぁ……。
一瞬だが、確かに小馬鹿にしたような目の色と笑みが見えた。
しかもその対象がミライさんというのだから恐ろしい。
まぁ普通なら悪印象なんだけど、ミライさんから聞いた森山さんの境遇を思うとな。たぶん、めっちゃ嬉しいんだろうなぁ。
森山さんの清楚エルフのイメージは確かに崩れたが、逆に俗っぽい人間でなんだか嬉しくなったわ。俺はこっちの方が共感持てるかな。是非とも積年の恨みを晴らしてもらいたい。
とはいえ、見下されたミライさんにとっては屈辱でしかないだろうが。
しかし予想に反し、ミライさんは余裕の笑みを浮かべてそれを受け流した。
「あらあら、勝手に手を出しておいて随分な言いようね」
「あら? ミライさん、人の善意も素直に受け取れなくなったのですか?」
「別にあれくらいなら私達だけでなんとかなったしね。というか、手を出されてヒヤヒヤしたわよ。貴方が楓太君を射殺さないかってね。正直気が気じゃなかったわ」
「うっ……! し、失敗しなかったからいいじゃないですかっ!」
えっ。何その反応。もしかして、ガチで森山さんによって仕留められていた可能性があったの?
そういえば、けっこうポンコツって言ってたし……さっきの転んだところを思い返しても……。
嘘だろ、と思いつつ芽依さん達の方へ目をやる。二人共、目を線にして、気まずそうに顔を背けていた。
「いや、私達は止めたんだよ? ミライちゃんならなんとかできるし、しくじったら取り返しがつかないよって」
「なのに、手助けをしてミライに嫌味を飛ばしてやるんだと言って、止めても聞かず……」
「ちょっと! 何で言っちゃうの!?」
森山さんは二人を責めるように言った。その発言が事実であるなによりの証拠だ。
気持ちは分からんでもないが、それで俺達が死にかけていたとなるとさすがに擁護できんのだが。
今さらながら、背筋がぞっと寒くなった。下手すればこの中の誰かの頭が吹き飛んでいたと思うと……。
「森山さん。子供らしくてなんと愛らしい……」
「お前、エルフならマジでなんでもいいんか?」
うっとりとした目で呟く伊波に問いかける。でもコイツ俺の話全く聞いてねぇな。
結婚するなら中身は重要だと思うぞ。ましてや命に関わりそうな問題なら。
そしてそれは絶好の付け入るスキになってしまったらしい。にんまりと嫌らしい笑みを浮かべ、ねっとりとした声でミライさんは言う。
「自分の目的の為に、他人の危険には目を瞑る。林華は相変わらず自分のことばっかりなのねぇ」
「そ、そうじゃないもんっ! 本当に助けたかったの! だって実際に危なかったでしょっ! 遠くから見ただけでも、この階層に来るにはちょっと弱く――あ、あら?」
まぁこの階層に来るには確かに実力不足だし、森山さんからしたら俺達は弱くて不安になったというのは分かる。
甘んじてその評価は受け入れなくてはならな――
「その、楓太さんといったかしら? 貴方、ちょっと弱すぎなのでは?」
俺かい。いや、まぁ何も否定できんけども。
確かに俺がこのパーティの戦力を下げていますけども……。
「あっ、やっぱり? 私も正直ちょっと弱すぎる子がいるなぁと思ってた。私でも素手で瞬殺できそうだもんね?」
「いえ、確かに弱すぎるとは思いますが、これはそもそも戦う者の空気ではないような?」
「俺は〈錬金術師〉ですから。弱いのも仕方ないといいますか……」
他で役立つので、許して欲しいと言いますか。
弱さに目を瞑ってくれ、という想いで告げたのだが、反応は予想以上だった。
「〈錬金術師〉……え? 〈錬金術師〉ですか!?」
「〈錬金術師〉がこんなところまで来てんの!? 凄くない!? とんでもないよ!」
「そういえば、最近風の噂でレベルを上げている〈錬金術師〉がいると聞いたような気が。あれは楓太さんでしたか」
「ああ、はい。たぶんそうですね」
森山さん達にまで俺の噂が届いていたのか。
まぁ俺以外にいないらしいから、すぐに分かるか。この人達に知られていたとなると、ちょっとだけ誇らしい。へへっ!
「もしかして深層素材で強い装備作れますか? 私の弓とか、革鎧とか」
「私にも鎧と剣を作って欲しいのですけど、できますか? 一人二億程度ならすぐに用意できますが。時間さえ頂ければいくらでも用意します」
森山さんと樫原さんが結構な勢いで食いついてきた。
やっぱりこの人達もアイテム関係には困っているんだな~。
「攻撃系のアイテム作れる!? 爆発とか氷とか雷とか放てるような爆弾とかない!? あと状態異常系とかどうかな!? 全体に麻痺とかばら撒けると凄く便利なんだけどっ! 強敵に確実に通る猛毒針とかあったら凄く助かる! それからポーション類! これめっちゃ欲しい! これはもう〈低級体力回復ポーション〉でもいいから欲しい!」
ただ、芽依さんの食いつきが尋常じゃないんだけど。何が彼女をここまで必死にさせるんだ。
「楓太……君は……まさか森山さんを……ッ!?」
ギリィ、と後ろから歯ぎしりの音が聞こえた。たぶん、伊波が物凄い目で俺を睨んでいると思う。
明らかにアイテム目当てだって分かるだろ。異性として興味はないから妬むなよ……。
まぁでも、三人にアイテムを作るのは全然構わないな。報酬も高額だし、何よりこの三人と縁を繋げるのはデカい。その流れで小畑会に加入させることができたら完璧――
そう思った時、ミライさんの顔が目に入った。
ミライさんは何も口にしなかったが、彼女の目が言っていた。この瞬間、確かに俺達は通じ合った。
――駄目。
――駄目ですか。
ミライさんには逆らえない。怖いから。
「ああ~、すみません。実は付き合いのある人達の注文で今手一杯でして。今からだとしばらくは新規の注文を受けられなくてですね」
「そ、そんな……! そこをなんとかなりませんか!?」
「無理を承知でなんとかできませんでしょうか? その分、料金は上乗せいたしますので」
「いや、それはお客さんの信用を失いますので……」
「楓太。森山さんがここまでお願いしているんだ。少しくらい無理を聞いてあげてもいいんじゃないか?」
お前はマジで黙ってろ。
ミライさんの顔が見えないのか?
「ええ~? 本当に駄目~? ポーション数本くらいも駄目? あと爆発するアイテムとか……ちょっと、ちょっとでもいいのっ? ね? ね? そこをなんとかさ? なんだったらポーションは諦めるから攻撃系。爆発するやつとか派手な奴をくれたら……」
そしてやっぱり芽依さんは粘りを見せる。
本当になんでこんなに必死なんだろうなこの人?
「なんか芽依さん、他の二人より強く欲しがりますね? なんか理由でも?」
「あ~……私が物資担当だからさ~。やっぱり入手機会があるならどうしてもね。低品質でも数を揃えるのは大変なのよ」
頭を掻きながら、苦笑いをする芽依さん。
なるほど。アイテムを管理しているなら補充の機会があれば必死にもなるか。大きなリュックといい、この人もしかして運搬役なのかな?
「でも、森山さんがいれば他の生産職から、いくらでもアイテムを入手できるんじゃないですか? なんだったら噂の〈五匠〉とかにも優先して頼めそうな」
「あー、まぁね。国からも私達に優先してって指示を出してもらってるからね。だけどそれでも数を揃えるなら足りないんだよね。それに〈五匠〉はなぁ……」
芽依さんが微妙な表情を浮かべる。
森山さんと樫原さんも、似たような顔をした。
「私達と対等、みたいな態度が気に入らないといいますか……いえ、探索者と生産者は対等なので、それ自体はいいんですが……」
「私達と付き合いがあると、自分のステータスとして利用している感じが少々……小鈴さんはまともな人なんですが、他はあまり付き合いたくないですね」
この三人にここまでの態度を取らせるか。どんだけ酷いんだよ〈五匠〉。人格最悪じゃねぇか。
中々諦めない三人に業を煮やしたのか、ミライさんが割って入ってくれた。
「はいはい。そう無理言わないの。というか、楓太君には私達の装備を作ってもらわないといけないんだから、貴方達の分を作る余裕はないわよ。今回だって無理を言って素材集めに付き合ってもらっているんだし」
「ああ、それでまだ弱いのにこんなところまで……いやズルくないですかそれ!? 現場に〈錬金術師〉を連れまわすなんて作り放題でしょ!?」
「そんなわけないでしょ? 現場で生産なんかできる訳ないじゃない」
「あっ、そっか。それじゃあ本当に素材を見る為だけに来たんだ……」
「いえ、林華。確か携帯用の〈錬金釜〉があったと思いますよ」
「本当!? ミライさん、嘘ついたわね!」
上手い事騙せそうだったが、樫原さんによって防がれた。
芽依さんはじっと〈百花繚乱〉のパーティを見回し、今西さんを見ると、近づいて騎士服に触れる。
「蒼ちゃん、デザインは同じだけどなんかこれ、前と違くない? かなり良くなって……え、なにこれ。ちょっと性能が尋常じゃない気が……」
「……明らかに生地が普通じゃないですね。それにその剣、相当な業物では? 蒼さん、これをいつ、どこで手に入れました」
「ふふふっ……すみません、僕には答える権利がないので」
「絶対楓太さんに作ってもらったでしょ!? やっぱりズルい! 自分達だけ作ってもらって!」
森山さんがミライさんに食って掛かる。
しかし、ミライさんはのらりくらりとそれを躱していた。
「ズルくないわよ。私達だって苦労して護衛しているんだし、楓太君に素材を多めに渡しているし、当然の報酬でしょ」
「だったら私達も混ざりますっ! それで私達も作ってもらう!」
「そんな時間はないわよ。聞いてなかったの? 楓太君にはお客さんがいっぱいいるのよ。貴方達に付き合ってる暇はないわ」
「絶対に意地悪でしょっ! ちょっとくらい伸びても大丈夫でしょ!?」
「心外だわぁ。そんなつもりないのに」
「嘘っ! 顔が笑ってる!」
まぁ普通に意地悪だろうなぁ。どんどん森山さんがヒートアップしていく。
でも、不思議と険悪には見えないな。むしろ楽しそうというか。
ああ見えて、やっぱり仲が良いのかな。喧嘩友達みたいなものなのだろう。
見ていて逆に微笑ましくなってくる。
「しつこい子ね。無理な物は無理なのよ。それともなに? 良い道具がないと探索する自信もないのかしら?」
ミライさんはどうやら挑発する方向にシフトしたようだ。なんとまぁ性格の悪い。
しかしお前が言うなと言いたくなるな……。
一瞬、森山さんはぐぬっ、と言い淀んだ。
しかし、何かに気づいたように小さく目を開き、優雅な笑みを浮かべ余裕を取り戻す。
「そうですね。確かに私は焦る必要もなかったかもしれません」
「あら、素直ね。どういう風の吹き回し?」
「いえ、別に。ただ思い出しただけですよ。私達は既に強いということを。なにせ【種族進化】できたので」
一見変化がないようだが、ピクリ、とミライさんの眉が動いた。
その僅かな動きを見逃さなかったのか、森山さんはにんまりとした笑み浮かべる。
「私はこうしてエルフになる夢を叶えられましたし? お蔭で強くもなれましたし? 本当にダンジョン様様ですね。あっ、そういえばミライさんは何の種族に変わったんでしたっけ? ――あらやだ、そもそも【種族進化】もまだでしたねっ。ごめんなさ~いっ」
「……随分と調子に乗っているようね。私も直にできるようになるわよ」
「本当ですか~? 結構大変ですよ~? レベルもいっぱい上げないといけないですし。というか、なんでまだその程度なんです? どんどん深層を進めば、レベルも上がっていくのに。もしかして~、良い装備がないと進めないとか言い訳します? 私達はたった三人でやれましたよ?」
えげつねぇカウンターが返ってきた。これにはミライさんといえど何も言い返せない。自分がした挑発がブーメランになってんだもの。
実際、ろくな装備を持たないまま【種族進化】している森山さん。それと比べて自分はと考えたら……屈辱だろうな。
っていうか、ちょっと気になること言ってたな。
「あの、森山さんってエルフになりたかったんですか?」
「そうだよ~。林華ちゃんは昔からエルフに憧れていてね。ダンジョンならもしかしたらって真っ先に飛び込んだんだ」
「まさか本当に【種族進化】なんてものが存在するとは思っていませんでした。こればかりは林華が凄いと誉める他ありませんね」
あっさりと芽依さんと樫原さんは教えてくれた。
まさかそんな理由でダンジョンに潜ったとは。しかもまだ碌に情報が無く、危険な時期から。そして最前線を進み続けたのか。
そういえば、前にちらっと言ってたな。サトウさんと森山さん。壊れているのと、イカレているのって。
エルフになりたい。なれるかもでここまでこれたのは確かにイカレている。そういう意味だったのか……。
「エルフになってから良いことばかりなんですよねー。体力は増えるわ、目と耳が良くなるわ。そして何より美しくなれるわ。見てください、この髪、この肌のツヤ。とても四十代とは思えないでしょう?」
「…………」
あ、これはヤバい。よりにもよってミライさんにそこを主張するとは。
ミライさんは無言だが、どんどん剣呑な空気を纏いつつある。しかし、調子に乗った森山さんはそれに気づけなかった。
そして軽い気持ちで――地雷を踏んだ。
「ああでも、【種族進化】もできないんですから、ミライさんは気を付けた方がいいですよ。もうすっかり肌のツヤも消え、皺も増え――ヒャア!?」
森山さんが悲鳴を上げて上体を傾けると、ブオンッとミライさんの拳が顔の目の前を通り過ぎる。当たれば死んでもおかしくない一撃。しかし、ミライさんに躊躇は無かった。
「あぶっ、危ないじゃないですかっ! 急に何をするんですか!?」
「………………」
「いやっ、ちょっ、話を聞いて――やめてぇええええ!」
森山さんは涙目で悲鳴を上げるが、ミライさんは無言でひたすら殴り掛かっている。やめろと言われても止まる気配がない。
しかし、なんだかんだ全てを躱しきっているのは凄いな。本人は必死そうだけど、体の動き自体はまだ余裕があるような。さすが森山さんといったところか。
とはいえ、ずっとあれが続くのもまずいような……。
「あの、止めないでいいんですか?」
「んー、まぁいつものじゃれ合いだし、挑発した林華ちゃんが悪いからね。少しくらいはいいでしょ」
「それに今の林華ならあの程度は問題ないですから。放っておいて大丈夫です」
仲間の二人がこういうならいいのかな。しかし、ミライさんの攻撃を見てあの程度か。何気ない発言から滲み出る強者感。やっぱりこの人ら凄いな。
「それよりもさ。さっきから気になっていたんだけど、あの子達、グーフストリオだよね? テイムしているの?」
「あー、はい。二頭ともこっちのチヨちゃんが」
「えっ? あっ、はい。私がテイムしてます!」
咄嗟に着いた嘘に、チヨちゃんも察して合わせてくれた。助かる。馬鹿正直にホムンクルスだって言えないからな。
幸運なことに、二人共疑うことなく信じてくれる。
「へー、君が〈調教師〉なんだね。いいよねー、〈調教師〉。私もなりたいと思っていたよ。結局なれなかったけど」
「このグーフストリオ、やはり移動と運搬目的で?」
「そうですねっ。おかげで私と楓太さんでも探索についていけるようになったし、荷物もいっぱい運べて助かってるんですよっ!」
「あー、だよねー。やっぱり〈調教師〉はそれができるから良いよね。触ってみてもいい?」
どうぞどうぞ、とチヨちゃんがゲロゲロとベイグルの傍に案内する。
二頭とも大人しく頭を差し出し、嬉しそうに芽依さんと樫原さんを受け入れてくれた。良い子だ。
「グエー」「グエッ、グエエッ」
「あははー、なんだこの子ら、人懐っこくて可愛いねー」
「ほう。テイムされているとはいえ、ここまで人に懐くのも珍しい。というかこの子達、突然変異かなにかですか? 頭部の大きさ、髪型、目つき、明らかに違いが……ちょっと賢そうな……」
「言われて見れば確かに……ん? なんだろう、なんか変な感じが……でもまぁ可愛いからいいか。あはははっ!」
二人はゲロゲロとベイグルを気に入ってくれたのか、楽しそうに撫でている。
……夢中になっている今なら、チャンスかな。
少し前に、ミライさんは俺に言った。機会が在れば、森山さんの傍にいる二人を【鑑定】しろと。その二人のどちらかに必ず、強くなった秘密があると。
となれば、この好機を利用しない手はない!
でも、怖いな~。マジで怖い。
この人ら明らかに強いんだもんな。俺の【鑑定】のレベルも上がっているけどさ。妨害されて気づかれたらどうしよう。
ミライさんはなんだかんだ甘いから大丈夫って言ってたけど、本当かな。正直やりたくねぇ。
でも、どんなステータスを持っているのかは気になるんだよな。好奇心には逆らえん。
とはいえ、仕掛ける回数はなるべく減らしたい。一発で目的のステータスを探りたいよな。
【鑑定】に匹敵しえる、大躍進となった何か。この二人のどちらかと言えば、やっぱり芽依さんかな?
樫原さんは明らかに騎士だろ? となると、そのスキルは戦闘系のはず。
やはり見るとすれば芽依さんだな。芽依さんなら結構緩い空気だし、土下座でもすれば許してくれそうだし。
という訳で、覚悟を決めて、ほい【鑑定】。
【人物鑑定】
名称:柴田芽依(種族:半妖精)
レベル:58(次のレベルまで239487)
ステータス:【MP】1215【STR】563【CON】581【POW】433【DEX】297【INT】662
〈運搬屋〉
【重量軽減】レベル8【インベントリ】レベル8【腕力補正】レベル5【体力補正】レベル5【重量転化】レベル2
〈アイテム使い〉
【アイテム理解】レベル―【効果上昇】レベル8【効果拡大】レベル6【効果範囲拡大】レベル8【効果延長】レベル3【消費削減】レベル6【即時発動】レベル4【アイテムスロー】レベル7【爆弾強化】レベル8
〈空間魔術師〉
【空間把握】レベル―【マーキング】レベル4【空間跳躍】レベル4【次元跳躍】レベル3【空間切断】レベル2【空間圧縮】レベル2【空間拠点創造】レベル3
種族スキル:【妖精の通り道】
――は?
――はぁ?
――はぁああああああああああああああ!?
ふっ、ふざけんなコイツ! こんなん碌に見ないでも分かるわ!
チートだ!! 絶対こいつチートだろっ!!!!




