第131話 どっちもどっち
世永さん達を先頭に、俺達はどんどん屋敷を進んで行く。
その間に何度も魔物達と遭遇したが、全く苦にすることなく、世永さん達は鎧袖一触とばかりに薙ぎ払っていた。
【種族進化】に至るほどレベルを上げ、対悪魔戦に特化した今の世永さん達にとって、この屋敷の雑魚では敵にすらならないらしい。
むしろ襲ってくる敵が可哀そうになるほどの圧倒的な戦力差だ。
遭遇した魔物達を蹴散らしながら、見つけた部屋の中に入り、香炉を見付けたら叩き割る。そしてまた次の部屋に。それは止まることなく、もはや流れ作業と化していた。
これ以上なく順調に進んでいる。このまま世永さん達に任せれば問題ないだろう。
だというのに、進めば進むほど、世永さん達の表情は苦いものになっていた。
なんというか、凄く面倒そうな顔つきというか……。
「あの、世永さん。さっきから顔が固いですけど、何かあるんですか?」
「んん~、まだ分からんが、もしかしたら厄介なタイプの屋敷かもしれんと思ってな」
え? なにそれ。そんなケースがあるの?
まさか探索中止ということにはならないよな? 俺の頭はもうマダムでいっぱいなんだが?
「それってどういう意味です? 何か問題があるなら教えて欲しいんですけど」
「もちろんだ。だがそれは、この部屋を掃除した後にしようか」
そう言って、世永さんは近くにあった扉のドアノブに手をかける。
まぁ廊下で立ち話をするより、安全確保した部屋で話した方がいいか。
中に入れば、そこは寝室のようだった。
キングサイズのベッドが中央に置かれ、部屋の隅にはお洒落な調度品が並ぶ、品を感じる部屋だ。
ベッドの枕元にはサキュバスの香炉が焚かれ、ピンク色の怪しい煙を立ち昇らせている。
そしてそのキングサイズのベッドには、三体のサキュバスが艶めかしいポーズで、微熱で浮かされたような眼差しを俺達に向けていた。
『――一緒に遊びましょう?』
「「「はぁあああああああいっ!」」」
「あっさり引っかかるな」
飛び出そうとする俺達を、世永さん達が襟首を掴んで捕まえる。
そこでようやく、俺達はハッと我に返った。
「バカな。【魅了】耐性の装備を積んでいるというのに……ッ!」
「オレと伊波は【精神耐性】まで持っているんだぞ? だというのにこれか……ッ!?」
「装備と耐性すら貫くほどの【魅了】……! これがサキュバス……! なんて恐ろしいんだ……ッ!」
「いや、お前ら自分から引っかかりにいってるだろ? スキル云々以前に、女に弱すぎる」
べ、別に引っかかりに行ってる訳じゃないですよ?
ただ、魅力的過ぎて思わず抵抗を忘れてしまうだけで。
自覚があるだけに、俺達は何も言えなかった。七緒ちゃんとチヨちゃんのジト目が痛かった。
『キッ――キィアアアアアアアッ!』
「ふっ。また良い女が死ぬことになるか。許せよ……」
そして当然のように、サキュバス達は奇声を上げて世永さんに襲い掛かる。
世永さんは寂し気な目をしながら、それを迎え打っていた。
悲しみは隠し切れないが、それでも世永さんが苦戦することはありえない。
適当にあしらいながら、取り回しの良いメイスの一撃を叩きこんでいく。もはや流れ作業のそれに、俺達は戦場とは思えないほど呑気な顔で観察していた。
「さすがだ。やっぱり世永さんがいればこの屋敷では安心だな」
「そうですね。楓太さん達がサキュバスに誘惑されなければ大丈夫でしょうね」
ぐっ、七緒ちゃんめっ。またチクチクと言いやがって……。
事実だから何も言い返せないけどさぁ!
「サキュバスの色気はヤバいんだって! 分かっていても体が動いちゃうんだよっ!」
「それがおかしいですよ。そういう魔物だって分かってるのに、なんで引っかかるんですか」
「さすがにスケベ過ぎるのはよくないと思います……」
くそっ、チヨちゃんまでそんなことを。
俺達だって好きで引っかかってる訳じゃないのにっ!
ぐぬぬっ、と俺達は唸り声を上げる。
言われっぱなしで悔しかったのか、負け惜しみのように川辺は言った。
「七緒ちゃん達は女だからそんな簡単に言えんだよ。慣れている世永さん達はともかく、男だったら誰だってオレ達みたいになるぜ?」
「その通りだ。僕達をバカにしたことを後悔するんだね。インキュバスに引っかかったら盛大に笑ってあげるよ」
「フフッ、お生憎様ですが、私は皆さんと違って冷静に対処できますので」
絶対にあり得ないというように、伊波の言葉を七緒ちゃんは鼻で笑う。
この女……インキュバスに引っかかっても絶対に助けてやらな――ッ!?
「七緒ちゃん!」
「えっ? ――きゃあ!?」
開けていた扉から、人影がスッと入り込んでくるのが偶然見えた。
マルの警戒すら潜り抜けるほどの巧みな気配断ち。まるで暗殺者のようなそれにギリギリまで気づかず、俺が声を上げた時には、その人影は七緒ちゃんの手を引っ張っていた。
一見乱暴な扱いに見えるが、それは女性が傷つかないギリギリの力加減だ。
腕を引っ張られた七緒ちゃんは、そのまま近くの壁に軽く押し付けられる。
そこまで行ったところで、襲撃者の姿をはっきりと観察できた。
スラッとした体格に、俺が見上げるほどの長身。端正な顔立ちの中に見える、野性的な表情。金髪をかき上げて後ろに流し、どこか危うい雰囲気を持っている。
下半身は黒いパンツを履いているような肌で、上半身は裸。細身ながらも、引き締まった筋肉が雄を感じさせる。
【鑑定】するまでもない。女なら誰が見ても美形と感じる魅力を持った魔物、〈インキュバス〉。
女の天敵でもあり、男にとっても天敵とも言える魔物が、七緒ちゃんを壁に押し付けていた。
つうかイケメン過ぎてムカつくんだが。
やっていることは普通に暴行なのにな。美男子と美女がやるだけで絵になるのは何なんだろうか。
「――ッ! このっ、離れな――」
――ドンッ!
気丈にも突き飛ばそうとする七緒ちゃんの行動を封じるかのように、インキュバスは七緒ちゃんの顔の横に手を突き立てた。いわゆる壁ドンである。
「えっ? あっ、あの……」
一部の女子にとっては憧れのシチュエーション。当然、オトメゲーを嗜む七緒ちゃんが知らないはずがない。
強気の表情はどこへやら。ほんの少しの怯えと期待が混じった顔で、七緒ちゃんはインキュバスを見上げる。
そんな七緒ちゃんに、インキュバスは不敵な笑みを見せ、グッと顔を寄せて囁いた。
「いいな、お前。俺の物になれよ」
「あっ……」
インキュバスはクイッと七緒ちゃんの顎を持ち上げる。
今度は顎クイか。畳みかけてきやがるな。
七緒ちゃんは美形なインキュバスの顎クイで、弱々し気な声を漏らすと、頬を赤く染めていた。
完全にメスの顔になっとるやんけ……。
そしてそのまま、熱い口づけが交わされる――その寸前で、七緒ちゃんはハッと正気を取り戻し、バチンとインキュバスの頬を引っ叩いた。
「き、気安く触らないでっ! 私はそんな安い女じゃありませんっ!」
おお、まさかあそこから反発できるとは。
復帰できたのは見事と言いたい所だけど、その口調が丁寧なあたりにまだ未練を感じるな。
拒絶しきれてないというか、落ちかけというか。
インキュバスはゆっくりと自分の頬から唇を掌でなぞり、その手に付いた血をまじまじと見つめる。どうやら今のビンタで唇を切ったようだ。
さすがに手を出されては、インキュバスも魔物の本性を表すか。そう思ったが、インキュバスの行動は予想の上を行った。
指に付いた血を眺め、フッと愉快そうに笑って、また七緒ちゃんを見る。その表情は敵意ではなく、より興味深そうな――
「へっ、面白ぇおんナ゛――ッ!?」
しかし、インキュバスはそれ以上の言葉を続けることができなかった。
サキュバスを全て仕留めた世永さんによって、グチャッ! と頭を潰されたからだ。
突然の事態に固まる七緒ちゃん。
世永さんはごみを見るかのような目でインキュバスを見下ろしながら、吐き捨てるかのように言う。
「ったく、女を食い物にするゴミが。油断も隙もない。七緒ちゃん、大丈夫か?」
「えっ。……あっ、はい。大丈夫です」
「おう、ならいいんだが、気をしっかり持てよ。油断すると本当に落とされるぞ?」
「えっ、ええ。そうですね。……危なかった。オラオラ系男子で良かった。これが王子様系だったら間違いなく死んでた」
自分が危ない目に合ったのだと自覚したのだろう。ドキドキと高鳴る心臓を抑え、七緒ちゃんは心底ほっとした顔をする。
そんな七緒ちゃんを、俺達は白けた目で見ていた。
それに気づいたのだろう。七緒ちゃんはハッした顔をすると、威勢の良い声を上げた。
「な、なんですかその目!? 何か言いたいことでも!?」
「別に。ただよくもまぁそのザマで人のこと言えるよねって思って」
「そのザマって何!? 急にあんな目に合わされたら少しくらいは動揺するでしょ!? 絶対楓太さん達よりはマシだし!」
「おい、あんなこと言ってるんだけど、どう思う?」
「いや、さすがに無理があると思うぜ」
「完全にメス顔を晒していたからね。世永さんが助けてくれなかったらどうなっていたことか……」
「メス顔とか言うなっ! 絶対そんな顔してないからっ!」
見苦しい言い訳をする七緒ちゃんに、川辺と伊波は顔を見合わせる。
そして何を思ったのか、川辺が伊波の腕を取り、壁ドンするように手を伊波の顔の横に伸ばした。
「あんっ。な、なんですか急に……(裏声)」
「へっ。良いな、お前。オレの物になれよ」
「きっ、気安く触らないでっ!(裏声) 私はそんな安い女じゃありませんっ!(裏声)」
「ふっ、面白ぇ女だ。ますます気に入ったぜ」
「何それ嫌がらせのつもり!? 全然似てないからっ!」
七海七緒(役:伊波)インキュバス(役:川辺)の見事な原作再現。なのに七緒ちゃんはブチギレだった。どうやら気に食わないご様子。
「クオリティ高いと思うけどなぁ。ねぇチヨちゃん?」
「そうですね~。特に川辺さんに顎クイで迫られて頬を染めるあたり、伊波さんの芸が細かいと思います!」
「チヨ……ッ! あんたいい加減にしなさいよっ……ッ! 姉を助けようとか思わないわけ!?」
「でも、インキュバスに迫られて喜んでいたのは事実だし……」
「喜んでないっ! というかアンタだって私と同じ立場になったらああなるからね!? 好き勝手言えるのも今のうちだから!」
「悪いけど、私はお姉ちゃんと違って一途なんだよね」
「私が尻軽みたいに言うな! 私だって本命以外に興味ないわよ!」
いや、現実にオトメゲーを嗜むような子がその発言は正直怪しい。
中々激しい姉妹喧嘩から目を逸らし、世永さん達を見る。
すると、世永さん達はそれぞれが部屋を探りながら、何かを探しているようだった。
ベッドの下をのぞき込んだり、枕をひっくり返してシーツを剥がしたり、調度品を弄ったり。
部屋のあらゆるものを調べたようだが、お目当ての物は見つからなかったらしい。
「駄目だな。どこにもない」
「ああ、ここまで探して何もないとなると、いよいよハズレかもしれないな」
「うーん。小畑さんの最初の嫁となる存在だ。できれば極上のマダムを渡してやりたいところだが……」
世永さんのメンバー全員が、難しい顔で話し合っている。
察するに、俺の為に悩んでいてくれているようだが、結局一体何なのかさっぱり分からん。
「すみません、さっきから何をやっているんですか? さっき世永さんが悩んでいた内容のことですかね? というか、ハズレというのは?」
「ああ、すまんな。結論から言うと、このままだとマダムの元まで辿りつけない可能性が出てきたんだ」
えっ? 何それどういうこと!?
俺のマダムが手に入らないとか大事件なんだけど!
内心焦りまくっている俺を落ち着かせるような声で、世永さんは続ける。
「マダムの部屋にかかっている封印術は覚えているだろ? あれは屋敷内のどこかに結界の起点があって、それを破壊すれば封印術が解けるっていうのがお決まりのパターンなんだよ」
「ああ、なるほど。ってことは、今探していたのはそれか」
ギミックとしては分かりやすいやつだな。で、それが見つからないから悩んでいたと。
「ん? それじゃあハズレっていうのは?」
「起点を破壊したいのに、その起点がどこにもない。たまにそういうケースがあるんだよ。こればかりは完全に運だからな……」
なにそれ!? 最初からどうにもならんってこと!?
そんな理不尽なことある!? 縁日の絶対に取れない高額景品でもあるまいし!
「それ、間違いないんですか? 見落としがあったから進めないってことじゃなく?」
「もちろんその可能性はないとは言えないが、今までにも隅々まで探して、結局見つからなかったことはいくらでもあるからな。それに俺達以外のパーティも、そういう結論になっているし」
「アタリの時は、ここまで探索すれば既に一個か二個は起点が見つかるもんなんだよ。それなのに一個もそれらしき陰すら見当たらないとなると、正直期待しない方がいいと思うぜ」
世永さん達は申し訳なさそうにしながらも、俺の希望を潰してくる。
マジかよ。もうすっかり特別製のサキュバスが手に入ると思って、完全にその気になっているのに。
「今更マダムを我慢しろだなんて無理だよ……」
「別にいいんじゃね? ただのサキュバスでもめっちゃ美人だし、上位種のサキュバスなら十分だろ」
「そうそう。高望みしすぎるのはどうかと思うよ。まぁ見てみたいとは思うけどね」
こいつら……ッ! 自分の嫁になる訳じゃないからって適当なことを……ッ!
記念すべき最初の嫁なんだから、妥協できるわけねぇだろうが!
そんな二人の意見に頷きつつも、世永さんは続ける。
「確かに、最悪小畑さんには妥協してもらうことになる。だが、今回は本気で探索をしてもいいと思うんだよ。俺達では無理でも、小畑さんなら見つけられるかもしれないだろ?」
「え? いや、世永さん達が駄目なのに俺に見つかるとは……」
「お前、自分の能力忘れたん?」
「え? ――ああ!【鑑定】で探せってことか!?」
「なぜ言われないと気づけないんだい……」
いや、それはほら、先入観というか、実力差というか……。
ともかく、それなら確かに俺の出番だ! 隅から隅まで探せば――ッ!
「……特に変わった物はないみたいですね」
「そうか。まぁいきなり見つかるとも思ってないさ。次の部屋に行こう。そのうち何か見つかるかもしれん」
「そうですね。七緒ちゃん、チヨちゃん。いつまでも下らない争いをしてないで行くよ」
「下らなくないです! 姉としての威厳がかかってますから!」
「そんなのとっくに失くなってるでしょ! まだ残ってるだなんて勘違いしているのお姉ちゃんだけだよ!」
不毛な姉妹喧嘩をやんわりと止め、俺達はさらに探索を続ける。
広い食堂、客室、物置。いろんな部屋を探すが、【鑑定】で見ても特に特別な物はなかった。
【鑑定】で隠された物が見つかる。十分あり得そうな話だと思ったが、やはりそう上手い話はないのか。
探索で唯一役に立てる時が来たと思ったんだが……。
消沈しながらまた次の部屋に入ってみると、そこはどうやら書斎のようだった。
壁に大きな本棚が並び、分厚い本がびっしりと並べられている。
何語なのかは分からないが、なにやら難しそうな本だ。
こんな物をサキュバスが読むのか?
エロイことしか考えてないような魔物にそんな知性があるとは思えない。ただのインテリア代わりかな?
数えきれないほどの本の数々を見回し、川辺は感嘆の声を上げた。
「ほー、雰囲気ある部屋だな。なんか頭良さそう」
「その発言が既に頭悪そうだよね。だけど、本に屋敷のギミックに関わるヒントが隠れてる、とかはありそう」
あっ、確かに伊波の言う通りだな。ゲームではよくあるパターン。これは集中して調べるべきか。
と言う訳で念入りに【鑑定】で本を見回してみてみたのだが、特に何もでてこない。本以外に特に気になるところはないし、これはここもハズレか?
「おっ? あれは……」
本棚の隙間の一か所に、それなりに大きな鏡が掛けられていた。
ただの鏡だと思うけど、なんだろう。なんか気になるな。
無意識に鏡へ一歩足を出した時、世永さんが少し慌てた声を出した。
「おっと。小畑さん、ストップだ。あの鏡には近づくな」
「えっ? もしかして何かあるんですか?」
「少しだが魔力を感じる。たぶんスペキュラーっていう魔物が潜む鏡だ。だよな?」
「ああ、間違いないな。気配を感じる」
〈斥候〉の人は迷わず頷いた。
鏡に潜む魔物なんかいるのかよ。危なっ。俺が近付いていたら死んでいたかもな。
「鏡を覗き込んだ相手の欲望に反応した夢を見せてくる魔物でな。その夢に囚われている間に殺しにかかってくるんだ。何も知らないまま鏡を見てあっさり死ぬ奴もいる。近くで鏡を見なければ襲ってこない無害な魔物だがな」
「なるほど。俺らだったらホム嫁ハーレム。七緒ちゃんだったら逆ハーの夢を見るということですか」
「見ませんけど!? 言っておきますけど私、逆ハールートより個別ルート派ですからねっ!? 仮に推しキャラが複数いても一人しか愛せない女ですからっ!」
それは一途と言えるのだろうか?
七緒ちゃんの判定に悩んでいると、チヨちゃんが呆れたように溜息を吐く。
「楓太さんはまだまだお姉ちゃんが分かってませんね~。お姉ちゃんが見るとしたら、アイドルになって武道館ライブの夢ですよ。あるいはドームライブ!」
「そっちか~……ッ! くっそ~、完全に頭から抜けてたっ!」
「オレは大金を稼いでホストクラブで遊んでいる夢かと思ったわ。そうだよな、七緒ちゃんならそっちだよな」
「僕としては、もう既にそれは確定路線だから、逆に夢に見ないだろうと思っていたよ」
「本当に好き勝手言ってくれますね!? 私のことばっかり言いますけど、チヨだってどんな夢を見るか分かったもんじゃないですよ!?」
わりと本気でキレながら、七緒ちゃんはチヨちゃんを指差す。
さすがにイジりすぎたか。親しみやすいアイドルを目指して欲しいという現れだったんだが。
そして指を差されたチヨちゃんは、ちょっとだけ目を丸くすると、どこか寂し気な瞳を作った。
「私の夢か~。そうだな~……私だったら、お父さんとお母さん。お爺ちゃん、お祖母ちゃん。そしてコロと一緒に、実家でご飯を食べてる夢ですかね?」
「ねぇちょっと、冗談になってないんだけど。それを言うのはズルいでしょ……」
妹のガチな願いに、お怒り気味だった姉は一気に落ち込んだ。
確かにそれは禁止カードだよね……。
というか名前が出てなかったんだけど、そこに七緒ちゃんはいるのか?
でもこの微妙にしんみりした空気は嫌だから、とりあえず誤魔化そう。
チヨちゃんに寄り添うように傍に立ち、優しく肩を抱く。すると、チヨちゃんは俺に頭を預けてきた。
「いつかチヨちゃんの実家に行こうよ。ちゃんとご家族のお墓を作って、元気にやってるって挨拶しないとね」
「そうですね。楓太さんと、ピーちゃんとマルも連れて、皆で行きましょう。新しい家族ができたよって、皆に報告しないと……」
「ねぇ私は? 新しい家族の前に既存の家族を大事にしなさいよ。というかいい加減私をオチに持ってくるのやめてくれません!?」
さすがに鈍い七緒ちゃんでも気づくか。
そろそろ手を変えていかないとな。バリエーションを持たせんと。
「見せつけてくれるな……。仲が良いのは結構なことだが、ここにも何もないことだし、先に行かんか?」
「あ、すみません。それじゃあ行きましょうか」
今にも舌打ちしそうな世永さんに慌てて応える。機嫌を損なわれてはたまったものではない。どう考えても俺らが悪いしな。
……でも、やっぱりなんか気になるな。
魔物が潜んでいるのは分かったんだけど……見るだけ見てみるか。
【アイテム鑑定】
〈境界の魔鏡〉――異なる空間を繋ぐ魔鏡。鏡面は別領域への境界となっており、魔力を通すことで利用者を向こう側に届ける。
……いや、どう考えてもこれじゃん。
「あの、世永さん。ちょっといいですか?」
「なんだ? まだ俺は小畑さんのイチャイチャを見せつけられんのか?」
「いや、そうじゃなくて。あの鏡ってちゃんと調べたことあります?」
「ん? もちろんあるが……スペキュラーを倒したら、何の変哲もないただの鏡だぞ?」
「そうですか。あの、あの鏡は〈境界の魔鏡〉っていうらしくて。魔力を流すと隠れた空間に運ばれるって」
「え? ――はぁ!? マジで!?」
世永さん達はぎょっと目を瞠った。
この反応、今まで気づきもしなかったな?
「嘘だろ? あれで隠し通路に行けるのか?」
「言われてみれば、魔力を流したことってなかったよな?」
「持ち運びもできないし、スペキュラーを倒したら魔力が抜けたただの鏡になると思い込んでいたからな。そうか、魔力を流して起動するマジックアイテムだったのか」
「ってことは、もしかして今まで起点が見つからなかった拠点って……」
「どう考えてもそれしかないだろ。調べてみようぜ」
話し合うと、世永さんは一人で鏡の前へ向かう。
そして鏡を覗きこんで数秒経った時、ぐにゃりと鏡の光景が歪み、そこから影のような魔物が飛び出してきた。
あれがスペキュラー。欲望を叶えた夢を見せる魔物か。
襲われたら、そのまま鏡の世界に引きずり込まれそうな――
「ふんっ!」
世永さんはウォーハンマーを一振りし、あっさりとスペキュラーを消し飛ばした。
……あれ、本当にあっさり倒しちゃったな。
「あの、世永さん。欲望の夢を見せてくると言ってませんでした? そんな素振りが全くなかったんですけど?」
「ふっ。俺に見せてくる夢は、俺じゃあ絶対にあり得ない夢だからな。あまりにも現実とかけ離れた夢を見せられても、すぐに正気に戻れるさ……」
あっ、そういう……。
なんかいちいち世永さんの悲しみが突きつけられるな。
やっぱり天城さん以上に可哀想じゃないかこの人?
「さて、小畑さんの言うことが正しければ、魔力を通せばいいはずだが……いいか?」
「ああ、俺が行ってみる。五分だけ待ってくれ」
〈斥候〉の人が鏡に触れると、ぐにゃりと鏡の光景が歪んだかと思えば、また元に戻って〈斥候〉の人がパッと姿を消した。
スゲェな。こんな一瞬で移動するのか。
「自分で【鑑定】しておいてなんだけど、まさか本当に消えるとは」
「ああ、驚きだな。今までこんな簡単なことに気づかなかったなんてな……」
自分を責めるような、悔やむような微妙な表情で世永さんは呟いた。
いやでもしょうがないと思うんけどな。ベテランほど先入観が邪魔するってよくあることだと思うし。
魔物を倒して魔力が消えた鏡が通路になるなんて、そう簡単に気づくか?
【鑑定】がなかったら誰も気づけないんじゃね?
「ところで、一人だけ先に行かせていいんですか? 危険があるかもしれませんし、皆で行くべきでは?」
「危険だからこそだ。どこに繋がるか分からんし、一方通行で帰ってこれないかもしれん。この先に罠があったら、下手すれば一網打尽なるだろ? この方法なら万が一があっても犠牲は一人で済む。皆で行くなら、安全を確保してからだ」
ああ、そういうことか。
確かに世永さんが正しいが、久しぶりに探索者のシビアな現実を突きつけられたな。
あほなことばっかりやっているから誤解しそうになるが、一流の探索者は自然とそれを受け入れてこそか。つくづく俺とは住む世界が違う。
嫌な未来を想像し、俺は偵察を自ら申し出たあの人の無事を祈らずにはいられなかった。
その直後、〈斥候〉の人はあっさりと戻ってきた。――その手に金銀財宝を抱えて。
「――お宝部屋だ! 見ろこれ! こんなにあった!」
「マジかよ!? うっひょぉおおおお! いくらするんだこれ!」
「協会に捌いても億は固いな! ちゃんと捌けばさらに倍はいくだろ!」
「思わぬ臨時収入が入ったな! いっちょ散財しちゃうか~?」
心配したのがバカらしくなるほどのはしゃぎ様だった。俺の祈りを返してほしい。
でも、無事に帰ってきたならなによりか。というかお宝部屋の財宝とかロマンがくすぐられるんだが。
お、俺にも見せてもらっていいですかね? あと、ちょっと分けてくれたりは……。
〈斥候〉が抱えた財宝を見て、世永さんは唸り声を上げる。
「まさかこんな宝が隠されていたとはな。こりゃ今までの拠点も一から探してみるべきか。それで、向こう側はどうなっていたんだ?」
「ああ、狭い部屋でな。奥に起点となる宝石が飾られていたから、砕いてきた。帰る時は同じように鏡に魔力を流して、あっさり戻って来れたぜ」
へー、罠は一切ないのか。本当に宝部屋みたいな場所なのかな?
だとしたら、これを探すためだけに探索するのはマジでありだな。
「で、他に宝箱が一つ置かれていて、その中にこの財宝が入っていた感じだな。あと起点となる宝石の傍に、これがあった。たぶんマジックアイテムだと思うんだが」
そう言って、〈斥候〉の人が俺に指輪を渡してくる。
こういうのはやはり興味があるのか、七緒ちゃんとチヨちゃんがひょっこりと頭を出して覗き込んできた。
「指輪ですか。へぇ、品がありますね」
「うん。さり気ない感じだけど、なんか雰囲気あるっ」
確かに造りといい魔力といい、雰囲気を感じる。これ中々凄い装備なんじゃ……。
【アイテム鑑定】
〈貞淑の指輪〉――一途に愛する心を手助けする魔具。私の心は愛する貴方だけに。浮気は絶対に許さない。【魅了無効】
「【魅了無効】とか書いてあるんですけど!? ヤバくないですかこれ!?」
「無効だと!? マジでか! とんでもないお宝じゃねぇか!」
それを伝えただけで、世永さん達の顔色が変わった。
期待はしていたが、まさかそこまでのものだとは思っていなかったのだろう。
そしてそれは川辺も同じだ。怖気づいたように、俺が持つ指輪を見ている。
「なぁ、一応聞くけどよ、無効ってとんでもないよな?」
「当たり前だろ。今の俺でも耐性を上げるだけで精一杯だ。どんなに頑張っても無効なんてアイテムは作れねぇよ。つぅか無効のアイテムが見つかった報告すらない」
「【魅了】だけとはいえ、淫魔を相手にこれ以上頼りになるアイテムはないだろうね。とんでもない値が付きそうだ」
伊波も興奮して指輪を覗き込んでいる。
確かに、ここを拠点にする探索者なら喉から手が出るほど欲しいアイテムだよな。
いくら値を出しても欲しがる奴がいそうだ。持っていると知られたら命を狙われかねん。
しかし、次の世永さんの発言で、俺の考えはまだ浅かったと思い知らされる。
「いや、これはむしろ金持ちの一般人の方が欲しがるだろうな」
「え? そうですか? 一般人に使い道あります?」
「おおありだ。考えてもみろ。これさえあれば【魅了】にかかる心配なく、サキュバスと遊び放題なんだぞ?」
それは――確かにっ!
男なら何がなんでも欲しくなるやつっ!
「やっべぇな本当に。これ一体いくらになるんだ?」
「交渉によっては十億以上で売れるかも。いや、俺らにとっても便利すぎるから、手放す訳がないが……」
「正直、売ることも頭に過ぎっちまうな……」
「こんな装備がゴロゴロ落ちているとも思えねぇ。初回限定とかそういう装備なんじゃないか?」
「あり得るな。他の悪魔の拠点にもこういうのがあるかもしれねぇ。いや、絶対にある。今なら独占できるし、本格的に探索すべきだ」
それは本当にその通りだ。こんな凄いアイテムを他に渡す訳にはいかない。
世永さん達には頑張ってもらって、是非とも小畑会で独占してもらわなければ!
「世永さん、会長命令。この遠征が終わった後、しばらくは他の悪魔拠点を探索してください。必要なアイテムは全て無償で融通します」
「おおっ……! それはありがたい。是非とも任せてくれ。何か手に入ったら持ってくるから、【鑑定】を頼む」
「情報アドバンテージの強さが改めてよく分かるな。無効装備を全て回収されるとか、全探索者涙目だろ」
「僕らだけ攻略本を持っている気分だね。でもやらない理由がないからね。他の探索者達には地道に頑張ってもらおう」
圧倒的チート感に、俺達はニタニタとした笑いが止まらなかった。
悔しかったら〈鑑定士〉を育てなさいよ。まず無理なんですけどねぇぇえええ!
「で、とりあえずこの指輪だが、誰が付ける? 俺達はスキルでなんとかなるし、小畑さん達の誰かが使うべきだと思うが」
「当然七緒ちゃんでしょうね。このままだといつインキュバスに引っかかるか分からないので。おちおち探索も出来やしない」
「はぁ!? 楓太さん達の方が危ないですからっ! サキュバスに何度も引っかかってるでしょ!」
ありがたい話の筈なのに、お互いのプライドをかけて醜い押し付け合いでまた揉めることになった。
結局、激論の果てに貞淑の指輪は七緒ちゃんが装備することになった。
アイドルが恋愛する訳にはいかないでしょ! というごり押しが勝利の決め手だった。




