第71話 パワハラ
ミライさん達が素材を運んで来た日と次の日は、素材の防腐加工で潰れた。あれだけの量があればな。むしろ一日半で終わらせただけ上等だ。拠点用〈錬金釜〉が早速役に立った。
そして全ての準備を終えた今日。いよいよ【人工生命体創造】の実験が始まる。
このイベントには皆も興味があるようで、アトリエに全員集まっている。
素材を前にして、今さらながら胸がドキドキと鳴り始めた。
「我が事ながら緊張するな……」
「誇張抜きに人類初の偉業になるからね。そう思うのも当然だと思うよ」
そうか、そういえばそうだよな。俺以外にこのスキルを持ってる奴は居ないんだもんな。
あれ? もしかして俺、歴史に残ることをやろうとしているのでは?
「ヤバい。どうしよう、手が震えてきた。これ録画とかした方がいいのかな?」
「ビビり過ぎだろ。素材はいくらでもあるんだし、失敗してもまたやればいいじゃねぇか」
「記録に残したら他にバレる可能性が高まるから止めておいたほうがいい。人類への貢献とか、歴史に名を残したいのなら別だけど」
人類への貢献! 俺が歴史に名を残すかぁ!
「――いや、どうでもいいな。それよりもホム嫁ハーレムの達成の方がよっぽど大事だ。バレたら困るし記録も止めておこう」
「おう。それでこそお前だ」
「信じていたよ。君ならそちらを選ぶと」
「本当にそれでいいんですか……?」
「なんだかもったいない気がします……」
いや実際、人類の貢献とか知ったこっちゃないからね。どうでもいいわそんなん。そんなことより、夢を追う方がよっぽど大事だよ。
「さて、まずは草狼で試してみるか」
防腐処理をした草狼の前に立ち、改めて観察する。どれも傷が少なく、一撃で仕留めたことが分かる。素材としては完璧だ。流石拝賀君、良い仕事をする。
そのうちの一体を抱きかかえ――ふっ、ぐっ!? 抱き、抱え……ッ!!
「――川辺。お前の仕事だ」
「お前マジで貧弱だよな……」
呆れながらも川辺はあっさりと草狼を抱え、拠点用〈錬金釜〉まで運ぶ。ゆっくりと丁寧に〈錬金釜〉の中に入れたところで、アトリエ内にある水道からホースで水を投入。溢れる手前まで水を入れた所で準備完了。
グルグルと肩を回す俺に、七緒ちゃんが不思議そうに尋ねる。
「草狼だけなんですね? 他の素材は混ぜないのですか?」
「最低限モデルとなる魔物の死体があればホムンクルスは作れるみたいだからね。初めてで勝手がまだ分からないし、比較対象も必要でしょ? だから最初は混ぜ物なしで作る」
本当なら装備を作る感覚でスキルマシマシにしたいんだけどな。そっちの方が楽しそうだし。
だけどいざ魔物の死体を前にしたら、その、失敗したくないって気持ちの方がデカくなった。なんというか、失敗したら申し訳ないというか……いずれは検証でそうしなくちゃいけないこともあると思うけど、それはある程度成功率が高くなってからにしたい。
「そんじゃいくぞー。…………おっ!?」
やることはいつもの【錬金術】と変わりない。〈錬金釜〉に魔力を通し、魔力がスムーズに回るように流し続けるだけだ。だけどこれ、結構持ってかれるな!?
「いきなり半分近く魔力を持ってかれた感じがある。マジかこれ。魔力足りるか?」
「〈魔力ポーション〉を用意するかい?」
「頼むわ。いざとなったら飲ませてくれ」
伊波にそう答え、俺はいっそう【人工生命体創造】に集中した。
幸いにも、というべきか。最初こそ魔力を多く持っていかれたが、その後の減少は緩やかなものだった。ただ、いつもの【錬金術】と勝手が違う。
基本的に【錬金術】は一定量の魔力を流し続けることが重要だ。その一定量は魔力の抵抗で決まるんだが、【人工生命体創造】の場合、この抵抗が時々変化してくる。
魔力の消費よりも、感触が変わる魔力の抵抗に合わせてこっちも合わせる方が難しい。なるほど、【錬金術】とは別のスキルとして発現する訳だ。これは思った以上に集中がいるな。
「忠誠心の高い犬~……俺の命令には逆らわない犬~……ご主人の為ならなんでも出来るワン~……」
「その情けない呪文なんとかならんか?」
「どれだけ反逆を恐れているんだ」
そりゃ怖いし、ある意味一番重要なことだぞ!
これでホムンクルスが信頼できるかどうかが決まるんだからよ!
カッコ悪いと言われようが真剣になるわ!
「――ん? 終わった?」
おおよそ一時間程度が経った時、魔力の抵抗が無くなった。【錬金術】を終えた時と同じ感覚だったので思わず魔力を止めてしまったのだが……〈錬金釜〉の中の魔力で色づいた水は未だに無くなっていない。
「おい、本当に終わったのか?」
「まだ終わってないように見えるけど?」
「いや、感触的には確かに終わった筈――お?」
まさか失敗したか? と不安になりかけたその時、〈錬金釜〉に入った水が少しずつ減り始めた。
〈錬金釜〉の底に吸い寄せられる水が減っていくと、まず犬の頭が見えてくる。その次は首、胴体、とその姿が露わになっていき、水が完全になくなった時には、〈錬金釜〉の中にお座りをしている草色の犬が一頭残っていた。
目をつむり、ピクリとも動かない犬に不安になったが、ぱちりと目を開けるとその犬は元気よく叫んだ。
「――ワン!」
「おっ、おぉおおおお!? よーしよしよし! 俺がお父さんだぞぉ! 今そこから出して……出して――川辺!」
「はいはい。分かったよ――ってのわあ!?」
川辺が抱えようとした時、その犬は自分から跳躍し、〈錬金釜〉を飛び出した。
シュタリと華麗に着地するその動きに乱れは一切なく、どこまでも自然な生物に見える。
勝手に飛び出したとはいえそれ以上走り回ることなく、その犬はまたちょこんとお座りをして俺の方を嬉しそうに見ていた。
「おっ、おおっ! よーしよし! いい子だなお前! 生まれたばかりなのにちゃんと分かっている!」
「ワン!」
「わぁ、可愛い! 私も触って良いですか!?」
「へぇ。こうしてみると普通の草狼と変わりませんね」
行儀の良い犬にチヨちゃんと七緒ちゃんも興味深そうに近づき、撫で始める。成すがままにされている犬に、俺は【鑑定】を掛けた。
【魔物鑑定】
名称:ホムンクルス一号(仮)(モデル:草狼)
性別:無性
レベル:―
ステータス:【MP】39【STR】31【CON】22【POW】20【DEX】38 【INT】35
スキル:【嗅覚】レベル1
おお、間違いなくホムンクルスだ。ご丁寧にベースとなった魔物の名前まで出てる。
初めてのホムンクルスの作成に無事成功したと思うと嬉しく思うが……ちょっと気になる点も出てきたな。
二人に撫でられているホムンクルスを見て、川辺は感心の声を上げた。
「はぁ~。マジで草狼にしか見えないな。ホムンクルスでいいんだよな?」
「ああ、それは間違いない。はっきりと【魔物鑑定】でも出てる」
「ふむ、なるほど。とりあえず人類初の偉業おめでとうと言っておこうか。まさかこんなに早く出来上がるとはね。成長するのを待つ時間が有ってもおかしくないとは思っていたけど」
ああ、ホムンクルスだもんな。大人になるまでの培養の時間みたいのが有ってもおかしくないか。でもこっちの方が俺としては都合が良い。ラッキーだ。
「それで? 能力的にはどうなんだいこの子は?」
「ステータス的には渋谷ダンジョンの草狼とそう変わらないな。ただ、性別が無性ってところと、レベルが無い。あと【嗅覚】ってスキルが付いてる」
俺が特に気になった点を上げると、二人は顔を見合わせて考え込んだ。
「無性ってのはまぁ、ホムンクルスならあり得なくもないか? 【嗅覚】も草狼がベースならそれが再現されたって考えればおかしいことじゃないよな?」
「うん、そうだね。でもレベルが無いというのはちょっと問題かもね。レベルがゼロって訳じゃないんだね?」
「そうだな。ゼロじゃなくて、たぶんレベル自体が存在しないと思う。レベルが無いタイプのスキルと同じ見え方だ」
「それはつまり、ホムンクルスはレベルアップによる成長が無いということだね」
伊波は腕を組み、悩ましそうに天井を見上げる。
実際、これは大きな問題だ。
「作られた時点で強さが固定されるのか。仲間としてダンジョン探索をすると考えると、結構問題だよな?」
「人間のレベルが上がったら、自然とついていけなくなるってことだもんな。大金出してそれを買うかって考えると、ちょっと悩むよな」
「とはいえそれはパーティーメンバーとしてホムンクルスを利用する場合じゃないか? 荷運び専門の動物タイプなら、荷運びだけ出来ればそれでいいんだから問題はないだろう。それにダンジョンはともかく、日常生活で役立てることも出来るだろうし。あんな感じに」
まぁそれもそうか。
俺は改めて七緒ちゃん達を見てみる。
「きゃー! あははははっ! 可愛い~!」
「あらあら。人懐っこい子ね」
「ワンッ! ワンッ!」
草狼のホムンクルスに顔を舐められ、チヨちゃんも七緒ちゃんも結構なはしゃぎようだった。あそこまで受け入れられているなら、それだけで作った価値があったと思える。
とはいえ気を付けるんだぞ。すぐ傍でマルが怖い顔で睨んでいるぞ。あまり調子に乗るとシメられるぞ!
「楓太。まだホムンクルスは作れるよね?」
「うん? ああ、大丈夫だ。少し休めば問題ない」
「よし、なら続けて草狼を作っちゃおう。今度は他の素材を混ぜてだ。いくらステータスが固定されるとはいえ、作り方次第で変わるとすれば話がまた変わってくる」
ああ、なるほど。材料でステータスが変わるってことか。確かにそれはありそうだな。成長しないからこそ、投入素材の影響がもろに出るとか。
伊波の意見を受け入れ、俺は続けて二体のホムンクルスを作った。中々神経を削る作業ではあったが、〈魔力ポーション〉を飲みつつなんとか無事に成功した。
で、その結果はこうだ。
【魔物鑑定】
名称:ホムンクルス二号(仮)(モデル:草狼)
性別:無性
レベル:―
ステータス:【MP】29【STR】59【CON】30【POW】23【DEX】35【INT】31
スキル:【嗅覚】レベル1【力上昇】レベル2
【魔物鑑定】
名称:ホムンクルス三号(仮)(モデル:草狼)
性別:無性
レベル:―
ステータス:【MP】44【STR】29【CON】21【POW】24【DEX】53【INT】44
スキル:【嗅覚】レベル1【警戒】レベル2
「おお、これはちょっと面白いことになったな」
今回はそれぞれ投入した素材を変えてみた。二号には〈レッサーオークの肉〉。そして三号には〈ミーアキャットの皮〉だ。
「スキルはそれぞれ【力上昇】と【警戒】がついている。でもステータスが凄いぞ。一号と比べて二号は【STR】のステータスが倍近くあるし、三号は【DEX】が高い」
「はぁ~、なるほど。やっぱり投入する材料でステータスも変わってくるタイプか。これなら場合によってはレベル性よりもよっぽど強くなるんじゃねぇか?」
だよな。確かにレベルは上がれば強くなるけど、逆に言えば成長するのを待たなくちゃいけないということになる。
その点これなら、投入する素材次第で実力に見合わぬホムンクルスが仲間に出来る可能性がある。今は一つの素材しか混ぜてないけど、もし複数混ぜたらどうなるか……。
同じことを考えたのだろう。伊波が興奮した様子で俺に尋ねた。
「楓太。二匹とも素材を一種類しか使わなかったよね? それはなぜだい? 複数投入出来たらとんでもないことになると思うんだけど」
「いや、俺も最初はそう思ったんだけどさ。直感としか言えないんだけど、なんか嫌な予感がしたんだよな」
「それは失敗するということかな?」
「たぶんな。いや、ほんと勘で申し訳ないんだけどさ」
それを感じたら、これ以上の素材を投入する勇気が持てなかった。失敗したら、草狼に申し訳ない気になるというか……。
ビビりと言われても仕方ないと思っていたが、伊波は首を振る。
「いや。〈錬金術師〉にしか分からない感覚があるんだろう。僕も【魔術】を使う時、似たような感覚があるからね。無理強いは出来ないよ。ただ、何故これ以上の素材が投入できないのかというのは気になるところだ」
「確かにな。一種類だけでこれだ。複数投入出来れば確実に化けるぜこれ」
「そうなんだよな。正直、失敗覚悟で試してみたいけど……素材の質と、俺のスキルレベル。たぶん可能性としてはこのへんだろうな」
ベースとなる素材そのものに、スキルを受け入れるだけのキャパが足りてない。
そしてもう一つ、単純に俺の【人工生命体創造】のスキルレベルが足りてない。
「この二つのどちらか、あるいは両方の理由で、この程度の数しか素材を混ぜられないんじゃないか?」
「あり得るね。ベースの魔物にスキルの空きスロットみたいなものがあるのかもしれない。低階層の魔物だし、そもそも多くのスキルを積めない可能性は十分ある」
「【人工生命体創造】のスキルもそうだよな。スキルレベルで投入できる種類や回数が決まるというのはあり得るぜ」
この辺りは早めに確かめてみたいな。素材はベースとなる魔物を変えればいいだけの話だが、スキルレベルは数をこなすのと俺自身のレベルを上げる必要があるから、どうしても時間がかかる。
「やっぱりレベルは大事だな。今のままじゃ誰も求めないだろうし、もっと性能の良いホムンクルスを作るなら俺自身が強くならないとか」
「いやいや、今でも需要はあるだろ。どう考えても」
「え? そうか? 流石にこの能力じゃ誰も要らなくない?」
「もちろん小畑会の皆から見ればそうかもしれない。だけどステータス的にはどうあれ、【気配察知】のスキルを習得出来るんだ。探索者を始めたばかりの初心者からは求められるだろう?」
……あ。そういえばそうだったわ。俺らも最初は〈斥候〉が居なくて困ってたんだ。だから七緒ちゃんとチヨちゃんをタケさんに紹介してもらったんだし。それくらい〈斥候〉を取れる奴が少なくて皆困ってるっていう。
「――あれ? もしかしてこいつらって、実は凄い需要がある?」
「あるだろうね。君の言うことが正しければ、ホムンクルスは命令に逆らわないんだろう? 誰でも連れて行けるんだから、〈斥候〉を欲しがっている初心者――なんだったら中級者でも欲しがる人は大勢いると思う」
「探索者達よりも、むしろ協会の方が欲しがるんじゃねぇか? 〈斥候〉役が居るか居ないかで生存率は大きく変わるだろ? 死人を減らしたいって考えている協会なら、このホムンクルスのレンタルサービスとか始めても不思議じゃねぇと思うぞ」
おいおい、マジかよ。でも言われてみればあり得そうな話だ。
俺はチヨちゃんと七緒ちゃんに目を戻す。三匹の犬型ホムンクルスに囲まれ、ご満悦だった。
「はぁ~……モフモフです……幸せ……」
「これは気持ちいいわね……」
人懐っこい犬三匹を相手に、二人は幸せそうだ。そんな二人に三匹もすっかり甘えている。
とても仲が良く、既に主人の立場がとって代わられているように見えるが……。
「――集合! 整列!」
「「「――ッ! ワンッ!」」」
三匹は俺の声に反応すると、すぐさま二人から離れる。二人からあっ、と寂し気な声が漏れるが三匹に迷いはなく、俺の前に一列に並んでビシリとお座りをした。
「――点呼!」
「ワンッ!」「ワンワンッ!」「ワンワンワンッ!」
「はぁ? もしかして数を理解してる? というか言葉を理解してるのかこいつら!?」
「これは凄いな。思った以上に賢い。しかも二人を無視して楓太の命令に即座に従うとは」
いや、俺もノリでやっただけなんだが、まさかこんな賢い所を見せてくれるとは。
しかも俺の命令にここまで……なんて可愛い奴らだ!
「よーしよし! 良い子だ。後でご褒美やるからな~!」
順番に頭を撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振って笑って舌を出している。これは本当に可愛い。大事にしてやらんと。
「ああ、やっぱり楓太さんの方が大事なのね。ちょっと寂しいわ」
「うぅ~、悔しいけどしょうがないですね。ところで楓太さん、この子達に名前を付けてもいいですか?」
「名前か。確かに付けてやらないと可哀そうだよな。うーん、まぁ良いよ。任せる」
「やった~! それじゃあですね~」
こんなに可愛い奴らだから俺が付けてやりたい気もするが、俺はマジでネーミングセンスがないからな。それだったらチヨちゃんに任せた方が……あ。いや、チヨちゃんのセンスも結構……任せるって言っちゃったからな。仕方ないか。
チヨちゃんは顎に指をあて悩んでいたと思ったら、順番にピシッと指を差して言った。
「サンちゃん!」
「ワンッ!」
「カクさん!」
「ワンッ!」
「バッツ!」
「ワンッ!」
一号がサンちゃん。二号がカクさん。三号がバッツか。あ、【鑑定】でも名称が変わった。どうやら正式に決まったらしい。この子らも元気に返事をしているあたり、不満はないようだ。
しかしネーミングの規則性が見えないな。
「ちなみに名前の由来はなんなの?」
「マルの子分になると言っていたので、それに関連しまして――丸! 三角! 四角! バツです!」
「ああ、そういう」
さんかくでサン。しかくでカク。バツだからバッツね。
納得したけど、この子やっぱりネーミングセンスが俺と大差ない気が。
バッツだけ妙にカッコイイ気がする。心なしかバッツが誇らしげにしており、サンちゃんとカクさんがジト目で睨んでいるような……。
「まぁいいか。マルが統率するというのには間違いないし。それではマルさん、こちらへ」
「ウォン」
マルはすくりと起き上がると、俺の隣にお座りをして三匹と向かい合った。珍しく俺の言うことを聞いてくれているのは、群れのリーダー役を任せるからだろうか。
「いいか? お前たちの仕事はこの屋敷の警備だ。基本的にはこのマルがリーダーだから、コイツの言うことには従うように。分かったな?」
「「「ワンッ!」」」
おお、素晴らしい返事だ。本当に素直で助かる。
反抗的な態度を見せないこいつらに感心していると、マルは四つ足で立ち上がり、吠えだした。
「ウォン! ウォンウォンウォン! ウォン!」
「「「ワッ、ワンッ……」」」
「こらマル! この子達は子分だよ! 虐めないの!」
「待って。今なんて言ったの?」
何コイツ。俺の可愛い子供たちにいきなりパワハラ仕掛けたの?
チヨちゃんは気まずそうにしながらも、通訳してくれた。
「〝俺がお前らのボスだ! 俺がボスである以上、先ほどのようなチヨや七緒に対する甘えは許さん! 俺の命令は絶対だ! 俺が死ねと言ったら死ね! 分かったな〟――って」
「独裁者かよ。最悪のクソ上司じゃねぇかこいつ。というか私怨丸出しじゃねぇか」
そんなにチヨちゃんや七緒ちゃんに甘えていたことが気に食わなかったのか。なんて器の小さい犬だ。
命令に従順とはいえ怒ってもいいと思うんだが、それでも三匹は反抗する様子はなかった。ホムンクルスの性質なのか、マルの方が同種で明らかに強いと分かっているからなのか。判断に困るな。
「ウォンウォンウォン! ウォンウォン!」
「こらマル! いい加減にしなさいっ!」
「チヨちゃん。今度は何て?」
「……〝現場での判断は何よりも優先される! たとえ楓太が何と言おうと俺の命令が絶対だ〟と」
「はぁ!? なんだこいつ!?」
いきなり権力を奪いに来やがったのか!?
ちょっと甘い顔したら付け上がりやがってよぉ!
「いいかお前ら!? あくまでもこいつは屋敷の警備リーダー! お前らの真の主は俺! こいつが何と言おうと俺が指示を出したら俺に従え! 分かったな!?」
「「「ワッ、ワンッ!」」」
「ウォンウォンウオン! ウォンウォン!(所詮こいつは戦いを知らぬド素人! 現場を知らぬ上の無能が口を出して余計な混乱させるのは世の常! 本当にこいつの為を思うなら黙って俺に従え!)」
「「「ワゥ、ワウゥゥ……」」」
「お前らまさか迷っているのか? 誰のお蔭で生まれてこれたと思っているんだ! 俺のお蔭だぞ!? まさかホムンクルスの分際で主に逆らう気じゃないだろうな!?」
「ヴルルルル……! ウォン!(貴様ら。俺に逆らってタダで済むと思っているのか? 力で黙らせてもいいのだぞ!)」
「「「クゥン……ウッ……ワン……」」」
俺とマルを交互に見ていた三匹は、ブルブル震えていたかと思うと、三匹揃ってもだえ苦しみ始めた。
「ワォ……アオーン……!」「ヒャンッ……ヒャンヒャン……ッ!」「ガアォ……ガッ……ッ」
前足で頭を抱えたり、腹を見せバタバタと体を捩じったり、自分のしっぽを追いかけ始めたり。三者三様に様子がおかしくなり、悲痛な声を上げている。
「なんだこれは。一体何が起こって……」
「何がじゃねぇだろ馬鹿野郎」
ゴンッ! と川辺に頭を殴られる。
おっ、お前っ……! 今の自分の力をちゃんと考えろよ……ッ!
「痛ッ……! 加減しろバカ! 頭が砕けたらどうしてくれる!?」
「そうされてもおかしくないことやった自覚はあるだろド畜生。作ってそうそうホムンクルス虐待なんかしてんじゃねぇよ」
「パワハラ上司の板挟みで頭がショートしたんだろうね。なんと可哀そうに」
本気で怒っている川辺と、三匹を憐れむ伊波の瞳に、俺は何も言い返せなかった。
確かに悪ふざけにしては度が過ぎていたと思う。正直、どっちを取るのかなという興味本位であったのは否定できない。
「すみませんでした……」
「謝るのは俺じゃねぇ。ちゃんとアイツらに謝れ」
「しかし、あの三匹の忠誠心は本物じゃないか? 同じ犬系で明らかに格上のマルと楓太の間で悩んだんだ。ホムンクルスとはいえ獣なら、強いマルに従いたかっただろうに。こうしてバグって苦しむことが、ホムンクルスの制御が効いている何よりの証拠だよ」
そうか。俺は迷うなよと思っていたが、そもそも相手がマルってだけで不利なのか。
そこを裏切らずにいたんだから、こいつらは俺の事を主として認めているということになるのか。だとしたら余計に可哀そうなことをしてしまったな。
一人反省している俺だったが、そんな俺のすぐ横で、チヨちゃんは怖い顔でマルを見下ろしていた。
「マル。今日のお夕飯抜き」
「ウォン!? ――ヒャンヒャンヒャン!」
「泣いても駄目! あの子達を虐めるし、楓太さんに張り合うなんて何考えてるの! 反省しなさいっ!」
「ピュイッ! ピュイイイイ! ピュッピュー!」
「グルルルルルッ……!」
「ピーちゃんも調子に乗り過ぎ。お夕飯抜き!」
「ピュ――ピュェエエエエエエエ!?」
「そもそも誰のお蔭で此処に住めるようになったと思ってるの!? ハッキリ言って恩知らずにも程があります! 二人とも反省しなさい! 楓太さんに逆恨みするようなら明日もご飯に抜きにするからね!」
おっ、おお! チヨちゃんがこうまではっきりと俺の為に怒ってくれるとは。
犬や鳥に舐められて悔しいというのが本音だったが、チヨちゃんが俺を庇ってくれるならそれだけで報われた気分――
「二人がご飯抜きなので、楓太さんもお夕飯は抜きにしましょうか」
「――は!? え!? 七緒ちゃんマジで言ってるそれ!?」
「流石にあの子達を虐めるのは駄目でしょう。反省すべきだと思います」
「おお。それがいいわ。悪いと思っているならちゃんと罰を受けとけ」
「でも夕飯時にはちゃんと顔を出すんだよ。君の目の前で僕らは美味しく夕飯を食べるから。水くらいは飲んでいいから」
あ、アイツらと同じ扱いなの? マジで? 確かにあの三匹には悪いと思っているけど、俺だけ食事抜きで目の前で食べる所を見せつけられるとか、性格悪すぎないか?
俺のとんかつが……生姜焼きが……。




