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アラサーからのダンジョン探索~英雄は目指さない。マイペースに遊びながら稼ぎます~  作者: 迷子
第三章 はじめましてマイ・フェア・レディ

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第129話 デビューの日は近い……!?

 食事をしっかりと取り、用を済ませる。

 服装の乱れを整え、靴紐をしっかりと結び直す。

 最後に装備の点検を終え、俺達は頷き合う。


 テント道具も片づけ、憂いはない。いつでも出発できる。

 そんな俺達に、世永さんは鋭い目で確認する。


「準備はいいか?」

「ええ、もちろん」

「見ての通りです」

「いつでも行けます」


 生意気な子供を見るかのように。あるいは、頼もしい仲間を見るように。

 俺、川辺、伊波の挑戦的な瞳に、ニッと世永さんは小さく口端を吊り上げた。


「そうか、なら行こうか」


 その言葉で、俺達の心は一つとなった。

 ああ、覚悟はとっくにできている。さぁ、行こう。


 ――サキュバスを攫いに!


「こんな覚悟の決まった顔、今まで見た事ない……」

「本当にサイテーです……」


 そんな俺達の背中を後ろから見る七緒ちゃんとチヨちゃんの視線が、いつもより痛かった気がした。


 ♦   ♦


「よし、そんじゃあ出発前の最終確認な」


 俺達の決意を姉妹に水を差されたところで、世永さんがパンッ! と手を叩いて注目を集める。


「今日はいよいよこの遠征の目的である、深層の高レベルサキュバスの素材を確保することになる。三十層の魔物となれば危険な相手ではあるが、今の俺達であれば問題なく狩れるだろう。だからこそ、ちょっと欲張って特別な相手を狙ってみようかと思う」

「特別な相手、というと?」


「この階層にも、同種や相性の良い魔物が集まった各拠点がある。そこでサキュバスの拠点にいる、より上位のサキュバスを狙う」

「上位のサキュバスですか。具体的には?」

「深層から現れる上位種〈ハイサキュバス〉。そしてさらにその上の〈ノーブルサキュバス〉  だな。ただのサキュバスでさえ、地上では美人と持て囃されるほどの美貌だ。その上位種となれば……分かるだろ?」

 

 分かる。超わかる!

 確かにそれは狙わざるを得ない!


「〝サキュバスの館〟に集まるサキュバスの各上位種。そして最終目標はその館の女主人、〈サキュバスマダム〉だ! サキュバス素材としてこれ以上の物はない! ――我らが会長の最初の女に相応しいと思わないか?」

「おぉ……!」


 マダム、なんて素晴らしい響きだ。マダムというだけでよりエロく感じるのはなぜだろう。


 俺の為にわざわざそんな提案をしてくれるなんて、世永さん、アンタって人は……!

 俺は思わず世永さんと固い握手をしていた。


「世永さん、この恩は必ず返しますよ」

「ふっ。よせよ会長、水臭い。小畑会の一員として当然のことだ。――でも恩返しは嫁作りで頼む」


「特別個体で嫁づくりとか。仕方ないとはいえ羨ましすぎる……ッ!」

「まぁまぁ、製作者だし一応は僕達のリーダーだ。ここは受け入れよう。それにどんなクオリティの嫁ができるか楽しみじゃないか」


「サキュバスはどれも美人だが、マダムの色気は本当に凄いぞ。自分の物にはならないとはいえ、正直俺らも楽しみだ」

「あれが自分の嫁になるかも、と想像するだけで夢が広がるな」


 悔しがる川辺を伊波がなだめると、世永さんのパーティメンバー達も加わり、サキュバス談義が始まった。

 いよいよサキュバスが手に入ると思うと、胸が熱くなるなぁ!


「つまり、サキュバスが穏やかに暮らす館に強盗を仕掛けて、人攫いをするということですね」

「サイテー通り越してもはや外道の所業です」

「滅茶苦茶人聞きの悪いこと言ってくるじゃん……」


 そしてそんな俺達にまた水を差してくる二人よ。

 現実を突きつけられて泣きそうになるんだが。


「なんでそんな意地悪をするの? そこまで気に入らないの?」

「魔物と人間とはいえ同じ女ですよ? 皆が求めているのは知っていますし、もう邪魔しようとは思いませんけど、嫌味くらいは言わせてくださいよ」

「むしろこの程度で済ませているのはかなり心が広いと思います」


 ……言われてみればそうかもしれない。


 ツイフェミさんが聞いたら激怒なんてもんじゃないしな。それに比べたら、二人は女神のような慈悲深さ……いや、これだと今度は女神様がブチ切れるな。何か他に上手い例えは無いものか。


 まぁ邪魔しないならなんでもいいか。

 二人のそっけない態度に頷く俺だったが、何故だか川辺は嫌らしい顔で囁いてきた。


「へっへへ。楓太、分かってねぇなお前」

「あん? 何がよ?」


「あの二人は自分達に何の利益も無いのが気に食わんのさ。つまり……分かるな?」

「ん? ……ああ、そういうことか。ふへへっ、なんだよ。二人も素直に言ってくれれば良かったのに」


 そうと分かれば、今までの嫌味も可愛いもんだ。

 思わずニタニタした笑みを零せば、二人はちょっと引いた様子になった。


「なんです? そんな気持ち悪い笑い方して」

「なんだか不愉快なことを思われた気がします……」


「分かってるって。二人共安心してよ。サキュバスだけじゃなく、ちゃんとインキュバスも取って来るからさ。ねぇ世永さん」

「ああ、もちろんだ。しっかりと確保するつもりだぜ」


「ホントに最低なんですけどっ! 私がいつ欲しいって言いました!?」

「私も楓太さん達と違ってそこまで拗らせてないですっ!」


 またまた、そんなこと言って。本当は欲しくてたまらないくせに。

 まぁいいか。どのみち男性体のホムンクルスは作るつもりだし、気づかないふりをしてやるのも優しさだろう。


 なおも言い立てようとする二人を、世永さんが遮った。


「それじゃあ話を戻すぞ。サキュバスの館に向かう訳だが、基本的に戦闘は俺達でやる。小畑さん達は自分の身を守ることだけ集中してくれ。あと、屋敷では俺の指示に従うことな」

「初めての場所に行くわけですし、勝手な行動を取るつもりもないですけど……戦闘を全部任せる形でいいんですか?」


 この三十層の魔物の平均レベルは、ざっと見た感じ36といったところだろう。

 今の川辺達なら、対等以上に戦えるからお荷物にはならないはずだ。俺もアイテムで援護することはできそうだし、それくらいはした方がいいんじゃ?


 一応、気遣いのつもりだったのだが、世永さんは何でもないような顔で手を横に振った。


「問題ない。今の俺達なら余裕過ぎるくらいだからな。むしろ下手に手を出されると、サキュバスに無駄な傷がつく。自分の女になるかもしれない素材だ。どうせなら綺麗なままの方がいいだろう?」

「ああ、それはその通りですね。それじゃあ申し訳ないけど、よろしくお願いします」


【錬金術】の特性上、全身が残っていれば外傷がある程度あっても素材としては問題ない。とはいえ、世永さんの言う通り、俺の嫁となる相手だ。


 自分の女を好んで傷つけたいと思わんし、世永さんならそれができる。ここは素直にご厚意に甘えさせてもらおうか。


「自衛するにおいて、僕らが気を付けることはありますか?」

「そうだな。死角からの攻撃には気を付けること。あとはサキュバスの【誘惑】、【魅了】に耐えることだな」


 伊波の質問に、世永さんは一瞬悩んでそう言う。

 まぁでも、言われんでも当然の注意だな。


「【精神耐性】を覚えて貰ったとはいえ、スキルレベルはまだ心もとない。そしてサキュバスは【誘惑】、【魅了】に関するプロフェッショナルだ。自分の身を守ることに気を付けろっていうのは要するに、気をしっかり持つことに集中してくれってことだ。戦いながらそれに気を付けろってのも厳しいだろ?」


「それは確かにそうですね。というか、分かっていても引っかかりそう……」

「オレもメスガキ系サキュバスが出てきたら耐えられるかどうか……」

「僕なんかサキュバスなら何でも弱点なんだけど……」


 俺達は揃って不安そうな顔を見合わせた。

 自信を持って効かない言い切れるほど、自分の性欲は信用してないんだよなぁ。


 三十超えて女経験のないオタク共だ。淫魔にとっては絶好のカモ。キャバ嬢の如く客を手玉に取って金を搾り取ることなんて、造作もない相手だろう。


「何か対応するコツってないですか? 俺なんかスキルがないから特に心配で」

「コツか。気をしっかり持てとか、自分を俯瞰しろとか、スキル訓練で教えたことをそのままやれとしか言えねぇんだが……そうだな。七緒ちゃんならなんとかできるかもな?」

「私ですか?」


 まさか自分が呼ばれると思ってなかったのだろう。七緒ちゃんは意外そうに眼を丸くした。

 とはいえ俺もびっくり。なんでここで七緒ちゃんが出てくるのか。

 

「七緒ちゃんはジョブが〈偶像〉に変わったんだろう? それでよりバッファー、デバッファー方面に力が伸びたとか」

「えっ、ええ。まぁそうですけど……」


 世永さんの言うことは正しい。

 あの渋谷ダンジョンでの遠征、〈グランドスタンプ〉との戦いを経て、七緒ちゃんは〈吟遊詩人〉と〈舞踏士〉が統合され、〈偶像〉に目覚めた。

 

 これにより、七緒ちゃんのサポート性能は前とは比べ物にならないレベルで上がったのだ。その結果、〈舞踏士〉の【戦舞】など、数少ない肉弾戦のスキルまで消えてしまったが、それが問題にならないくらいの能力を身に着けている。


 元々、七緒ちゃんのスタイル的に前に出るスキルは合ってなかったし、今ではピーちゃんとマルで前衛は十分に足りている。持て余していた感じではあったから、この変化はむしろありがたいくらいだった。


 でも、その七緒ちゃんならなんとかできるというのは?


「〈偶像〉っていうなら、人を惹き付けることに関して、サキュバスにも負けてないはずだ。いや、その上を行くかもしれん。誰かがサキュバスの【誘惑】、【魅了】で混乱したら、七緒ちゃんが逆に【魅了】して上書きしちまえ」

「なるほど! その手があったか!」


【魅了】をかけられたら、【魅了】し返せばいいじゃない。

 まさにコロンブスの卵的発想! 毒を以て毒を制すとはこのことか!


 聞くだけで勝利を確信した。そしてそれは俺だけじゃないらしい。

 顎の前で両手を組み、川辺は無表情に言い切る。


「勝ったな。オレ達のNANAOがサキュバスに負けるはずがねぇ」

「うむ。いかにサキュバスの色気といえど、七緒ちゃんが服の一枚、二枚脱げばどうとでもなる」


「誰が脱ぐかっ! 歌ぁ! 歌の話だから! 人を風俗に沈めようとするのは止めろ!」

「お姉ちゃん。お願いだから私は巻き込まないでね……」


 強気な俺達に、七緒ちゃんは声を張り上げて憤慨する。


 気に入らないようだけど、色気勝負でも中々良い勝負をすると思うんだがな。いや、むしろ勝つと思うんだけど。七緒ちゃんも信じられないくらいスタイル良いし、美人だし。


 何気に自分だけは退路を確保するチヨちゃんがセコい。デュエットで売り出したろうか?


 いやしかし、歌で【魅了】というなら……。


「おい、もしかしてなんだが、アレを渡す時が来たんじゃないか?」

「――ッ!? まさかアレか? NANAOにはまだ早くないか?」

「いや、英断かもしれない。【魅了】勝負というならなおさらだ」


「まだ何かあるの……?」


 呆れと怒りが混ぜ合わさった目で、七緒ちゃんは俺達を見る。

 俺達が下らないことばかり考えていると思われるのも癪だ。

 ここらで評判を取り戻さなければなるまい。


 俺はアイテムバッグから封筒を取り出し、それを七緒ちゃんに渡す。

 七緒ちゃんは首を傾げながら封を開け――そして、目を瞠った。


「楽譜? え、なんですかこれ?」

「もちろん決まっている。七緒ちゃんのデビュー曲だ」


「デビュー曲!?」

「七緒ちゃんが〈偶像〉に覚醒した以上、近々必要になると思ってね。金もあることだし、作曲家を探して依頼したんだよ。額が額だからか、信じられないほど早く納品されてさ。当然クオリティも高い。プロの仕事だね」


 ぱあっ、と。七緒ちゃんの顔が嬉しそうに華やいだ。

 驚きと喜びの混じった子供のような表情で、楽譜と俺達の間を目が行き来する。可愛い。

 しかし、ハッと正気に返ったのか、目を背けながら早口で言う。


「で、デビュー曲とか何をふざけたことを言ってるんですか? 何度も言ってますよね? アイドルになるつもりはないって」


 あんなに嬉しそうな顔をしておいて、そのつもりはありませんは嘘だろ……。

 が、俺はあえて突っ込まない。七緒ちゃんが羽ばたくためなら、都合の悪いことには見て見ぬ振りもするさ。


「分かってるよ。たださ、七緒ちゃんがあんまり良い歌を歌うもんだから、いつまでもカラオケで終わらせるのも勿体ないと思ったんだ」

「まぁそういうことだ。こんな立派なアイドルにオリジナル曲が無いのは嘘だろってな」

「純粋に、僕らが七緒ちゃんの為に用意したかったんだよ。七緒ちゃんに合うのはどんな歌か、密かに話し合って決めたんだ。気に入ってくれたら嬉しいな」


「だからって……そんなこと言われても……」

「お姉ちゃん。わざわざ用意してくれた訳だし、中身を確認するくらいはいいんじゃない? どんな歌なのか私も気になるし」

「そ、そうねっ。作曲家さんや作詞家さんに悪いものね。歌に罪はないわっ」


 チヨちゃんからパスを受け、七緒ちゃんはいそいそと楽譜を取り出して眺めた。

 ウキウキしていたその顔は、次第にプロのような真剣な表情へと変わっていき――


「――電波系じゃないのこれ!」


 スパンッ、とキレながら地面に叩きつけた。

 良い反応するなぁ……。


「いや、何をするんだ。せっかく作ってもらったのにそんな無下にして」

「当たり前でしょ!? よりにもよって電波系ソングとか、私を舐めてるんですか!?」


「舐めてるとは失礼な。これでも三人でどんな歌が良いか一晩話し合ってだね……」

「その結果がどうして電波系ソングになるの!? 私のデビュー曲がこんなものになるなんて絶対に嫌!」


 デビューする気はやっぱりあるんだね。

 もうすっかりアイドル気取りじゃないか。


 そんな七緒ちゃんの不満に、川辺も伊波も困ったように眉を顰める。


「でもよ、本当によく出来ていると思うぜ? オレ達もこれが届いた時に腹抱えて笑ったもんよ。それにほら、歌詞の内容からいっても【魅了】全開の歌だろ?」

「笑ってるじゃないですか! いくら目的に沿っていても絶対に嫌!」


「なんて我儘なアイドルなんだ。そもそもデビュー前の新人の癖に、仕事を選ぶとは少し傲慢じゃないだろうか?」

「新人だろうと仕事を選ぶ権利はあるのよ! というかこんなのでデビューしたらブランディングに差し障りが出るでしょ! 絶対に嫌!」


 こ、この子、自分の将来像まで考えているのか。

 俺らよりよっぽど真剣にアイドル活動を考えているんじゃ……。


 チヨちゃんは七緒ちゃんが叩きつけた楽譜を拾い、目を通す。

 そして、ンフッ! とくぐもった声を漏らした。


「ふっ、ふふふっ……! お姉ちゃん、せっかく作ったんだし、歌おうよ。私も聞いてみたいな……!」

「絶対に面白がってるでしょ。まずその隠しきれてない含み笑いを引っ込めなさいよ」


「あー、でも真面目な話、いざとなったら歌って対抗してくれ。俺達がいれば大丈夫だとは思うが、対応策があるだけで大分違ってくるからな」

「いざという時が来ないよう、しっかりと私達を守ってください!」


 申し訳なさそうにしながら言う世永さんにすら、七緒ちゃんはキレながら言い返した。

 我儘なアイドルに仕事を振るのは本当に大変だな。世のマネージャーの苦労が偲ばれる。


 ♦   ♦


 七緒ちゃんを宥めつつ、俺達は目的のサキュバスの館に向かう。

 前日のうちに一番近い白い泉でキャンプを張ったので、ゲロゲロ達の足で十分もあれば辿り着く距離だった。


 そのサキュバスの館の前で止まり、俺達はその異様さに慄いていた。


 広い庭のある、西洋風の立派な洋館だ。格子門が固く閉ざされて、その隙間から荒野のダンジョンとは思えない美しい芝、石畳の道、噴水が見える。


 屋敷の造りだけなら、俺のような庶民が足を踏み入れていいのかと躊躇させる、高級感みたいなのがある。しかし、ある一点の要素がそれを全て台無しにしていた。


「本当に立派だ。立派な洋館なんだが」

「ピンクの壁と屋根が全てを台無しにしているな」

「これはもうラブホテルにしか見えないね」


 これはあかんやろ……と、そこまで美的センスのない俺らでも分かる。

 唖然としている俺達三人に、世永さんはうんうんと頷いていた。


「気持ちは分かる。しかもラブホテルというのもあながち間違いではない。中にはサキュバスがいて、ここも当然誘いに乗ればヤらせてもらえる訳だから」

「なんて趣味の悪い……」

「勿体ないね。せっかくの御屋敷なのに……」


 女の子だから余計に気になっているのだろう。

 七緒ちゃんもチヨちゃんも、残念そうだ。


 なんとも言えない気持ちで門の前で屋敷を眺める俺達を尻目に、世永さんが門に触れる。するとその門はあっさりと独りでに開いた。


「鍵も掛かってないんですね? 不用心なような」

「サキュバスの集まる館だからな。来客自体はむしろ歓迎するんだよ」


 ああ、なるほど。餌になるからってことね。

 そういえば、見張りの一人もいないんだもんな。

 マジでただの娼館じゃねえか。


 番犬がいてもおかしくないような広く美しい庭を抜け、屋敷の正面口に立つ。そして世永さんがまた扉に手を当てると、こちらもあっさりと開く。


 中に入って、俺達は感嘆の声を上げた。


「おおっ、これは上品な……」

「外は下品なくせに、中はまともなんだな」


 目に痛い外観とは違い、屋敷の中は規模と作りに相応しく、落ち着きと品のあるデザインだった。

 木目の床には、通路となる部分に赤い絨毯が敷かれている。

 埃は一つもなく掃除が行き届いており、空いたスペースにはこれまた高級な調度品が置かれている。


 はぁー、ほんとに凄い。貴族のお屋敷って感じだ。


「中は良い雰囲気だな。ちゃんとできるなら外も同じにすればいいのに」

「同感だ。しかしまともという意見には賛同しかねる。やっぱり普通じゃないよ」


 ん?どういう意味だ?

 伊波の言葉を不思議に思うが、すぐにその意図を察した。


 屋敷の中の風景に気を取られていたが、甘くどこか落ち着く香りが鼻をくすぐる。よく目を凝らせば、ピンク色の薄らと煙が漂っていた。


【鑑定】

〈淫香の霧〉――〈淫魔の香炉〉から発生する魔力の霧。吸い込んだ者の理性を鈍らせ、性的な欲望を刺激する。濃度が高まるほど、対象は誘惑に抗いにくくなる。


「世永さん。これって?」

「ああ、サキュバスの罠だ。あそこだな」


 世永さんはキョロキョロと首を回すと、部屋の隅に向かって歩き出す。そして躊躇いなくそこにあった物――煙を出す香炉をメイスで砕くと、途端に煙も甘い匂いも一瞬で消えた。


「あっ、なんか頭がスッキリした気がする」

「オレもだ。ってことはもう既にデバフ喰らってたのか!?」

「【精神耐性】があるからその程度で済んでるんだぞ。本来ならその状態でサキュバスに誘われて、断れずにそのままベッドイン。幸せな夢を見たまま天国行きだ」


 世永さんの淡々とした補足に、俺と川辺は震えあがった。

 まさにそうなる自分が想像できすぎて……!


「ここは入り口だからまだマシだな。奥にはこれよりも強い香炉が設置されている」

「なるほど。入り口は浅く。奥は深く。最初は問題ないと思っていたのに、いつの間にか強い香炉の効果に当たって、気づけばデバフに陥るということか。よくできてますね」


 伊波は感心して何度も頷いていた。なんでそんな余裕なんだお前は。

〝サキュバスの館〟。夢のような場所だと思っていたが、想像以上に悪辣じゃないか?


「香炉はそこまで頑丈なもんでもないから、見つけた奴がすぐに壊せば問題ない。それよりも厄介なのは――」


 言いかけて、世永さんは正面にある階段を見上げる。


 その階段を上がった先に、一際大きい扉があった。しかしその扉には【魔術】によるものか、幾何学的な文様が浮いて、行く手を阻んでいるように見える。


「あの扉が見えるか? 間違いなくあそこがマダムのいる場所だが、見て分かる通り封印されている」

「ということは、屋敷を探索して封印を解除しないといけないってことですね?」

「ああ、そうなるな。面倒だが仕方ない」


 いや、確かに面倒かもしれないが……。


「屋敷の探索か。なんだかダンジョンっぽくなってきたな!」

「おお。今まで広いフィールドばかりだったからな。オレも正直ワクワクしてきた!」

「ある意味、ようやく探索者らしいことやる訳だね。しかし洋風の屋敷の探索か……クトゥル〇TRPGとかバ〇オハザードを彷彿とさせるよね」


 やめろ。そんな怖いこと言うな。

 もし本当に名状しがたき者とかゾンビが出てきたらどうするつもりだ!?

 ワクワクどころか発狂するだろうが!


 ウキウキしていた俺と川辺を真顔にさせておきながら、伊波は気づいていない様子で扉を観察している。


「それにしても、かなり強固な封印ですね。僕は封印術には詳しくないですが、ここからでも感じる魔力が……」

「今の伊波さんがそこまで言うか。確かに俺らの経験でもあれだけ強そうな封印はそうそうお目にかかったことはないな」

「今回のマダムは大物かもな。警戒した方がいいかもしれねぇ」


 伊波の興味本位からくる呟きに、世永さんのメンバーが不穏な情報を漏らす。

 強い相手は避けたいところなんだが、いや、その前にだ。


「マダム。屋敷の主人は変わることがあるんですか?」

「そりゃもちろん。討伐すれば新たなマダムがリポップするし、そもそもこのサキュバスの館だってフロア内にいくつもあって、不定期に場所が変わったりするからな」


 館の場所まで変わるの? それは凄いな。

 ってことは他の悪魔の拠点もそうなのか?


「マダムは代替わりすると個体差に変化があってな。時折一段飛ばしで強い奴が出たりするんだが、そういうやつがああやって強力な封印をかけたりするんだよ。今回は運悪くそれに当たっちまったようだな」

「はぁ~、それは確かに運がないかもですね」


 攻略という意味では確かにそうかもしれない。

 でも、逆に言えばよ?


「それだけ強いサキュバスってことは、素材としては上質ってことですよね? それに見た目もさらに上なのでは? ということは、むしろ今回は当たりなんじゃ?」

「――わははははっ! その通りだな! 小畑さんにとってはこれ以上ないくらいの当たりだ!」


 警戒していた世永さん達が一転、大笑いしている。

 そんなに面白かったか? まぁ喜んでいるならいいけど。


「といっても、それはあくまで俺の都合の話で、戦う世永さん達には申し訳ないですけどね」

「気にしないでくれ。言っただろ。会長の為の女を用意してやるって」


 ニッ、と。世永さんはその不細工な顔で男らしい笑みを見せる。

 なんてさり気なくてカッコいいんだ。これでイケメンだったら女も放っておかないだろうに。

 ……イケメンならこんなことせんでもモテるか。


 改めてやるべきことを確認した俺達は、早速屋敷の探索を始めた。

 正面扉から入ってまずは左に進む。長い廊下を歩けば、また入口で嗅いだような甘い匂いが漂ってきた。


「うわっ、本当にあちこちに香が焚かれてるんですね」

「ああ。面倒だが見つけて何度も壊すしかない。――おっ、あれだな。小畑さん、試しに壊してみな」

「えっ、いいんですか? そんじゃあ失礼して」


 廊下の途中に飾られていた香炉を手に取り、俺はそれを床に叩きつける。

 一瞬躊躇したが、ガシャンッと香炉が砕けた時、その罪悪感を晴らすような爽快感が湧いてきた。


 おお……意識的に物を壊すって気持ちいいな。ちょっといけない人間になってしまった気がするけど。

 砕けた香炉を見下ろし、川辺が意外そうな声を上げる。


「楓太でもあっさり壊せるか。本当に脆いんだな」

「ああ、それに香りがもう消えてる。解除自体は本当に簡単なんだな」


 それでいて、媚薬としての効果は確か。

 なるほど。見方によっては便利なような?


「これ、持って帰ったら高く売れたりしません?」

「それは誰もが同じことを考えるな。基本的に、屋敷の中にあるこういうギミックは持ち出すことはできないんだ。報酬として用意されたような宝はまた別だけどな」


 そうか、それは残念だ。絶対に求める人が居ると思ったんだが。風俗店とか。

 まぁでも、こんなのを持ち出せたら美味しすぎるからな。

 

 となるとこの香炉を生産に使えないかというのが気になるが……うん、多分駄目だな。

 他の生産者が作ったアイテムと同じだ。魔力的な干渉が邪魔をして、素材にならない雰囲気がある。

 やはりそうそう美味い話はないということか。


「――おっと。どうやら今ので歓迎の相手が出てきたようだな」

「え?」


 歓迎というと……まさか敵襲か?

 俺は焦るが、世永さんは笑って余裕を崩さない。

 自信の表れとはいえ、何をそんな悠長な――そんな不満を持ったのは、それを目にするまでだった。


 ガチャ、と。通路の途中にある扉から、フワリと宙に浮きながら廊下に出てくる人がいた。


 その数は二人。肌面積の大きい黒いビキニのような衣装に、頭にヤギのような小さな角。黒い羽、そして先端がハート型になった悪魔の尻尾を生やしている。


 そんなにも特徴的な体を持っているにも関わらず、何よりも目が行くのは、その整った美顔。

 【鑑定】をかけるまでもない。さっ、さっ、サッ――


「「「サキュバスキター!!」」」

「うるさ……」

「つくづくサイテーです……」


 とうとう待望の魔物を目にし、俺達は思わず歓喜の声を上げた。

 当然、姉妹の呟きには聞こえぬふりである。

 これまで遠目にはしていたが、結局間近で見ることは叶わなかった。


 断腸の思いで先に進んできて、そして今、ようやく手を伸ばせば届く距離まで来たんだ。


 ――騒ぐなって方がムリだろ! 


「うっわ乳でっか。ウエストほっそ!? 尻もでっか! 太腿えっど! 嘘だろ、こんなエロい女が存在するの!? ノーマルのサキュバスでこれ!?」

「隣の子はめっちゃ可愛い……! あ、あの子なら……あの子なら犯罪じゃないんじゃないか!?」

「はぁぁぁぁあああぁぁ……! 悪魔の角と羽と尻尾が僕を狂わせるぅぅううぅ……!」


「分かる。やっぱりそうなるよな」

「間近でサキュバスを見たらそうなるわなぁー」


 俺達の醜態にも、世永さん達は笑って見ている。

 でも仕方ないじゃん!? だってお姉さん系とロリ系でタイプの違う美人で可愛くてエロい人が二人だよ!?


 そして、七緒ちゃんはやはり冷めた目で俺達を見ていた。


「早速【誘惑】を食らってるんじゃないですか? 早く正気に戻った方がいいのでは?」

「ご心配どうも! でも大丈夫! 俺らは間違いなく正気だから」

「もっと悪いです……」


 まるでフレーメン反応の猫のような顔で、チヨちゃんが呟いた。

 だってしょうがないじゃん! 美人過ぎてエロ過ぎるんだもん!

 こんなの【誘惑】とか発情とかデバフなんか関係ねぇよ!


 素で惚れてるならデバフも要らねぇよな! サキュバスの一番怖いところってここなんじゃないかな!?


「はぁ~、どうしよう。七緒ちゃんとチヨちゃん、あのサキュバスペア。甲乙つけがたいけど、チェンジ……いや、まだギリギリでこっちの方が上かな?」

「セクハラなんて言葉が生温いレベルの発言なんですけど!? 最低にも程がある!」

「搾り取られて死んじゃえばいいですっ!」


 おっと、さすがにはしゃぎすぎたかな?

 これ以上の醜態を晒す訳にはいかん。少し冷静にならないと。 

 

 そう自分を戒めようとした時だった。

 俺達の耳に、サキュバスの蠱惑的な声が響く。


 フフッ――ウフフフッ――アハッ――


 サキュバスの怪しげな、しかし耐えがたい色気のある声に惹かれ、俺達は思わず目を向けてしまった。

 そして、改めて思うのだ。男では耐えがたいその美貌に、浸っていたいと。


 そんな俺達を見て嬉しそうに手を伸ばし、サキュバス達は微笑んだ。

 

『――来て?』

「「「行きまぁあああああああああす!!」」」

「行くな」


 飛び掛かる俺達三人を、世永さん達ががっしりと掴んで止める。

 はっ、放してくれ! 彼女がそこで待っているんだ!


 抗議の声を上げようとした時だった。

 それまで男を誘う笑みを浮かべていたサキュバスが、ハッと何かに気づいたように目を瞠る。


 すると、それまで穏やかですらあったサキュバスが、表情をこわばらせていった。


「「キッ――キィアアアアアアアアア!!」」


 揃って親の仇でも見たかのように憎しみ露わにし、その視線は世永さんに向いている。


「うわっ、なにあれ。こわっ」

「百年の恋も冷めるな」

「いくら僕でも、すぐにヒスを起こす女はちょっと……」


 まるでヒス女の如き有様に、俺達は思わず正気に戻ってしまう。

 そんな中でサキュバスは指を口に含むと、ピュイイイイイ、と指笛を鳴らした。

 その音が屋敷内に響き渡った時、廊下の奥からこちらに走って来る魔物がいた。


 黒い毛皮に、口から炎の息を漏らしている。

〈ヘルハウンド〉――悪魔の性質を持つ犬型の魔物だ。おそらくはこの屋敷の番犬なのだろう。


 今の指笛で呼ばれたのは間違いない。つまり俺達はサキュバスと遊ぶ客ではなく、無礼な侵入者として扱われることになったのだ。


 対峙するサキュバスが二人と、こちらに向かって来る番犬が二匹。

 それらにフンッと強気な笑みを見せ、世永さんは言った。


「どうやらやる気を出してきたようだな。お前ら、やるぞ」


 おうっ、と。世永さんのパーティメンバーも迷わず応える。

 そして、世永さんは背中に背負っていたウォーハンマーを構え、悪魔達を迎え撃とうとしていた。


 たとえ男を手玉に取るサキュバスだろうが、悪魔の番犬が掛かってこようが、怖くない。

 こっちには〝悪魔殺し〟の世永さんがいるのだから。




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― 新着の感想 ―
今のお金も組織力もある颯太ってかなり強力なスポンサーなんじゃ。 歳の事で色々叩かれるかもしれないけど、やるなら諦めた夢が叶いますね。 電波ソングも色々タイプあるけど・・くるくるリスクが印象に残ってます…
よし、平成初期のエロゲ電波ソングメドレーでいこう! 巫女巫女〇ース、電撃ナー〇、メイドさん□ックンロール、セック▽フレンドビートパンク……色々あるぞ!
七緒ちゃんは嫌がってるけど、なんだかんだ言って電波ソングって中毒性あるし記憶に残るからええとおもう。今の勢いなら世界初?のアイドル曲として歴史に残るし、近所の幼児や児童がめっちゃ往来で元気に歌ってくれ…
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