第78話 我が進化を見届けよっ!
ゲロゲロ奇跡の復活から更に二日後。
俺たちは改めて、大量のポーションが溜まった水槽の前に立っていた。
「さぁ、ゲロゲロ。進化の時だ。覚悟は良いな?」
「グァッ」
俺の言葉に、ゲロゲロはポケーっとした顔のまま、気の抜けた返事をする。
ふっ、さすがゲロゲロ。まったく動揺がないとは。
……いや、やっぱり何も分かってないだけだな。
せめて自分が何をするのかを理解する程度の知性は身につけてほしいな。
「拝賀君も悪かったね。無理を言って」
「本当ですよ。小畑さんの頼みを断るつもりはないですが、さすがに一日でこの材料を集めるのは……もう少し猶予をくれても良かったのでは?」
「ごめん。一日でも早く試したくて」
「そうですか。いえ、いいんですけどね。上手くいけば理想的な運搬用ホムンクルスが出来上がりますし」
拝賀君は若干の疲れを感じる顔でため息を吐いた。
さすがにわがままを言いすぎたか。あんまり無理を言って反抗されても困るし、もう少し遠慮しよう。
さて、拝賀君を利用してまで、また大量の魔力ポーションを作った目的は、ゲロゲロの改造である。
ゲロゲロがバカすぎる。最初はそれも個性と受け入れたが、少し遠征をしただけで分かった。あまりにも致命的だと。
とはいえ、ホムンクルスの能力をいじれない以上、そのデメリットは受けざるを得ないはずだった。
しかし、俺は【再錬成】を手に入れた。この力なら、ゲロゲロを安全に改造して強化することが出来る!
そう、今こそゲロゲロが生まれ変わる時なのだ!
「しかし【再錬成】とは、またとんでもない力ですね。何も知らない奴らの不遇という評判がバカらしく聞こえます。実際の所、生産職の中でも〈錬金術師〉は群を抜いているのでは?」
「いや、確かに最近はそう思わなくもないんだけど……そう感じるのはたぶん、他の生産職の成長不足だと思うんだよね」
確かに作品を作り直せる【再錬成】は凄いし、〈錬金術師〉の強みになると思う。それに俺が作れるアイテムも中々便利だ。
だけど、もし同レベル帯の生産職が居たら、間違いなく俺よりも良い物を作れると思うんだよな。特化したジョブだからこそ、その性能は一段か二段は上になるはず。
そうなれば俺のアイテムも、間に合わせ程度の性能にしかならないだろう。一部の消耗品はまた別だろうが。
最終的には、作り直せるから何? という評価に落ち着くんじゃねぇかな?
だからこそレベル差のある今のうちに、色々と生産的なノウハウを増やして、他と差別化を図りたい所だ。
まぁ俺の場合、ホムンクルスを自由に作れればそれでいいから、他人と比べるとか興味ないんだけどな。
俺より凄い物を作れるから何? お前は理想の女作れんの?
これほど強いマウントはあるまいよ。
「それで、ゲロゲロ君の強化案は既に考えてるんでしょうか?」
「まぁね。昨日の間に、皆で話し合って決めたよ」
川辺と伊波はもちろん、七緒ちゃんやチヨちゃんならではの意外な視点は大いに参考になった。
その会議を思い出したのか、伊波はうむと重く頷いた。
「拝賀君の集めてくれた素材が大量にあったからね。どれにするか選ぶのが大変だったよ」
「ゲーム感覚で楽しかったから、むしろありがたかったけどな」
そう、本当に川辺の言う通り。
【再錬成】で好きに弄れると分かり、いざ素材選びでスキル決めってなると、まんまゲームのそれだった。白熱した会議で楽しかったわ。
「とりあえず真っ先に決まったことは、【鈍感】と【愚直】のスキルを消そうってことだったね」
これはもう満場一致での決定だった。【愚直】はもう諸悪の根源と言って良いレベルだから、残すという選択はなかった。
で、【鈍感】はどうしようかと迷ったが、やはりこちらも消すことに。痛みに鈍いのは強みになるんじゃないかと思ったが、感覚を鈍化させるのは避難用の乗り物としてどうなんだと。
「代わりに何のスキルを追加しようって話になってさ。迷った挙句、結局シンプルで行こうってなったわ」
言いながら、俺は水槽に素材を投げ入れる。
一つ目は【警戒】を持つアラートミーアの皮。空から見るピーちゃんと、鼻の利くマルが居るとはいえ、今回の件を考えるとやはりスキルの【気配察知】的な力がいると判断した。これなら代用になるだろう。
そしてもう一つは、猿の頭だ。
〈コピーエイプの頭部〉――コピーエイプの頭部。皮、肉など、各種素材として使える。【学習】
ゲロゲロ最大の弱点である、何よりも低すぎる【INT】をどうにかしないといけない。そのステータスが上がるであろう素材で、なおかつ頭が良くなりそうなものはないかと探した時、真っ先にこの【学習】が候補に挙がった。
【学習】――学習能力が上がる。
スキルの説明はこれだけで、どれだけの効果があるのかは分からないが、ゲロゲロには必要な能力だ。
「多少頭が悪くても、学習能力があれば繰り返して教えれば身につけられるはず。きっとこれならもうあんな暴走をすることはなくなるよ」
「本当になんとかなりますかね。この子のおバカ加減を考えると、どうしてもそのイメージが……」
「お姉ちゃん! ゲロちゃんを信じよう! ダメだったらまた作り直せば良い話だよ!」
七緒ちゃんの不安は正直分かる。俺もなんとかなってくれ、という願いに近い。だが、そこはもう【錬金術】の可能性を信じるしかないだろう。
どうでも良いんだけど、チヨちゃんの倫理観が壊れつつあるような……いや、気のせいだろうきっと。
「大丈夫だとは思うけど、失敗したらその時は頼む」
死に物狂いでやるつもりではあるが、それでも難易度が高いのには変わりないからな。その可能性も考慮しないといけない。だから皆はフル装備だ。
「よし、ゲロゲロ。覚悟はいいな?」
「グェッ」
ゲロゲロは返事をすると、素直に水槽の中に入った。ポーションの中にしゃがみ、首から下を水の中に沈める。
それを確認し、俺は魔力を流し込んだ。
すると、ポーションがうっすらと輝きだす。【錬金術】が発動した合図だ。
そういえば、生きたまま【再錬成】、【錬金術】を試すのは初めてだ。ゲロゲロは大丈夫か?
ちらっとゲロゲロの顔を見てみれば、気持ちよさそうに目を閉じ、リラックスしているように見える。まるで温泉につかっているかのような気の抜け具合。こ、こいつっ。人の心配を無下にしやがって。
しばらくして、ゲロゲロはゆっくりと溶けていくように、ポーションの中に沈んでいく。頭の天辺が沈み込んで、とうとうその姿は見えなくなった。
今ゲロゲロは分子レベルで体が解け、この中で再構成されているのだろう。先ほどまでの表情で気が抜けそうになるが、油断している場合ではない。
ゲロゲロに再び会う為には、俺が【再錬成】を成功させなければならない。ここから凄まじい疲労感が襲ってくるだろうが、何がなんでも成功させなければ……なけ、れば……?
「――ん? んん~?」
「どうした? まさかもう失敗!?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……あれ?」
とりあえず焦る川辺を宥め、俺は改めて【錬金術】に集中する。
集中したんだが……うん。間違いないな。手ごたえが明らかに軽い。
もちろん油断は出来ないが、思ったより楽に出来そうだなこれ。もしかしなくても、この感じは――
思うところはあったが、今は【錬金術】に集中する必要がある。改めて気を入れ直し、そのまま【再錬成】を続けてた。そして一時間ほど経ったところで、作業は終了した。
「あれ? もう終わりですか? なんだか早かったですね?」
「前にやった時は、楓太さんも疲労していましたよね? だけど今回はそうは見えませんけど」
「うん。疲れるどころか、結構余裕あったわ。これはたぶん……」
姉妹の疑問に答えつつ、俺は確かめてみる。
【人物鑑定】
名称:小畑楓太
〈錬金術師〉
【人工生命体創造】レベル3
「あっ、やっぱり。【人工生命体創造】のレベルが上がってたわ。やったぜ」
「んだよ。無駄に緊張させやがって。フル装備までしてバカみたいじゃねぇか」
そう言うなよ。いざという備えはどちらにせよ必要だろ。
たぶんだけど、上がったのは一昨日ゲロゲロを【再錬成】した時かな。というか、あれ以外に覚えがないわ。
「スキルレベルが上がって、ゲロゲロくらいの素材を扱う適正レベルに追いついたってことだね。もしかしてだけど、さらにスキルを付与できたりするんじゃないか?」
「そうだな。さっきの感じだと……たぶん、一か二個は確実。頑張れば三つはいける気がする」
いや、あくまで感覚的な話なんで、はっきりしたことは言えないが。
「ほう! ほうほう! これは面白くなってきたねぇ!」
「もともとゲロゲロのスキルは三つだったからな。それに合わせて泣く泣く諦めたスキルもある。これは早くもゲロゲロマーク2からマーク3行っちまうか!?」
確かにな。今回は弱点を消すためにあのスキルを選んだけど、強さを追求するならもっと入れたいスキルもあった。
次は長所を伸ばすか、さらに短所を消していくか。ゲロゲロの進化が留まるところをしらない。そのためには、もっと魔力ポーションの材料が必要なんだが。
「拝賀君。その、悪いんだけど」
「休みをください。必ず取りに行きますので」
「アッ、ハイ。本当に申し訳ない」
すぐにでも試したいが、こんなに頑張っている子にさらに頑張れとは言えんわな。自分が動かなくても思い通りに集めてきてくれるから、ついつい考えもせずに頼んでしまう。今は立場上、俺が上司のようなもんだし、拝賀君たちの体調も気遣ってやらんと。
……そうか。世のブラックはこうして作られていくのか。
俺は最後の一線だけは超えないようにしよう。
「でも真面目に素材採集はお願いね。これから大量にこいつらを作ることになるし、何回かは資金稼ぎのために、協会に卸しておきたいから」
「協会に……そ、そうですね。ホムンクルスで忘れていましたが、この量の魔力ポーションは確かに――い、いくらくらいになりそうですか?」
「今使ったくらいだと、おおよそ十三億」
「十さ――ッ!? ……今さらながら、錬金――いや、違うか。小畑さんの存在はちょっと反則すぎませんか?」
「いや、あくまでも協会が買いとってくれるならって話だからね。本当に今だけだよ。だからこそ卸しておきたいって話だし」
拝賀君が畏れを感じる顔を向けてくるけど、理論上は他の生産職だって同じことが出来るはずだからな。マジで今だけだからこれで天狗にはなれん。
だからこそ、誰も居ない今のうちにたっぷりと稼がせてもらう! それに俺がこんだけの量を卸したら、協会も生産職のレベルを上げる方向にシフトしていくだろうしな。
あれ。もしかして自分で自分の首を絞める結果になるのか? ……い、いや。どうせ遅かれ早かれだ! それなら今のうちに少しでも稼いでおいた方がいい!
「ポーションが売れたら、拝賀君たちにも活動資金として渡すから、よろしく」
「ああ。それならあいつらも納得してくれると思います。――期待しても?」
「任せてくれ」
見るからに拝賀君の表情が変わっている。やはり分かりやすい報酬ほどモチベーションを上げるものはないな。金! この世は金が全て解決する……ッ!
まだしばらく時間がかかりそうだったので、姉妹に用意してもらい、その場でおやつタイム。七緒ちゃんが入れてくれたお茶とチヨちゃんが作ってくれたクッキーに舌鼓を打ちつつ、拝賀君も交えて雑談を楽しんでいるうちに、小一時間が過ぎた。
そして、とうとう水槽の水が減り始める。
「おおっ? 意外と早かったな?」
「楓太のスキルレベルが上がったから、製作時間も短くなったようだね」
「それもあるけど、【再錬成】だからってのも関係しているような気もするな……」
このあたり検証したいんだが、俺以外の〈錬金術師〉はカスみたいなレベルしかいないみたいだからな。まったく、少しは俺のように冒険心を持ってほしいもんだ、と今だけの余裕を見せつけてみる。
まぁ、そんなことはどうでもいい。今はゲロゲロのことの方が大事だ。
水が減っていく音が消えた。そう思ったら、むくりと水槽の中からゲロゲロが体を起こす。その姿を見て、俺たちは目を見張った。
「ゲロゲロ! お前髪が!」
「わぁ! これはかっこいいですねー!」
以前のゲロゲロのようなハゲ頭でもなく、グーフストリオのような伸ばしっぱなしでもない。ソフトモヒカンのビシッと決めたカッコいい髪型だ。
しかし、それ以上に驚いたのは、その目。あの目玉が飛び出そうな間抜けな姿はどこにいったのか、鷹モードのピーちゃんもかくや、といった猛禽類のような目つき。そして、その鋭い眼光には確かに知性が感じられた。
嘘だろ……? ここまで変わっちまうのかよ? お前、本当にゲロゲロか?
俺が若干の不安を覚えた時、ゲロゲロはわずかに首を傾けると、キメ顔を作った。
「――グィンポ!」
「あっ。これは紛れもなくゲロゲロ」
「おい。一気にクールさが消し飛んだぞ」
「今更ながら僕は罪深いことをしてしまったのでは……」
本当にそれは今更だぞ。まぁ、ゲロゲロの証明になりつつあるから許すけど。
【魔物鑑定】
名称:ゲロゲロ(ホムンクルス モデル:グーフストリオ)
性別:無性
レベル:――
ステータス:【MP】61【STR】111【CON】184【POW】23【DEX】129【INT】35
スキル:【頑健】【警戒】【学習】
弱点属性:火、氷
「おっ、おおっ!? 【INT】の伸びが凄いことになってる! いや、さすがに俺たちには及ばないけど!」
これに加えて、【学習】で学習能力も高まるだろうから、本当に欠点が消えた。これでさらに新しいスキルを増やせると思えば……!
「ゲロゲロ、本当に立派になって……!」
「グエッ!」
一時は死をも覚悟した状態から、よくぞここまで立派な成長を。それを考えると、親として涙が出てきそうだ。
それを察したのか、ゲロゲロは俺を元気づけるように顔を寄せてくる。こんな気遣いが出来るようになるなんて……!
「でも、チ〇ポとか喋るだけでカッコいいのも台無しだよな」
「そうだね。そういう意味では、前の姿のほうが言動は合っていた。やっぱり前のほうがよかったんじゃ?」
「だからそれはお前のせいだろうが! 許してやろうと思ったのに喧嘩売ってるのかお前!?」
水を差すようなこと言いやがってよぉ! 俺の感動を消し飛ばすんじゃねぇよ!
「そんなことないですよっ! 絶対にこっちの方がいいですっ!」
「そうですよ。ゲロちゃんもこんなにカッコよくなったもんねー?」
「ほう。これは中々……僕も撫でていいですかね?」
七緒ちゃんにチヨちゃんに褒められ、ゲロゲロは嬉しそうにして、拝賀君のことも喜んで受け入れている。ほら見ろ! こんなカッコよくて性格の良い子、他に居ないだろうが!
そんなゲロゲロの姿を見て、二人も素直に評価を変えたらしい。
「まぁ、確かに多少の欠点はどうでもいいくらいに変わったか」
「そうだね。前よりも断然こっちの方がいいのは確かだ。おめでとう、ゲロゲロ」
二人は笑いあうと、ゲロゲロを撫でようと手を伸ばした。
――スッ。
そして、ゲロゲロはその手を避けた。
その瞬間、確かに部屋の空気が止まった気がした。
「……え? 避けられた?」
「はははっ、さすが楓太の子供みたいなものだ。冗談が分かっている。そうだよね?」
二人の反応に、ゲロゲロはしばらくそっぽを向いていた。そして二人が固まったところで、急に二人の顔を覗き込むように顔を傾け、ダラッっとベロを垂らした。
完全な挑発だった。
「ゲロォ~!」
「こ、こいつっ! 俺らを小馬鹿にしてやがる!」
「えっ。もしかしてさっきのがそんなに気に入らなかった?」
そりゃそうだろ。
しかしどこかで見たことあるなこれ。そう、まるで宝塚の三連覇を逃した、名前を呼んではいけない白いアイツのような……。
「頭が良くなったおかげで、自分がバカにされたのが分かったんだろうな。だからお前らは嘗められて、素直に褒めた俺たちは受け入れられている」
「まさかいきなりこんなデメリットが見つかろうとは。ちょっとした冗談じゃねぇかよ」
「頭の良い馬って本当にこんな感じなんだろうね。癖馬に手を焼いている厩務員さんの気持ちがよく分かったよ……」
まぁ、完全にお前らが悪いよ。デメリットっていうか、当然の行いだ。甘んじて受け入れるか、誠意をもって謝るといい。
「こんにちわ。お邪魔するわよ」
「あれ? ミライさん。お疲れ様です。えらく急ですね?」
動物相手に真剣に謝っている二人を眺めていると、ミライさんがバッツを抱えてアトリエに入ってきた。足元にはサンちゃんとカクさんを従えている。
「ごめんなさいね。今日中に訪ねようとしてたんだけど、連絡をするのを忘れていたわ。チャイムを鳴らそうとしたら、この子達が通用口を開けてくれてね。好意に甘えて入れてもらったわ」
「ああ、いいですよ。ここはそもそもミライさんの持ち物ですし。しかしこいつら……」
お前ら番犬だよな? 入って構わないというのも本音だが、脅威という意味ではこの人も同じなんだぞ。それなのに自分から招いて甘えているとはどういうことだ?
叱りとばしてやろうかと思ったが、楽しそうな顔を見ているとそれも憚れる。まぁミライさんが敵ではないということを理解しての行動なんだろう。それほどこいつらの頭が良いということで、多めに見てやるか。
「あら。拝賀も居たのね? 私が指示しなくても、ちゃんと楓太君の役に立とうとしているのね。えらいじゃない」
「え、ええ。ありがとうございます……」
「それで、今日はどうしたんです? というか、ベイグルの性能試験をしていたはずでは?」
「そう。その報告をしに来たのよ」
ミライさんはバッツを撫でながら、嬉しそうに話し始めた。
「はっきり言って、かなり使えたわ。うちにも体力に自信のない子が一人居てね。行きはその子を乗せて移動したのよ。おかげでいつもよりさらにペースが上がったの。その私たちについてこれる体力と速度、そしてあの運搬能力。いつもは持って帰れない量の素材を運べたから、収入が倍になったわ」
「倍!? いや、それは凄いですねっ」
だけど、考えてみれば当たり前か? 人で運べる量には限界があるもんな。ましてや深い層になればなるほど、荷物は邪魔になっていくし。
本来捨てるはずだったものを持って帰れるとなれば、それくらい稼げても不思議ではないか。
「ええ。これができるのは〈調教師〉しかいないけど、〈調教師〉も希少だし、仲間に居ないとなると雇う為にそれなりの出費がかかるわ。〈調教師〉なしでこれができるのは小畑会だけの強みになるわよ。間違いなく他と一歩差をつけることになるでしょうね」
わしゃわしゃとバッツを撫でる手が強くなっている。それだけミライさんも手ごたえを感じたんだろう。
しかし、だ――
「そうですか。だいぶ役に立ったみたいですけど、その、迷惑はかけませんでした?」
「……ふっ」
誤魔化すように、ミライさんは小さく笑った。だけど、哀愁のような空気は隠しきれてない。ああ、やっぱりそっちも同じか……。
「そうね。確かにいいことばかりじゃなかったわ。私たちが用意していたご飯を勝手に食べちゃったり。ついてこいって言ってるのに真逆を行ったり。離れろって命令したらそのまま爆走し始めたり。止めようとした私たちを轢き倒したり。魔物に怯えて自分だけ逃げたり……ふっ、ふふふっ。追いかけるのが大変だったわね」
ゲロゲロ以上にやらかしてんなぁ……。あの程度で済んでいたのはまだマシな方だったか。個人的にはご飯を食い散らかしたのが一番ギルティ。絶対許さんわ俺なら。
「そうですか。それじゃあ、使うのをやめますか? なんだったら引き取りますけど」
「いいえ、やめないわ。だってもう、ベイグルは私たちの家族だもの」
そう言って、ミライさんは朗らかに笑った。
おおっ、これだけ迷惑をかけられても、これが言えるのは凄いな。
「確かに中々困った子だけど、それ以上にあの子を連れていくメリットの方が大きいわ。だったら悪いところも含めて受け入れるわよ。それにね、慣れてくるとあのおバカっぽい顔も行動も、愛おしく感じるものよ。あの子はあのままでいいの。フフッ、手のかかる子ほど可愛いと言うけど、あの子を見れば確かに……分かる……」
嬉々として語っていたミライさんが、だんだんと語気が弱くなっていった。
なにやらじっと一点を見つめて、それに気を取られているらしい。その視線を追った先には、キリッとした顔をしたゲロゲロが居た。
「……楓太君。あの子は?」
「はい。ゲロゲロです」
「そう。確か楓太君たちの子の名前よね。でも、その……前と雰囲気が違くない? いや、雰囲気というか、外見と表情が……なにより、頭が良さそうに見えるけど、気のせい?」
「いえ。めっちゃ頭が良くなりましたよ」
「そう、そうなのね。…………なんで?」
「【再錬成】で生まれ変わりました。素材を投入してアップデートです」
「【再錬成】……また新しいスキルを覚えたのね。そう、さすがね。それでアップデートね。なるほど……記憶はどうなるのかしら?」
「嬉しいことに、ゲロゲロのままでした。今のアイツはまさに進化したのです」
「へぇ。そうなの。それは凄いわね。……うちのベイグルにも同じことは出来るのかしら?」
「はい。もちろんです」
「そう。じゃあやって」
え。やるの?
「え? ベイグルも【再錬成】するんですか?」
「記憶は消えないんでしょ? 【再錬成】してもベイグルのままなんでしょ?」
「それはまぁ、そうですね」
「じゃあやらない理由がないでしょ。当然報酬は払うから、やって。同じように頭を良くしてあげて」
「いや、あの……さっき、手のかかるところも可愛いって。あのままでいいって……」
「はぁ? 何それ。誰が言ったの?」
お前だよ。なに無かったことにしてんだ。
「頭の悪い子より、頭の良い子の方が可愛いに決まってるでしょ? うちの子が記憶を失くさずそう成長出来るなら、当然して欲しいに決まっているじゃない。それでどうかしら? 頼める?」
「ああー、はい。いいですよべつに」
俺の感動を返せって気持ちではあるが、まぁ気持ちは分かるわ。冗談抜きであの頭の悪さは死に直結するだろうし。深い階層に行くなら猶更な。
「ありがとうっ! お礼は弾むからねっ! それじゃあ、今すぐベイグルを連れてくるから」
「待った待った待った! まだ材料がないですっ! 今連れてこられても困りますっ!」
このババアッ、実はよっぽど手を焼いてただろ。いつも以上に行動が早いんだよ!
「あら、またなのね。仕方ないとはいえ、無くなるのが早いわね。でも大丈夫よ。拝賀」
「……はい」
「分かってるわね?」
「………………はい」
拝賀君の表情が死んだ。せっかく休める筈だったのに、なんていう不幸だ。
でもごめん。俺に止める力はないんだっ! だから協会に卸す分までたっぷりと採ってきてくれっ!
拝賀君に同情しながらも、俺はゲロゲロの成長と入って来るであろう収入に胸を躍らせていた。しかし、この夜に届いたタケさんからの連絡に、心が冷える思いを味わうことになる。
都合の付く奴だけでいいから、小畑会の緊急会議。
内容は――査問会、だそうです。




