第73話 〈美肌薬〉のお値段
「それで、兵藤さんとの特訓はどうだったん? 大分絞られたみたいだけど」
昨日兵藤さんの所に出稽古へ向かった川辺は、二十二時頃に返ってきた。
話を聞くためにリビングで待っていた俺達だったが、川辺は珍しく疲労困憊だったらしく、風呂にも入らずそのまま自分の部屋に直行し眠ってしまった。
そんな訳で皆揃って朝食を食べながら、改めて昨日の事を尋ねてみた。
「ああ。直近で空いているのが昨日だけだっていうからよ、かなりスパルタで教えられたぜ。俺の為にわざわざ兵藤さんが人を集めてくれたみたいでよ。そこまで用意までしてもらったら逃げたくても逃げられなかったわ。まぁその甲斐あって、前衛の立ち回りも覚えられたぜ。流石に【パリィ】や【シールドバッシュ】のスキルまでは覚えられなかったけど、習得している人からコツは聞いたからな。収穫はかなりあったぞ」
そう言う川辺の表情は、自信に溢れたものだった。こいつがここまで断言するのだから、手応えは間違いなくあったのだろう。
しかし兵藤さんがそこまで熱心に指導してくれたのは意外だったな。探索者の派遣業という会社運営をしている人が、赤の他人にやることか?
コイツ、どうやってそこまで仲良くなったんだ?
「でだ。兵藤さんとの特訓で分かったんだけどよ。俺ってかなり凄ぇんだよ」
「七緒ちゃん。ご飯おかわり貰える?」
「僕にも。あとふりかけがあったら欲しいな」
「はいはい。ちょっと待ってくださいねー」
「いや聞けよ! 真面目な話なんだって」
だってお前、いきなり自画自賛だもん。聞く気失せるって。
珍しく褒められるようなことやってると思ったらこの発言だもんな……。
七緒ちゃんから茶碗を受け取りつつ呆れた目を向けてやれば、川辺は心外そうに言う。
「いや、マジなんだって。【挑発】の優位性が改めて分かったって話だ。前衛の立ち回りの基本を教えて貰ったって言ったろ? 最初の方はすげぇしかられまくったんだよ。基本の立ち回りが全く出来てないって」
川辺は特訓の事を思い出したのか、憂鬱そうな溜息を吐いた。
まぁ覚悟して特訓を受けたとはいえ、しかられたらそうなる。とはいえそんなに悪かったのか?
「こう言っちゃなんだけど、お前そんなに悪いところある? 曲がりなりにも俺達の中で唯一の〈戦士〉としてやってるじゃん。しかも皆ほとんど怪我してないぜ?」
「うん。真面目な話、君が居て助かっていると思っているよ。僕なんか攻撃されたら逃げることすら出来るかどうか」
そして俺に至っては言うまでもない。逃げきれなくて死ぬ。
お世辞抜きで褒めたのだが、川辺はそれにむずがゆそうな顔をしていた。
「結局さ。今まで上手くやって来れているのは【挑発】のおかげなんだよ。ゲームみたいにタゲが取れる【挑発】の優位性は俺らも分かっていたつもりだったけど、まだ評価が甘かったってことだ。魔物ってかなり頭が良くてな。【挑発】を掛けずに戦うと、常に後衛の弱そうな奴を狙ってくんだよ。まぁそういう習性なのかもしれんけど」
ふむ、確かに俺達は最初から川辺が居たからな。
そのあたりの認識は甘かったかもしれない。
「普通は【挑発】を習得するのも時間が掛かるし、最悪覚えられない奴も居るからな。それ抜きで戦えるように後ろの仲間を守れるような立ち回りを自然と覚えるんだ。で、俺はその時間がほとんどなかったせいで、基本すら出来てなくてな。実際【挑発】なしで戦ってみたら、ガンガン抜かれて後ろの人が攻撃されてやんの。申し訳なかったし、皆からしかられて針の筵だった」
それは想像したくもないな。
俺だったらビビって猶更なんも出来なくなるかもしれん。
「昨日の特訓で改めて、生産職がレベルを上げない理由が分かったね。低レベルの素人同士で戦えば生産職は確実に死ぬわ。誰も守ってくれねぇもん」
なるほどな。思った以上に生産職のレベル上げ事情は暗そうだ。
そしてそれが出来た俺は本当に幸運だったということか。
「要するにお前らが今レベルを上げられているのは、完全に俺のお蔭ってことだよ。感謝しろよ!」
「ああ。本当にありがとう。お前のおかげで俺は今ここに居る」
「これからもよろしく頼むよ」
「頼りにしてますね」
「川辺さんに出来ないことは頑張りますね~」
「な、なんだよ。そこまで素直だと逆に申し訳なくなるな。ちょっとした冗談のつもりだったのに」
いや、ここに居る全員、実際助かってるからな。
ヤバくなったらまず最初に死ぬ役を受け持っているだけで、全員お前に感謝している。
今の余裕のある暮らしが出来るのも、お前が居て安全に俺のレベルが上げられたからだし。
そしてなによりホム嫁という夢が出来たしな! 本当にありがとうよ!
♦ ♦
【人工生命体創造】の難易度を味わったせいか、ただの【錬金術】がいっそう楽に感じる。
雑談しながらでもこなせる程度の魔力制御。そして短い作成時間。これくらい楽ならここにノーパソでも持ち込んで、動画とか見ながらやれるようにするのも有りだな――と、出来た。
「よし。これでひとまずは充分だろ。ミライさんも文句は言うまい」
アトリエにて。携帯用の小型〈錬金窯〉の中に作成された〈美肌薬〉の仕上がりに、俺は思わず笑みを浮かべる。
初めて作った物と比べると、若干だが品質が上がっている気がする。素材自体は低級な物だし、二度目だからかな? コツを掴んだかもしれない。
朝食を食べ終わった後、ミライさんから今日中に会いたいと連絡があった。
昨日でひとまずホムンクルスも作り終えたことだし、これからの事も相談したかったから丁度いいと思い、了承の返事をした。
そして返事をした後で、追加の〈美肌薬〉を作ってないと気づき、こうして慌てて用意し始めた訳だ。下着は指示されてたから、ミライさんのチーム分は作ってあったんだけどな。
そこまで難しい作業ではないとはいえ、ミライさんが尋ねてくる前に作成し終えてほっとした。
「昨日まではホムンクルスで忙しかったからすっかり忘れていたね。最後にはとんでもないことになったし」
「この蜘蛛がキメラにねぇ。とてもあんな風になるとは想像できねぇが」
疲れたように語る伊波を聞き流しながら、川辺はニックとパワーと握手をして遊んでいる。お前、全く分かってないようだが、本当に危なかったんだぞ。
「ところで、〈美肌薬〉を作ったはいいけど、なんか少なくねぇ? こんなもんでいいのか?」
「〈錬金窯〉の中にあるから分かり辛いだけで、一キロくらいは作ったぞ。流石にこれ以上多く作っても使いきれないだろ」
いや、もちろん知り合いの女性探索者全員に配ったらすぐ無くなるかもしれないけどさ。
こういう美容品って、数十グラムくらいが普通なんじゃないの? それで毎日使っても一か月くらいは保つだろ? じゃあ一キロあればやっぱり充分だ。ミライさんだってそんなに使わないだろうし。
「これだけあれば、私達の分もあるわよね……」
「楓太さん。本当にちょっとだけでもいいですから、私達にも……」
「分かった分かった。ミライさんに渡して余った分は渡すから」
「「やった~!!」」
〈錬金窯〉に張り付いていた七海姉妹は、手を繋いではしゃぎ始めた。
あんなに怖い目でじっとりと見られては、許可を出さざるを得まいて……。
まぁ家事をほとんどこなしてくれて俺達も助かっているしな。ミライさんの口ぶりでは結構な額になりそうだけど、材料自体はそう高価な物でもないし、作るのも簡単だし。二人の機嫌がこれで取れるなら安い物だ。
頭で算盤をはじいていると、ワンワンと外からサンちゃん達の声が聞こえてきた。これは、ミライさんが来たかな?
……犬達はミライさんとは初対面だが、大丈夫か? まさかいきなり襲い掛かったりしないだろうな?
「おはよう。この子達、もしかしなくてもホムンクルスよね? 可愛いけれど、番犬として大丈夫なのかしら?」
しかし、俺の心配は杞憂だった。
そのままアトリエで待っていたら、ミライさんは大きな犬を正面から抱きかかえながら入ってきた。片手でおしりの方を抱えつつ、もう片手でわしゃわしゃと頭を撫でて若干呆れ顔だ。そのすぐ後ろに拝賀君が続き、足元に纏わりついている犬達を撫でている。
「おおっ、これは。うちの子達がとんだ失礼を」
「ああ、いいのよ。別に嫌な訳じゃないから。むしろこうして甘えてくる分には可愛いし私も嬉しいわ」
抱きかかえられているのはサンちゃんだな。前足を首に回してベロベロと顔を舐め回している。ミライさんも呆れこそしているが楽しそうなあたり、本当に嫌ではないのだろう。
しかし番犬を提案した拝賀君は少々気まずそうだ。
「これはもしかしたら失敗したかもしれませんね。いえ、確かに可愛いですけど、初対面の僕ら。特にミライさんの危険性に気づかずに甘えてしまうとなると、番犬に向いてな――」
言いながら、拝賀君は瞬時に身を屈めた。その頭上をボッ、と音が鳴ると共に風圧が起きる。
見れば、ミライさんはサンちゃんを撫でていた手で拳を作り、拝賀君の方へ伸ばしていた。
「チッ。本当に逃げ足だけは早い子ね。口も態度も生意気な」
「危険なのは事実でしょうが! 今の威力! 避けなかったら下手すれば死んでましたよっ!」
抗議する拝賀君は、顔を青くし冷や汗をかいていた。
今のは拝賀君が不用意ではあるが、気持ちは分かる。恐ろしすぎるんだよホントに……。
「だけど、まさかもうホムンクルスが出来ているとはね。しかもこの完成度。どこからどう見ても草狼にしか見えないわ。これがホムンクルスだってあらかじめ知らないと気づかないわね」
「僕は【鑑定】があるから分かりますが、普通の人には確かに見分けがつかないでしょうね。これならダンジョンで連れまわしても〈調教師〉による物だと皆勘違いするでしょう」
二人は興味深そうに三匹の犬を撫でまわしている。
ふっ、うちの自慢の子達なら当然よ。存分に可愛がってくれ。しかし少々歳を食っているとはいえ、大きな犬を撫でる美女は絵にな――ん?
「あら、どうしたの楓太君? 変な顔して」
「いや、その、ミライさん。変なこと言うようですけど、いつもより綺麗になってません?」
美人なのには変わらないが、なんかいつもとちょっと違うというか、輝いているような気が……。
「確かに。なんとなくちょっと違う気がするな」
「僕も気になっていた。いつもより若々しいというか」
「いえ、これはちょっとじゃないですよ」
「もしかして〈美肌薬〉のおかげですか?」
俺の気のせいかとも思ったが、他の皆も同じ意見だったようだ
特に七海姉妹の目は鋭い。ゆらゆらとミライさんに近づいたと思ったら、その顔を指で撫でて感触を確かめている。ミライさんも怒りはしないだろうけど、その人によくそんなこと出来るね君ら。これ考えて動いてねぇな?
「――んふ。んふふふっ! 私としてはいつも通りのつもりだけど、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」
ミライさんは喜びを抑えきれなかったのか、なんだか気持ち悪い笑い声を漏らしていた。こんなに舞い上がったこの人は見た事ねぇな。
「これも〈美肌薬〉のおかげよ。とんでもないわよあの薬。あ、とりあえずこれを渡しておくわね」
ミライさんがそう言うと、拝賀君が持っていた紙袋を俺に渡してくる。
その中を見てみれば、小さめの白いプラスチック容器が綺麗に詰められて入っていた。
一つ手に取ってみて、俺は少々思考が止まった。
「……あの、なんかOBATAとかカッコイイ感じのロゴが入ってるんですけど。どうしたんですかこれ?」
ローマ字の筆記体が金色で書かれてお洒落な感じ。容器の白色と合わせて高級感を感じる。このまま売りに出されても問題なさそうなレベルだ。
驚いている俺に、ミライさんは自慢げに言った
「知り合いのデザイナーに頼んで作ってもらったのよ。良い物にはそれに相応しい入れ物が必要でしょ?」
いや、まぁその理屈は分からないでもないんだが。ここまですることか?
こだわりの強い人は俺の理解を超えてくるな。
「今度からはその容器に入れて渡してもらえるかしら。それで値段だけど、一つ三十万でどうかしら?」
「はぁ。まぁ別にそれでいいですけど……」
三十万ね。結構貰え……三十? 三十――三十!?!?
「はぁ!? これ一つで三十万!?」
「少ないかしら? なんだったら五十万でもいいけど」
「ちっげぇよ! 高くて驚いてんだよ! こんなもんに三十万って何考えてんですか!?」
「これが三十万? マジで? プレ〇テ5より高いのか?」
「それどころかちょっとお高めなゲームパソコンだって買えるよ……」
理解できない世界に、俺達男の動揺は大きい。
詳しくないけど、そりゃ高い美容品もあるんだろうさ。でも三十万もする奴なんかあるか!?
「しかもこれ、容器もかなり小さい。百グラムくらいしか入らないんじゃないですか?」
「一応三十グラムで見積もっているけど」
「なお悪いわ! 何がどうなったらこんな値段になるんだ!」
「三十万……凄い値段……いや、でも性能が良いなら……」
「本当に私達も貰えるのかな……」
見ろ。姉妹ですら値段を聞いてこの反応だ。
たったこれだけのものに三十万とか、正気とは思えん。
だいたい三十グラムって、あの〈錬金窯〉の中にある分だけでいくらになるんだよ。
その額を想像してつい目線が〈錬金窯〉に向いてしまう。それに気づいたのか、ミライさんは〈錬金窯〉を覗くと、嬉しそうな声を上げた。
「あら素敵。いっぱい作ってくれたのね。このままじゃ劣化しちゃうし、容器に移しましょうか。私も手伝うわ」
「わ、私達も手伝いますね」
まぁどちらにせよ容器には移し替えないといけないし、手伝ってくれるならありがたい。
ミライさんと七緒ちゃんにチヨちゃん、そして俺で〈錬金窯〉を囲みながら、薬を容器に移す雑用が始まった。
「楓太君は驚いているみたいだけど、実際この薬にはそれくらいの価値があるのよ。この〈美肌薬〉はね、これ一つでお肌のケアの全てが賄えるの」
「これだけで? 全部ですか?」
「化粧落としとか、UVカットとか、そういうのは別よ? これはあくまで肌の内側に効かせるやつ。水分補給、弾力、透明感――そういう〝手入れ〟をこれ一つで全部済ませるって話。実際私だけじゃなく、うちの子達にも試して貰ったからね。間違いないわ」
手を止めないまま、ミライさんは溜息を吐いた。
「お肌の手入れってね。本気でやると結構時間が掛かるし面倒くさいのよ。だけどこれがあればその分、時間と手間の節約になるの。それだけで物凄い価値になるのは分かるでしょ?」
「分かる。本当に大変」
「分かります。でもサボる訳にもいかないし」
こくこくと熱心に七緒ちゃんとチヨちゃんは頷く。
俺ら男には分からんが、まぁ何事も手間を省けるのは便利だよな。
「肌の基礎ケアがこれ一つで出来て、しかも他のどんな商品よりも効果が高い。そしてこれが一番の大事なんだけどね。この薬、肌年齢を若くする効果があるわ」
若返り!? マジで!?
思った以上の効果に、俺はもちろんのこと七緒ちゃん達は絶句する。そりゃ女にとってはそれだけの衝撃だろう。
「えっと、勘違いってことはないですか?」
「最初に楓太君の肌を見て、私もまさかとは思ったんだけどね。ちゃんと知り合いの専門家に調べて貰ったから間違いないわ。だいたい一歳~二歳くらいは肌年齢が若返っているそうよ。当然私だけではなくうちの子達全員よ」
そこまでちゃんと調べたなら間違いはないんだろうな。あくまで肌年齢が若くなっているだけで、本物の若返りではないとはいえ、我ながら凄い物を作っていたのか。いやでもあんな簡単に手に入る材料で? あんなに簡単に作れるのに?
コスパが良いってレベルじゃねぇな。曲がりなりにも〈美肌薬〉。マジックアイテムの一種ということか。
「化粧水、美容液、乳液、クリーム、パック――これらをハイブランドの物で揃えたら月十万は超えるわね。それを毎朝毎晩、手間をかけて何本も塗ってやっと〝現状維持〟。でもこれは違うわ。〝若返る〟のよ。これたった一つで、それも塗り始めた次の日から効果が出るの。これがどれだけ凄いことか分かるでしょ?」
た、確かにとんでもないな。世の女性が知ったら何がなんでも欲しがりそうだ。
「あんな材料で簡単に作れちゃうのに、なんだか申しわけなくなるような……」
「そうね。ハッキリ言うと、原価で言ったらたかが知れてるのよ。でもね、これを誰もが手に入る値段で売ったら、既存のスキンケア市場が壊れるわよ。あらゆる化粧品メーカーを駆逐するでしょうね。だからこれは〝選ばれた人だけが買える薬〟にすべきなの。その理由もあって三十万という値付けなのよ。これだって安いくらいだと思うわよ?」
なるほど、そういうことだったか。下手すりゃ何千何万と路頭に迷う人が出かねない訳だ。そりゃ納得した。とんでもない薬なんだなこれ。
思ってもなかった事実に責任を感じてしまう俺だったが、フッとミライさんは笑みを見せた。
「実際は身内に回すだけで、市場に出すこともないからそこまで気にすることはないわよ。というかね、同じことを危惧して既に手を打っている奴らが居たわ」
「え? それって……あ。もしかして協会ですか?」
「ええ。流石にこんな簡単に作れる物が知られてないのはおかしいと思ってね。昨日乗り込んで確かめてきたわ。――精力剤と同じような扱い、って言えば分かるかしら?」
ああ、やっぱり。知らされてないだけだったのね。んで協会は荒稼ぎしてんのか。
というか、そうか。ミライさんは知ってしまったんだな……。
「なぁ。精力剤ってどういうことだ? 何か関係があんのか?」
「趣向品という意味では同じかもしれないけど、別種の物じゃないかい?」
「ああ~。あとで説明するから。あの、ミライさん。その話を聞いたわけですが、あの……」
「ふふっ、言いたいことは分かるわ。私も言いふらす気はないわよ。美容業界を潰したい訳じゃないしね。ただ改めて確信したけど、協会は敵ね。二度と力になろうとは思わなくなったわ」
ミライさんは笑ってこそいるが、明らかに怒っている。
そりゃそうだわ。襲撃されていないだけ協会は運が良かったと思わなければならない。美容のことでなければ探索者仲間を扇動して暴れていたかもな……。
「協会の稼ぎ方からすれば三十万は安く感じるかもしれないけど、原材料の調達はこれからも手伝うし、この容器のサイズなら毎日朝晩二回の使用で月に二つは使うわ。その分多く買うから、これくらいで許してくれないかしら?」
「もちろんですよ。むしろ貰いすぎって感じるくらいですし」
充分過ぎる値段だし、作るのも楽だしな。俺に不満はない。
俺の返答に、ミライさんは満足そうに頷いた。
「そう言ってくれるとありがたいわ。それにしても……ふふっ。まさか本命の前にこんな素敵な物と出会えるなんてね。今ほど小畑会に参加して良かったと思った時はないわ」
「本命? 何か狙っている物があるんですか?」
「ええ。私が探索者を始めた理由にも繋がってくるんだけど」
何気なく聞いた質問だったが、機嫌の良いミライさんは進んで喋ってくれるようだ。
「知っての通り、私は美人よ」
何言ってんだこのババア。いや、まぁ否定するつもりはないけど。
いきなりツッコミたい衝動に駆られたが、下手なことを言えば殺されかねん。喋りたそうにしているし、ここは大人しく聞き役に回るか。
「小学校に上がる頃には、私は自分が選ばれた存在だと理解したわ。凡俗な両親から生まれたとは思えない、絶対の美。私と、それ以外。そう分けられるほどに別格の美しさ。美神が間違ってこの世に産み落とした存在が私なんだって。そしてだからこそ思ったのよ。持って生まれたこの才能を磨かないことは、人類にとっての裏切りにも等しいのではないかと。だから私は自分の美を磨くことに一切の妥協をせず、今まで生きてきたわ」
思った以上にすげぇ発言が出てきたな。
あまりにも不遜な発言に全員固まっちまったじゃねぇかよ。なぜかピーちゃんだけは分かる~、とばかりにピュイピュイと頷いているけど。
「でもね、そんな私がいくら努力しても、どうしても手に入らない物があるの。分かる?」
「ミライさんが? えーと、なんだろう……?」
自分への客観視とか? それとも謙虚さかな? あるいは人望か?
悩む俺とは裏腹に、拝賀君は呆れたように溜息を吐いて言った。
「手に入らないというか、失っていくものでしょ。若さっていう――っぶねぇ! いや聞いたのそっちですよね!?」
「分かってはいても口にされると殴りたくなるのよ」
「っざけんな!! いくらなんでも理不尽すぎるだろうが!」
またしても間一髪でミライさんの拳を躱した拝賀君は、本気で叫んだ。
これは流石に拝賀君が正しいわ。怖いから何も言わないけど。
「口に出すのも癪だけど、そう、若さよ。この私といえど老いからは逃げられない。歳を重ねることで得られる美しさも当然あるけれど、それにも限界がある。日々陰っていくこの美貌が失われるくらいなら、いっそ美しいまま自殺した方がいいんじゃないかとすら考えたわ。だけどそんな時、ダンジョンという存在がこの世に現れたの」
ああ、なるほど。そういうことね。
オチを何となく察した時、ミライさんは熱に浮かされた瞳で続けた。
「現代医療では不老、若返りは不可能。だけどダンジョンなら? それが私にとってどれほどの希望になったのか分かる? まさに現実という地獄に垂らされた蜘蛛の糸。掴んで登ることに迷いはなかったわね」
「確かに老化をなんとかしようとするなら、ダンジョン以外ありえませんよね」
失礼だが、その時点で結構な年齢だったミライさんが探索者を目指した理由が良く分かった。むしろ必然だった、って感じだな。
「その通りよ。だから私は決めたの。探索者になって若さを取り戻そうと。その為ならどんなことでもやってみせると。そうして何度もダンジョンに潜って、女だてらにレベルを上げて一流の探索者になったわ。それでも未だ若返りの手段が見つからない。先の見えない暗闇に流石の私も途方に暮れていた時、大事件が起きたの。――あの忌々しい女、林華がエルフに〈種族進化〉したのよ!」
よほどミライさんにとっては許しがたいことだったのだろうか。普段の姿からは想像も出来ないヒステリックな声を出していた。
正直、声を掛けたくねぇ。掛けたくねぇんだが……。
「あの、前から少し気になっていたんですけど、ミライさんって森山さんと知り合いなんですか? 他人というには気軽な感じといいますか」
「ふっ、まあね。あの子と私は高校と大学が一緒の同期なのよ。ほら、白薔薇って知ってるでしょ?」
白薔薇? あのお嬢様が集まる女子高の名門の? マジで?
「なんと……! 森山さんの同期だったとは! 森山さんはどんな性格ですか? ご趣味は? 好きな異性のタイプとか知ってたりしませんか!? 僕とかどうですか!?」
「食いつくな。話が進まんだろうが」
これだから異種族フリークは。気持ちは分からんでもないが、今は大人しくしてろ。話が進まんだろうが。
「ミライさん、あんないいとこの出だったんですね。ん? でもミライさんのご両親って平凡な家庭だって」
「ええ、仕方ないから親には頼らず自分で学費を稼いだわよ。それなりに大変ではあったけど、私に相応しい学校があそこくらいしかないのだから、仕方ないわね」
ふっ、と軽く笑っているが、十五歳とかそのくらいの話だよな?
未成年がそんな学費をどうやったら稼げるんだよ……。
「一般家庭の私は学園でも浮いた存在ではあったけどね。家柄に囚われない真の美貌の前には誰もがひれ伏すものよ。初めは私に対して反抗的な子達も、次々に恭順していったわ。結果、私があの年代の頂点に立つことになったの。同期の皆とは今でも付き合いがあってね。頼りになる友達よ」
「そりゃそうですよね」
実家が太いご息女達だもんな。そのコネを借りればどんな分野でも力になってくれそうな人が居そうだ。
ミライさんの謎のコネの一端が見えてきたな。そのバックアップがあって高レベルの探索者をやってるなら、そりゃ好き勝手出来そうだ。
「だけど、そんな私に対して最後まで反抗的な子が居たの。それが林華よ」
「はぁ、なるほど。ミライさんに敵対行動を取り続けるのは凄いですね。よっぽど優秀な人だったんでしょうね」
誰よりも先に〈種族進化〉に至っているんだもんな。当然と言えば当然か。
しかし、ミライさんの返答は予想外の物だった。
「逆よ、逆。あの子は誰もが認めるポンコツ娘だったわ」
「え? ……いや、またまた御冗談を。流石にそれは嘘でしょ?」
「本当よ。私が色眼鏡で見ている訳でもないわ。〝家柄以外無能〟。それが林華に付けられたあだ名よ」
なにその酷いあだ名。虐めじゃねぇか。
「立てばイタドリ、座ればオオバコ、歩く姿は猫じゃらし。良かれと行動すれば裏目。居るだけで周囲の足を引っ張るお荷物。唯一の長所は家柄のみ。それが林華という女よ」
「凄い言われようですね……」
事実ならとんでもない無能だぞ。よくそんな人が今まで生きてこられたもんだ。
「あの子が幸運だったのは、家族からは本当に大事にされていたということね。あの子の家は大地主の資産家でね。その末っ子だったから、可愛がられて育ったの。兄と姉は優秀だから跡取りに問題はなかったし、一人くらい穀潰しが居ても余裕はあったわけ。むしろダメな子ほど可愛い、という感じだったのよ」
ああ、それは本当に幸運だな。どんな時でも最後まで守ってくれるのは家族だ。その家族との仲は良好なんだから、それだけで幸せな部類だろう。
「そんな家の子だからね、タチの悪い男に何度も引っかかることがあったのよ。でも金目当てのそんな男ですら、林華のヤバさに気づいて次々に逃げていったわ。これだけで林華のポンコツ具合が分かるでしょ?」
「逆に想像出来ないレベルなんですけど……」
結婚詐欺師みたいな男ってことだろ? そんな輩が逃げ出すって、どんなことすればそうなるんだ?
「それくらいダメダメな子だったから、自己肯定感が低くてね。ぶっちゃけチョロイわ。伊波くんが本気で狙うなら、情熱的に口説けばたぶんそれだけで落ちるわよ」
「分かりました。ちょっと行ってきます」
「行くな。そもそもどこに行こうというんだ」
「離してくれ! 今の話を聞いてただろ!? 早い者勝ちみたいな人じゃないか! 他の人に取られる前に行動しないと!」
「たとえ間に合ってもおまえに靡くとは限らないだろ! というか今の話を聞いてなんで躊躇しないんだよ!」
「どこに躊躇する理由があるんだ! ポンコツエルフとか可愛いしかないだろ!」
それは確かにそう。ぶっちゃけアピールポイントでしかないよな。
「そういう次元じゃないんだけどね……。ともかく、家柄以外誇ることがないというコンプレックスがあったからこそ、自分の力だけでのし上がった私が気に入らなくて事あるごとに突っかかって来たのよ。あの子が私に言い負かされて逃げ出す姿が風物詩になっていたわね」
「あの、ミライさんは森山さんのことが嫌いだったんですか?」
「嫌い? まさか。むしろ大好きよ。見ていて面白い子だったもの。あの子は何も出来ないことがコンプレックスだったけど、だからこそ皆放っておけなかったし、愛されていたのよ。本気であの子を見下す子も居たけど、そういう性格の悪い子を炙り出すのにも役に立ったわね」
そう語るミライさんの表情は、とても穏やかな物だった。友人というより、まるで姉のような、あるいは母のような。同期の相手に向ける感情として相応しくないかもしれないが、好いていたというのは本当なのだろう。
ただ――と言いながら、ミライさんはゾクッとする妖しげな笑みを浮かべる。
「面白すぎて虐めすぎたところはあるかもね。あの子は良い反応するものだから、私もついつい言いすぎたことが何度もあるというか」
「それ、森山さんからすれば本気で嫌ってませんか?」
歪んだ愛情が伝わると思えんしな。
一流の探索者になった今なら復讐されても……ん? あれ? まてよ?
「あの、そこまで言われるほど駄目な人が、ミライさんを超えた探索者になれるっておかしくありません? むしろいつ死んでもおかしくないんじゃ?」
「ああ、それはスキルのおかげね。スキルに身を任せれば、どんなに運動音痴でも最低限の理想的な動きが出来るようになるから。もちろん戦闘センスだとかまでは補えないけど、林華にすればそれは希望だったの。努力すれば必ず身につける事ができるから。だからこそ、林華はさらに探索業にのめり込んだのよ。周りの支えがあってこそのものだし、今でもポンコツなのには変わりないけど、ある意味で探索者の才能があったと言えるわ」
はぁ~、なるほどなぁ~。
無能が逆に原動力になるとか、何が功となるか分からないもんだ。
「私も林華が探索者として上手くやってると聞いて、嬉しく思ったわ。あの駄目な子がようやく輝く場所を見つけたんだって、本当に良かったと安心すらしたの。純粋に応援してたのよ。それなのに、あの子は……ッ!」
それまで穏やかだったミライさんは、急に雰囲気を変えた。
魔力の影響か、ザワッと長い髪がゆらゆらと浮きあがり、揺れている。
「自分がエルフに〈種族進化〉した時、あの子私に何をしたと思う!? わざわざ私に会いに来て煽ってきたのよ!? 私が停滞し始めて苦しんでいた時に、わざわざ! 何が〝まだ〈種族進化〉出来てないんですか〜?〟よ! 林華如きが!」
鬼婆かな? マジで怖い。
「あれだけ目をかけてあげたというのに、酷い裏切りだわ。殺してやろうかと思ったけど、〈種族進化〉は伊達じゃないの。私の攻撃を完全に見切って避けたのよ。あの林華が! あの無能がよ!? そして最後には薄ら笑いをして私を見下したのよ! ねぇ、絶対許せないでしょ!?」
「自業自得では?」
流石にこれはそうとしか言えんよ。擁護するべき部分がないもん。
むしろ俺は森山さんを褒めてあげたい。今まで良く頑張ったねって。
「イカサマを使って手にした力で私を虐げるなんて、絶対許されないわ。ここで止めなければあの子は何処までもつけ上がることになる。それはあの子の魅力が失われることになるわ。あの子の為にも私が止めるしかないのよ」
「イカサマ? 森山さんの飛躍には何か種があるってことですか? ミライさんはそれを知っていると?」
「知る訳ないでしょ。流石のあの子でもそのあたりはきっちり隠しているわよ。自分の無能を隠す生命線だろうから当然でしょうけど」
「それじゃあイカサマしてるとは限らないんじゃ?」
「あの無能がイカサマなしであんな成長をするなんてありえないわ」
ミライさんは真顔で断言した。
逆方向への信頼というのも凄いな……。
しかし【鑑定】に匹敵する何か、か。確かにそんな物があるなら〈種族進化〉も可能かもしれないが。
「真面目な話ね、初期から全力で探索している私達でさえレベル三十超えがやっとの状況なのよ? それなのに林華はその遥か上を行っている。何かが無いと逆におかしいのよ。サトウは壊れているから別として、林華は前に会った時、随分と楽しそうにやっていたわ。あれは生活を犠牲にしてダンジョンに潜っているという雰囲気では絶対になかった。おそらくはあの二人うちどちらかに、【鑑定】かそれに近い何かがあるに違いないわ」
だから――と、ミライさんは続けた。
「楓太君がもし林華に会うことになったら、その傍に居る二人を【鑑定】しなさい。そしてその秘密を暴くのよ。あの子達は基本的にお人よしだからね。林華に危害を与えない限り、私の名前を出せば殺されることはないでしょう」
「マジで言ってますかそれ……?」
ミライさんより上の実力者に喧嘩を売れと?
俺に死ねって言ってんのかこのババア。
「見るのは森山さんの仲間なんですね。森山さんは見なくてもいいんですか?」
「別にいいわ。あの子に限ってそんな特別な何かを習得するとかありえないから」
どこまでも森山さんに対する評価は低いんだな。森山さんも不憫な。
最後の容器に薬を詰め終え、ミライさんは静かながら覚悟を感じる声で言った。
「林華に一つ褒めるべき点があるとすれば、〈種族進化〉という可能性を見つけたことね。お蔭で私の進む道は正しかったと確信できたわ。だからこそ、私はなんとしてもレベルを上げないといけないの。若さを手に入れるために。そして林華との上下関係を元に戻す為に」
「完全に私怨じゃないですか……」
思った以上にしょうもなかったな。
何か重大な理由があるのかと思って期待した俺がバカだったわ。
「だけど私の純粋な願いとは裏腹に、レベルは中々上がらない。なんとか出来ないかとモヤモヤしていた時に見つけた希望が、楓太君、貴方よ」
「はぁ、さいですか」
なんだかどうでも良くなって、おざなりに返事する。
しかしそんな俺とは反対に、ミライさんは熱を帯びた声で続けた。
「噂でしかなかった人魔の【鑑定】を持ち、しかもレベルを上げようとする〈錬金術師〉。この子なら、私を高みに連れて行ってくれる。そう考えてはいたけど、まさか早くもこんな形で結果を出してくれるとは思ってもなかったわ。小畑会に誘われて貴方について行くと決めたのは、間違いじゃなかったのよ」
誘ってないんだよなぁ。
お前は乗り込んできたんだよ。都合よく記憶を捻じ曲げるな。
「でも、これはまだ道の途中。私に必要なのは更なるレベルの高みなの。それで、次はいよいよ乗り物のホムンクルスに挑戦するのよね?」
「あっ、はい。そのつもりです」
「よろしい。それじゃあすぐにでも取ってくるわ」
「あっ! いや待った待った! まだ準備が整ってないんですって!」
スタスタとアトリエから出て行こうとするミライさんを慌てて止める。やる気のあり過ぎる人もまた困るな。
「あら、そうだったの? 何が足りないのかしら?」
「グーフストリオのホムンクルスを作るための入れ物。〈錬金窯〉に変わる物が無いんですよ」
拠点用〈錬金窯〉は確かにでかい。だがそれでも、ダチョウを丸々一匹作るにはまだ小さい。成人の大人――ホム嫁を作る分には間に合う大きさなんだけどな。
「だからまずは特注でFRP製の生け簀を注文しようと思うんですよね」
FRPというのはあれだ。分かりやすい所だと風呂とかに使われているプラスチック。あるいは金魚すくいの入れ物で使われているやつ。
「この会社ならサイズも自由に決められるみたいだからさ。ほら、こんな感じで」
「ほぉ~。結構いろんなのがあるな」
「値段の想像がつかないね。数十万はいきそうだけど」
俺のスマホを覗き込み、川辺と伊波が関心を示す。
最初は普通の水槽にしようかと思ったけど、壊れる可能性があるから二の足を踏んだ。次は家庭用の巨大プールが思いついたが、これは深さが足りないから使えない。で、最終的にこの生け簀に辿りついたという訳だ。
スマホを覗いていた伊波が、ん? と小さく首をひねる。
「いや、ちょっと待った。このくらいのサイズじゃないと作れないのは分かるけど、〈錬金窯〉でさえ【人工生命体創造】が成功したのはギリギリだったんだ。これを使ってそもそも成功するのかい?」
「一応対策は考えてる。〈錬金窯〉って要はさ、魔力の通りを良くしているアイテムなんだよ。逆に言えば、同じことをすれば似た効果は出る。例えばただの水じゃなくて、魔力の通りが良い物で代用するとかな」
「えっと、つまり?」
「水の代わりに〈魔力ポーション〉を使って錬金する。これなら出来るだろ?」
「……このサイズの生け簀に必要な量を? 〈魔力ポーション〉で?」
「お前それ何百……いや、何千リットル作ることになるんだよ。というか、もしその量のポーションを売ったら一体いくらになるんだ」
ま、まぁそれは俺もちらっと思ったけどさ。でもホムンクルスには変えられないだろ!
これは必要経費だ! 目先の利益に釣られるな! 損して得取れ!
「ただ特注になるから、作ってから届けてもらうまで時間がかかるんです。おそらく数週間とか、下手したら月単位でかかるかも」
まぁ、魔力ポーションの素材も集めないといけないし、そこはちょうどいいとも言えるけどな。
そんな訳で、今グーフストリオを獲ってこられると逆に困るわけだ。なので大人しく待っていてほしい。
「何カ月もお預けなんかごめんよ。ちょっと見せてくれる? ――ふぅん。この会社ね」
ミライさんは俺のスマホを見て呟くと、自分のスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。
「ああ――ちゃん、久しぶり。元気だった? ――うんうん、ちょっとお願いがあって。確か――って――。――そうそう、その会社。で、特急で注文を――そこをなんとかお願い出来ないかしら? 倍――いえ、五倍払うわ――駄目? どうしても? ――そう、それじゃあ仕方ないわね――ううん、気にしないで。無理を言ってるのは――うん、うん。いいのよ。でも残念ね。もし引き受けてくれたら〈美肌薬〉を――え? あらやだ、口が滑っちゃったかしら――ごめんね。誰にも話せないことなの――あら、引き受けてくれるの? いいのよそんな無理をしなくても――ええ~、でも悪いわ~。――ちゃんに迷惑をかけるのも――そう? そっちからそこまで言ってくれるなら、お願いしちゃおうかしら。――うん、うん。それじゃあお願いね。明日にでも挨拶にいくわ。それじゃあ――」
通話を終え、終始和やかに話していたミライさんは綺麗な笑みで俺に言う。
「一週間で届くように手配してくれるそうよ。それに合わせて準備をしましょうか」
「あ、はい」
えげつねぇ。マジか、この人本気すぎる。
全部は聞き取れなかったけど、最初は遠慮していたくせに〈美肌薬〉で吊りやがった。いつの間にか向こう側の人の方がお願いする立場になっていたぞ。
いやでも、一週間あっても〈魔力ポーション〉を揃えるのは難しいような……。
「ポーションの方の素材は、拝賀。分かってるわね」
「言われると思ってましたよ。しかしいくらなんでもこの量を集めるには――森フィールドのダンジョンを並行して攻めればいけるか? 素材回収だけなら僕とアイツらでも単独でいけるだろうし、まぁなんとかなるか」
「あとグーフストリオを運ぶとなると人手が足りないから、何人かこっちによこしなさい」
「この期に及んで人手まで持ってくつもりかよ!? 無理に決まってんだろ! どれだけの材料を集める必要があると思ってんだ!」
おおっ。拝賀くん強い。そうだそうだ。いくらパシリでも理不尽に負けるな。
無茶を言っている自覚はあったのか、チッとミライさんは舌打ちした。
「仕方ないわね。私がリヤカーを引っ張るしかないか。美しくないからあまりやりたくないけど、あまり他人を関わらせたくないし」
「あの、普通に小畑会の誰かに頼めばいいのでは?」
「ダメよ。アイツらはどいつもこいつも強欲だから。手伝わせたら見返りを要求されるでしょ。楓太君との最初の深層探索デートは私のチームで独占するんだから」
強欲なのはどっちだ。しかし徹底してやがる。この貪欲さが一流の証なのだろうか。
「まぁいいか。それからこれ、作っておいた【洗浄】付きの下着です。ミライさんの以外はフリーサイズですが」
「あら! ありがとう、嬉しいわ。あと〈美肌薬〉は全部貰っていいかしら?」
「構いませんけど、全部ですか? そんなに要ります?」
「知り合いに渡したいからね。特にさっきの件で頑張ってくれる子にはお礼をしなくちゃだし」
ああ、なるほど。そういう使い道か。
ミライさんのコネは役に立ちそうだし、信頼もできそうだ。間接的にでも俺のことを知ってもらうのはいいかもしれない。
「わかりました。持って行ってください」
「ありがとう。料金は数日中に振り込むからね。それと――」
ミライさんはチラッと七緒ちゃん達に目を向けた。
七海姉妹は何か言いたげな顔をしている。そんな二人に、ミライさんはフッ、と柔らかく微笑み、〈美肌薬〉を取り出した。
「――はい。七緒ちゃんとチヨちゃんの分。一月分で二つずつね」
「わぁ! ありがとうございます!」
「やったー! 大事に使いますぅ!」
二人は大層喜び、ピョンピョンと小さく跳ねてはしゃいでいた。
いや、喜んでいるなら何よりなんだが、俺に感謝せんかい。別にいいけど。
ああ、そうだ。忘れるところだった。
「はいこれ。拝賀君のチームの分の下着ね。作っておいて良かったよ」
誰でも履けるようボクサーパンツと肌シャツのセットを六人分だ。頑張ってもらうことになるし、せめてこれくらいは渡さないとな。
「小畑さん……! ありがとうございますっ! 必ず材料は用意してみせますから!」
「うん、大変だけどよろしくね。俺達も渋谷ダンジョンで少しは集めるから」
思った以上に喜んだ様子を見せ、拝賀君はミライさんと共に帰っていった。
ミライさんが鞭になってくれる分、ちょっと優しくするだけで飴になって頑張ってくれるから扱いやすい。
もしかしたらミライさんはそこまで見越して? ――いやそれは無いな。
「さて。俺はしばらく生産に集中しなきゃだから、素材集めは任せていいか?」
「ん。まぁ仕方ないな。素材は俺達に任せておけ」
「なんだったら楓太が居ない分、こっちの方が楽だと思うよ。一人だからってサボりすぎないようにね」
うっせぇわ。言われんでも頑張るわい。
そういえば靴下を作るのを忘れていたな。先に俺達と拝賀君の分だけでも作っておくか。
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【探索のヒント! その三十二】
〈スキルの扱い〉
魔力を獲得し経験を積むことで、その経験はスキルという形になる。
スキル化した技術はもはや技能というより、本能に近い。
魔力消費を代償にスキルに関する動作をサポートし、理想的な動きを再現する。それに身を任せればどんな運動音痴でも人並以上の動きを可能とする。
さらにスキルレベルが上がれば、その動きはいずれ達人をも超え、神業にも至る。凡人以下の人間にとってはまさしく希望となりえる現象である。
しかし、それとスキルを使いこなすということはまた別の話である。
スキルには本人の意志でその動き、範囲、威力を変化させることが出来る余裕、いわゆる遊びがある。
スキルに従うのではなく、自分の動きにスキルを乗せる。こうすることでスキルの力を自在に引き出す。これが戦闘中に出来るかどうかがスキル使用におけるセンスが問われる部分である。
スキルを使いこなす者とそうではない者の自由度は比べ物にならない。もし両者が戦った場合、定型の動きしか出来ない隙を突き、確実にスキル巧者が勝利するであろう。
凡人、無能の救済措置と言えるスキルですら、こうしたセンスが問われる。やはりどんな世界でも才能は無視できない問題である。




