第63話 勧誘⑤
「なぁ、拝賀。本当に良かったのか?」
楓太に勧誘という名の脅しをかけた翌日。
拝賀は仲間と共に、渋谷ダンジョンの七階層にある森を探索していた。
仲間の不安そうな声に、拝賀は小さく笑う。
「心配症だなお前も。大丈夫だ。あの人は完全に俺にビビっていた。必ず仲間になってくれるよ」
「そうは言ってもなぁ……」
拝賀がそう言っても、仲間の不安は晴れない。それどころか、一層不安が大きくなる。
「あの人が〈錬金術師〉だっていうなら、絶対他の探索者とも繋がりがあるだろ。普通に考えたらそっちに助けを求めるんじゃねぇの?」
「だよな。それこそトップレベルの奴らとも付き合いがありそうだ」
「脅すにしても性急だったんじゃないか? それこそダンジョン内で脅して断れない状況にしてからの方が良かったんじゃ?」
「それは無理だ。実際コイツには悪人でもない相手を殺す度胸なんて無いもん。でも時間を与えたのはやっぱり不味かったよな」
「悪人になり切れない小心者の悪いところが出ちゃったな。やるなら徹底しないと……」
「うるさいな! 少しは俺を信用しろよ!」
拝賀の訴えに、五人の仲間はなんとも言えない表情を作った。
「だってお前、あの小畑さんって人がビビってたって、それお前がそう感じてるだけじゃん」
「調子が良いと思ったらポカやらかす奴を信用しろと言われてもな」
「まぁなんだかんだお前のおかげでここまでやれてるし、だからこそ俺たちもついてきてるけど」
「流石に今回は勇み足がすぎるというか、無謀すぎるというか」
「悠長にしてたら計画が台無しだったろうが! たった一度の遠征であれだけレベルを上げるんだぞ! 付き合いのある奴らに話してしまう可能性があるだろ! あのタイミングで声をかけるしかなかったんだ! せっかくの計画が台無しになっても良いのか!?」
「それもなぁ……」
五人の仲間達はお互いの顔を見回し、口々に続ける。
「俺たち別に、今のままで不満ないしな」
「それこそ最近は拝賀のおかげで順調にレベルも上がってるし。このままでも上位にはいけそうだし」
「今でも稼ぎでいったらすげぇ稼げてるしな」
「上を目指したくない訳じゃないけど正直、天辺取りたいとは思ってないし」
「それよりも敵を増やすリスクの方がよっぽど怖いよな」
「向上心の欠片もない奴らめ……ッ!」
ここまで自分をリーダーとして、ついてきてくれたメンバーだ。なんだかんだと感謝はしている。しかしこの野心のなさは頂けない。満足した瞬間から停滞の始まりだというのに!
この点が無ければ本当に良い仲間なのにと、拝賀は心中の不満を抑えながら説得にかかる。
「もう行動に移した以上、やるしかないんだ。今更ウダウダ言うな。この計画が成就した時、俺たちは探索者の頂点に立つ。だからそれまでは本気で――」
「いや〜……どこまで頑張るかは人それぞれだよ〜……身の程を弁えて程々で満足するのも〜……賢い選択だと思うな〜……」
すぐ後ろから聞こえた声に、拝賀は一瞬頭が真っ白になり、バッと慌てて振り返った。
そこには、小柄な女がニコニコとしながら自分達を見ていた。
「あ、アキラさん。お久しぶりですね。いつからそこに?」
「君達が〜……この森に入った時からだよ〜……」
「はっ、はははっ、そうですか。もっと早く声をかけてくれれば良かったのに」
確かに集中していたとは言いづらい。たが、ダンジョン内での探索中【気配察知】は常時発動している。
いくら【隠蔽】を発動されても、流石にこの距離であれば拝賀も気付ける。それでも声を掛けられるまで気づかなかったのは――
「流石〈暗殺者〉といったところですか。気配が全く分かりませんでした」
「フッフ~ン……凄いでしょ〜……!」
〈斥候〉からより対人、殺人に特化したジョブ――〈暗殺者〉。
【対人補正】のかかった【隠蔽】は、同じ斥候職の【気配察知】すら掻い潜る。
明らかに格上の実力に、拝賀は背筋に走る寒気を堪えて尋ねた。
「それで、わざわざこんな真似までしてどうしたんです? 用があるなら普通に話しかけて欲しかったものですけど」
「それはね〜……楓太君に手を出そうとするお調子者を〜……懲らしめに来たんだよ〜……」
――あのオッサン! チクリやがった!
ピキリとこめかみに筋を浮かせ、拝賀は心の中で楓太を罵倒した。
媚びた態度で仲間を説得するとか言っておいてこれか!? 騙しやがって! 次に会ったら後悔させてやる!
とはいえ、それも無事にこの人から逃げられた時の話。今は怒りを抑え、口八丁で誤魔化すしかない。
「楓太、とは誰のことですか? 生憎と聞き覚えのある名前では――」
「森に入った時から見てた〜って……言ったよね〜……? 楓太君の話をしていたのも聞いてたよ〜……?」
ぐっ、と拝賀は息を呑み、小さく息を吐いて冷静さを取り戻した。
口では誤魔化しようがない。ならば、もう手段は一つしかない。
明らかに変わった拝賀の空気に、アキラは面白そうな目を向ける。
そんな彼女に、拝賀は冷たく言った。
「アキラさん。正直、同じ斥候職として尊敬せずにはいられません。でも流石に舐めすぎですよ。たった一人で来ておきながら、こうして姿を現すなんて。驕りが過ぎる」
「あははは〜……言うようになったね~……でも、いつ私が一人だって言った〜……?」
なに? と拝賀が声を漏らした時、ガサリとアキラの背後の茂みが揺れた。
茂みの中からヌッと現れたのは、本気の装備を身につけたタケ。そして真帆だった。
「よぉ、拝賀。久しぶりだな」
「やっほー。元気だった?」
「タケさん。それに真帆さんまで……ッ!」
「ダメだよ拝賀君〜……いくら私が気になるからって、周辺の警戒を怠ったら〜……〈斥候〉失格だよ〜?」
ニヤニヤと笑うアキラに、ヒクリと拝賀は頬を引き攣らせる。
が、なんとか笑みをつくり、伺うようにタケを見た。
「これはこれは。〈武熊〉の三人が揃い踏みで。わざわざ僕達の為に集まって貰うなんて、光栄ですね」
そして、拝賀はさりげなく【鑑定】を発動させる。
【鑑定】
名称:郷田武
性別:男
年齢 :三十五
レベル:32
レベル30代。やはり高い。だが、やってやれない相手では――
「あっ。お前、今【鑑定】したろ? 見抜かれたようだが、俺も不快感があったぞ」
「ぐっ――!」
指摘され、拝賀は苦い表情を作った。
タケは納得したような顔を見せる。
「なるほど。楓太とは大違いだな。所詮は紛い物か」
「紛い物……? 心外ですねっ。確かに正規のルートではないかもしれません。ですがこれは紛れもない僕達の探索の成果です。決して紛い物なんかではない!」
「いや、そういう意味じゃなくてな。本当に哀れな……」
なぜか同情的な目で見られ、拝賀の怒りが掻き立てられる。いつまでも下だと思うなという反抗心が恐れを上回った。
だが、仲間達はそうではなかったようだ。
「おっ、おい、拝賀っ! まずいって……ッ!」
「タケさん達は俺らより格上だ! ここは素直に謝ろう! なっ!?」
「――馬鹿野郎! もう遅いんだよ! 既に俺達の方から仕掛けてるんだぞ! この人達はもうやる気だ!」
拝賀の言葉に、仲間はギョッとしてタケを見る。
それを肯定するかのように、タケは剣と盾を構えた。
「そ、そんな……嘘だろ?」
「俺達がタケさんに勝てるわけが……」
「勝てる! 相手のレベルは32! 格上だが、戦えないわけじゃない! 三対六で人数もこっちが有利だ! 覚悟を決めろ!」
既に戦意を失いつつある仲間とは違い、拝賀はまだ折れていなかった。それは、彼だけは助かるという確信があるからだ。
三対六とはいえ、勝率は低いかもしれない。だが、俺一人ならいくらでも逃げられる。最悪こいつらを囮にして、あのオッサンを人質に取れば――
「あー、拝賀。気合い入れてるところ悪いが、俺達だけだなんて誰が言った?」
「な、なに?」
「拝賀君~……さっきも言ったでしょ〜……私達だけに集中してちゃダメだよ〜……?」
「まさか……ッ!? えっ――ちょっ、はぁ!? なんだこれ!?」
「お、おいっ! 拝賀! 何があった――」
仲間の問いかけに拝賀が応える前に、その理由が判明した。
ガサッ、ガサッ、ガサッ、と。あちこちの茂みや木の陰から、次々に見覚えのある探索者達が現れたのだ。
拝賀は顔をサーッと青くしながら、その者達を見て呟き続ける。
「〈蛮族〉の斧田さん。〈不動戦士団〉の世永さん。〈百花繚乱〉のミライさんに〈孤高マタギ〉の天城さん。〈真剣愛好家〉、〈エンジョイクラブ〉、〈深淵魔術師会〉、〈筋肉至上主義〉、〈ホワイトカラー〉、〈トラベルダンジョ――いや多い多い多い!!!! 俺ら如きを相手に何人で来てんだ!?!? イジメかよ!!!!」
タケに匹敵する上位探索者に囲まれ、拝賀はやけくそになって叫んだ。
そりゃそうだ、と。囲んだ小畑会の面々でさえそう思った。
「なっ、なぜ……ッ! どうしてこれだけの探索者が……ッ!?」
「そりゃあオメー、うちのボスを脅したから決まってるだろ。そのボスから逃げることだけは上手いから気を付けろって指示されればこうなるわ」
「ボ、ボスって……まさか小畑さん? こ、これだけの探索者と繋がり……いや、支配下に置いているのか?」
あっさりとトシに言われ、拝賀は気づいた。
もしそれが事実だとすれば。あんなオッサンが、自分が目指していた以上のことを既に――!?
「いや、それだけじゃない! いくらなんでも厳重すぎる! 逃がさない為って、こんなの俺の能力を知ってなければ……ッ!」
「ふふっ。楓太君は貴方の全てを見切っていたわよ」
「――バカな! 一体どこまで見えているんだ!?」
確実に、自分以上のものが見えている。
それを察し、拝賀は動揺して声を荒げた。
もし俺の能力すら見抜いていたとするならば、あのカラオケの時点から、あのオッサンの掌の上で踊らされていたことに……ッ!
楓太の底知れぬ力に驚愕する拝賀に、タケは普段通りの口調で伝えた。
「拝賀。楓太から一つ伝言だ。〝自分だけが特別な人間だと思わない方がいいですよ? その驕りが取り返しのつかない事態を呼ぶことになることもありますから〟だそうだ」
「――ッ! その言葉は……ッ!」
ギリッ、と拝賀は歯を鳴らすが、何も言い返せなかった。
自分が言った言葉通り、まさしく今この状況に追い込まれているのだから。
「あと〝これが大人のやり方だ〟とも言ってたぞ」
「〝仕留める時は一撃で〟とも言っていたわね」
「〝獲物を前に舌なめずりは三りゅ――」
「一つじゃねぇじゃん!! どんだけ勝ち誇ってんだよあのオッサン!!」
なんだかんだ、よっぽど悔しく思っていたのだろう。いくつも伝言を残したあたりでそれが伝わってくる。なんて器の小さい男だ。
そんな男に出し抜かれたのかとも思うが、この状況では勝ち目がない。勝ち目云々というか、見逃してもらうことを考えるレベルだ。というかマジでこれただの虐めじゃ――
「拝賀君。ここまでにしよう」
「――ッ! マサ君……」
スッと前に出てきたマサを見て、拝賀は呆然と呟いた。
マサは労わるような表情を作り、続ける。
「今ここに居る人達だけじゃない。更に外側を、一流の斥候職の人達で囲んでいる。いくら拝賀君のスキルでも逃げられないよ」
「――ッ! 俺のスキルまで……!」
「実を言うとね、君を排除しようという声の方が多かったんだよ。でも他でもない小畑さんが、殺すのは可哀そうだからそれは無しだと言ってくれたんだ。今こうしてまだ君が生きているのは、小畑さんの温情なんだよ」
「あの人が……」
事実を知らされ、拝賀は目を丸くした。そして敵対の意志が収まりつつあった。
良いように操られて怒りを覚えた。しかし拝賀は元々、よりリスクの小さい選択を取る小賢しい男。恨めしい思いはあれど、絶体絶命のこの状況を作りながら殺したくないという温情を見せられては、生存の方へと意識が傾いた。
「拝賀! 素直に謝ろう! 俺達が悪いんだしよ!」
「ここまで優しくしてくれるなんて普通有り得ねぇぞ! 負けを認めようぜ! なっ!?」
元々乗り気ではない仲間達は、下ることにはなんら抵抗はない。そしてこの状況から逃げる術も浮かばない。
自分がやろうとしていたことを、より早く、より大規模にやっている男だ。これだけ甘い対応をするなら、きっと今から仲間になれば美味い汁を吸える。ならば言う通りにしてもいいか。
「拝賀君。僕も君を殺したくない。小畑さんの仲間として、一緒にやっていかないか? 君が仲間になってくれたら、とても頼りになる」
野心よりも、打算の方が上回りつつあった。
降伏もいいかと考えていた拝賀を再び燃え上がらせたのは、そんなマサの暖かい笑みと言葉だった。
「……情けをかけたつもりか」
「え?」
「余裕を見せてるつもりかよ! お前はいつもいつもそうやって! あっさりと俺よりも結果を出して! こっちの気持ちなんか知らず、へらへら笑いかけて! 挙句の果ての俺を助けたつもりか!? ふざけんな! お前と仲間になるくらいなら戦って死んでやる!」
「え!? は、拝賀君、何で……どうしてそこまで……?」
「うわ、最悪。せっかくオチるところだったのに」
「優秀で性格が良すぎるのも考え物よね。ライバルとすら見られないことが、どれだけの屈辱かも分かっていないのだから」
「そういうところが鼻につくんだよなぁ。そりゃ拝賀もムキになるって」
「あんなに分かりやすい姿もないだろうに。人の心ないんかお前?」
「どうして僕が責められなきゃいけないんですかね!? 会の中で唯一、拝賀君の助命を願ったんですけど!?」
「そうやって恩を売るつもりか!? いつお前なんかに誰が助けを求めた! お前に助けられるくらいなら俺はここで戦って死ぬ!」
「まぁまぁ待て待て。そうヤケになるな」
もうこれ戦う空気じゃないな。そう判断したタケは、拝賀を宥めつつ〈呪術師〉の〈契約書〉差し出した。
「いろいろと思う所もあるだろうが、まずはこれにサインをして話を聞け。そして納得したら俺らの仲間に入ればいい。それでも仲間になりたくないってんならしょうがねぇ。楓太に手を出さない限りは見逃してやるから。なっ?」
「……とりあえず話を聞くだけですよ。タケさんがそこまで言うから、仕方なくです」
引くに引けなくなっていたところで顔を立ててくれたタケに感謝しつつ、拝賀は契約書を受け取った。
こうして、小畑会は便利なパシリを手に入れた。
♦ ♦
【探索のヒント! その二十九】
〈忍者〉
影に忍び、影に生きる者。
〈斥候〉系のジョブを取得した後、〈魔術師〉系のジョブを取得。両者の実力を磨き上げ、統合されることで習得できる上位ジョブの一つ。
〈斥候〉の上位互換とも言えるステータスに加え、【魔術】から派生した忍術各種を操る。特に【遁術】は【魔術】と同様自然現象を操るスキルであり、その発動速度、操作性は【魔術】の上を行く。が、そちらの方へ能力を伸ばしている分、純粋な火力という点においては【魔術】に劣る欠点もある。
とはいえ、では弱くなったのかといわれるとそうではない。
操作性の増した【遁術】は逃走に使うだけではなく、近中距離からの速度重視の【魔術】として使える。
また、【身代わりの術】を利用した疑似【挑発】。【隠れ身の術】、【影潜り】からの【影討ち】コンボによる一撃は瞬間火力において戦士タイプの前衛を上回る。
仲間の蔭に隠れながら【毒術】による毒付与の攻撃は、ジワジワと敵を削り味方を優位に運び、常に安全圏を確保しながら味方の援護をしつつ、時に致命となる一撃を加えることも可能と、遊撃アタッカーとして凶悪な性能を持つ。
これほどの性能を持つだけあって、この〈忍者〉を目指そうとする斥候職は多い。が、そのほとんどが〈忍者〉の取得に至っていない。
〈忍者〉という職の本来の性質上、たった一人、あるいは少人数で敵地に潜入して活動することになる。そして敵に見つかれば己を助ける者はいない。口を閉ざして死ぬこともまた、忍びの責務である。
ゆえに〈忍者〉というジョブを得る心理的条件として、たった一人で敵に囲まれた絶体絶命の状況だろうと、必ず生き残ろうとする意志が必要とされる。
〈忍者〉のジョブを目指す者のほとんどが、その高い性能で華々しく闘うことに憧れての物である。にも関わらずその真逆とも言える性質こそが〈忍者〉の必須資格というのは、なんとも皮肉な話といえよう。




