第70話 スキル付日用品
「お待たせ。沢山採ってきたわよ」
翌日の昼過ぎ。ミライさんと拝賀君は大型のバンでやって来た。助手席にミライさんが座り、運転は当然のように拝賀くんがやっている。すっかりパシリが板に付いちゃって……。
皆で出迎え、そのまま車をアトリエの前まで移動してもらう。シャッターを上げ、素材を運びやすいようバックで車を半ばまでアトリエの中へ。
そしてバックドアを開けてもらい、その中の素材を見て俺は息を飲んだ。
「凄い量ですね」
様々な種類の皮が積み上げられ、大型のクーラーボックスがいくつか。はみ出すほどの薬草が詰められている超大型のバックパックも複数。
そして一番驚いたのが、原形を留めた蜘蛛と草狼の死体が三つずつ。
分かっていたとはいえ、丸のままの死体がこうして目の前にあると驚くな。
大量の素材を前に固まる俺に、拝賀くんが説明する。
「上野ダンジョン一階層に生息する魔物を全て狩ってきました。そのクーラーボックスは肉と内臓を纏めてあります。持ってくるか悩みましたが、部位ごとに取得できるスキルが違う可能性があったので。小畑さんなら【錬金術】で防腐加工が出来るだろうし、無駄にはならないかなと。最悪マルくんのご飯にしちゃってください」
「――ウォン!」
確かにその可能性もあるな。防腐加工もしょっちゅうやっているからすっかりお手の物だ。とはいえこの量はちょっと躊躇するけどな。流石拝賀くん、気が利くな。
だからマル。期待してこっちを見てくるんじゃない。いつになく目を輝かせるな。これは素材として保管するんだ。お前のご飯じゃない!
「これは草狼だよね? なんでこれは丸ごと持ってきたの?」
「番犬になるホムンクルスを作った方が良いかと思いまして。ホムンクルス作成の練習にもなるし、やはり塀のある家だと防犯が大事ですから。マル君が居れば統率も出来るだろうし」
「――ウォン!!!!」
なるほど。確かにその辺りは大事だな。数もこなさないといけないし、本当に気が回るなこの子。
だけどマル。お前はちょっと落ち着け。キリッ、じゃないのよ。かつてないほど姿勢を正しているんじゃない。統率したからってご褒美のおやつを出すわけじゃないんだよ!
「それでミライさんは予定通り蜘蛛が三体と……あの、このバックパックいっぱいの薬草はもしかして?」
「当然、全部〈美肌薬〉の材料よ。これだけ集めるのは骨が折れたわ。だけど、これならホムンクルスにしろ〈美肌薬〉にしろ、失敗込みで練習できるでしょ?」
そうですね。それは大変ありがたいですよ。特に蜘蛛はね。
しかし〈美肌薬〉のこの量は……どんだけ作らせるつもりなんだよこのおばさん。
「ありがたいけど、ちょっと張り切りすぎですよ。いくらなんでもこんなに用意されても使いきれません」
「ふふっ、何言ってるのよ。あんな物まで用意してるくせに」
ミライさんは笑いながらアトリエの奥を指す。
その先には、拠点用の〈錬金窯〉がドンと置かれていた。
見られちゃいけない人に、見られたくないタイミングで見つかっちまったなぁ……。
「嬉しいわ。まさか楓太君がたった数日で、あんな物まで用意してくれるほどやる気を見せてくれるなんて。私の為に本当にありがとう。絶対に今より綺麗になってみせるから」
「違いますけど?」
アンタは俺の何なんだ?
〈美肌薬〉に乗り気と思われちゃたまったもんじゃない。
「あれは注文したら、渋谷支部が勝手に用意してくれただけです。向こうもポーションが欲しいみたいですよ」
「ああ、そういうこと。ふふっ、協会も必死ね。でも私の専属〈錬金術師〉を好きに出来ると思っているのかしら? そっちに回せる物なんか一つもないというのに、愚かだわ」
「専属じゃねぇよ?」
さりげなく独占しようとすんなや。油断も隙もない。
これは最悪トシさんあたりに助けを求める必要があるかもな。〈美肌薬〉を製造する機械扱いされてはたまらない。
それに、協会に全く協力姿勢を見せないのも問題だろうし。完全な味方とは言い切れないかもしれないが、せめて利用しあえる関係は維持したい。
「それで楓太くん。〈美肌薬〉は持ってきてくれたかしら?」
「ああ、はい。これです」
数日前に作った余りが入った容器を渡す。ミライさんが開けて中を覗くと、七緒ちゃんとチヨちゃんまで吸い寄せられるように近づいた。
「へぇ。これが。クリームなのね。用法用量は?」
「普通に適量を伸ばして使うだけみたいです。使うタイミングとかまでは流石に……」
「ふぅん。まぁその辺はこっちで研究してみましょう」
「ミライさん! 私にも分けてください」
「私にもお願いします!」
「ごめんなさいね。分けてあげたいのは山々なんだけど、これだけしかないから。使用感を確かめて評価する必要もあるし……申し訳ないのだけど、楓太君に作ってもらえる? 材料なら二人の分もいっぱい採ってきたから」
珍しくミライさんは本当に申し訳なさそうに眉を下げる。同じ美に悩む女に対しては優しくなれるらしい。
そして七緒ちゃん達はそれを聞き、俺に向き直った。
「楓太さん、お願いします! 私達にも〈美肌薬〉を!」
「お願いしますっ! いっぱい働きますからっ!」
「えぇ……」
「ちょっと! 何でそんな嫌そうな顔するんですか!?」
「だって〈美肌薬〉よりも試さなくちゃいけないことがいっぱいあるからさ。正直そんな物を作ってる場合じゃないんだよな」
大量の素材の防腐加工だろ? 素材のスキル検証もしなくちゃだろ? さらに言うといくら保存処理は出来ても、ホムンクルスを作るなら死骸はさっさと使っちゃったほうが良さそうだし。
俺の感情抜きにして、後回しだよな普通に。
「それはっ! ……その通りですね。でも諦められません! くれとは言いません! お給料から天引きで構いませんのでどうにかっ!」
「いや、今が忙しいってだけで時間が出来れば作ってあげてもいいんだけど……そもそもさ、〈美肌薬〉なんて要らなくない?」
「要りますよ! 乙女のお肌のケアをなんだと思ってるんですか!?」
「私からもお願いします! 〈美肌薬〉で綺麗になりたいんです!」
「我儘言うんじゃありません! 少なくともチヨちゃんは若くて綺麗で可愛いんだからお薬なんて必要ないでしょ!!」
「――――」
「あの、楓太さん。そこでわざわざ私を省いた理由をちょっと詳しく」
「――ふふんっ」
「チヨ。私に向けているその目と笑みの理由も詳しく」
いかん、失言だったか。
姉妹の固い絆が壊れようとしている。
今まさに熾烈な姉妹喧嘩が始まりかねないと思った時、拝賀君が遠慮がちに口を出した。
「あのー、〈美肌薬〉の話はちょっと置いておくとして、先に荷物を降ろしませんか?」
「あっ、ああ。そうだね」
拝賀君の提案に従い次々と荷物を降ろし、床に広げたブルーシートの上に並べていく。
全ての荷を下ろして改めて集められた素材を見回し、俺は思わず感心の溜息を吐いた。
「本当に凄い量だな。見た事ない素材も多い。拝賀君、これ全部集めるのは大変だったんじゃない?」
「そうですね。上野ダンジョンは森のフィールドで、生息している魔物の種類も豊富ですから。ですけどこれがスキル情報集めになると思うと、僕も仲間も皆やる気が出て夢中になってましたよ。この魔物にはどんなスキルがついているんだろうと予想したり、結構楽しかったです」
ああー、なるほど。確かにそれは楽しそうだ。
拝賀君たちに任せた方が早いからそうしたけど、自分達で集めるのも良かったかもな。
まぁいい。重要なのは素材そのものだ。
【素材鑑定】
〈レッサーオークの皮〉
下等なオーク種の皮。【厚皮】
「これがオークの皮か。初めて見るな」
「渋谷ダンジョンの浅い所には居ませんからね。森のような獣系の多いダンジョンの一階層から出現する魔物で、二足歩行をする魔物の代表例の一つです。動きは鈍いですが力が強くて、戦い始めれば貪欲に攻撃してきます。渋谷ダンジョンに慣れた初心者がその勢いのまま他のダンジョンに挑戦して、油断してあっさり、というのは割とよくある話です」
「それは怖いな。俺達も気を付けないと。でも川辺がいるから大丈夫か」
「同族への説得は任せるブヒッ! って誰が豚じゃ!」
「思ってねぇんだわそんなこと……」
今のはマジで守ってくれるから大丈夫かって意味だったのに。
自分からボケて俺に逆ギレとか理不尽すぎんだろ。
「人型を相手にする最初の練習相手に丁度良い相手なんですけどね。頭部が豚で人間を相手にしている感覚も薄いですし。あと肉が旨いです」
「ほう。肉が旨いとな?」
「ピュイッ」
「ウォンッ」
俺ら男共はもちろんのこと、鷹モードのピーちゃんとマルまで目の色が変わった。
肉と聞いたら仕方ないね。人は肉で生きているからね。
「確か高級な国産豚と遜色ない味だとか?」
「はい。探索者でこれを普段の食生活に取り入れている人も多いですよ。自前で調達すればタダですし、見た目の嫌悪感を無視できるなら食べない理由がないです。今はむしろ普通の肉が高くなってますからね」
「ああ~、それは確かにね。肉とか野菜とか、本当に高くなったよね……」
ダンジョン発生以降、スタンピードによって人が住めなくなっている地域が出てきた。そしてそれがどういう所かっていうと、元々人が少ない地方だ。具体的に言えば北海道、東北、九州など。そしてこれらは農業、畜産業が盛んな地域でもある。
スタンピードによって危険地帯に指定された土地では耕作放棄地が増え、農家の方々も廃業に追いやられた人が多い。結果、日本の食料自給率は更に下がり、輸入依存は更に進んだ。
そしてその影響は食料品の値上がりにハッキリと出ている。今はまだなんとか保ってこそいるが、そう遠くないうちにスーパーから食料品が消えかねないという話もちらほら聞こえてくる。日本以外の国も食料に余裕がある訳ではないからな。
だからこそ探索者の数を増やしてダンジョンから食料を確保することが必要なのだが、中々その数は増えない。ダンジョンには食べられる魔物や食材が溢れている訳で、自前でそれらを取れるようになった方が安心できると思うんだけどな。
やはりどこまでいっても対岸の火事なのだろう。今はまだなんとかなっているから、これからも飢えはしないというアホな考えを持っている奴は多いようだ。そしてそういう奴らに限って、体が動く若者が頑張れとか、いざとなれば自衛隊や探索者に魔物を狩らせればいいとかほざいている。普段は探索者の危険性について叫んでいるくせに、ダブスタにも程がある。
考えれば考えるほど、日本の未来は暗いな。まぁ俺は【錬金術】でいろんなものを作れるようになったし、材料の調達も川辺達に任せられる。いざとなれば自分達だけは生き残れそうだからあまり関係ないけどね!
「で、これがオークの肉か。へぇ、普通に豚肉にしか見えんな」
気になったのでクーラーボックスを開けてみれば、ドン、と迫力のある肉の塊が。程よく脂も乗って旨そうだ。
〈レッサーオークの肉〉
下等なオーク種の肉。【力上昇】
おお。拝賀君の予想通り、肉と皮でスキルが違う。しかも中々良さげなスキルだ。素材に迷った時はとりあえずこれ、みたいな感じで雑に使っても困らなそう。
「使い道に困らなそうだけど、二十キロくらいはあるよな? ちょっとくらいなら食べてもいいか?」
「とんかつにしようぜ、とんかつ」
「シンプルに豚の生姜焼きとか、ポークステーキも捨てがたいと思うよ」
「ピュイピュイ、ピュイ」
「ウォン、ワオンッ」
「今日の夕飯はこれで決まりかしらね?」
「あの反応を見て今さら違うメニューには出来ないよね」
「いや、あの、別に構わないのですが。素材として持って来たんですからね? ちゃんと検証する分は残しておいてくださいね?」
「初めての食材に興味が出るのは仕方ないわ。最悪またあなたが取ってくればいいだけの話よ。パシリなんだから文句言わずにやりなさい」
「パシリだって時間が――いや、なんでもないです」
ミライさんに睨まれ、拝賀君は青い顔で目を逸らした。
安心してくれ拝賀くん。ちょっとだけつまむだけだから。そこまでパシらせる気はないから。
で、こっちはオークの内蔵か。
〈オークのモツ〉
レッサーオークのモツ。【大食】
〈オークの睾丸〉
レッサーオークの睾丸。【精力向上】
モツはスキル的にどうなんだ? 【大食】っていうからには、大食いが出来るようになるとか? ちょっとメリットが見えん。これは完全にモツ鍋コースかな。
睾丸は例によってエロシリーズの材料だなこれ。いや、純粋な体力向上にもなるのか?
……見なかったことにしよう。というか拝賀君はよくこれを待ってこれたな。ヒュンッてならないのかな。
「楓太君。気になっているところ申し訳ないのだけど、とりあえず洗浄付きの下着を作れるか試してみてくれない?」
「そうですね。場合によっては僕ももう一度材料を採りに行かないといけないので。そうしてくださると助かります」
それもそうだな。素材を眺めているだけでも一日使いそうだし。
オークの素材をいったん戻し、改めて材料を選ぶ。
とりあえず、ミライさんが取ってきたスレッドスパイダーの蜘蛛糸。で、これに洗浄みたいなスキルが付きそうな素材を混ぜればいい訳だ。
〈クレウソの皮〉
魔物化したカワウソの皮。【清潔】
〈ジャブラクーンの皮〉
魔物化したアライグマの皮。【洗濯】
「カワウソの皮には【清潔】。アライグマの皮は【洗濯】ってスキルが付いてるな。どっちがいいんだこれ?」
「スキルの内容は見れないのかい?」
「見えないな。素材のスキルは名前だけしか分からないんだよな。【素材鑑定】のレベルが低いからなのか、元々こういう仕様なのかは分からんけど」
「なるほど。微妙に不便だね。ただまぁ、今回の場合だと【洗濯】でいいんじゃないかな? 汚れを落とすスキルが欲しい訳だし、【洗濯】なら確実に付くだろう」
「むしろ【清潔】ってなると、【防毒】とかそっちの方が付きそうだよな」
ああ~、なるほど。確かに予防とかそっちの効果がありそうだ。それじゃあ素直にアライグマにしておくか。
流石に一着作るだけなら拠点用の〈錬金窯〉は要らない。携帯用の〈錬金窯〉を用意して、そこに水と〈蜘蛛糸〉、〈ジャブラクーンの皮〉を投入。
材料を入れたところで【錬金術】開始。魔力を〈錬金窯〉に注ぎ込み、最初にグッと重い物を動かした感触がしたら、徐々にスムーズに魔力が回り始める。
皆に囲まれて見守られるという緊張する状況だが、俺にそっちへ意識を向ける余裕はない。感触からいってそう難しい物ではないが、集中を乱せばあっさり失敗するのが【錬金術】だ。
三十分ほどかかってようやく、〈錬金窯〉の中の水が消えアイテムが完成する。〈錬金窯〉の底に落ちているそれを拾い、じっと眺める。
見た目はグレーの女性用下着。スポーツブラタイプの上下セットだ。一見なんの変哲もない下着にしか見えないが、重要なのは見た目ではなく性能!
【アイテム鑑定】
〈洗浄付き下着(女性用、フリーサイズ)〉
スキル【洗浄】の効果が付いた下着。魔力を消費することで汚れを落とす。
「【洗浄】効果つき下着完成!」
『おお~!』
パチパチと皆から拍手される。傍から見たら女性下着を掴んでいるオッサンを讃えるというヤバい絵面だが、誰もそれに気づいていなかった。
「いやー、思い付きだったけど結構あっさり作れたな。魔力の消費もそこまででもないし、これなら一日十着くらいは作れるか?」
「一日十着か。……全然足りないんじゃね? 小畑会だけでも皆欲しがるだろ」
「それを考えるのはまずは性能を確かめてからだよ。使い方は?」
「魔力を消費してスキルを使えば汚れを落としてくれるみたいだ。どのくらいの魔力が必要なのかで価値が変わるな」
「それなら試してみましょう。それが一番手っ取り早いわ」
手を出してくるミライさんに、素直に下着を渡す。
ミライさんはアトリエの隅にあったバケツを持ってくると、クーラーボックスから内臓の入った袋を取り出し、底に溜まっている血をバケツに流し込んだ。そしてポイッと下着を放り込む。
瞬く間に下着は血で汚れ、生臭い臭いが染みつく。実験とはいえ、服を自分から汚すのはちょっと抵抗があるな……。
ミライさんは指先で下着を掴むと、魔力を注ぎ込んだのだろう。シュワッと泡のようなものが下着を包んだと思ったら、パンッと弾けた音がした。泡が消え去ったそこに汚れは一切なく、先ほどまでと同じ新品同然の下着がそこにあった。
「――凄いわね。完全に汚れが落ちてるわ。おまけに臭いまで。ああ、でも魔力は結構吸われた感じがあるわね。この消費量だと考えなしには使えないけど、特に汚れた後とか、就寝前とかに使えるだけでも十分ね」
おお、これはちょっと凄いんじゃないか? あの血まみれだった下着が今の一瞬で落ちるなら、どんな汚れにも対応できそうだ。
ああでも、魔力量はミライさん基準の話か。ミライさんにとっては実用範囲でも、レベルの低い俺達が同じだけ消費したらどうなんだろうな?
「ミライさん。汚れ具合によって魔力の消費量が変わったりするんじゃないですか?」
「なるほど。試してみましょう」
拝賀君の意見に頷き、ミライさんは下着の股の部分をバケツの血に付けた。そして同じように魔力を込め、【洗浄】を使う。
「明らかに魔力の消費量が減ってるわね。これなら低レベルの子でも十分に使えるわ。生理の重い子とか喜んで買うわよ」
「すみません。その、生々しい話は勘弁してください……」
なんでわざわざ股の部分をと思ったが、そういう意図だったのか。聞きたくなかったわ。
男の繊細な気持ちは分かってくれなかったのか、ミライさんはムッとした表情を見せた。
「女に理解がない男は嫌ね。わりと深刻な悩みなのよ?」
「ナプキンを使っても完全には防げないですし」
「ドバッと出ちゃう時は生理用品であっても対応しきれないですし」
「悪かった。俺が悪かったです。なので本当にもう勘弁してくれませんか? な? お前らもそう思うよな?」
「女性に理解がない男とかサイテー」
「全く持って同感だ。死ぬなら一人で死んでくれ」
「ふざけんなよテメェラよぉ!? 絶対俺と同じこと考えてたくせに!!」
同じ男で仲間だろ! こういう時こそ助けろよ! 女の話題に女にリンチ食らうとか何も言い返せねぇんだよ!
つうか女の悩みに理解があり過ぎる男もそれはそれで気持ち悪いだろ!!
薄情なこいつらとは違い、一流のパシリたる拝賀君は助け舟を出してくれた。
「あ~。僕としては下着も便利ですが、武器に【洗浄】を付けて欲しいと思いますね」
「武器に? それはなんで……あ。手入れが楽になるのか」
「はい。特に刃物は手入れを怠るとすぐに駄目になるので。さらに言うと戦闘が長引いたら血糊で切れ味が落ちるので、戦闘中に使えたらかなり助かります」
「あ、それは私も欲しいですね。戦闘の度に血を拭うのも結構大変なので」
俺達の中で唯一、剣を武器にしている七緒ちゃんも同じ意見か。これ、剣を使っている人は皆同じことを考えるんじゃねぇかな。
下着の数を揃えるのも大変そうなのに、武器まで用意しなくちゃならない可能性があるのか。これ明らかに手が回らなくなるだろ。
デスマーチが始まりかねないのではと怖気づいている俺に、ミライさんは笑いながら言った。
「ホムンクルスの研究もしなくちゃいけないのだし、両方に手を出すと大変でしょ? とりあえずは小畑会メンバーの女性用の下着を用意しましょう。今はそれで我慢してもらうわ」
「そうですね。それならまぁなんとか……」
ん? あ、作るのは女性用が先なのね?
……まぁいいか。忙しくなるのも本当だし。もしバレてもミライさんに脅されたんです、で通せばいい。素材も採ってきてもらってるし、この人に逆らうなんてとてもとても。
「でも、ちょっと野暮ったいわね。もう少しデザインはなんとかならないかしら?」
「いや、フリーサイズの物ですし。そもそも女性用の下着に詳しくないのでそこは見逃してくださいよ」
男に下着のデザインまで求めるのはムリがあるだろ。
「なるほど。つまり見本があればいいのね?」
ミライさんは頷くと、そのまま背中に手を伸ばした。
何をするのかと思いきや、ミライさんは服の隙間に手を突っ込み、ズボッと引きぬく。その手には真っ赤で装飾の派手なブラジャーが握られていた。
……マジかこの女。
俺は思わず真顔で固まる。川辺に伊波も同様。七緒ちゃんとチヨちゃんは顔を真っ赤に染めてアワアワとしながら声が出ず、拝賀君はいつの間にかミライさんに背を向けていた。素晴らしい危機察知能力だ。
そして俺達の注目には気にも止めず、ミライさんはそのまま腰元に手をかけた。
――いや待て待て待て待て。隠せ。隠しなさい。隠してください。っていうかこの場で脱ぐな!!
俺の願いも虚しくミライさんは下着を脱ぎ、またパンツを履き直す。そして脱いだそれらを俺に手渡した。
「はい。それじゃあ私にはこれと似たような感じで作ってくれる? あ、色は黒でもいいわよ」
「……分かりました」
俺は体温が残った下着を受け取り、そう答えることしか出来なかった。
どうしてくれるんだよ。いろいろ見えちゃったじゃねぇかよ。すっげぇショックなんだが……。
「それじゃあこれ以上は邪魔になっちゃうだろうし、今日はこれで帰るわね。〈美肌薬〉の調子を確かめたらまた来るわ。次はホムンクルスを見れることを楽しみにしてるわね?」
「それでは僕も運転があるのでここでお暇します。その、事故だと思って忘れたほうがいいかと。それでは」
ノーパンノーブラのミライさんと拝賀君はそう言って、車に乗って颯爽と帰っていった。
俺は生暖かい下着を手にしながら、それを見届けることしかできなかった。
同じくそれを見送っていた川辺が、ポツリと呟く。
「なんというか、災難だったな」
「人は驚きすぎると固まるというのを、身をもって味わったね。まさかセクシー〇マンドーの使い手が存在していたとは……」
「すまん。ちょっと冗談に乗る気力もねぇわ」
あまりにもショッキングな映像すぎてな……。
なのに七緒ちゃんとチヨちゃんは、ジトッとした疑いの目を向けてくる。
「そんなこと言って、本当は嬉しかったりするんじゃないですか?」
「ガン見でしたよね?」
「ガン見だったよ。でも違うから。恐ろしい物を見て逆に目が離せなかったやつだから」
蛇に睨まれた蛙とか。ライオンを前にしたウサギとか、そんな感じ。
あまりの衝撃で思考が真っ白になっていただけなんだ、マジで。
「やっぱりね、照れが重要なのよ、照れが。女の子が恥ずかしいって思いながら脱ぐから、可愛く見えるし、こっちも見たくなるわけ。それがないとむしろ恐怖体験でしかないから」
俺、今なら戦場〇原さんの裸を見ちゃった阿良〇木君の気持ちが分かる気がする。
いくら美人でスタイルが良いからって、あんな真似されたらな。四十のおばさんが何かやってるとしか思えんかった。
初めて間近で見た女性の素肌があれって、結構ショックだ……。
「二人はあんな風になっちゃ駄目だよ。羞恥心は持ち続けてほしい」
「わざわざ言われなくてもなりませんよっ!」
「あんな風になれる自信はないです……」
そうは言っても、人は変わるからな。君たちが本当に今の可愛いままでいてくれることを願う。頼むからあんな恥を知らぬ妖怪みたいにはならんでくれ。
♦ ♦
【探索のヒント! その三十一】
〈レッサーオーク〉
皆よく知るオークの下等種。豚の頭を持つ二足歩行の獣人。
動きこそ鈍いものの、その腕力には低レベルでは抜きんでている物がある。知性は高くない物の、それが逆に戦闘においては功をなす。高い腕力を活かした貪欲な連続攻撃は単純ながら強力であり、馬鹿だからこそ、それしかやらないということが何よりの脅威となっている。
森のフィールドといった獣系の魔物が多いダンジョンの一階層から出現し、多くの低レベル探索者を屠っている。
〈渋谷ダンジョン〉といった初心者ダンジョンで自信を付けた自称中級者が、他のダンジョンに挑戦した際、このレッサーオークにあっさりやられる、というのはたまによくある話。
このような凶悪な性能を持つ魔物だが、その肉は国産の高級豚肉と同等であり、見た目のハードルさえ乗り切れば食料として有用である。探索者の中には積極的に狩って己の食料に回している者も居る。当然、市場での需要も高い。
食糧危機を迎えつつある現代の日本において、豚肉に変わる食材としての期待が持たれている魔物でもある。
ゴブリンと並び、多くの創作物において人間を襲い、攫っては犯すエログロ担当。幸いこの世界においては人間を生殖対象と見ていないのか、そのような事件はまだ起きていない。
ただし戦闘に負けた場合、人間を生きたまま、あるいは死体を縄張りまで運ぶ習性があることは確認されている。知らせを受け高レベル探索者、あるいは自衛隊による救助隊を派遣するが、助かった者は少ない。
攫われた者は大抵、衣服や装備、そして骨だけしか残らないからである。
人間がオークを食料として見ている者がいるように、一部の魔物にとってもまた同じ。狩るのならば、狩られる覚悟を持たなければならない。
オークを積極的に狩ろうとする者は、そのダンジョンにおいて直近で死者、あるいは行方不明者が居ないかを必ず確認するが、その理由は語るまでもない。




