第82話 欲しいのはどんなスキル?
ゲロゲロという相棒を手に入れたことにより、とうとうミライさんとの深層遠征が決定した。
直ぐにでも行きたいところではあるが、深層に行くのであれば出来る準備は完璧にしておきたい。
ということで、ミライさんには一週間の準備期間をもらった。この期間で俺たちの装備、遠征道具の更新を進めるつもりだ。
レベル5まで鍛え上げた【錬金術】。そして【再錬成】。今の俺であれば皆の装備を、より高い次元に昇華することが出来る。
深層に相応しきアイテムを作り上げ、万全の体制で深層へと向かうのだ。
しかしそんな俺は今、リビングでとある作業に手こずっている。
「会社名、出資金、出資者、事業目的か。めんどくせぇ。億劫になってくるわ」
そう、先延ばし続けた起業の申請書類を片付けているのだ。
もう十月も半ば。今年も残り三ヶ月を切っているからな。
面倒だけど、いい加減手をつけなければなるまい。
「ちゃんと読めば分かるけど、縁が無さすぎる分野の新しい知識って、頭がそもそも受け入れてくれないよな」
「しかしまさか僕達が起業することになるとはね。探索者を始める前の自分に言っても、信じられないだろうね」
「起業。ふふっ、ワクワクする言葉ですね。これから儲かるのが確定している会社ならなおさら」
「なんだか社会人になった気分ですね〜」
書類の記入に苦戦する俺を眺めながら、皆口々に好き勝手なんか言っている。代わりにやらせたろうか?
「とりあえず、会社名は合同会社OBATAと。これでよし」
「マジでそれで行くのか? いや、いいんだけどよ」
「俺も最初はどうかと思ったけどさ。ミライさんの〈美肌薬〉の容器を見てから、イメージがもう完全にそれで固まっちゃって」
それに、小畑会の会社っていうなら、これ以上分かりやすい名前もないし。
何か疑問に思ったのか、チヨちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「合同会社ってなんですか? 株式会社じゃないんです?」
「簡単に言えば、株式を発行せずに経営する会社だね。株での資金調達は出来ない代わりに、自分達で自由に経営できるというイメージだ。身内経営で自由にやりたいならこっちを選ぶ」
「株式会社だとどうしても株主の意向を無視できないからね。それに楓太さんの場合、資金は潤沢で資金調達をする必要がないから」
伊波と七緒ちゃんの教えに、へーっと気の抜けた返事を返すチヨちゃん。
あれはよくわかってないな。でも大丈夫。俺と川辺も似たようなもんだから。
なんだったらこの資料を作るとなってから調べて、初めて知ったくらいだ。
起業でも考えない限り、こんな知識を学ぶ機会なんてないんだよなぁ……。
「出資金はパーティ資金をそのままぶっ込めばいいよな。んで出資者は俺らの名前をと」
「あのー、お金出してないのに私たちも出資者でいいんですか?」
「大丈夫大丈夫。建前だからこんなの」
「建前だとしたらなおさら、私達の名前を入れる必要があるのかなって思うんですけど。名前を入れるにしても楓太さんたちだけでよろしいのでは?」
「ち、チヨ。楓太さんが決めたことに口を出さないのよっ」
チヨちゃんは謙虚で良い子だな。ここで自分から一歩引けるんだから。
それに比べて七緒ちゃんの強かさよ。貰える権力は貰っておけってか。まぁ最近はむしろその強欲さが一周回って好きになってきたけど。
「まあねー。でも俺らだけで意思決定するのはまずいんじゃないかって思ったんだよね」
「俺らは同じ方向を向き過ぎてるからな。まずい方へ行っても止まれないんじゃないかと思ったんだよ」
「だから二人には、僕らのブレーキ役になってほしい。僕らが一線を越えかけたら、その権限を使って全力で止めてくれ。それを頼めるのは君達だけだ」
「そんな、そこまで私たちを……!」
「任せてくださいっ! 絶対に止めてみせますから!」
俺たちの言葉に、二人は瞳を潤ませて嬉しそうにする。
そんなに感動しなくても良いのにな。実際それくらいの信頼してるのは事実だし。
それに――だ。
「いくら君らが反対しようと、俺ら三人の意見さえ一致すればどんな意見でも通るからね」
「たとえばホム嫁ハーレムの是非とかな」
「君らが議題に上げた瞬間即座に却下だよ。論ずるまでもなく是だ」
「感動して損しました……」
「やっぱりこの人達、最低のゴミクズ野郎です……」
チヨちゃん。流石にそれは言い過ぎじゃないかい? ちょっとグサリときたよ。
真面目な話、俺ら一人でも反対すれば七緒ちゃんとチヨちゃんとの三票で、確実に暴走を止めてくれるはずっていう考えだったんだけど。
今更言っても信じてくれねぇだろうなぁ。
「あとはまぁ、出資者にしないと役員報酬を渡せないからね」
「役員報酬! なんて素敵!」
「楓太さんカッコいいー!」
現金な女どもめ。不当に給料を安くしてこき使ってやろうか?
まぁ実際にはそんな小悪党みたいな真似しないけどな。それなりに給料を払わないと節税の効果が出ないし。
「で、あとは事業目的か。俺達の事業目的ってなんだろうな?」
「普通に探索者業でいいんじゃねぇのか?」
「……〝ダンジョン探索に関する業務〟でいけるみたいだね。それに楓太の【錬金術】に関わる業務を書けばいいんじゃないかな? あとは〝前各号に附帯関連する一切の業務〟という便利ワードを入れればなんとかなるらしい」
伊波がスマホで素早く調べてくれた。
結構ざっくりとした内容で行けるんだな。
「【錬金術】の業務ってなると、マジックアイテムの製造、販売って感じか? あ、でもホムンクルスは別枠で考えないといかんか」
ホムンクルスの売買に近い業種ってなんだ?
生き物を売る仕事になるから――
「ペットショップと同じような内容で書けばいいのかな?」
「いくらなんでも最低すぎるでしょ……」
七緒ちゃんが久しぶりに、ゴミを見るような目で俺を見てきた。……何故?
「え? 何がダメ?」
「何がって、女をペット扱いしたら普通に引きますよ」
「は? 女? ゲロゲロみたいな奴らよ?」
「……あ」
睨んでいたと思ったら、七緒ちゃんはポカンとした顔で間抜けな声を上げた。マジで何を考えてたの?
ホムンクルス……女……ペット……あ。
「オナペッ――口にするのも憚れるわ。七緒ちゃんサイテー」
「これは流石に俺も軽蔑するわ」
「ちっ、ちがっ……! 罠っ! これは罠ですっ!」
「何が罠なんだい? 僕らが求めているのは嫁だよ。このむっつりスケベのド畜生めっ」
「違うっ! だってさっきホム嫁ハーレムとか言ってたからつい……ずるいでしょこんなのっ!」
「お姉ちゃん……楓太さん達よりひどいよ……」
流石のチヨちゃんもこれには呆れる。
まぁ実の姉の頭がピンク色に染まっていると知ったらな。
「だけどそもそもホムンクルスの名前を出す訳にはいかないのか。【錬金術】で作ってるんだからマジックアイテムで押し切ろう」
「だったら最初からそうしてくださいよ! 私が無駄に恥かいたじゃないですか!」
それこそ知らんがな。
自分の本性を俺のせいにしないでくれ。
「だいたい記入は終わったからこれはよし。ところで装備の相談がしたいんだけどさ。とりあえずなんだけど、欲しいスキルとかある?」
「「「「【洗浄】」」」」
皆して声を揃えて言った。
いや、まぁそれは分かってんだけどさ。
「【洗浄】はもちろん入れるけどさ、それ以外。あるいはこんな傾向でとか」
「ん? 傾向って何のこっちゃ?」
「戦闘力を追求するか、快適性を優先するかってことだろう?」
「ああ、そういうことか」
伊波の言葉に納得したように川辺が頷く。
少し前までの俺たちなら、とにかく今の段階での最強装備を追求していただろう。
ステータスを補正するものとか、スキルの強化をできるものとか。
しかし、遠征を行って現場を経験した俺たちの視座は高い。
「探索で少しでも快適に過ごせるようにするって、マジで重要だからな」
「確かにそうですね。【洗浄】を知ってしまったらもう外す選択がないですものね」
「私も強くなるより、過ごしやすくなる方がいいです」
「ゲームなら迷わず戦闘力重視なんだが、リアルだとなぁ」
「その戦闘力だって考えものだ。単純な攻撃力より、継戦能力を上げる方が重要というケースもある。僕だったら魔力回復系のスキルとかね。最強が最適になるとは限らない」
これは本当にゲームとリアルの違いだよなぁ。
遠征のストレスを減らせるなら、そっちを優先した方がはるかに重要になってくる。もちろん強敵に合わせて戦闘力も大事なんだろうが。
理想は複数の装備を持ち運んで相手によって変える、っていう形だろう。だけどそれだけの装備を運ぶのがそもそも難しいとか、装備を変える時間があるとは限らないとか、色々と問題があるし。
「今ある素材でも、【耐暑】とか【耐寒】、【頑健】、【回復】、色々と便利そうなスキルがあるもんな。叶うなら全部付けたいところだ」
「いや待て、そもそもいくつまで装備にスキルが付けられるのか分からないと、答えようがないぞ」
「ああ。だから二、三日使って、本気で検証してみるよ。幸い拝賀君が集めてくれた素材があるし、ホムンクルスと違って装備だったら壊れても構わないし」
いや、勿体無いから壊したくないけどな。
でも命を弄ぶよりは遥かにマシだ。
「【錬金術】と【人工生命体創造】は別スキル扱いだけど、分類としては【錬金術】に変わりないはず。となれば、装備のスキル付与とホムンクルスのスキル付与のルールは近いものになると思うんだよな。丁度いい機会だし、とことん検証してみよう」
「いいね。ようやく本気で【錬金術】の分析が出来そうだ」
「ゲーム感覚でワクワクしてきたね」
まさにその通りだ。
今の俺がどれだけの装備が作れるようになるのか、本当に楽しみでしょうがない。




