第72話 命の責任
「腹減ったわ……」
探索者を始めてから結構な運動をしているせいか、最近は食欲が増している。そんな時に夕飯抜きは中々キツイ。まさか本当に飯抜きをさせられるとは思わなんだ。
ちょっとだけ申し訳なさそうにしていた七緒ちゃん達はともかく、あのクソ野郎ども。マジで旨そうに食いやがって。俺も揚げたてのオークとんかつ食いたかったわ……。
一階の洗面所で顔を洗ってからリビングに向かう。すると部屋に入るなり、入口の傍でお座りしていたマルと、止まり木に休んでいるピーちゃんがこっちを向き、声を出した。
「ウォン!」「ピュイ!」
「お? あ、おはよう。えっ? お前らどうしたの?」
キリッとした顔が気持ち悪い。いつもの態度はどこ行った?
疑問に思っていたら、チヨちゃんがキッチンから首を伸ばしてこっちを見た。
「楓太さん、おはようございますっ! 二人もちゃんと挨拶出来たから許してあげる。それじゃあご飯にしようか」
あ、そういうことね。反省してます、というポーズだったのね。
グギュルルル、と腹の音が二匹から聞こえてくる。飯の為には俺に敬意を見せるのもやむなし、ということか。所詮表面上のことだが、まぁいい。俺も気持ちは分かる。
「お互い腹減ったな。飯にしようぜ」
「ウォンッ!」「ピュイ!」
空腹より辛いものは無いもんな。
♦ ♦
「用意しましたけど、本当に朝からかつ丼で良かったんですか? 重くありません?」
「いい。むしろこれが食いたかったんだ」
これなら冷えたとんかつを最高に旨く食べられる。正当な理由で作られたかつ丼よ。
「ああ。めっちゃ旨そうで羨ましいわ」
「うん。僕も食べたいくらいだ」
「絶対分けてやらんからな。これは夕飯を食えなかった俺の特権だ」
俺だって本当は昨日のお前らみたいにサクッとしたとんかつを食いたかったわ。でもこれはこれでいい。めっちゃ旨いわオーク肉。
じっくりとオーク肉の旨さを味わっていると、川辺が思いついたように言った。
「今日の予定なんだが、蜘蛛のホムンクルスに挑戦するんだよな?」
「ああ、そうだな。それを終わらせない事には他の作業に移れんし」
「そうか。なら、俺は特にやることないよな? ちょっと出かけてもいいか?」
「別にいいけど、何か用事でもあるのか?」
こいつの出かける用事なんてゲーセンに行くくらいだし、それに蜘蛛のホムンクルスはこいつも楽しみにしていた筈だが?
尋ねた俺に、川辺は何でもなさそうな顔で答えた。
「実はよ、兵藤さんに会いに行こうと思ってな」
「兵藤さんって……渋谷ダンジョンで出会ったあの人か?」
〈戦士〉っぽい恰好をした、見るからに強そうな一流の探索者。確か〈戦士派遣団〉とかいう傭兵のような会社をやっているっていう。
「ほら。初めて会った日に俺が差し入れを届けただろ? 同じ〈戦士〉っぽかったしちょっと話したんだけど、その時に結構仲良くなってな。個人的な連絡先を教えて貰ったんだよ。で、今日なら時間があるっていうから、ちょっと戦い方を学んでこようかと思う」
「お前いつの間にそこまで……いや、確かにあの人から学べるのならありがたいかもしれんが」
傭兵団なんて作るような人だ。当然本人も強いし、同じ〈戦士〉なら川辺が得られる物は多いだろう。それなら是非とも学ぶべきだとは思うが、まさかこいつが自分からそんなことを言い出すなんて……。
らしくない姿に唖然としている俺に、川辺は照れ隠しのような笑みを浮かべた。
「ん、まぁ自分でもらしくないとは思っているけどよ。自分のステータスを知って改めて、やっぱりアクティブ系のスキルが欲しいと思ったんだよ。〈戦士〉で【挑発】や【守護】を活かすなら、【バッシュ】や【パリィ】の防御系のアクティブスキルがあった方がいいだろ? このパーティーの盾は俺だからな。だったら猶更頑張らないとって、柄にもなく思ったわけだ」
「川辺、お前……!」
スキルや体格だけじゃない。心構えまで本当に頼れる〈戦士〉になって来てやがる。コイツ、どこまで株を上げれば気が済むんだよ。
俺達と同じ情けなくて冴えないオッサンだったのに、どんどん変わってくんじゃねぇよ。寂しいだろうがっ!
「で、駄目元で兵藤さんに相談してみたら、快く教えてくれるってことになったんだ。スキルを習得できるかは分からんけど、立ち回りとか基本も仕込んでくれるってさ。だからまぁ、今日は出かける許可が欲しいんだけど、駄目か?」
「バカ言ってんじゃねぇよ。駄目な訳ないだろ」
仲間の為に自分を磨きたいと言っている奴を、止める理由が何処にあるんだよ。
♦ ♦
朝食を済まして川辺を見送った後、俺と伊波はアトリエに向かった。
それに珍しくマルとピーちゃんまで俺達に付いてきている。暇つぶしか? それともチヨちゃんに指示されたのか? まぁ邪魔にはならんだろうし別に構わんけど。
さらに言えばマルに従うように、サンちゃんとカクさんも一緒だ。ん? バッツはどうし……あ、外で屋敷の警備に集中でしたか。俺よりよっぽど考えてますね。
「さて、やるか。川辺に負けないように俺も頑張らないとな」
アイツがあそこまでの本気、覚悟を見せたんだ。俺もリーダーとして、相応しい努力をしなければ。
「あのさ、やっぱり怪しくないかい? 川辺があんな態度を見せるなんて絶対におかしいと思うんだけど」
「お前……気持ちは分からないでもないけど、流石にそこを疑うのは違くないか? アイツだって心構えが変わることだってあるだろ」
少なくとも、俺は変だとは思わない。アイツは自分から全力で何かをやれるタイプではないが、元々責任感はあったタイプだしな。それが原因で仕事で追いつめられて退職した訳だし。
「ふむ。まぁそれもそうかな。僕の考えすぎか」
「そうだよ。さて、それじゃあ始めようぜ」
昨日と同じく拠点用〈錬金窯〉に水を注ぎ、スレッドスパイダーの死骸を伊波に運ばせて投入。
それ以上は何もしなかった俺に、伊波が軽く首を傾げた。
「最初は余分な素材なしかい?」
「ああ。これから作るホムンクルスが、糸の素材を出せるか確かめないとだしな」
犬トリオと違って、蜘蛛のホムンクルスは糸の生産素材を期待しての作成だ。それが出来ないなら、そもそも作る意味がない。それだったら死骸も他の素材として使った方が良いし。
「よし。それじゃあいくぞー。――――ッッ!?」
気合を入れて魔力を流し込んだ瞬間、俺はその重さと複雑さに驚愕した。
複数の素材を入れてないし、何の能力もない蜘蛛のホムンクルスを作るだけだからそこまで難しくないだろう。そう高を括っていたとはいえ、決して手を抜いたわけではないというのに……これは……ッ!
「ぬっ……!? ぐっ……おっ、ぐぅ……!」
「楓太? ――〈魔力ポーション〉は要るかい?」
「の、飲ませてくれ……! ちょっとこれ、マジで難しい……!」
今この瞬間にも大量の魔力を吸われ、複雑に魔力が蠢いている。
明らかに俺の扱えるレベルを超えているぞこれは……!
〈草狼〉はレベル5相当。対してこのスレッドスパイダーは確かレベル13くらいだったか。素材の格を考えれば確かにおかしな話でもないが、ここまで違うか!
ヤバい……ッ! このままだとマジで失敗……いや、落ち着け! 焦ればそれこそ失敗する! 【人工生命体創造】という別のスキルとはいえ、これも分類としては【錬金術】! 基本的な技術は同じはず!
今までの経験を総動員しろ! 僅かな違和感も見逃すな! 直感を信じ、必要な魔力を……!
いつ暴発してもおかしくない〈錬金窯〉から伝わってくる魔力のうねりを、俺は何とか抑え込み続けた。常に変化する魔力量に応え続け、目まぐるしく変化する魔力の流れに合わせる。
必死に作業に集中し続けた結果、気づけば二時間近くの時間が経っていた。そしてとうとう魔力の流れが止まり、スキルが終わったことを教えてくれる。
「……お、終わった。良かった。なんとか成功した」
「お疲れ様。まさかここまで難易度が上がるとはね」
【錬金術】を使用しいつになく疲労困憊している俺の姿から、どれだけ過酷な作業だったのかを察したのだろう。伊波が俺を見て重々しく呟いた。
「ところで本当に成功したんだよね? 一向に変化が起きないんだけど」
「いや、たぶん成功している筈だけど……」
確かに〈錬金窯〉の水が減っていかない。え? もしかして失敗してるの?
同じく〈錬金窯〉を覗き込み、ふむと伊波は頷いた。
「感じる魔力に不穏な物は感じない。素体となっている魔物のレベルが高いせいで時間がかかっているのかもね。のんびりと待ってようか」
「そうだな。俺もちょっと疲れたし」
流石にあれだけ集中した作業をした後だと、すぐには何もする気が起きない。休憩だと思って待つか。
そのままアトリエで、伊波と無駄話をしたり、時折ピーちゃん達に話を振ってじゃれ合ったりして時間を潰す。
そうして一時間程経ったくらいで、ようやく〈錬金窯〉に変化が訪れた。
「ゆっくりだけどやっと水が減り始めたな……」
「やっぱりモデルとなった素材のせいじゃないかな? 高レベルな素材だったり、複数の素材を混ぜたりして複雑にすると時間がかかるんじゃないかな?」
たぶんそうだろうな。複雑な物ほど作成時間が延びるのが自然だろうし。
これ、理想のホム嫁を作るとなったらどれくらいの時間がかかるのかな。下手したら数日とかかかってもおかしくない気がする。
将来の不安に思いを寄せていると、いつの間にか釜の水が全て無くなっていた。そして、ゴトゴトと音を立てたと思ったら、蜘蛛の足が釜のふちを掴み、ヒョイっと頭を出してくる。
【魔物鑑定】
名称:蜘蛛型ホムンクルス1号(モデル:スレッドスパイダー)
性別:無性
レベル:―
ステータス:【MP】95【STR】88【CON】61【POW】62【DEX】89【INT】61
スキル:【蜘蛛糸】レベル2
全体的に丸みを帯びたデザインの、茶色い毛を持つ蜘蛛。まさしくスレッドスパイダーの外見だ。ただ、ちょっとばかし死骸よりも体が小さくなっているだろうか?
「とはいえ違いはそれくらいか。ちゃんとスキルに【蜘蛛糸】がついている」
「言う事もちゃんと聞くかい?」
そりゃ聞くだろ。……聞くよな?
一メートルくらいの大きさがある大きな蜘蛛。長い茶色い毛に、いくつもの複眼。こんな大きい蜘蛛が反逆すると考えるとちょっと怖いな。
「ほい。よろしくな」
「――――!」
試しに手を伸ばしてみると、蜘蛛の方も俺の手を見て、すぐに足を一本伸ばしてきた。掴んで上下にブンブンと、ハイ握手。
なんだよ――素直で可愛いじゃねぇか!
「どうよ。うちの子は賢いだろう?」
「さっきまでビビっていたくせによく言うね。それじゃあ蜘蛛君。君の糸を使って服を作りたいんだけど、糸は出せるかい?」
伊波はアトリエの隅にあった折れた剣を横にして構える。
それを見て察した蜘蛛君は、少々手間取った様子を見せたが、その剣に向かって糸を吐いた。
伊波はその場でグルグルと剣を回して糸を回収していく。綿あめもかくやという大きさになったころ、蜘蛛君は自分から糸を切った。
【素材鑑定】
〈ホムンクルスの蜘蛛糸〉
蜘蛛型ホムンクルスの蜘蛛糸。繊維系素材に使える。
「――よし、狙い通り! ちゃんと素材として使える! 若干元の〈蜘蛛糸〉と比べて品質が低い気がするけど、全然許容範囲内だ!」
「おぉ。これはいよいよ魔物牧場計画も視野に入れるべきかもしれないね」
今はまだ早いと思うが、それを見据えて動いた方がいいかもしれないな。
俺も素材が安定供給されるし、余れば欲しがる奴らに捌けばいい。あ、でもその場合市場に影響が出ちゃうか?
……別にこれで稼ごうとはしてないからな。必要になるまではやっぱり牧場はいいかな。
「ところで糸を切ったけど、これが限界ってことでいいのか?」
「――! ――――!」
蜘蛛君は身振り手振りでコミュニケーションを取ろうとしてくれる。
なになに――ご飯を食べて――しっかり休めば――いける!
「一発目から労働環境の改善と来たか。流石俺の子、賢い。他の奴だったら生意気言ってんじゃねぇとしばくところだ」
「最近の君はパワハラ経営者の気質がちらほらと伺えるね。というか、この子生まれたばかりだから、単純に大量の糸を作る体力もないんじゃないか?」
「――ごめんな! いきなり重労働だったよな!? もう無理はさせないから!」
「変わり身が早すぎるんだよ……」
ヒシリと抱き締めれば、気にするなとばかりに、ポンポンと余った足で俺の背中を叩いてくれる。や、優しすぎやしないかホムンクルス……!
俺は決めたぞ。これから生まれた子達の労働環境、生活環境だけには絶対に手を抜かない。ブラックとは言わせねぇ! ペットの方が人間より豊かな生活をしてると言われるぐらいのホワイトを目指すんだ!
「ともかくこれで蜘蛛糸の生産も可能だと判明した。下着を作るための繊維系の素材にはこれで困らないな。まぁ【洗浄】をつけなきゃだから、〈ジャブラクーン〉の皮は獲ってくる必要があるけど」
まぁ俺には拝賀君という頼りになる部下が居る。優先して物資を渡せばあの子も喜んでやってくれるでしょ。
そんな安直な考えを持っていた俺だったが、伊波さんは更に上の発想を見せてくれた。
「それなんだけどさ。ホムンクルスに【洗浄】のスキルを付加出来ないかな? そうすれば【洗浄】効果付きの糸とか作れるようになるんじゃないかな?」
「――お前マジで凄いな」
自分の発想の貧困さが突きつけられるようだ。なぜそれを思いつかなかったのか……。
「いや、でも出来るのか? 流石に出す糸にスキルを付加できるようになるのは都合が良すぎる気が……」
「物は試しってことでやってみようよ。皮もそこまで貴重な物でもないし」
「それもそうだけどさ、そもそも作れるのかっていう問題があるんだが……」
何も混ぜない素体だけであれだけ難しかったからな。素材一つ混ぜただけでも、難易度が爆上がりするような気がする。
「いいじゃないか、失敗しても。それはそれで【人工生命体創造】が失敗した時の結果を見れるようになる訳だし。というか、今の内に失敗例は確認したほうが良いと思うよ」
「どの道、ということか。仕方ない。覚悟してやるか。でも今からだと時間が半端だな」
もう昼時だからな。食べてからでも……いや、満腹になると作業に集中できなくなる。
「飯食わずにこのままやるわ。少しくらい空腹の方が集中しやすい」
「よし、なら付き合おう。とはいえ連絡はしておこうか」
伊波は作業台の上にあるホワイトボードにスラスラと書くと、それをサンちゃんに渡した。サンちゃんはワンッ、と一声鳴いてからそれを銜え、アトリエを出ていく。そして二、三分経ってすぐに戻ってきた。
ホワイトボードを返してもらい、伊波がそれを見て頷く。
「“準備だけはしておくので、食べたい時に声をかけてください。七緒”だってさ」
「本当に気が利く。助かるね」
自分の為に全部用意してくれる人のなんとありがたいことか。本当に暮らしやすくなったよ最近は。
それじゃあ、憂いは無くなったことだしやりますか。
改めて拠点用〈錬金窯〉に水と蜘蛛の死骸を。そしてこれが重要。〈ジャブラクーンの皮〉。一回目と比べて皮が足されただけではあるが、これで難易度は桁違いに跳ね上がるはず。
おそらく失敗が前提の難易度の筈だ。より簡単だった一回目であれだ。一瞬でも気を抜けば即失敗するだろう。より深い集中と技術が必要とされる。
だが、やってみせるさ。素材を無駄にしてたまるかよっ!
「――ん?」
魔力を込めた瞬間、その手応えで、俺は思わず首を傾げた。
……え? あれ? これって……。
「どうしたんだい?」
「いや、なんか……あれ? さっきよりも簡単な気がする……」
もちろん気を抜けるほど物じゃないんだけど……こうして伊波に受け答えできる程度には難易度が下がっている。あれ? これ、本当に出来ちゃうような……。
怪訝に思いながらも、そのまま作業を続行した。そして約一時間後、作業は完了したらしい。
「なんか結構あっさり出来ちゃった。どうしよう」
「いや、成功したならそれに越したことはないけど、一回目と比べて半分くらいの時間で出来てないかい? 素材を混ぜたらより難易度が上がる筈じゃ?」
「その筈なんだけどな。俺の勘違いだった?」
そんな訳がないと思うんだけど、でもこの結果は一体……あ?
【人物鑑定】
名称:小畑楓太
〈錬金術師〉
【人工生命体創造】レベル2
「【人工生命体創造】のレベルが上がってたわ」
「ああ、それで成功率が上がってしまったのか。うーん、でもスキルレベルが上がったことで何が変わったのか分からないね」
本当にその通りなんだよな。たぶん扱える素材のレベルとか品質とかは上がってると思うけど。あと素材投入の難易度も変わってんのかな。今回だとどっちが緩和されたのかが分からん。あるいは両方か?
「まぁ成功したならいっか」
「そうだね。大人しく生まれるのを待とうか」
分からないものは考えても仕方ないということで、俺達は改めてホムンクルスの誕生を待った。その間に食事を済ませ、戻ってきてまた駄弁る。
そして作業完了からおおよそ二時間ほどで、二匹目のホムンクルスは生まれてきた。
「一匹目の蜘蛛君と比べて倍くらいの時間が経ってるね。やはり素材一つ投入した分、複雑になって時間が長くなったのかな?」
「そう考えるのが妥当だよな。まぁ作業完了さえすれば勝手に出来上がるんだから、そこは大した問題じゃないけど。はい握手」
「――! ――!」
一匹目と見た目は変わらないその子と両手で握手。上下にブンブンと振ると嬉しそうに体を揺らしている。おぉ、やっぱり可愛い。
【魔物鑑定】
名称:蜘蛛型ホムンクルス2号(モデル:スレッドスパイダー)
性別:無性
レベル:―
ステータス:【MP】103【STR】79【CON】58【POW】62【DEX】92【INT】66
スキル:【蜘蛛糸】レベル2【洗浄】レベル―
「おぉ。狙い通り【洗浄】が付いてる」
「これは期待できるね。それじゃあ生まれたばかりで申し訳ないんだけど、二号の蜘蛛君。これに【洗浄】付きの糸を出せるかな?」
再び伊波が用意した棒に、二号君はじっと見つめて動きを止めた。そして一瞬震えたかと思うと、ピュッと糸を吐き出す。
伊波がクルクルと糸を巻いていくが、その量は一号と比べて大分少ない。まだろくに量が集まっていない段階で、二号は糸を切り上げてしまった。
「ふむ? 量が大分少ないけど……いや、肝心なのはそこじゃないか。楓太」
「あいよ」
【素材鑑定】
〈ホムンクルスの蜘蛛糸〉
蜘蛛型ホムンクルスの蜘蛛糸。繊維系素材に使える。【洗浄】
「おいおい、本当に出来ちゃったよ。しっかり【洗浄】のスキルが付いてる」
「ほう! ほうほう! これはホムンクルスの可能性が広がっちゃったねぇ!」
この事実に俺も伊波も思わずいやらしい笑みを浮かべてしまう。だって仕方ないよ。これ似たようなことが他のホムンクルスでも出来るってことだもん。
始まっちゃったなぁ! 俺の時代が!
「量が少ないのは、スキルが付与されている分、生産量に影響が出るってことだろうね」
「それはまぁ当然だろ。それくらいのデメリットがないと逆におかしいし」
「それもそうだね。しかし一回でこの量だと、少し足りないんじゃないか? 一匹目の蜘蛛君も【洗浄】を付与すべきだったかな? というか、何も付いてない糸の使い道が無いんじゃ……」
伊波の発言に、一号がビクッと怯えたように震えた。
安心しろ。そんなことはないし、仮にそうでも俺は見捨てないから。
「いや、むしろ何も付いていない糸の方が素材として使い道が多いだろ。【洗浄】でスキルが圧迫されるって場合、むしろ邪魔になる」
「それもそうだね。ということは、一号の糸はむしろ大量に必要になるのか。……過労で倒れないかな?」
ビクンッ、と一号君はさらに大きく震えた。心なしか汗をかいている気がする。
安心しろ。オーバーワークになんてさせないから。そうなるくらいならこの鬼畜眼鏡に素材を採ってこさせるからな。
「無理をさせるつもりはないけど、量は作ってもらうことになるな。俺もそろそろ本気で装備を作ってみようと思っているから」
「それはスキルも追求するということかい?」
「ああ。今までは【錬金術】のレベルも低かったし、何より素材のスキルが見えなかったからな。とにかく丈夫そうな装備を作ることしか考えてなかったけど、そろそろ挑戦してもいいだろ」
これがもしゲームなら、もう少し先に進んで良い素材を手に入れてから、って感じでギリギリまで先延ばしにすることも考えるけどな。
俺達の命が掛かっているんだ。常に今の最強装備を更新し続けるくらいでちょうどいい。
「今の【錬金術】のレベルなら、アイテムの作成に関しては高度な素材も使える筈だし、複数の素材を混ぜられる筈。スキルも本気で追求してみたい」
「最強スキル構成の追求か。これは楽しくなってきたね。ゲーマーの血が疼く」
低層の素材でもきっと良いスキルがある筈だからな。敵にしたら極悪なスキル構成を見付けてやるぜ。げへへへっ!
「それじゃあこの勢いで三匹目も行ってみようか。今度こそちゃんと失敗するんだよ」
「……本気でやるの? わざわざやらなくてもよくね? むしろちゃんとした子を作ろうぜ。素材は必要だし」
「いや、今の内に絶対にやるべきだ。もし高レベルの素材を使って、最悪のケースが起きたらどうするつもりだい? 今の内に確かめておけば、心おきなく失敗出来るようになるだろ?」
最悪のケースか……まぁそうだよな。最低限確認はしないとか。
わざと失敗とか、この死んでいる蜘蛛に悪い気がするが、仕方ないか。
「分かった。失敗前提で、あえて素材を多く入れてみる」
「なるべく弱そうな魔物の素材で、スキルも戦闘用じゃないものをね」
そうした方がいいな。となると、弱くて使わなそうな素材――もったいない気もするが【清潔】持ちのカワウソ――【大食】のオークのモツ――いや、オークは強いからもっと弱そうな――
弱い構成の素材を三つほど選び、〈錬金窯〉に投入。失敗目当てなので、あえて雑に魔力を流し込む。――重っ!? しかもこの勢いは……ッ!?
「――あっ! これヤバい! 離れろ!」
即座に無理と判断し、俺はすぐに〈錬金窯〉から手を放して逃げ出した。曲がりなりにも俺によって抑えられていた魔力は、制御下を外れて暴走する。
ボンッ! と小規模な爆発が〈錬金窯〉で起き、同時に大量の煙が真上に吐き出された。明白な失敗に、俺と伊波は固まっている。そんな俺達を守るかのように、マルと他二匹、さらに異変を感じたのか外からバッツまで入ってきて、前に立った。
煙で何が起きているか分からない。しかし、マル達とピーちゃんは敵を前にしたかのように、小さく威嚇の声を上げて〈錬金窯〉の方を睨んでいる。煙の中、〈錬金窯〉から何かが這い出ているのが見えた。
そして煙が晴れてその姿の全貌が見えた時、俺は小さく呻き声を上げた。
【魔物鑑定】
名称:レッサーキメラ
レベル:13
ステータス:【MP】87【STR】65【CON】48【POW】44【DEX】113【INT】78
スキル:【蜘蛛糸】【清潔】【保温】【小食】
蜘蛛の形をベースとして、小動物がムリヤリ混ぜ込まれたような醜悪な姿。渋谷ダンジョンのフロアボスで見た〈レッサーキメラ〉と同じだ。これを俺が作ってしまったのかと思うと、寒気が走る。
「ギッ、ギギッ、ギッ――ギィエエエエエエ!!!!」
失敗作とはいえ、間違いなく俺が作ったホムンクルス。にもかかわらず、そのキメラは甲高い悲鳴のような声を上げると、こっちに向かって飛び掛かろうとしてきた。
だがキメラの行動は失敗に終わった。いつの間にかキメラの両脇に控えていた蜘蛛君達が、同時に糸を飛ばしキメラを拘束しにかかった。
当然、キメラも黙ったままではない。すぐにその糸を抜け出そうとするが、素体が同じ魔物で、強さはほとんど変わらないこと。そして獲物を捕らえるという点で蜘蛛の糸は優れている。暴れれば暴れるだけ、糸による拘束は進む。
そしてこれだけ動きを止められたのなら、マルにとっては十分だ。
「――ウォン!!」
マルの号令と同時に、犬たちが同時にキメラに襲い掛かる。三匹はそれぞれ一本ずつ足に噛みついて動きを止めることに全力を尽くし、隙だらけの本体にマルが全力で噛みつき、硬質な蜘蛛の頭部を嚙み砕いた。
「――ピュイイイイイ!!」
そしてさらに、駄目押しでピーちゃんが仕留めにかかる。軽く飛んだかと思うと、爪先に炎を灯し、砕かれた頭部に突き刺す。これがトドメとなったのか、キメラはビクン、ビクンと震え、そのまま動きを止めた。
犬達も足から口を放して警戒を解き始めた所で、俺と伊波も息を吐く。
「危なかったね。僕達だけだったら下手をすれば死んでいたかもしれない」
「ああ。特に俺は間違いなく死んでいた。皆ありがとうな」
特に真っ先に動きを止めてくれた蜘蛛君たちには本当に感謝しないといかん。マルが守ってくれていたとはいえ、下手すれば俺はもちろん、犬達も殺されていたかもしれない。
死骸となったキメラを見下ろし、伊波がため息を吐く。
「最悪のケース――反逆の可能性があるとは思っていたけど、まさかキメラになっていきなり襲い掛かって来るとはね」
「いや、むしろ予想しておくべきだった。合成獣だもんな。そりゃ失敗したらああなるわ」
ダンジョンでの発生はともかく、合成獣の特徴を考えると、あれを生み出せるとしたらそれこそ【人工生命体創造】ぐらいだ。
そしてそれを作り出してしまったのが俺だと考えると、とんでもないことをしてしまったという気になる。
「……次から【人工生命体創造】を使う時は気をつけるよ」
「そうだね。今回は比較的弱い素材だったからよかったけど、高レベル帯の素材で失敗したら、本気で楓太が死にかねない。最低限、護衛を揃えてからの方がいい」
「ああ、いや、それもあるんだけどさ」
キメラの姿を見たら、とても苦しそうだった。怒っているような、助けを求めているような。あの身も凍るような声から、そんな感情を感じた。
そんなつもりは一切なかったが、命を弄んだかのような罪悪感がどっと胸に押し寄せた。
あんな物、二度と作ってはいけない。
「うん、そうだね。それがいい。確実に作れるという確信が無い限り、【人工生命体創造】を使わない方がいいね」
「ああ、そうするよ。――さて。キメラは後で処分するとして、まずはお前たちに名前を付けなくちゃな」
俺の言葉に、二匹の蜘蛛君たちピクリと興味を持った反応を見せる。
今回の立役者だし、カッコイイ名前を付けてやらんと。
「そうだな~。一号はニック。二号はパワーにしようか」
「……ニックはテクニックから?」
「そうだぞ」
「また安直な名前を。しかもバッタじゃなくて蜘蛛だよ? もう少しちゃんとしたのを考えてあげたらどうだい?」
「でも結構喜んでいるみたいだぞ?」
見れば、ニックもパワーもピョンピョン小さく跳ねている。
周りの印象がどうあれ、本人たちが嬉しがってんなら大丈夫だろ。
あのキメラの分まで、この子達は可愛がってやらんとな。
♦ ♦
【探索のヒント! その三十二】
〈合成獣キメラ〉
作られた命。歪められた命。生命の冒涜。
複数の生命を掛け合わせ、強引に一つに纏められた生物。
最も配分の多い素材をベースとし、それに他の生物の特徴を繋ぎ合わせたような形になる。その都合上、相性の良いパーツ同士であれば本来の生物以上のスペックを発揮することもあるが、逆に行動すらままならぬこともあり得る。
ダンジョンで自然的に、あるいは生命の創造、加工に関するスキルにより、人為的に作成される。
【錬金術】であれば【人工生命体創造】の失敗作として生まれることになる。他の生物を自然な形で一つに纏めるというその性質上、作成には細微な魔力運用が必要になる。その為、僅かな失敗でたちまちスキルは暴走し、強引に掛け合わされた結果キメラが発生する。
【人工生命体創造】で作られた生命には製作者に対する反逆防止のプログラムが組み込めるが、失敗により生まれたキメラの場合、このプログラムは消去される。そして近くに居る生命――製作者を襲う事故に繋がることが多い。
どのような形であれ、生命を作るという禁忌を犯したがゆえの罰なのだろうか……。
命を弄ばれた故の怒りか。あるいは救いを求めての嘆きか。キメラの行動の本心は、キメラにすら分からない。




