第83話 〈百花繚乱〉
そうして、一週間はあっという間に過ぎた。
一通りの素材を使って実際の効果を調べるだけで三日もかかり、残りの日数で本気装備を作ってギリギリだった。
だけど現時点で納得できる最高の装備が出来たと思う。ついでに各種アイテムもだ。
深層に行く準備は整った。あとは覚悟を決めて進むだけだ。
「それじゃあ先に出るからな。戸締りはよろしく」
「行ってきまーす!」
「おう。事故だけは起こすなよ」
「安全運転だよ。事故を起こしたら本当に洒落にならないからね」
「ゲロちゃん。本当にお願いね」
「グェ!」
七緒ちゃんに首を撫でられ、ゲロゲロは任せろと言わんばかりに返事をする。
そして俺とチヨちゃんはゲロゲロに跨り、一足早く家を出発した。目指すのは俺達のホームとなりつつある渋谷ダンジョン。その後をマルが追いかけ、ピーちゃんは小さくなってゲロゲロの頭に止まっている。
生まれ変わる前のゲロゲロはとてもではないが、公道を走らせるなんてことはさせられなかった。
それは性能を把握していなかったからだが、本当にやらなくて良かったよな。あのバカさ加減で地上を走らせたらどうなっていたことか。信号は絶対に理解できなかっただろう。間違いなく事故ってたよ。
しかし、今のゲロゲロなら素直に指示に従ってくれるし、なにより【学習】してくれる。 交通ルールを走りながら教えれば、すぐに覚えてくれるだろう。なので俺とチヨちゃんで乗り、渋谷ダンジョンに向かうことにした。
というか、いちいち馬運車なんか用意してらんねぇんだよな。車と同程度に走れるならそりゃ走らせるわ。騎乗用の魔物をテイムしている人は実際そうしている訳だし。
もし事故ったら? 警察に事情聴取だろ? 最悪ゲロゲロの正体がバレるだろ? そうしたら――
嫌な想像をしてしまった。ふっ、恐怖で震えてきやがるぜ。
「あはははっ! ダンジョンでも少し思ってましたけど、風を切って気持ちいいですねー! あれ? 楓太さん震えてます? 寒いですか?」
「いや、まったく。早速【耐寒】が効いているね。これは違う理由の震えだから気にしないで」
俺は初心者セットを強化した物を。そしてチヨちゃんはサファリ装備を強化し、さらに肌の保護の為にアンダーアーマーを着ている。これが俺達の新装備だ。
チヨちゃんの瑞々しい肌が見えなくなるのは残念ではあるが、ゲロゲロに引きずられる悲劇を繰り返してはならない。
十月も半ばで寒くなってきた時期だ。薄着でこんな速度を出していたなら普通なら寒く感じるだろう。だが、今の俺は寒さを感じない。むしろちょうどいいと感じるくらいだ。
これがどの程度の気温差まで対応できるかはわからないが、これなら大抵の環境変化にも耐えられるだろう。
快適性を重視してとりあえずといった感覚で、全員の装備に【耐暑】と【耐寒】を付けているが正解だったな。
「そうですか! よく分からないですけど、分かりました! それよりもう少しかっ飛ばしていいですか!?」
「法定速度内でお願いします」
キラキラ目を輝かせているチヨちゃんに冷たく返す。
この子、結構なスピード狂なのかもしれない。目を離さないようにしないと。
「でも、暴走の心配が無いなら本当にこの感覚は良いですね! バイクもこんな感じなんでしょうか!?」
「俺は原付くらいしか乗ったことないけど、きっと感覚は近いよね。確かに悪くないけど、目立つのはちょっと恥ずかしいかな」
今も人や車とすれ違う度に、興味津々な感じでこっちを見られている。
騎乗向けの魔物をテイムしているテイマーはまだまだ少ないし、グーフストリオなんか見たことない人もいるだろうしな。
「ゲロちゃんは珍しいですからねー。でもこうして走っていれば、この辺りの人だったらすぐに――あっ! やっほー!」
チヨちゃんはすれ違った子供達に手を振った。
三人組の男の子……小学生かな?
びっくりしたようにこっちを見ていたが、チヨちゃんに気づくとはしゃいで手を振り返している。
「あの子達は?」
「うちから少し離れたところに住んでるご近所さんですよー! マルやサンちゃん達との散歩で知り合って仲良くなりました! 魔物のマルが気になっていたみたいです!」
いつの間にそこまで。社交的な子は強いな。俺なんか本当に周りに住んでるご近所さんにしか挨拶してないのに。
でもなるほど。確かに大きな犬ってだけで気になるもんな。魔物なら尚更か。
「ただ、マルはあまり仲良くないみたいですけどね」
「へー。それはなんで?」
「えーっと、嫉妬みたいですね。私があの子達と仲良くなるのが嫌みたいです」
「ああ、なるほど。何か気に入らないところがあったの?」
「ウォンッ!」
隣で並走しているマルに話しかければ、吐き捨てるような返事が返ってくる。
ああ~、この反応はあれかな?
「もしかして、異性として意識されてるって感じ?」
「あははは。そんなことは……ん、まぁそう言えなくも……」
うっすらとだが、チヨちゃんも少しは自覚していたらしい。
でもたぶん間違いないよ。男なんて何歳だろうが男だ。
最初は本当にマル目当てで声をかけられたんじゃないかな?
でも小学生といえば、口では何だかんだと言いつつも女に興味が出てくる年頃。そんな時に美人で優しいお姉ちゃんと仲良くなったら、そりゃ憧れる。下手すれば初恋の可能性すらあるだろう。
……初恋が爆乳ロリお姉ちゃんか~。拗らせるなぁ。チヨちゃんもなんと罪深い。
「まぁでも、スケベ小僧が近づいてくるとなったら、そりゃマルも嫌がるわな。いくら憧れみたいな感情が強くても」
「おっと。もしかして楓太さんも嫉妬ですか?」
「ふっ。義娘に恋愛的な目で嫉妬はないさ」
欲ではなく、向けるべきは愛。
俺はダンジョンで既に学んでいる。
だからこうして、後ろから抱きしめているようにしても下心は湧かない。全くない。無いったら無い。
だと言うのに、チヨちゃんはどこか不満そうだった。
「むっ、ドライブデート中なのに連れないですね〜」
「はいはい。デートデート。ちゃんと前見なさいね。危ないから」
「これは本当に良くない傾向ですね。由々しき事態です。女としてのプライドが……!」
安心しなさい。君は魅力的だから。
俺が大人だったから耐えられているだけで、同世代だったらこの状況は舞い上がっているから。
♦ ♦
「遅れてごめんなさいね。待たせちゃったかしら?」
渋谷支部で三人と合流し、装備を整えた後、俺達はダンジョンの中でミライさん達を待った。
すると、約束の五分前にはミライさんはパーティメンバーを連れてやってくる。独特の価値観、美意識で動く人だけど、こういうところは常識的だよな。だから信頼できるんだけど。
「いえ、時間通りですよ。そんなに待ってな――おお」
ミライさんの姿を見て、俺は感心の声を上げていた。
種類としては七緒ちゃんと同系統のベリーダンサー衣装か。水着のような恰好の上に透けた赤いベールのドレスを着て、煽情的なのに上品とすら感じる。それに加えて衣装に似つかわしくない、ゴツめの手甲と脛当てがギャップを生んでカッコイイ。
なんだったらいつもより露出が抑えられて目に痛くないというか、ミライさんの美しさを正しく際立たせているように思える。本当に似合っているな。
というか、これに比べたらティーバックの七緒ちゃんはちょっとエロすぎるというか、なんといいますか……。
「嘘でしょ……ミライさんの方がまともな格好をしてる……」
呆然とした七緒ちゃんの呟きが後ろから聞こえてきた。流石に失礼すぎるだろ。
黙った俺に、ミライさんはおかしそうに小さく笑った。
「あら、どうしたの?」
「いえ。つい見とれてしまいまして。その装備、凄く似合ってますね」
「ふふっ、ありがとう。そういう楓太君たちも似合っているわよ。特に七緒ちゃんは素敵ね。ええ、とっても気になるわ」
じっと、獲物を見定めたようにミライさんは七緒ちゃんを見つめている。
どちらかと言ったら七緒ちゃんの方が、普段のミライさんの格好に近いかもしれない。露出的な意味で。だから今の格好に不満があるのかもな。
マジで今の方が良いと思うんだがなぁ……。
「さて。楓太君はともかく、皆にちゃんと紹介したことなかったわよね。改めて紹介するわ。この子達が私のパーティメンバーよ」
まぁ、俺は【鑑定】でステータスを調べた時に挨拶しているからね。それに七緒ちゃんとチヨちゃんは同じ女同士ということで、何度か集会で話して仲良くなってるみたいだけど。
川辺と伊波は知らないだろうし、これから一緒に行動するからちょうどいい機会だ。
「はいはーい! それじゃあ私から! 久世果湖です! 〈付与術師〉と〈治癒術師〉でバッファー兼ヒーラーやってます!」
真っ先に手を挙げたのは、術師用の白いローブに背丈ほどの杖を持った、長いツインテが似合う元気娘の果湖ちゃん。なんとも若々しい子だが、それもそのはず。なんと彼女はチヨちゃんと同年齢の元女子高生。高校中退したのも全く同じ!
まさかチヨちゃんのような後先考えない子が他に居るとは。聞いた時はびっくりしたわ。
今時の子は覚悟が決まってんなぁと思ったが、冷静に考えるとそんなことないよな。この子らが外れ値なだけだ。
「僕は今西蒼。騎士として皆を守ってるよ。改めてよろしくね」
続いて自己紹介したのは、ファサリと髪をかき上げ、王子様っぽい雰囲気をしている今西さん。襟付きのシャツに軽鎧。腰元にはレイピア。そして小型のカイトシールドを持っている。
七緒ちゃんと同じくらいの年頃で、僕という一人称の男装女子。そしてこの振る舞いだ。普通だったら痛々しいが、この人の場合これが自然と感じるくらいしっくりくる。ある意味凄い人だ。
「守谷刻子。〈魔術師〉です。年長者としてミライさんのサポートをしています。皆さん、よろしくお願いしますね」
ミライさんの副官的な立場に居るのがこの人、刻子さん。
黒いローブにフードを被り、そこから長く波打った黒髪が覗ける。ミステリアスな雰囲気はまさに魔女といったところだが、弓を背負っている所はミスマッチか。ミライさんとは違った雰囲気の美女だ。年齢は一番ミライさんに近いみたいだが。
三人自己紹介をしてくれた訳だが、今更ながら気づいた。
過去、現在、未来、そして時。偶然だろうけどちょっと面白い。
となると――最後の一人は!?
「よ、淀川日向です……〈呪術師〉でデバッファーを担当しています……よろしくです……」
刻子さんと同じ黒いローブで、二十代のおかっぱ頭の眼鏡っ子。日向さんはオドオドと遠慮がちにそう言った。
気まずそうなこの反応は……あっ、うん。なんか期待し過ぎてごめん。
「ねぇ~も~っ……! やっぱりやめましょうよこの自己紹介……! 出オチで恥ずかしいよぉ……! がっかりされるんですよぉ……!」
「大丈夫だよ日向ちゃん! 受けてるよ!」
「ふふっ、君が一番輝いているよ」
「美味しいポジションで羨ましいわ」
「じゃあ変わってくださいよぉ……!」
ひぃん、と半泣きになりながら日向さんは訴えているのに、他の三人は楽しそうに笑っている。なんというか、凄く親近感を感じる。いじられる側の人間として、日向さんとは仲良くなれそうだ。
「そして知っての通り、私がリーダーの中野三蕾。そしてこの子がベイグル。これが私のパーティ〈百花繚乱〉よ」
「グェ!」
ミライさんに撫でられ、元気に返事をするベイグル。数日前に【再錬成】を行い、ゲロゲロと同じく生まれ変わっている。ちなみにうちのソフトモヒカンなゲロゲロと違い、ベイグルはさらさらロングヘアーだ。ミライさんのイメージに引っ張られたかな……。
まぁともかく、これがミライさんのパーティ〈百花繚乱〉。全員女性でタイプの違う美女、美少女揃い。ミライさんがリーダーをやるだけあって、なんとも華のあるパーティだった。
ついでに言えばちゃんとパーティ名まで決めてカッケェな。俺らなんか小畑パーティで登録してるからな。この歳でパーティ名を名乗るとか恥ずかしいから、全力で痛々しい名前を主張した伊波を抑え込んでそうしたけど、やっぱり今からでもパーティ名を考えようかな。
「そして今日はおまけにもう一人――」
言って、ミライさんは視線を横にやる。
そう。今日は〈百花繚乱〉のメンバーだけではない。
そこにはもうすっかり見慣れた、頼りになる彼の姿が――!
「影から影討ち。闇から闇討ち。味方のふりして騙し討ち。卑怯千万なんのその。邪道こそが我が王道。ダンジョンに潜む汚い忍者――拝賀ですっ☆」
なにやらそれっぽい文句を並べ、拝賀君はキラッ! と擬音が付きそうなポーズを決めて言った。
……どうしちゃったの君? 頭おかしくなったの?
びっくりし過ぎて固まっている中、ピコンとミライさんの携帯から音が鳴った。
「はいオッケー。良いわよ拝賀。素晴らしい動画が撮れたわ」
「そうですか。そりゃ良かったですね……」
「あの、拝賀君? 今のは何?」
「やらないと殴るって言われて仕方なく……もう守るようなプライドもないので……」
ああ、なるほど。君も本当に大変だね。
というか、拝賀君も今回の遠征に参加するんだね? いや、むしろありがたいんだけど、聞いてなかったからびっくりしたよ。
「いざという時の囮役として声をかけたわ。雑魚相手なら楓太君たちの護衛も十分できるし、やばくなったら拝賀に全部任せて逃げられるわよ」
「なんでこんな損な役回りばかり……いや、良いんですけどね。単独で逃げるだけなら確かに出来るんで」
拝賀君は嫌そうな顔でぼやいているが、あっさりと答えるあたりマジで頼りになるな。
冗談抜きに、この子本気で役に立つんだよな。今となってはこの子が居なくなるのは考えられない。
「さっすが拝賀君! 頼りになるー!」
「君がいると僕も心強いよ。僕達で皆を守ろうね」
「あなたのおかげで安心して戦えるわ。今回はよろしくね」
「褒められても嬉しく……いや、任されたからには全力でやりますけどね」
そして結構ちょろい。〈百花繚乱〉の時間組に歓迎され、デレデレしている。そんな拝賀君を憐れみの目で見ている日向さんが印象的だ。おそらく彼女の視線が答えなのだろう。
だけど気持ちは分かるぞ。俺も同じ立場ならそうなる。一緒に頑張ろうなっ!
「さて、自己紹介も終わったところで――ちょっとその服見せてくれる?」
そして美にうるさいおばさんは案の定、七緒ちゃんの装備に目をつけた。
しかし、流石ミライさんのお仲間というべきか。服装に関する興味は皆同じらしい。五人でワラワラと七緒ちゃんとチヨちゃんを囲んで見定めている。
「おおー! 本格的なサファリルック! チヨちゃん可愛いー! 七緒ちゃんは凄くエッチだね!」
「ありがとー! 結構お気に入りなんだっ!」
「カコちゃん、お願いっ……! あんまり言わないで……ッ!」
「恥ずかしがることはないさ。七緒さんも似合っているよ」
「ええ、とっても似合ってますよ……私だったら恥ずかしくて着れないけど」
カコちゃんに褒められ、チヨちゃんはご満悦。そして七緒ちゃんは顔を両手で隠して恥ずかしがっている。今西さんと日向さんのフォローは全く届いていない、というかトドメになっているようだ。
そんな三人とは対照的に、ミライさんと刻子さんは怖いくらいの顔で、七緒ちゃんの衣装を観察している。肌触りを確かめたり、生地を伸ばしたりと大した念の入り様だ。
「鮮やかな色。優しい手触り。しかもこれ、生地も丈夫なんじゃ……」
「ええ。少なくとも私達の物と比べても劣らない――いえ、おかしいですね? 素材のレベルが……楓太さん。こちらは全部楓太さんの作った物なんですよね? 使った素材は?」
「あ、はい。基本的には五階層までで取れる繊維系と魔物素材ですね」
比較的採りに行くのも簡単な素材しか使っていない。その分、どんな材料も惜しみなく使えたけどな。おかげで今できる最高の装備が出来上がったと自負している。
俺の回答に、刻子さんは小さく目を瞠った。
「そんな低階層の素材で? どういうこと? 私達の装備と出来栄えがほとんど……」
「いえ、それだけじゃないわ。楓太君、この服だけどスキルが付いているのでしょう?」
「そうですね。あくまでも手持ちの素材の範囲ですが、可能な限り詰め込みました」
快適さを重視しつつ、余った枠にそれぞれの戦闘に必要な要素を足す形で、スキルを組み込んだ。
七緒ちゃんで言えば、上下の水着、ベールのスカートとストール、サンダル、アクセサリー。これらにスキルを付与した結果、全体で発動しているのがこれ。
【耐寒】レベル3【耐暑】レベル3【洗浄】レベル―【体力補正】レベル2【回復力上昇】レベル1【踊り補正】レベル1【回避補正】レベル1
【耐寒】から【回復力上昇】までが、素材を投入して付与したスキルで、全員共通して付けているスキル。
【踊り補正】と【回避補正】は、七緒ちゃんの装備自体が最初から持つスキルだ。
「集められた材料がそもそも低階層のものだったせいか、戦闘に向いたスキルが結構少なかったんですよね。なんの役に立つのか分からない物も多かったし。ただ今回は遠征の快適性を重視した構成なので、特に問題はなかったんですけど」
【耐寒】、【耐暑】は気温対策。これでいつでも気持ちのいい体感温度を。
【洗浄】は言わずもがな。洗濯要らずで常に清潔を保つ。もはや俺達には欠かせないスキル。
【体力補正】で長期間の旅に耐えられる体力の底上げを図り、【回復力上昇】で疲労を回復させる。この【回復力上昇】は体力だけではなく魔力も回復しやすくなるから、継戦能力が上がる。
「快適性を重視しすぎたかなと思うんですけど、今回は長期間の遠征になりそうですから。もったいないけどこんな感じにしました」
「いえ、それはいいのだけど……七つ? 七つもスキルが発動するの? 今まで見た事のある装備でも、良くて二つが限度だったのに」
「でも一式で、なんですね。例えばなんですけど、一つの装備でどれだけのスキルを付与できるものなのでしょうか?」
「この一週間だけの試行錯誤で、あくまでも予想でしかないんですけど……」
ベースとなった素材の空きスロット数。プラス【錬金術】レベルに応じた数。
おそらくこれが、【錬金術】における付与可能な装備スキルの基準になると思う。
「空きスロットね。素材ごとにそれがあると確信しているのね?」
「あくまでも予想ですけどね。だけどベースとなった素材毎に、明らかなスキル付与がしやすい数があるんですよ。おそらくそれが空きスロットで、何も入ってないから簡単に付与できる。で、それに加えて【錬金術】スキルのレベルの高さで、付与できる数が増えていくんじゃないかなと」
あとこれも予想だが、スキルレベルによって投入できる素材の数も決まってくると思う。
「俺は【錬金術】スキル5なんですけど、五個までは素材を投入しても問題ない感じですね。そこから一つ増える度に一気に難易度が上がって、失敗しやすくなります。スキルを詰め込む数、投入する素材数、扱う素材のレベルの高さ。その総合で【錬金術】の成功率が決まってくるんじゃないかなと」
「そこまで分かっているのね。試行回数を覚悟すれば、欲しいスキルを全部組み込むことも可能か……」
「それをやり始めたらキリが無くなりそうですが、しかしやりたくなりますね」
「そうなんですよね。ただ今回は時間もなかったので我慢して、無理なく作れる範囲で納めました。それが一つの装備につきスキル三つですね」
いや、マジで誘惑が凄かった。一緒に検証に付き合っていた川辺と伊波もうずうずしていたからな。
でも明らかに沼なんだよこれ。手を出したら時間が足りなくなるのは目に見えていた。鋼の意志で抑え込んだわ。この自制心は褒めてやりたい。
話を聞いていた拝賀君が、顎に手をやりながら尋ねてくる。
「一つの部位に三つにしては、七つでもスキル数が少ないですよね? スキルレベルが違うのがありますが、もしかして同じスキルを重ねているからですか?」
「拝賀君正解。まさしくその通り」
そこにすぐに気づくとは流石。やっぱり頭良いなこの子は。
【洗浄】はその装備しか綺麗に出来ないから、どの装備にも必須でついている。残りの二枠を他のスキルで埋めて、全ての装備を着た時、その効果の合計値がスキルレベルとなっているようだ。
「まぁ要するにさ、モン〇ン形式に近いんだよ」
「ああ、それは凄く分かりやすいですね……」
微妙な顔をしつつも、拝賀君は頷いた。
まぁ真剣な話だったのに、ゲームで例えられたらそんな顔をするのも分からんでもない。でもこれ以上に分かりやすい例えもないんだよな。
「ただこの装備スキルのレベルもちょっと判明していないところがあってさ。1+1でレベル2、みたいな単純な加算じゃないみたいなんだよね。だからそれなりの効果を出したいなら同じスキルを重ねる必要がある、みたいな感じ」
「本当にモン〇ンじゃないですか……。川辺さん達の装備も同じスキルを?」
「だいたい同じだけど、それぞれに必要なスキルを足してるって感じだな。俺は【耐寒】と【体力補正】を少し下げる代わりに、【回復力】を強めて【力補正】を入れてる。寒いのは我慢出来る方だし、体力は十分あるからな」
「僕は逆に【耐暑】を落として、【魔力補正】を足した感じだね」
「なるほど。個々で細かい調整も可能と。これはちょっと凄いな。小畑さん、貴方は間違いなく日本一の生産職になってますよ」
「え? いやいや、それは流石に言いすぎじゃない? 〈錬金術師〉としては上の方かもしれないけど。流石に専門職には負けるでしょ?」
「いえ。決して過言ではないわよ」
謙遜する俺に、ミライさんは真剣な顔で否定した。そして自分のドレスを広げて見せてくる。
「私の装備を見てどう思う?」
「どうって言われても、綺麗ですけど……」
いや、まぁ見た目とかじゃなくて、性能って意味なんだろうな。
とりあえず【アイテム鑑定】で見てみる――ん?
「見たわね? どう?」
「あー、いや、すみません。どうやら【アイテム鑑定】のレベルが低いみたいで、性能が見えないです」
ここしばらく【錬金術】に没頭して思ったが、高レベルの素材、アイテムを扱った時に情報が見えないとなると、そもそも生産も出来ないんだよな。
後回しでいいかと思っていた【アイテム鑑定】、【素材鑑定】の重要度が上がってきてしまったところだ。そしてとうとう見えないアイテムが目の前にある訳だが。
「詳細な情報は見えないんですけど、なんていうかな。情報が見えないなりに、雰囲気みたいなものが分かるようになってきたんですよね。これも〈鑑定士〉としての力量が付いて、目が肥えてきたってことだと思うんですけど」
「うん。それで?」
「その服、たぶんかなり高レベルの素材ですよね? ただ、その……劣化しているというか、本来ならもっと品質が上がってもおかしくないような……? それでも俺らの装備と比べれば、防御力は確実に上だと思いますけど……」
むしろこれだけの素材を使って、この程度で収まっちゃってんの? って感じだ。絶対にもっと上を目指せる素材をだと思うんだよなぁ。
俺の率直な評価に、ミライさんとトキコさんは明らかに雰囲気を変えた。
傍に居るだけで身が竦む。その背後から黒いオーラが見えた気がした。
「ふっ、ふふふっ。やっぱりね……まさかとは思ったけど……」
「ええ、本当に……どうしてくれましょうかね? 何が〈五匠〉ですか。あのクリエイター気取りの無能が……」
「えっ……あっ……す、すみません。不愉快なことを言って」
「ああ、違うのよ。楓太君は悪くないわ」
「ええ、ミライさんの言う通りです。悪いのは私達の装備を担当したあの製作者ですから」
顔は笑っているが、刻子さんは怒りを隠せていない。
上品な微笑みを浮かべながら、眉間に浮かんだ筋がその証拠だ。
「深層の魔物はどれも強敵揃い。強力な装備は欠かせません。だからこそ私達はそれを手に入れる為に、どんな無茶な要望だろうと請け負って、腕の立つ生産者に装備を作ってもらうことになります」
「私達の装備を作った〈裁縫師〉もそんな腕を持つ生産者でね。実はこの服、渋谷ダンジョンだと二十五階層相当の素材を使っているのよ」
「それはまた貴重な素材を使ってますね……」
俺でも扱えるか分からないレベルの素材だな。思った以上の物を使ってたんだな。
……え。そんな素材を使ったのにこれなの?
「依頼を受けてもらう条件として、私達とは全く関係ない素材の納品。それに加えこの装備の素材は持ち込み。当然ながら依頼料は高額。この装備でそれぞれ二千万程の金額を取られました」
「交渉しようとすれば、“だったら受けない。俺は忙しい”の一点張りでね。断られる訳にもいかないから、仕方なくその条件を飲んだわ。この私を相手にあの態度。交渉を担当していたのが刻子だったからあの男も運が良いわね。私が話を進めていたら引っ叩いていたわよ」
トシさんを相手にしているような殺気を、ミライさんは漏らした。それを刻子さんも抑えようとしないし、否定もしない。
よっぽど酷い対応だったんだろうな……。
「まぁ、だとしても私達にとっても必要な物だから、それはいいの。生産職が少ない現状、腕の立つ奴は引く手数多だしね。問題はその後よ。依頼をこなして、材料も渡して依頼料も先払いで振り込んで。一週間後に来た連絡でそいつは何て言ったと思う?」
「……なんて言ったんですか?」
「“失敗した。素材おかわり”。本気で殺してやろうかと思ったわ」
「マジで言ったんすかそれ……?」
そりゃキレていいよ。俺だってブチギレるわそんなん。
珍しくミライさんの怒りが正当なパターンだな。
思い出して怒りに震えるミライさんに代わり、刻子さんが続ける。
「その〈裁縫師〉の言い分はこうでした。“あんな高レベル素材を使うなら失敗して当然だろうが! 嫌なら他を当たれ!”――見事なまでの逆ギレでしたね」
「逆に凄いなソイツ……」
「楓太さんの話を考えると、確かに失敗して当然なのでしょうね。生体レベルとスキルレベル。両方とも足りていなかったのでしょう。それで〈五匠〉の一人――日本一の〈裁縫師〉を名乗っているのだから笑わせますよ。さらに笑えるのが、それが名実ともに事実ということですね」
いや笑えねぇんだが。俺が本当に優秀な気がしてくる。
生産者の人材不足はマジで深刻だな。
「それでもようやく巡ってきた順番ですからね。諦める訳にもいかないので、再度装備に必要な素材を採りに行きました。そして同じことを二度繰り返しましたね」
「あの時は大変だったねー……」
「ふふふっ。流石の僕も手が出そうになったよ」
「呪ってやろうと思いました……失敗したら困るので、やれませんでしたが……」
七海姉妹とじゃれ合っていた三人まで、黄昏た表情でそう呟く。
なんというか、心中お察しする。
「三度目の正直で素材を渡し、ようやく出来上がった完成品を手渡された時の言葉がこれです。“ふっ、最高傑作だ。感謝しろ”。私ですら殺してやろうかと思いましたね」
「当然砕いたわ。顎を」
「砕いちゃったんですか……」
この人にしては我慢した方かな。
トシさんだったら間違いなく、一度目で殴ってるわ。
「大丈夫。上手く殴ったおかげで記憶喪失になっていたから。カコに治療してもらったから見た目は無傷だしね。完全犯罪成立よ」
「怪我人を治したくないって思ったのは初めてだったねっ!」
「まぁそんな訳で、そういう苦労をしてようやく手に入れた装備だったの。結果として良い装備が手に入ったと思ったから、我慢してあげたのよ。あげていたのに……それがなに? 防御力が高いだけの劣化品? 本来ならもっと品質が上がっていた? 何の冗談?」
手が出てるから我慢は出来てねぇんだよなぁ……。
まぁでもそうなるか。
「優れている点は防御力くらい。スキルの一つも付いてない。楓太君にお願いすれば、もっと楽に良い装備を作ってもらえたのよ? ――今からでも殺しにいってやろうかしら」
「だ、駄目ですよミライお姉さまっ……! 流石に捕まってしまいます……!」
殺意を抑えきれないミライさんを、日向さんが抑えようとする。
気弱そうに見える人だが、ミライさんに注意できる常識人らし――
「ですので、帰ったら私が呪いましょうっ……! 不定期に腹下しの呪いが発動するようにします……! もし外で発動すれば……社会的な死ですっ……!」
「ふふっ、流石日向だわ。それでいきましょう」
いややっぱりこの人もやっべぇわ。
大人しそうな顔してなんちゅう恐ろしいことを。
あんまり怒らせないようにしよう。俺がそんなのやられたらたまったもんじゃない。
♦ ♦
【探索のヒント! その三十五】
〈五匠〉
探索者界隈において、強力なアイテムを作れる生産職の重要性は高い。
生産職の数が少ない現状、腕の立つ生産職の価値は更に高まる。
そんな中、誰もが認める生産職の頂点に立つ者達が居る。
〈鍛冶師〉、〈裁縫師〉、〈革細工師〉、〈魔道具師〉、〈料理人〉の頂点に立つ五人。
この者達への敬意を込めて、人は彼らを〈五匠〉と呼ぶ。
そしてもう一人、万物を己で作り出すと豪語する〈錬金術師〉。
誰もが並び立つことすら諦めた〈五匠〉。そしてその〈五匠〉の地位をたった一人で覆しかねない孤高の〈錬金術師〉。
この六人を頂点として回っているのが、日本の生産職界隈である。
当然ながら彼らに依頼する者は後を絶たず、数ヶ月もの順番待ちになることもざらにある。
それでもより良いアイテムを求め、トップ層の探索者達は彼らに依頼をし、時に理不尽な要望をされても受け入れている。それだけの価値が彼らにはある。
――が! それは勘違いである!
ハッキリ言えば、彼らと一般生産職との間で生体レベル、そしてスキルレベルに大した差はない。マジでない。本当にない。
生体レベルを上げ魔力保有値を確保しない限り、スキルレベルが上がることはない。ゆえに、本当に、マジで、スキルレベルに差はない。
それでもなぜ彼らが今も〈五匠〉と褒め称えられているのか。そう、ただの先行ブランドである!
強いて言えば探求心と向上心、そして困難な依頼を請け負ってきたが故の経験は、間違いなく彼らの長所になるだろう。
しかし、それが生きるのはあくまでレベルという地力があっての話。
現時点でもし同じ材料で同じ物を作った場合、楓太はあっさりと彼らの作品を上回る。そして彼らでさえ扱えない材料ですら、楓太ならば使いこなすだろう。
彼らが今の地位を保つには、レベルを上げるしかない。しかし生産職は戦う職ではない。生産さえしていれば成長する、といった思い込みがある限り、彼らがこれ以上成長することはない。固定観念とは非常に恐ろしい。
既に気づきかけている者は増えている。彼らの落日の時は近い――!




