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アラサーからのダンジョン探索~英雄は目指さない。マイペースに遊びながら稼ぎます~  作者: 迷子
第三章 はじめましてマイ・フェア・レディ

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第127話 悪魔の悪戯

【精神耐性】を目的とした四人の特訓は、それぞれの心に傷をつけた。


 頭を抱えたり、転がってのたうち回ったり、見ているこっちが辛くなるほどの……んふっ! ふふふふっ!

 

 新たな悲しみを背負った四人ではあったが、それだけ苦しんだ甲斐はあり、四人とも【精神耐性】のスキルを2か3まで上げることができた。


 ここまで上げれば、最低条件はクリア。あとは普通に戦っていけば、必要に応じてスキルレベルも上がっていくらしい。つまり、中層へと進む準備はできたということだ。


「よし、皆! 今日も頑張ろうな!」

『…………』


 発破をかけて皆の士気を上げようとしたのに、四人はなぜか俺に恨めしそうな目を向けてきた。


 ……いや、誤魔化すのは止めよう。理由は聞かずとも分かる。

 テメェだけ逃れやがって、とか。なんで私達だけ、とか。そんなところだろ?


 でも、こればかりは俺は本気で悪くないからね。

 俺だって本当は、皆で一緒に苦しみを分かち合いたかった……ッ!


 でも仕方ないね。なんせ生産職なもんで、戦闘系スキルが覚えられんのよ。

 っていうかさ、自分だけ苦しむなんてズルいって考え方が既にせこくない?


 むしろ仲間なんだったら、俺のことは気にするなって言いきる器の大きさを見せてほしいわ。

 まったく、俺を失望させないでくれ!


 四人の何か言いたげな視線を無視して、俺達は中層へ踏み入れる。

 そしてその景色を見た時、俺達は思わずおぉ、と声を漏らした。


「見ろよ。建物がある」

「ああ、やっと荒野以外の物が見れたな」

「渋谷ダンジョンとは違って薄暗くて辛気臭いところだからね。正直、景色に変化ができたのは助かるよ」


 俺達は自然とゲロゲロ達から降りて、周りを見回していた。


 薄暗い曇り空と、何もない荒野。ところどころに赤や白の水たまり。それがここまでの歌舞伎町ダンジョンの光景だった。

 そんな荒野の中に、ちらほらと建物が集まっているのが見える。明らかな文明の気配だ。


「建物というか……小さな村? 集落でしょうか?」

「あっ、でもあそこ。本当に小さいけど、お城っぽいのも見えるよ? 誰か住んでいるんですか?」

「住んでるぞ。悪魔の魔物どもがな」


 姉妹の発言を肯定するように、世永さんは頷く。


「低層では弱い魔物が荒野のあちこちを彷徨っているだけだった。だが中層からはそれに加え、悪魔たちがああして村や町を作り、集団生活をしている。拠点ごとに、建物が同じ色に染まっているのは分かるか?」

「はい、見えますね。結構ド派手な色合いの建物もありますね」


 俺は首にかけた〈望遠透視ゴーグル〉で、改めて遠くの村々を観察する。


 集まっている建物は、拠点ごとに同じ色で統一されているようだ。赤だったり紫だったり、その色は様々だが、大体一色。多くても二色くらいで染まっているように見える。


「何色に染まっているかで、その集落ごとの系統が分かる。赤なら【激怒】。紫なら【傲慢】って言う具合にな」

「へぇ~、そうなんですか」


 そういえば、【激怒】状態にしてくるレッドインプは赤だし、【傲慢】を放ってきたプライドヴェイパーとは紫だったな。


【激怒】に【傲慢】にってなると、やっぱり悪魔だから、七つの大罪がモチーフになってるのか?


「ちなみになんですけど、あのどギツいピンクの村は?」


 数ある拠点の中でも、一際目立つ趣味の悪い色だ。

 七つの大罪がモチーフだとしたら、なんとなく分かってはいるけどね。まぁ一応ね?

 決して他意はないんだよ?


 ニヤッ、といやらしい笑みを浮かべて、世永さんは言う。


「聞かなくても分かるだろうが、教えてやろう。ずばり――サキュバスが集まった【色欲】の街だ!」

「「「おおおおおおお……!」」」


 その答えに、俺達は感動の声を漏らす。

 まさかとは思っていたが、やはり……やはりか!

 あそこに俺達の夢がっ……!


「そして驚け。なんとあのピンクの拠点には……サキュバスの娼館がある!」

「「「ヒュウウウウウウウウ!」」」

「サイテー」

「サイテーです」


 どこまでも上がっていく俺達。そして冷めきっていく七緒ちゃん達。実に対照的だ。

 でも、そんなのどうでもいい! 

 あそこには! 男の夢が! つまっているんだから!


「実はこの歌舞伎町ダンジョンは、収入という意味ではそこまで美味しくない。悪魔の素材というのがそもそもそこまで需要がないからな」

「確かにそう聞きますね」


 今の所、悪魔系の素材を調達して作れるのは、小規模な【魔術】を放つマジックアイテムだったりする。

  

【魔術】を放てると聞けば、物理主体のパーティで需要があるように思えるが、実はそうではない。

 このマジックアイテムの【魔術】というのが、駆け出しの〈魔術師〉程度の【魔術】しか放てないため、そこまでの威力がないからだ。


 これは〈魔道具師〉や〈錬金術師〉のレベルが低いせいで、性能の低いアイテムしか作れないというのが理由だろうな。そもそもレシピもそこまでないんだろう。


 同じ駆け出しの探索者なら需要はあると思うが、そもそも魔道具師と〈錬金術師〉の人数は少ない。するとどうなるか? 値段が高くなるんだよ……。


 まずはなによりポーションを揃えないといけないのに、そんな微妙な性能のマジックアイテムなんか買っていられない。


 結果、駆け出しには値段で手が出せず。

 中層まで入れる程度に成長してしまうと、威力不足で産廃という。


 ここで取れる素材で作れるアイテムに需要がないため、その素材の買い取り値段も下がるというね。


 でもこれ、俺が作るとなると話が変わるんだよな。

 他の生産職とは比べ物にならないレシピが思い浮かぶし、その効果も跳ね上がる。


 荷物になるから回収こそしてこなかったが、低層の素材でもそれだ。より強力な中層以降の素材を扱ったら、どれほどのものになるか想像もつかない。

 

 やっぱりレベル上げは大事ですねぇ……!


「しかし! 収入がそこまで高くないというのに、ここに集まる探索者は後を絶たない! 何故か!? あそこに! サキュバスの! 娼館があるからだ!」

「「「ヒュウウウウウウウウ!!!!」」」

「ゴミクズ」

「軽蔑します」


 二人からの視線がますます痛い。でも、全く気にならない。

 あそこには! 男の夢が! あるから!

 あれ? いや、でもちょっと待てよ?


「娼館があるって言っても、サキュバスも魔物であることには変わりないですよね? 近づいて襲われたりしないんですか?」

「もちろん、こっちから襲い掛かったら抵抗される。しかしサキュバスにとって人間の精は食料代わりになるからな。ただ遊びに行くだけなら、むしろ歓迎されて誘惑されるぞ」


 な、なんとうことだっ。まさかこんな所に、人間と魔物が共存できる場所があったとは。ここが本当の楽園なのでは? これには魔物を殺すなと叫ぶ環境団体さんもニッコリ。


「ああ、サキュバス。羽と尻尾の生えた小悪魔デビル。そうか、僕の夢を叶えるならここに来ればよかったのか……!」

「お前、森山さんがいるのにそれでいいのか?」


 異種族フリークだからそうなる気持ちは分かるけども。

 今のお前の表情を見たら、森山さんも愛想をつかすんじゃない?

 でも、仕方ないよな! これで止まるなって方が無茶だもんな!


 そして、特に我慢の効かない奴がいたらしい。

 ぶふーと鼻息を荒くして、村を指す川辺がそこにいた。


「それじゃあ、ちょっと寄って行きますか!? 英気を養ってから深層に行くのもありかと!」

「ふっ、そうしてやりたいのは山々だけどな。俺が行ったら問答無用で攻撃されるから……」


 あっ、そういえば……。

 どこか黄昏た表情で、世永さんは遠くを見ている。

 世永さんの気持ちも知らず勝手にはしゃいで、俺達はなんということを!


「すみません、世永さん。勝手に舞い上がってしまって」

「オレもです。ロリサキュバスが居るかもと思ったら、居ても立っても居られず」

「僕もです。自分のことだけしか考えられず、大変申し訳ない」

「いいさ。気持ちは分かる。むしろ俺のせいでテンションを下げさせてしまって申し訳ないくらいだ。それにな、娼館があるとは言ったが、そんな甘い話ばかりでもない」

 

 ほう? どういうことだ?

 夢のような一時を過ごせる、甘い場所でしかないと思うが。


「確かにピンクの集落のサキュバスたちは探索者を歓迎する。だがな、やっぱり魔物にとって人間は敵であることは変りないんだ。サキュバスと遊んで夢心地になった挙句、疲れ果ててぐっすりと居眠り。そのまま絞り殺されるっていうのがバカな探索者のお決まりパターンだぞ」

「怖っ。それだけで行きたくなくなるんですがっ」


「いや、それでもちょっと遊ぶだけって割り切ればいけるんじゃないか? 一時間だけ、一回だけで我慢すれば……」

「そういう君みたいな奴が死んでいくって話じゃないかい?」


 伊波の言う通りだろこれ。

 川辺は絶対に引っかかるようなタイプじゃねぇか。正直俺も自信はないな。

 ステータスが低いから、なおさら抵抗できないだろうし。


 苦い表情を浮かべて、世永さんは補足する。


「苦痛というのは、案外耐えられるし逃げることもできるんだよ。だが、快楽はなぁ。気持ちいいからこそ、そこから逃げ出したいとも思えなくなる。結果、幸せな夢を見ながら死んでしまうっていうケースに陥るんだ。その危険性が周知されている今でも、同じ死に方をする奴が無くならない。そのせいでこのダンジョンは全国でも上位に入るほど死亡率が高いんだぞ」


 男の夢がそこにあるというのに、死から一番近い場所でもあるのか。

 まさに天国に一番近い場所だな。見た目は地獄みたいな風景なのに。


「全員、心構えはしておけ。中層からは不意に探索者の死体を見ることもあるからな」

「え? なんでです?」


「町ではなく、外で逸れのサキュバスを相手にすれば我慢が効くとか、探索の途中でムラッときたから相手してもらうって奴がいるんだよ。んで、加減を間違えてやっぱり精気枯れ果てて腹上死っていう。裸で死んでいる死体が時々見つかるから、二人は特に覚悟したほうがいいかもな」

「いりませんよそんなの。ただのバカじゃないですか」

「そんな人は死んだ方が世のためです」


 七緒ちゃんとチヨちゃんがさらにしかめっ面に。

 間違ってもあんな顔で見られたくない。俺は気を付けよう。

 

「でも、サキュバス素材を集めに行くならありですよね。むしろああして固まっているのはかなり助かるし」


 特にこれからのOBATAのことを考えると、人型ホムンクルスの重要性が増してくるだろうしな。手軽に集めることができるのはありがたい。


 俺の何気ない発言に、んーと世永さんは軽く首を傾げた。


「それもなぁ。やっぱりどうせなら深層のサキュバスの方が良いと思うぞ」

「おや? そうですか? それはなぜ?」


「美しさって意味では、やっぱり中層と深層のサキュバスは比べ物にならないんだよな。いや、ここのサキュバスがブスって訳じゃない。むしろ美人な方なんだが、それでもな」

「なるほど。それを言われると深層に俄然興味が湧いてきましたね」


「でもよ、それはサキュバスを見慣れた世永さんの話だろ? 俺らからすれば全然いけるってならないか?」

「確かに。ただ遊ぶだけなら、やっぱりここでも構わないような……」


 川辺の意見に思わず頷いてしまう。

 上を知ったら楽しみ辛くなるというなら、やはり今行くしかないのでは?


「そうやって割り切るならありってのは、まぁそうだな。サキュバスだから性技に関しては本当に凄いからな」

「いやもうマジでヤバいぞ。立てなくなるくらい腰が砕けてガックガクになるから」

「こっちから攻めても悦んで鳴いてくれるからな。演技じゃねぇからめっちゃ興奮するんだよな」


 世永さんのパーティが混じって経験談を語りだし、男のエロ談議が盛り上がる。どうしよう、本気で行きたくなってきたんだけど!?


 そんな俺達を、七緒ちゃん達は本気で軽蔑した目で見ていた。


「本当に……男ってのは碌でもない」

「私、今初めて本気で脱退を考えたよ……」


 さすがにオープン過ぎたか。俺達はハッと我に返り、いそいそと何事もありませんでしたよ? みたいなポーズを取る。もう遅いが。


 まぁいろいろと話しを聞いたが、魅力的ではあるが今はわざわざ寄る場所でもないということだな。


 下手したら死ぬ危険もあるし。金になる訳じゃないらしいし。だったら行かない方が……ん?


「世永さん、ここは金にならないダンジョンなんですよね?」

「ああ、そうだな。それは間違いないぞ」

「でも、世永さん達はここを中心に活動しているんですよね? だったらおかしくないですか? 世永さん達、人数分のダチョウを買えるほどお金を持っているじゃないですか」


 一頭最低五千万。【学習】付で六千万だぞ? カスタマイズすればその度に費用がかかる。

 それを人数分だ。儲からないダンジョンで活動して、なんでそんな収入がある?


「あ~、まぁこんなダンジョンでも、稼ぐ方法はそれなりにあるってことだ。機会があったら教えるよ」


 世永さんは気まずそうに笑ってそう言った。

 明らかに何かありそうだが、まぁいいか。言いたくないっていうなら、無理に聞くこともないだろう。


 機会が在れば教えてくれるというし、その時まで待てばいいし。


 一通りの説明を受けたところで、俺達はゲロゲロ達に乗り、中層の探索を始めた。

 世永さん達がいるお蔭で、中層でも敵は寄ってこない。そして数少ない命知らずも、ゲロゲロ達の速度についてくることは出来ず、簡単にぶっちぎってしまう。


 安全に進みながらも、俺は中層の数々の魔物を安全に見物できる。

 色々と気になる魔物も居て、ワクワクしながら進んでいた。そしてとうとう待望のサキュバスも見つけた。


 世永さんが言うにはまぁ美人、程度の話だったが、とんでもない!

 普通にテレビに出てきてもおかしくないほどの美人揃いだった!


 年齢、体格は個体ごとに違っており、ロリも居れば大人の女も居る!

 それが揃いも揃って美人揃いだ。こんなのに迫られたらそりゃ死ぬ奴もいるわなと納得できる。

 

 もちろん【鑑定】してしっかりと確かめたぞ。【性技】スキルの存在をなぁ!


 床上手なお嫁さんを作るのに欠かせない最高のスキル! これを見付けた瞬間、俺達は歓声を上げたね。当然、そんな俺達を見る二人の視線が痛かった。


 世永さん達が居て、安全だけは確保されている。そんな中で魔物を見て回る今日の探索は、歌舞伎町ダンジョン見学ツアーになりかけていた。


 このまま問題なく終わってくれる。そう思っていた俺達の予想を裏切ったのは、次の層に降りて最初の白い水源にたどり着いた時だった。


「よし。あそこで少し休憩するぞ」

 

 ダチョウに乗りながら、世永さんがそう声を上げる。

 進行方向の先には、崩れた壁のような物が見えた。


 長いこと放置されてボロボロになった、白い壁だ。その壁に囲まれた中に、白い水が湧き出ている水槽のようなものがある。


 中に入ってゲロゲロから降り、周りを見回す。


「これは……教会か? ボロボロでほとんど面影がないけど」

「あるいは小さな神殿じゃないかな。悪魔によって滅ぼされた廃墟、って考えれば不思議ではないと思うけど」


 俺の呟きに、伊波が応えた。


 なるほど、悪魔の襲来によって建物は無くなったが、その中の聖水だけは残ったって感じか。なんかストーリー性を感じる。


 きょろきょろと周りを見ている俺達とは違い、世永さんは実に冷めたものだ。


「実際に何なのかは分からんが、正直どうでもいいな。どんな建物だろうが関係ないし、重要なのはここが休める場所になっているということだ」

「まぁそれはそうですね」


 とはいえ、それはそれとして気にはなる。

 どんな理由で滅びたのか。いや、元からこういうデザインでダンジョンが用意して、歴史なんかないかもだけど。


「……調べてみるか?」

「おう、何かあるかもだしな」

「それじゃあ僕はあっちで」


 世永さん達が白い水に近づいている中、俺と川辺、伊波はバラバラに散って壁を観察する。


 俺に釣られて、七緒ちゃんとチヨちゃんも一緒に壁の傍に寄り、偵察に出ていたピーちゃんがチヨちゃんの肩に降りてきた。ちなみにマルは迷わず白い水で水分補給である。


 崩れた壁に手を伸ばし、撫でる。それだけで、ボロボロと表面が崩れていく。


「うわっ、脆いな。あまり触らない方がいいかも」

「そうですね~。倒れてきたら危ないですし、止めときましょー」

「というか、なんで壁を調べているんですか? 何か気になることでも?」


「いや、こういう壁に文字が刻まれていて、歴史が分かったり、何か有用なアイテムのヒントがあったりとかお約束じゃない?」

「ゲーム脳ですね~。でも見つかったら楽しそうですねっ」

「もしあったとしても、他の誰かがとっくに見つけてそうですけど」


 七緒ちゃんは容赦なく現実に叩き落としてくるな。

 でも実際ありえそう。これがゲームなら皆が手に入るというのに。

 現実はなんてクソなんだ。


「世知辛い世の中だ――あっ!? ここ! なんか書かれてる!」

「え? ほんとですか!? どこです!?」

「ほらここ! あっ、でも日本語じゃないから何て書かれているか分からねぇ」


 チヨちゃんに分かるよう、文字に指を差す。

 読めないんじゃ見つけても意味がないが、これは本当に何かアイテムのヒントかも――


「文字? ――あっ!? 小畑さん! 触るなっ!」

「えっ?」


 世永さんの焦った声に振り向くが、俺の指が文字に触れてしまう。

 その瞬間、俺達の足元が光り出した。


「えっ!? 何これ!?」

「楓太さん! ――ッ!? 体が……ッ!」

「ピーちゃん! 逃げて! ――ピーちゃんもだめ!?」

「ピュイイィイイイィ……!」


 光る地面に囚われたように、俺達はその場から動けなくなっていた。

 見れば、壁に刻まれた文字が明滅し、不穏な空気を漂わせている。

 明らかにこの文字によっての影響だということが分かった。


「お前ら! 大丈夫か!? 今助け――!?」

「――ワンッ!!」


 川辺が動く前に、マルが主人を助けるべく飛び出す。

 躊躇わずこちらに向かって走って来るが、何か壁にぶち当たったかのように、光る地面に足を入れた瞬間後ろに弾き飛ばされた。


「ヴヴ! ワンッ! ワンワンッ!」

「マル! 来ちゃ駄目! 無理しないでっ!」


 また向かって来ようとするマルを、チヨちゃんが慌てて止める。マルの突進ですらあっさり弾き返したんだ。これ以上は無駄にマルが傷つくだけだと思ったのだろう。

 

 怒りと焦りが混ざったような声で、マルが俺達を捉えている何かに吠え続ける。その姿はまさに忠犬のそれだった。


 ――いや冷静になっている場合じゃねぇ! これホントにどうなんの!?


 明らかにただじゃすまなそうなんだけど!?


「世永さん! あれはなんですか!?」

「ああー、間に合わなかったか。悪魔のトラップだ。まさか白い水の近くに仕込まれているとは、運がないな」


 珍しく慌てている伊波の問いに、世永さんは世間話のようにのんびりと応えた。

 いや、そんなのんびりしている場合じゃないんだけど!?


「世永さん! どうすればいいんですかこれ!? つうか助けてくださいよ!」

「すまんな。それは一度発動したらどうしようもない。死ぬような罠じゃないが、動けないし助けることもできないんだ。甘んじて受け入れてくれ」

「罠を受け入れろって――いやなに動画撮る準備してんの!? それどころじゃないでしょ!?」


 俺が必死に助けを求めているというのに、世永さんはいそいそとスマホを取り出してこちらに構えている。完全に悪ふざけを楽しんでいる奴のそれなんだが!?


 駄目だ! あの人は役に立たねぇ! 

 俺は改めて文字を見る。


【アイテム鑑定】

〈悪魔の悪戯〉――悪魔が仕込んだ契約を応用した罠。あくまで悪戯の範疇であるため、殺傷力はないが強制力は強い。契約を果たせなかった者には罰が与えられる。


「確かに死ぬことはなさそうだけど……〈悪魔の悪戯〉?」

「ああー、そういう名前だったのか。なるほど、確かにピッタリな名前だ」


「ピッタリって何!? これ本当に大丈夫なんですよね!?」

「ちょっと怖いですけど……世永さんは余裕そうだし、大丈夫かな?」

「殺傷力もないって楓太さんが調べたしね。でも、悪戯……私は逆に嫌な予感がしてきたわ」


 俺もそんな気がしてきた。

 世永さんのあの動き。そう、ちょうど昨日の醜態を晒した四人のような――そういうことか!?


「うわっ、文字の光がますます――ッ!? 世永さん! どうすればいいんですか!?」

「分からん! その文字から指令が出るから、それに従え! 時間内にどうにかしないとわりと洒落にならない電流が体に走るぞ!」

「それマジで洒落にならないじゃないですか!? 下手すりゃ俺死ぬんですけど!?」


 なんでそんな危ない物でワクワクしてるんだよ!

 クソがッ! やるしかねぇのか!?

 今にも訪れようとする試練に、焦りが募る。その時、宙に光る文字が浮かび上がった。


【契約者:小畑楓太】

「契約者、俺!? 俺が何かするの!?」


【対象者:七海七緒、七海八千代、ピグマリオン二世】

「対象者が私達? 何かされる? あ、もしかして罰を受けるのは私達ってこと!?」

「――ッ! 楓太さん! 頑張ってください!」

「ピュエエェ……?」

 

 チヨちゃんと七緒ちゃんは必死な表情で俺に向ける。

 正直プレッシャーだが、二人を守る為にも頑張らなければならない。

 

 しかし、そんな二人とは違い、ピーちゃんの表情はなんとも不信そうだ。

 お前で大丈夫? なんとかできんの? 表情だけでそう言っているのがよく分かる。


 この鳥がっ。人を見下しやがって……ッ!

 舐めくさるのもいい加減にしろ。見てろよ。戦闘じゃないなら俺だって役に立つことを教えてやる。


 そう覚悟を決めた時、また新たな文字が出て来た。


【次のいずれかを実行せよ】

【1、胸を揉む】

【2、尻を叩く】

【3、鳥を殴る】


 胸!? んで尻!? こ、これはつまり……。


 ――チヨちゃんの胸を揉むか!?

 ――七緒ちゃんの尻を叩くか!?

 ――どっちか選べってこと!?


 その瞬間、ああんっ! とエッチな声を上げる二人の姿が脳裏を過ぎった。

 我ながら豊かな想像力だと感心するが、正直興奮した。


【10……9……8……】


「時間制限まであるの!? マジで!?」

「胸を……ッ!?」

「尻って……ッ!」

「ピュイィ……」


 チヨちゃんと七緒ちゃんは真っ赤になり、ピーちゃんはイラッとした顔になった。

 三人の不満もよく分かる。だが、時間制限が俺にそれを気にする余裕を与えてくれない。


 マジでそんなセクハラをしなくちゃいけないのか!? いくら仕方ない状況でも、これは……いや、でもこの状況ならやっぱり仕方ないような……な訳ねぇだろ! バカか!


 チヨちゃんの胸を揉む訳にはいかない。七緒ちゃんの尻も叩けない。

 となると、もう選択は一つしかない。


「チヨちゃん! 気を付けぇ!」

「えっ!? ――ッ! わ、わかりましたっ。せめて優しくお願いします……」


 チヨちゃんは目を瞑ると、後ろで手を組み、胸を張る。

 ちげぇよ! 俺をスケベオヤジだとでも思ってんのか!? でも動かないならそれでいい!


「ピーちゃん! すまんっ!」

「ピュッ!? ……ピュイィィ」


 俺の言葉を聞き、ぎょっとするピーちゃんだったが、すぐに全てを察したのか、諦めたように大人しくなった。


 二人を対象にすれば自然とセクハラとなってしまう。実質的に俺が選べるのは、【鳥を殴る】という選択以外にない。


 さらに言えば、俺の力でピーちゃんを殴ろうとも、ステータス差でほとんど傷つくことはない。実質的にダメージはゼロだ。


 数瞬で俺の意図を全て見抜いたピーちゃんの賢さに、今は感謝したい。

 あとは変に手加減して、殴るという判定にミスが生まないようにすればいい。

 つまり、どうせ傷つかないんだから全力で殴ればいい。


「往生せいやぁあああああああ!」

「ピュッ!」


 かけ声を上げて拳を振り上げる俺に、ピーちゃんは鼻で笑うような仕草を見せる。そして、殴りやすいように顔を横に向けるという余裕さえ見せた。


 この鳥……ッ! い、いや、ムカつくが、今は逆に頼もしい。このまま殴らせてもらおう。


 どうせ傷つかない。そんな開き直りがパフォーマンスを生んだのか、いつになく体が淀みなく連動したのが分かる。


 時間がゆっくりになったような感覚を味わい、過去最高の一撃を放てるという確信があった。それが間違いではないと判明したのは、俺の拳がピーちゃんに触れた時だった。


 ――空間が、黒く光った。


「ピー――ピュゲェエエエエエエエエ!?」


 バチィ! という空間が破裂するような音と光と共に、ピーちゃんが悲鳴を上げてチヨちゃんの肩から吹き飛ばされる。


 それは俺とピーちゃんのステータス差からはあり得ない結果だった。

 えっ、マジでなんだ今の? まさかとうとう俺に戦いの才能が目覚めた?


「ピーちゃん!? 大丈夫!? 怪我はない!?」


 チヨちゃんが慌てて駆け寄り、地に伏したピーちゃんを気遣った。

 しかし、ピーちゃんはそんなチヨちゃんにすら反応を見せない。


「ピュッ……ピッ……? ピュイ……? ピュエエエェ……?」


 片羽を殴られた頬に当て、目を点にして地面を見つめ続けている。

 おそらくだが、俺如きに殴られてここまでダメージを受けている事実が信じられないのだろう。それが怒りを通り越して、呆然に至ったというところか。


 正直助かったわ。怒りのままに俺に復讐を企むことも考えられたからな……。

 ピーちゃんのダメージを見て、川辺と伊波はドン引きした目をこちらに向ける。


「お前、少しは手加減しろよ。もうちょいやり様があるだろ」

「同感だ。あれが僕だったら死んでいたかもしれない。正直、君の感性を疑う」

「いや待て待て待て! 明らかにおかしいって分かるだろ!? 俺にあそこまでの力はねぇよ! 世永さん! どうなってんですかこれ!?」


 慌てて世永さんに聞いてみれば、世永さんは笑うのを堪えて腹を抱えていた。

 笑ってる場合じゃねえぞお前ええええ!


「ふっ、ふぐっ……! いや、すまん。あれは〈悪魔の悪戯〉によるバフ効果みたいなもんだな。今みたいなケースだと、小畑さんが殴ったところで、ピーちゃんのダメージにはならんだろ? それだと何の意味もないから、条件を成立させるために小畑さんの打撃に固定ダメージを与える効果が出たんだ。ピーちゃんにダメージが出る程度のな」


「あっ。黒く光ったのはあれ、〈悪魔の悪戯〉に込められた悪魔の魔力か。まさかの黒〇が決まったのかと」

「君じゃ数千万回殴ったところで発動するなんてありえないだろう?」


 冷静な指摘は止めろ。少しくらい夢を見せてくれてもいいだろ。


「というかよ。別にピーちゃんを殴らなくても良かったんじゃねぇの? 胸を揉む、尻を叩く。どちらも対象の指定ないじゃん。ピーちゃんでそれをやればいいだけじゃね?」

「あっ、それもそうだな。いや、先入観だったわ……」


 いやでも、これに気づけって方が難しくない?

 対象が三人で三択。で、胸と尻って言われたら、チヨちゃんと七緒ちゃんだろ?


 ピーちゃんでも許されるっていう思考がまるでなかったわ。


 でも、二人に合法的セクハラをしかけなかったというだけで偉いと思うのよ。

 大人としての理性は守ったよ?


「ピュ……ピュ……ピュッ……ピュイイイイイイッ!」

「あっ!? ピーちゃん!?」


 チヨちゃんが止めるのも構わずに、ピーちゃんはバッと跳ね起きると、すぐに飛び出した。

 どうしたのかと、その向かう先に目をやれば――その先は〈悪魔の悪戯〉が刻まれた壁がある。


 いや、なんでまたそんなところに? ――あっ!?


「ピーちゃん! 待て!」

「ピュイイッ!」


 うるせぇ! とばかりに鳴くピーちゃんの行動から、やはり間違いないと察する。

 アイツ、俺に復讐するつもりだ! 


 直接殴り返したら、チヨちゃんから自分が責められるからって、悪戯の罠で俺を嵌める気か! なんて器の小さい奴!


 だがその狙いが分かっても、俺が止められるはずもない。

 ピーちゃんはあっさりと壁に近づき、文字を足で触れた。

 

 ニッ、と。ピーちゃんは邪悪に笑ったように見えた。

 文字が光り出し、地面にまた結界が張られる。


 その結界の広がりは――ピーちゃん一人を囲むだけで終わった。


「ピュエェエエエエエエエエエエ!?!?!?」

「狭っ! さっきと全然違うじゃん。世永さん、どうなってんですか?」

「ふっ、くくくっ! 一度発動して、〈悪魔の悪戯〉に込められた魔力を消費した分、効果範囲が狭まったんだな」


 あっ、ああ、そういうこと。

 てっきり天罰でもあたったのかと思ったけど、必然だったのね。

 しかし復讐を企てて、自分だけが罰ゲームを受けることになるとは憐れな……んふっ!


 狭い光の円に囲まれたピーちゃん。ただの事故だというのに、他人をも巻き込もうとするその精神性を罰するように、悪魔からの宣告が下される。


【契約者:ピグマリオン二世】

【対象者:ピグマリオン二世】

【次のいずれかを実行せよ】

【1、羽を引っこ抜く】

【2、頭の毛を毟る】

【3、一発ギャグ】

【10……9……8……】


「ピュエッ!? ……ピュッ……ピュッ!? ――ピュイィイイイイイイイ!!!!」


 ピーちゃんはまるで阿波踊りのように羽を上げ下げし、自分の全身をあちこち見下ろす。そして何を思ったか、バサリと大きく羽を広げると、その全身を炎で包んだ。


 それはまるでキャンプファイヤーのように美しかった。自らを神の生贄に捧げようとするような神聖さえ感じる。しかしなんでまた急にこんなことを……。


「あっ。〝焼き鳥〟ってこと?」

「一発ギャグかぁ。ピーちゃんも覚悟決めたな」

「まぁ鳥としては羽にしろ毛にしろ、抜きたくはないよね。身だしなみに気を付けてるピーちゃんならなおさら」


 確かにな。アイツしょっちゅう自分の毛づくろいをしてるからな。


 賢いしプライドが高いから、お洒落になおさら気を使っているんだろうが、そんなアイツが一発ギャグという屈辱な選択をすることに、一体どれだけの葛藤があったのか。想像するだけで涙が出る。……ぐふっ!


 漏れそうになる笑いを噛み殺していると、〈悪魔の悪戯〉のカウントダウンは止み、光が消えていった。


 無事にクリアした、ということなのだろう。

 それを見届けたピーちゃんは、炎を止めると力なく項垂れていた。


「ピュイ……ピュイッピュイ、ピュイ……? ピュイッ、ピュイイ……」

「わざとじゃないのに、仕返ししようとしたからです。反省しなさいっ」


 メッ、とチヨちゃんに怒られ、さらにガクリと頭を下げるピーちゃん。

 なんて言ったのか気になるところだが、男の情けだ。聞かないでおいてやるか。


 しかし、あのピーちゃんをこうまで容易く追い込めるだなんて。

〈歌舞伎町ダンジョン〉! なんて恐ろしいダンジョンなんだ! ……んふっ!


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今回魔力的補助で能力差埋めて攻撃ピーちゃんに通ったけど、逆だとどうなんだろう? レベル1のやつをゴリ、、、じゃなくてミライさんあたりが殴れ、とかでも逆に守られて死なない感じなのかなぁ だとするとなんか…
これダチョウレースで使った転移使えば出られるのでは?
入ったら◯◯するまで出られない罠、とか下手したらX指定受けそうな流れですね。まあ小畑会クオリティで有耶無耶になりそうですが(笑)
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