第74話 相棒
「――ふぅ。よし、出来た。それじゃあ移すぞー」
拠点用〈錬金窯〉に大量に作られた〈魔力ポーション〉に、小型の自動ポンプを沈める。ホースの出口は先日届けられた生け簀に。そしてスイッチオン。
ズゴゴゴゴ、とポンプが水を吸い上げ、ゆっくりとではあるが、魔力ポーションが生け簀に流し込まれていく。もう四度目となる作業だ。この辺りで足りてくれると助かるが……。
「とりあえずはいったん休憩かな。あとはグーフストリオが届いてからにしよう。満杯にして溢れたらもったいないし、慌てて用意するもんでもない」
「少しくらいなら仕方ないんじゃ――いや仕方ないじゃねぇよ、駄目だろバカ! 忘れそうになるけどこれ全部〈魔力ポーション〉だぞ!」
自分で自分にツッコミながら、生け簀に貯められた水量を見て、川辺がゴクッと唾を飲んだ。
「〈魔力ポーション〉をポンプで雑に流し込むとか。本来はこんな扱いしていいもんじゃねぇよな?」
「品薄で値上げしてでも買いたいっていう人が多いからね。この量を見るとちょっと感覚がマヒするけど」
どこか遠い目で、伊波も水槽をぼんやりと眺めている。
拝賀君のチームが集めてくれた材料がほとんどだが、こいつらも渋谷ダンジョンでそれなりの量を集めてきたからな。
ポーション自体は貴重な物と分かっていても、その気になれば自分達で大量に集められる材料を使っているから、そのギャップで混乱しているのかもしれない。
「確かにちょっと躊躇するけど、俺の相棒になるホムンクルスの為なら安いものだって」
「いやそれは分かってるけどよ。……なぁ、もしこれを全部売ったらいくらになるんだ?」
「確か〈魔力ポーション〉は協会なら1本5万での買い取りだよね? 協会規定の容器は1つ200ミリリットルくらい。この生け簀が縦3メートル。横2メートル。高さ1,5メートルだから――」
伊波の言う数字をスマホの電卓で計算してみる。
えーと、生け簀が満タンだとして9000リットルか。それを200ミリリットルで割ると~。
「――22億5000万?」
「22億? これが……?」
「この液体が22億……いや、実際の水量は6、7割くらいだからもうちょっと少ないだろうけど。それでも13億くらいな?」
13億か。スゲェな。ホムンクルスを作るより、こっちを売った方がいいんじゃ……?
「ま、まぁあれだ! あくまで全部売れたらの話だからよ! これだけの数をそう簡単に売り切れないだろ!」
「そ、そうだよな! 気にすることないよな!」
「いや、協会に任せればいくらでも売りさばいてくれると思うけど。というか協会だって在庫が欲しいだろうし、全部買ってくれるだろう」
余計なことを言うな! 俺の決意が鈍るだろうが!
俺達は小さくない動揺をしているというのに、七海姉妹は意外と冷静だった。
「これが13億ですか。なんだか実感が湧かないですね」
「楓太さんと一緒に居ると金銭感覚が嫌でも変わりますね~」
「二人は余裕そうだね。緊張したりしない?」
「もちろん凄い金額だとは思いますけど、楓太さんが居れば私達だけでも時間を掛ければまた作れるじゃないですか」
「今はお金には困ってないですし、いざとなればこれで金策が出来るんだって思うと、むしろ安心してます!」
確かに言われてみればその通りだな。
金額を考えて俺達は日和かけたというのに。女の方が度胸あるのかな?
「それに、お金よりも大事な物があると分かりましたからね……」
「私達がもっと早くレベルを上げるために、絶対に必要なことですからね……」
ああ、なるほど。永遠の若さに目がくらんでいるだけだったか。
しかし確かに金策にはなるけど、今だけの話なんだよな。
いずれもっと生産職は増えてくるだろうし、俺のようにレベルを上げる奴が出てくるはず。そうなったらポーションの価格はもっと下がるし、この量を買い取ってくれるということもなくなるだろう。
協会からも納品するようお願いされているし、これからの活動資金の為にも、一度くらいはこの量を売っておくべきか?
真面目に計画を立てていた時、ワンワンと犬達の声が外から聞こえてきた。
とうとう来たかと外に出てみれば、大型のトラックが塀の外側に見える。
トラックの運転手さんにお願いし、後ろの荷台を開けてもらう。中はしっかりと冷房が効いており、布を被されたデカいリヤカーがしっかりと固定されていた。
川辺達に頼んで、アトリエまで運んでもらう。リヤカーの布を取ってみれば、新鮮なグーフストリオの死体が二体丸ごと乗せられていた。
「二体か。俺とミライさんの分ってことかな? 失敗する可能性があるし、正直あと二、三体くらいは欲しいところだったけど」
「いや、単純にこのサイズは二体が限界ってことじゃねぇの?」
あ、そういうことか。いくらミライさんが強くても運べる量は限界があるもんな。
ちゃんとした理由があったのか。てっきり拝賀君への意地悪でわざと二体に抑えたのかと……。
「おお、流石ミライさん。どっちも傷がない。ここまで綺麗に仕留めてくれるとは」
グーフストリオのステータスを見る限りでは、頑丈さという点ではあの階層でも群を抜いていた。だからある程度の傷は仕方ないと割り切っていたんだけど、まさかこんなに綺麗な状態だとは。流石一流の探索者だ。
「毒でも使ったのかな? まぁ食用ではないし別に構わな――」
「楓太、楓太。ここ、ここ」
青い顔をした伊波につられ、その指先を追ってみる。
すると、グーフストリオの胸元にボコりと大きな凹みが出来ていた。
「ん? もしかしてこれが死因? 何かで殴ったってこと? え? でも小さいよな? これで死ぬのか?」
「ピンポイントでいわゆる内部破壊をしたんじゃないかな? 胸元ってことは心臓かな? あとこの大きさなんだけど、ちょうど拳で殴ったようなサイズだと思うんだけど……」
拳? 拳で殴り殺したの? こいつを? しかも内部、心臓を破壊して?
「……見なかったことにしようか」
「そうだね。考えるだけで恐ろしい」
誰がやったかを想像するだけで身震いがしてくる。これ以上考えたら、次に会った時パワフルメスゴリラとか口を滑らしてしまいそうだ。
「よし。それじゃあ早速やっちまうか。川辺、頼んだ」
「あいよ。と、言いたいところだが、流石にこのサイズは一人だときついか。七緒ちゃんと伊波も手伝ってくれ」
力のある三人がかりでグーフストリオを持ちあげ、ゆっくりと生け簀に入れる。すると、プカリと死体が持ち上がった。身体の大部分は沈んでいるが、上部が水面より上に出ている。
「沈み切ってませんね? 材料ならまだ有りますし、もう一回分〈魔力ポーション〉を作りますか?」
「ん~。いや、これなら大丈夫。【錬金術】を使えば水に沈んでいくと思う」
七緒ちゃんにそう答え、俺は魔力ポーションを一気飲みしたあと、肩をグルグルと回して気合を入れた。
準備は整った。後は俺がやり遂げるだけだ。
「それじゃあやるぞ。失敗した時は頼む」
四人はもちろんのこと、ピーちゃんとマル、蜘蛛君たちも油断なく俺の周りを囲む。グーフストリオのキメラが暴れたら被害が洒落にならないからな。即座に抑えられるよう、これくらいの備えは必要だ。
「――ふっ! ぐっ……ぐぐっ……!?」
魔力を流し込んだとたん、今までで一番の手応えが返ってきた。
素材としてのレベルが今までで一番高く、魔力ポーションを利用しているとはいえ〈錬金窯〉をしていない分、難易度が高くなっているのだろう。予想はしていたが、ここまでとは……ッ!
今すぐにでもやめたくなるほどキツイ。だが負けて堪るか。なんとしても成功させてやる!
常に変動する魔力の質に合わせ、抑え続ける。気づけば作業を開始してから三時間が経過していた。
その頃になってようやく魔力の流れが緩やかになってくる。成功したと確信し、俺は魔力を止め、長い息を吐いた。
「お疲れさん。成功ってことでいいんだよな?」
「ああ、まぁな。思った以上にキツイかった。正直もう二度とやりたくないわ……」
そういう訳にも行かないけどな。ミライさんに渡す分が残っているし。
とはいえ、流石に今日はもうやる気が起きない。明日に回そう。
「あとは完成するまで待つだけだし、今の内に休んでおくか」
「そうだね。蜘蛛達の時もかなり時間が掛かったし、今からだと夜になりそうだ」
「それじゃあ少し遅いですけどお昼ご飯にしましょうか。何か食べたいものはありますか?」
一旦休憩ということで、俺達は家の方に戻った。
昼食を終えて何度か見に行っても終わる気配がない。完成したら呼んでもらえばいいかということで、見張りはニック達に任せることにした。
皆でゲームをやって時間を潰し、夕食を終えた頃、ワンワンとバッツの声が聞こえてくる。
「おっ? もしかして終わったか」
「たぶんそうだろうな。急ごうぜ」
川辺が率先して前を行き、俺達はアトリエに向かった。少し離れた所から生け簀を覗いてみれば、水がみるみると減り始めている。
少々不安な気持ちに駆られながら、完成するのを待つ。数分も経たないうちに水は消え、むくりと生け簀からダチョウが立ち上がった。
「ガッ……グッ、ガッ、ガッ――グァア!」
「おおっ、おはよう。俺がご主人だぞ」
立ち上がったダチョウはこっちを見るなり、バサリと片方の羽を上げて一声鳴いた。
意外と社交性のある奴だな。こいつが俺のアッシー君になるのか。
大きな体でなんと頼りがいが……頼りがいが……ある……。
「お前、髪の毛どこ行ったの?」
「グゥア?」
俺の疑問に、ダチョウはアホっぽい面構えで首を傾げた。
グーフストリオは頭部にも長い毛が生えているのが特徴だったのだが、それが無くなり、どう見てもただのダチョウになってしまっている。
ある意味これが自然な姿と言えばそうなんだが……。
「もしかして俺のせいか? 作る時にダチョウのことを考えすぎたかな」
「でも、これはこれで可愛いと思いますよ」
「むしろこっちの方がいいですよっ! 正直髪の毛のあるダチョウさんって違和感がありましたし!」
意外と女性陣の評判は悪くない。いや、俺に対するフォローかな?
「まぁ別にいいんじゃね? 重要なのは見た目じゃねぇし」
「川辺の言う通りだ。能力さえあればそれでいい。で、どうなんだい?」
「ちょっと待ってろ。今見てみる」
【魔物鑑定】
名称:ホムンクルス(モデル:グーフストリオ)
性別:無性
レベル:――
ステータス:【MP】28【STR】124【CON】198【POW】8【DEX】121【INT】3
スキル:【頑健】【鈍感】【愚直】
弱点属性:火、氷
「うん。能力的には問題ないな。むしろ強いし頼りになりそうだ」
問題ないはずなんだが……その、なんだ?
心なしか、すげぇアホっぽく見えるのは気のせいかな?
「髪の毛がないせいか? それともこの眠そうな目つきのせいか? めっちゃアホっぽいな」
「確かに。でも可愛く見えないこともないか?」
「この顔、テレビで見た事あるような気がするね。こんな坊主頭の芸人が居なかったかい?」
「ああー、分かる。名前が思い出せないけど似てるかもしれん」
「仕込めば芸とか覚えるか? やってみるか?」
「流石にそれは……いや、ホムンクルスなら出来るかもね。とりあえずこれ読ませてみようか」
伊波は作業台に置いてあるホワイドボードを持ち出し、こう書いた。
――チ〇ポ。
「はい、問題です。この言葉は何でしょう? 一瞬ためらってから読んだらポイント高いよ」
「お前ふざけんなよ! 俺の相棒に何仕込もうとしてんだ! もし覚えちゃったらどうしてくれる!?」
「いやー、流石にムリじゃね? そもそも喉の構造が違いすぎて発声が出来――」
「グッ、グェッ、ガッ――グィンポォオオオオオオオオ!!」
「覚えちゃったよ」
「これは仕込みがいがあるね。よし、じゃあ次はこれを」
「だからふざけんじゃねぇ! 俺の相棒の品性が落ちるだろうが!」
「いい歳した大人が何をやってるんですか……」
「小学生じゃないんですから……」
七緒ちゃんとチヨちゃんに呆れたような目を向けられ、俺達は恥ずかしくなった。
俺は被害者なのに……。
「悪ふざけはここまでにして、大事なことを決めようか」
残りのホワイトボードとペンを川辺とチヨちゃんに渡す。
それを素直に受け取りながらも、川辺は怪訝そうな顔で尋ねた。
「大事なこと? なんだよそれ?」
「もちろんコイツの名前に決まっているだろ。一番良い名前を付けてくれた人の案を採用しようと思います。はい、七緒ちゃんも」
「あっ、いえ、私は辞退します。その、ついていける気がしないので……」
そうか? まぁ本人が嫌がるならいいか。
「おおー! 名前ですか! 任せてくださいっ!」
「そういうことか。まぁいいけどよ」
「震えるがいい。我がネーミングセンスに」
残りの三人はなんだかんだノリノリだ。
若干不安な奴が居るが、まぁ三人も居るなら一人くらい良い名前を出してくれるだろう。
「はい。それじゃあ思いついた人から好きに発表を――」
「はいっ!」
「早いな。それではチヨちゃんどうぞ」
「はい! 小畑牧場の記念すべき一頭目に相応しい名前を――〝オバタブラリアン〟!」
「そっちの方向性で来たかぁ……」
確かに乗り物=馬ってのは分かりやすいが。まさかいきなり〝オバタ〟の冠名が出てくるとはなぁ……。
「ありがたいけどブライアンはちょっと畏れ多いわ。ファンに殺されそう」
「違いますっ! ブラリアンですっ!」
「ん? ――あっ、そっち!? なおさら駄目だろ! 二重にパクリじゃねぇか!」
というかこの子よくあのネタ知ってたな。十代だよね……?
「はいっ」
「はい川辺さん」
「名前を付けるとしたら、これにしようと初めから決めていました――〝アキウララ〟!!」
「季節を変えただけじゃねぇか。確かにもうすぐ秋だけど。もう少し捻れよ」
「事故死しないように、という願いも込めてありますっ!」
「あっ、それはちょっと嬉しいな。ありがとう」
でも駄目です。センスが無さすぎるので。
「はい」
「はい、伊波さん」
「かの〝貴公子〟。そして〝日本の総大将〟に肖りました。ご査収ください――〝ウィークポイント〟!!」
「弱、点! じゃねぇんだわ! なんでよりにもよってそこ組み合わせんだよ!」
組み合わせるにしてもまだ〝スペシャルポイント〟とかあっただろ!
あっさり死にそうな名前を出すな!
「はいっ! オーバタシップ!」
「ムリヤリ合わせに来た感があるな……。ぶっちゃけ一番好きな馬だけど、ゴメン。俺UMAを育てる自信がないんだわ」
「きたコレ!〝ダイズシャワー〟!」
「さっきのと大差ねぇぞ。穀物違いなら許されると思うなよ。あとごめん。モデルの子には本当に申し訳ないけど、探索しに行く奴にはちょっと縁起悪いかなって……」
「ならこれだぁ! 〝ミスターイーティー〟!」
「ト・モ・ダ・チ――じゃねぇんだよっ! さっきから誰が大喜利をやれって言った!? 真面目に考えろ!」
というかまず馬から離れろよ! そうすりゃもっと良い名前出てくるだろ!
「安易に釣られている二人も悪いけど、これは間違いなく最初に言ったチヨちゃんが戦犯だな……」
「むむっ! 失礼ですね。私は立派な名前を付けようとしただけですよっ!」
「そうだそうだ! そんなに文句を言うならお前が付けりゃいいだろ!」
「さぞかし良い名前を出してくれるんだろうねっ!」
「やっぱり参加しないで良かったわ……」
碌な名前も出してないくせに、文句だけは一丁前だな。
やはり自信がなかったとはいえ、こいつらに頼ったのは間違いだったか。
「そうだな。何にしようか……」
「グァ?」
首を撫でてやれば、ダチョウは相変わらず何も分かってないような顔で首を傾げる。
このアホっぽい顔に、カッコいい名前は駄目だな。むしろちょっとヌケてる感じの、それでいて愛着がわくような絶妙なところを突く名前……。
「……ゲレゲ――いや、〝ゲロゲロ〟にしようか」
「グァ! ガァ、グッ――ゲロォオオオオオ!」
「うん。どうやらこいつも気に入ったみたいだな。それじゃあそういうことで」
「ふっざけんじゃねぇですよっ!」
スパンッ! とチヨちゃんは勢いよくホワイトボードを地面に叩きつけた。
この子も大分遠慮が無くなってきたなぁ。
「なんですかそれ! 絶対私の方が良い名前ですよっ!」
「チヨちゃんの言う通りだ! やり直しを要求する!」
「これは抗議せざるを得ない! というか君がパクリとか言える立場か!」
「そうは言っても、本人が気に入っている以上、お前らの意見を通す訳にもいかんだろ。なぁゲロゲロ?」
「ゲロォオ!」
「ほら、こんなに喜んでる」
「ただの創造主特権です! インチキインチキ! 勝てる訳ないですっ!」
「茶番じゃねぇか! こっちは真剣に考えたっていうのによ!」
「せめて勝ち目を残せ!」
「いや、本気で良い名前だったらそれにするつもりだったよ」
真剣に考えてあのレベルの名前しか出せないお前らが悪い。頼れないんだから自分でやるしかないだろうに。
その後、俺は適当にこいつらをなだめすかし、今後の予定を話し合って就寝に着いた。
乗り物を手に入れ、着実にホム嫁に近づいていると思うと、ワクワクとして眠るのが大変だった。




