第126話 黒歴史生産回
さて、〈歌舞伎町ダンジョン〉二日目である。
これから先に進むために、最低限の【精神異常耐性】スキルを得ることが目標だ。
そのために一つ前の9層に戻り、四人には低層の雑魚で連戦してもらうことに。
戦えないワイ、低みの見物。ハッキリ言って勝ち組ですな。
ちょっと申し訳ないと思わなくもないが、まぁ今となってはアイツらも強くなっているし、なにより世永さんという最高の保護者がいる。
いざとなったら俺のアイテムもあるし、サポート体制はしっかりと整えるから、アイツらには頑張ってもらおう。
やる気を見せる四人に対して、世永さんは腕を組みながら指示を出した。
「よし、それじゃあやっていこうか。適当に歩いて獲物を見付けながら、片っ端から戦っていくぞ。レベルとステータス差があるから苦戦することはない。適当にあしらいつつ、誰かが精神異常を受けて、耐えられそうならそのまま。余裕がなかったら素早く仕留める、という感じでいこう。これをガンガン繰り返せば今日中にスキルを生やすことも可能だ」
「よっしゃあ! それじゃあ行くか!」
「ピーちゃん、お願いねっ」
「ピュイイイイイイイィ!!」
川辺のかけ声に合わせ、皆が歩き出す。
チヨちゃんの指示に従い、ピーちゃんは鷹に姿を変えて空に飛び立った。
経験こそ少ないが、今は俺達もレベル30超えの一流探索者だ。この階層の敵だと、魔物に戦わず逃げられてしまう。そのためピーちゃんには空から偵察してもらって、近くの魔物を追い込んでもらうようお願いしている。
今のピーちゃんなら楽な仕事だろう。こういう広いフィールドでのピーちゃんはやはり頼りになる。
「――ッ! 赤い小さな悪魔を見つけたみたいですっ。こっちに追い込むって」
「あー、レッドインプだな。最初の戦いとしてはちょうどいいか」
世永さんがなんでもなさそうに言った。
この口ぶりだと、そこまで強くないのだろう。まぁ分かっていたことではあるが、それでも初の魔物となると少し緊張する。
そう間もなくして、ピーちゃんに追い立てられる魔物の姿が見えてきた。
「――ギィ!? ギィイイイイイイ……!」
チヨちゃんの言う通り、赤い身体をした小さな悪魔だ。
大きさは俺の腰元くらいだろうか。小さな触覚のようなものが頭から二つ映え、先端が矢印のようになっている長めの尻尾。体毛はなく、全身がツルツルの肌で、小生意気な顔つきをしている。
歯向かう気力もないほど、実力差を感じているのだろう。ピーちゃんにちょっかいを掛けられて必死に逃げているが、それでも怒ったような顔をしているのが分かる。
小さいが、中々気の強い魔物なのかもしれない。あのガッツは魔物ながら尊敬できるな。俺があの立場ならたぶん泣きながら逃げてる。なんだったら漏らしているかもしれない。
しかし軽快に魔物を追い立てるピーちゃんの、なんと楽しそうなことよ。あんなにイキイキしている所を初めて見たかもしれない。まるで弱い者いじめをして遊ぶシャチのようだ。怖いなアイツ。
「ナイスピーちゃん! おら雑魚助! こっちこいや!」
川辺の【挑発】による赤い光がレッドインプに決まる。レッドインプはそれに一瞬びっくりしたような顔を見せたあと、叫び声を上げて川辺に飛び掛かった。
「――ギィアアアアアアア!!」
「おお!? 何だコイツ、意外と根性あるなっ!?」
思わぬ勢いに川辺も一瞬怯んだが、すぐに立てなおして攻撃を受ける。怒り任せに激しい攻撃を重ねるが、いかんせんステータスとサイズが違う。小さな手足を何度も振り下ろしても、川辺の防御は崩せない。
「――ッ! ギィイイイイィィ……!」
直接攻撃が効かないと悟ったのか、魔物は後ろに飛んで距離を取ると、数秒念じるような仕草を見せた。
四人はあえてそれを見逃す。そして魔物が腕を振ると、小さな火の玉が飛び出した。
【火魔術】による攻撃だ。さすがに悪魔系の魔物。低層の魔物でも、一端に【魔術】を使いこなす。が、やはり今の川辺にはその効果は薄い。
川辺は盾でしっかりと受け止めて、その火をかき消した。
「川辺。大丈夫かい?」
「ああ! 問題ねぇ! 刻子さんの【魔術】に比べれば屁みたいなもんだ!」
念のため確認をした伊波に、川辺は強気な笑みさえ浮かべてそう返した。
アイツ、渋谷ダンジョンの拠点作りの特訓で、気まぐれに【魔術】を受ける訓練をされていたからな。あの程度の火の玉ならまったく問題にならない。本当に成長したなぁ。
「グギッ……グギギギギッ……!」
「むっ。――精神攻撃がくるぞ! 耐えろよ!」
僅かなレッドインプの仕草を見て、世永さんが警告する。
直接攻撃も効かず、【魔術】も通じない。となれば、悪魔系の魔物が取る手段は限られている。
再び念じるような姿勢を取った魔物は、両手を突き出して赤い波動を放った。
四人はそれを避けず、あえて受ける。
「ぐっ!? ――ん?」
「おぉ、これは……」
「特に何にもないですね~?」
「このままでいいのかしら?」
継続して放たれる波動攻撃だが、四人に変わった様子は見られない。むしろ何の異変も感じず、拍子抜けしたような顔だ。
「そのまま受け続けろ! それを受けるだけでも経験になるから!」
世永さんの指示が入り、四人は改めて魔物に向き直った。
見れば本当に大丈夫そうには見えるんだけど……外から見てると怪しい電波を受け続けているみたいだからな。
本当に異変はないのかと不安になってくるわ。大丈夫かな?
「ぐっ……うっ、うぅぅううううぅぅぅ……!?」
しかし、その数秒後だった。
川辺は急に呻き声を上げ、身を屈める。
まるで毒を食らったかのような仕草。まさか、精神異常のデバフが入って――
「――死ねやクソガキィイイイイイイイイイ!」
声を掛けようかと思った次の瞬間、なんと川辺は大声を上げ、魔物に襲い掛かった。
状態異常にあえてかかるため、出来る限り精神異常攻撃を出させ続けて生かす必要がある。だというのに、川辺は躊躇いもなくメイスを頭に振り下ろした。
グチャア! と、あっさり魔物の頭が潰れる。
ステータス差を考えれば当然のことではあるが、驚いたのはその後だ。
既に魔物は死んでいるというのに、川辺は何度も何度もメイスを魔物の身体に振り下ろし続けた。その存在が残ることすら許さん、といわんばかりの勢いだ。
な、なんだ? いつもの川辺じゃない。殺した獲物を執拗に叩き続けるなんて、明らかに狂ってやがる。
それとも、これがこいつの本性だったのか? ハッキリ言って、今までの友情がどうでもよくなるほどの狂いっぷりだ。ちょっと付き合いを改めた方がいいかもしれない。
同じことを思っていたのか、伊波達もドン引きして川辺から距離を取り始めていた。
まぁ急にあんな本性を見せられたら――あっ。
「ステータスが【激怒】状態になってる。そうか、デバフにかかってるってことか」
「そういうことだ。しかし少しも抵抗できてないな。あれはちょっとまずい」
「そもそも抵抗できるもんなんですか? 既にデバフにかかっているのに?」
「精神異常系のデバフを掛けられたとしても、それを精神力で押さえつけることはできるんだよ。もっとも、自分を抑えつけることに必死になるから、戦闘に集中するのも難しいけどな。だから【精神耐性】が必要なんだ。【精神耐性】ってのは精神異常を防ぐだけじゃなく、デバフを掛けられたあとに抵抗しやすくなるし、回復が早まる効果もあるからな」
なるほど、世永さんがわざわざ戦わせた意味が分かる。
精神異常になる度にあんな風になるなら、そりゃ必須になってくるわな。
川辺は魔物をミンチにしても、フーッ、フーッ、と興奮が未だ収まらない。
次の獲物を求めてか、肩越しに後ろを見て、ギロリとした目を伊波達に向けた。
「むっ、これはまずいな。川辺さん! 怒りに飲まれるなとはいわん! だが自分で押さえつける努力はしろ! それが耐性を得る秘訣だ! ほら、皆で声をかけてやれ!」
「なるほど。そういう……川辺! 正気を取り戻せ! お前は怒りのままに暴れるような奴じゃないだろ!」
いや、ソシャゲのガチャですり抜けてブチギレたり、天井まで回して怒り狂っている姿はしょっちゅう見るけど。
だとしても、それを他人に当てるようなことはない男だ。
ただ怒り狂ったあとは落ち込んで、見苦しく寝そべって邪魔になっているだけで。
強くなって余裕ができたせいか、むしろ最近はその姿すら見ていない。
自分の怒りを抑えることくらい、今のアイツならできるはず!
……ん? あ、いや、待てよ? よくよく考えれば給料が上がって、ソシャゲのガチャ程度なら何回でも天井できるようになっているだけのような?
だとしたら、精神的にアイツはまるで成長してないんじゃ……?
俺が疑惑を抱いている中でも、七緒ちゃんとチヨちゃんは懸命に声をかけていた。
「川辺さん! しっかり! 自分に負けないで!」
「そうですよ! 川辺さんはいつも私達を守ってくれる優しい人です! いつもの自分を思い出してください!」
いざという時の為にマルが前に出ているが、二人は川辺を本気で心配している。
そして、川辺ならどうかできると本気で信じている。
おお、なんて美しい光景だ。
まるで闇堕ちしかけている仲間をヒロインが止めているような。
これはヒロインの声掛けで内なる己に打ち勝つパターン。
対象がデブというのが実に勿体無くあるが、これはこれで見れて良かったと――
「うっせぇよ年増ぁ! 黙ってろ! 耳障りだわ!」
「は?」
「は?」
優しさが全て吹き飛ぶような暴言だった。
七緒ちゃんもチヨちゃんも、さっきまでの案じている健気な表情はどこに行ったのか。冷めきった目で川辺を見ている。
そりゃ怒るよ。いくらロリコンでも、この子らを年増呼ばわりは無理があるだろ……。
クソがぁ! と、川辺は怒っているのか嘆いているのか分からん表情で叫びだした。
「乳と尻ばかりデカくなりやがって! 無駄な脂肪ばっか付けてんじゃねぇよ! そんなんで心配されてもぜんっぜん嬉しくねぇわ! あと十年若返って出直してこい!」
「マル! 全力で噛んで正気を戻してあげて!」
「私からもお願い! 帰ったら美味しいご飯作ってあげるから!」
「ワンッ!」
「ま、待ってあげてくれないか? 川辺は今おかしくなっているだけだから。どうかお見逃しを……」
伊波の必死の説得で、七緒ちゃんとチヨちゃんはなんとか止まったようだ。しかし怒りは中々大きい。いつ殴り掛かってもおかしくない。
まぁいくら【激怒】状態ってもね。言っていいことと悪いことがあるからね。
ん~、と世永さんはのんきそうに呟く。
「味方に攻撃するのを堪えているあたり、一応自分でなんとかしようとしている努力は見えるな」
「あれで我慢している結果なのか……」
怒りの行きどころが暴言という形で出たのか。
なんて面倒な状態異常だ。
「なんだぁテメェ!? 庇ってるつもりか!? 見下してんじゃねぇぞこらぁ!」
「見下す? それは聞き捨てならないぞ! 僕は君たちを見下したことなんか一度もない!」
その厄介さを証明するかのように、川辺は庇ってくれたはずの伊波にまで噛みついた。
そして、こればかりは伊波も怒った。
これに関しては伊波の気持ちも分かる。口にするのは恥ずかしいが、俺達はお互いをかけがえのない親友だと思っている。これ以上の友達は、もう二度と現れないだろうと思うほどに。
そんな俺達が内心で見下しているなんて、絶対にありえない!
だが、川辺はそんな伊波に、疑心に満ちた目を向けていた。
「バレバレなんだよ! お前は明らかに俺を見下しているだろ!?」
「していない! 僕らは対等な関係だ! 見下すなんて断じてありえない!」
「嘘吐けぇ! 少しは痩せろよデブって思ってるだろうが!」
「あ、うん。それは思ってる」
あ、ごめん。俺も思ってる。
「目を見れば分かんだよ! こいつらそれ以上食べてどうすんだよって目で俺達を見てんだろうが! これを見下していると呼ばずに何て言うんだ!? あああん!?」
「いや、だって……満腹でも食欲を優先するのは体によくないじゃないか……」
「それでも食べたいから食べてんだろうが! それで太るだなんて受け入れてるわボケが! 余計なお世話なんだよ! 気持ちよく俺らの好きに食わせろや! 食べ歩きに連れてっても冷めた目で見てるしよぉ!? スカしてんじゃねぇぞコラアアアア!」
「別にスカしてなんかない! 最近は僕も食欲が増えて楽しく付き合ってるだろ!?」
まぁ確かに。伊波は余り食えないから味見に付き合うだけだったけど、運動している上でレベルも上がったせいか、ようやく大食いの男くらいは食えるようになっているからな。
それでも自然とセーブしているところがあるが。そしてまたこいつらは……みたいな目で俺らを見ている。アイツはそういう所がある。
別に本気で不満に思っている訳ではないけど、【激怒】状態でぶちまける程度には気にしていたか。
しかし川辺のやつ、さっきから俺達って……お前、もしかして俺を同列の仲間だと思ってんのか?
最大級の侮辱なんだが?
好き放題に言って調子に乗ったのか、川辺はイキッたヤンキーのような顔をして伊波にガンつけた。
「それにお前よぉ? 最近調子に乗ってるよなぁ?」
「ちょ、調子にって……どこが?」
「森山さんだよぉ! お前たまたま良い感じだからって、自分がリア充ですみたいな空気出してるよなぁ!? 陰キャオタクの俺らを憐れみの目で見てるよなぁ!?」
「み、見てない! 僕はそんなこと思ってないぞ! そんな自分だけ彼女ができそうだからって、そんな――ッ!」
いや、絶対に思ってる。
最近の奴は、可哀そうな物を見る目を俺らに向ける時がある。
状態異常とはいえ、何か理由がないと人は怒れない。
川辺の怒りは正しい。
「というかそれただの嫉妬じゃないか!? そんなに悔しいなら自分だって彼女を作ればいいだろ!?」
「「作れたら苦労しねぇよ! バカにしてんのか!?」」
あ、世永さんにも刺さった。
伊波、愚かな奴め。敵に回してはいけない人を回すとは。
つうか完全にできる側の意見じゃねぇかそれ。やっぱり俺らをバカにしてるだろ。
伊波に言いたいことは言ったのか、川辺は俺の方を見てきた。
あ、今度は俺ですか。
「楓太ぁ! テメェは――」
「嫁を作るのは俺だということを分かっているんだろうな!?」
「――あああああああああああああ!!!!」
川辺はやり場のない怒りを吐き出すように、地面に向かって叫んだ。
ふっ、正義は勝つ。しかし虚しい勝利だ。
世永さんは恐れるように俺を見ている。
「小畑さん、なんてエグイ真似を……」
「エグイ? 何をバカなことを。本気で言いたいことがあるなら言えばいいんですよ」
「嫁を人質にされて、俺らが何か言えるわけねぇんだよなぁ。まぁいい。録画はしっかり撮ったことだし、そろそろ川辺さんを正気に戻さんとな。ガンガン戦わせないと話が進まん」
エグイのはどっちだよ。いつの間に動画なんて撮ってたんだ。
やっぱりこの人もミライさん側の人間だということがよく分かる。
世永さんは地面を叩き続ける川辺に近づき、肩を優しく叩く。
「川辺さん。もう少し自分を俯瞰して見てみろ。もう一人の自分が後ろから自分を見ている、という感覚だ。自分で自分を見つめるというのが精神状態異常に対抗するコツだ」
「――うっせぇんだよオーガみたいな顔しやがって! そりゃ女も逃げ出すわ! 気安く声かけてくんじゃねぇ!」
「ふんっ!!」
――バキィ!!
♦ ♦
「えーっと、大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えるのか……?」
殴られて正気に返った川辺は、恨めしそうに俺を見た。バカな問いだったな。
自分で自分を抑えつける。あるいは、物理的な痛みで正気に返る。
精神異常からの正しい回復法ではあるんだが、川辺の頬は痛々しく腫れあがっている。見た目よりもダメージはないから動きに支障はないとはいえ、正直見ていられない。
しかし、それ以上に精神的なダメージの方がでかいようだ。
状態異常中のことを忘れていた訳じゃないから、自分が何を言ったのかもはっきり覚えてるんだろう。
黒歴史を生み出してしまい、いつになくげんなりとした表情をしている。
「皆も悪かったな。でもあれは状態異常のせいだから、見逃してくれるとありがたい」
「まぁ、いつも守ってもらっているしね。本気で怒っている訳じゃないんだろうから、僕は別にいいんだけど……」
「でも、本気の発言ありますよね?」
「発言が本気で気持ち悪かったです。このロリコン犯罪者予備軍っ」
「……そんな事言うけど、自分達だってああなるからな!? ここで俺を責めるってことは、自分だって後で責められても文句は言えないってことだぞ!? 覚悟は出来てるんだろうな!?」
あっ、逆ギレし始めた。なんて見苦しい。
仲裁するように、世永さんがパンパンと手を叩いて注目を集める。
「はい、そこまでにするようにな。精神異常はその影響で、普段は思ってもいないことを口にすることがある。実際さっきの川辺さんの言葉も、愚痴にすら出ないような小さな思考を怒りが増幅した結果、言葉に出たってだけだ」
思慮深い目で川辺達を見回し、世永さんは続けた。
「精神異常は本人の対策も大事だが、そのあたりの影響を周囲も理解してやることが大事なんだ。それを分かってないせいで、パーティが解散するというのもよくある話なんだぞ。せっかくこんなに仲の良いパーティなんだから、こんなくだらないことで仲間割れしないようにな」
「でも世永さん。迷わずオレのことを殴りましたよね?」
「それは川辺さんが俺のデリケートなところを触れたのが悪い」
きっぱりと世永さんは言いきった。
このダブスタよ。さっきまでの理解なんちゃらは一体なんだったのか。
「ほら、次の魔物が来たぞ。構えろ構えろ」
「もう来たのか。またあんな醜態晒すのは嫌なんだが」
「ちょっと怖気づいてきたね……」
「私もです。とんでもないこと口走ったらどうしよう……」
「私も自信ないな~」
たった一度の経験で、あれだけやる気を出していた四人の気が沈んでいる。
気持ちは分かるけど、やらないといけないんだから頑張ってほしい。
「気落ちしてると状態異常に抵抗できないぞ! 気張っていけー! 気張ってぇ!」
「自分はやらないからって気楽に言いやがって……!」
「後で覚えておくように……」
なんだ。せっかく応援してあげたというのに、嫌な奴らだ。
次は異常にかかっても放置したろうか。
そうしている間に、次の魔物がやってきた。
確かプライドヴェイパーとかいう名前だったか。紫色のガスが固まっているような魔物だ。
その姿を見て、ゲッと川辺が嫌そうな声を漏らした。
「やべぇな。あれたぶん、俺の攻撃は効かねぇだろ?」
「だろうね。トドメは僕が刺すことになりそうだ」
物理を無効にするような敵でも、伊波の【魔術】なら問題ないからな。川辺が言うほど心配することもない。
プライドヴェイパーは先ほどのレッドインプと同じく、火の【魔術】を撃ちこんできた。が、これもあっさり川辺が防ぐ。
ガスの身体では直接攻撃ができない分、見切りが早いのか。【魔術】が効かないと見るや、すぐに状態異常攻撃を狙ってきた。
ガスの身体を広げ、四人をうっすらと包む。
苦しそうな声を上げるが、なんとか耐えている。あとはこのままどこまで耐えられるか、と思ったところで、伊波が小さく舌打ちをした。
「死にぞこないのカスが。誰に向かって歯向かっている? ――散れ」
その瞬間、伊波の魔力が膨れ上がり、その影響でプライドヴェイパーが霧散する。
慌てて距離を取ってまたガスが集まるが、ちょうどその実体を作った時だった。
《《音もなくその横に現れた》》伊波が、スッと手を伸ばしていた。
「――死ね」
伊波が伸ばした掌から、まるでドラゴンのブレスのような火炎が放たれる。
炎に包まれたプライドヴェイパーは浄化されたかのように、あっさりと姿を消した。
チリ一つ残さず消えたプライドヴェイパーに、伊波は虫を見るような目で呟く。
「低層の雑魚には過分な栄誉だろう。我が炎に焼かれて逝けたことを光栄に思うがいい」
おお、まるで冷酷な悪役のようなセリフ。ちょっとかっこいい。
かっこいいんだがよぉ……!
俺は足元の石を拾う。そしておもむろに振りかぶり、投げた。
――パコンッ! あひゃぁ……ッ!?
【アイテムスロー】が存分に働いた投石は、正確に伊波の頭を捉えた。高く良い音を響かせ、伊波は間抜けな声を漏らして膝を着く。
よし、いつもの伊波に戻った。
自分の仕事に満足していると、伊波がよろよろと立ち上がり抗議の視線を向けてくる。
「な、何をするんだい? 急に石を投げられる謂れは……」
「お前なに〈妖精の羽〉をこんな低階層で使ってんだよ! 深層の強敵だけ! 命に関わる時だけって言ったよなぁ!?」
〈妖精の羽〉――妖精種をまるごと材料にして作れる【短距離転移】を可能にするアイテムだ。逆に言えば丸ごとを使わないと作れないから、微妙に素材を集めるのが面倒なアイテムでもある。
小畑会でも需要が多いから、俺達でもそうそう数を確保できていない。
緊急回避手段、そして〈空間魔術師〉の力に目覚めることを期待して、伊波に多めに持たせているが……こいつ、カッコつけるためにこんなところで使いやがった!
瞬間移動で距離を詰めて大火炎で攻撃。敵を全て燃やし尽くす。カッコイイ、マジでカッコいいけどさぁ! 今やることじゃねえだろ!?
「精神攻撃に耐えろって言ってんだろ! 攻撃して終わらせてどうする!?」
「おっ、おお。そういえば確かに。おかしいな。すぐにでも格の違いを見せないと我慢できなくなって……」
「なんだそりゃ? お前いつからそんなヤンキーみたいな思考になったん?」
「でも、いつもの伊波さんっぽくもありますよ」
「確かに。カッコ良かったですからね~」
言われて見ると、あまりに伊波らしすぎて、あれが異常だったのか分かり辛い。
なんて面倒な奴!
「【傲慢】の状態異常だな。自分を大きく見せたくなって、無駄に攻撃を過剰にさせたり、敵の攻撃に対して油断を生む効果がある」
「ああ、それであんな大物ぶった演技を……」
「ふっ、演技ではない。あれが僕の本当の姿さ」
「うるせぇよ」
こんな状態異常もあるのか。しかしこいつ全く応えてねぇ。それどころか嬉しそうだな。
普通、あんな姿を観られたら恥ずかしくて死にたくなると思うんだが。コイツこのダンジョンだったら無敵か? ある意味で適性が高いのかもしれん。
満足そうにしている伊波を見て、七緒ちゃんが不安そうな顔をしている。
「私があれにかかったらどうしよう……どんな恥ずかしい真似をするか……」
「いや、案外七緒ちゃんなら似合うと思うけど」
「どういう意味ですかそれ?」
「私も不安になってきました。マル、いざとなったら私を止めてね?」
「ワンッ!」
任せろ、とばかりにキリッとした顔を見せるマル。
いつになくしまった顔つきでカッコイイ。あれならチヨちゃんの名誉は守られるだろう。
「――ピュイイイイ!」
「あ、もう来た。ペース早いな」
「もう少し緩めてもいいんじゃ……今度は二体かよ。ちょっと真面目にやらなきゃか?」
二体同時ということに気づき、川辺の顔がマジになる。そして、そのうちの一体を見て顔が嫌そうに歪んだ。
「レッドインプ! また来やがった!」
「もう一体は……ピンクチャーマーか。違う種類の状態異常ペアはありがたいな」
世永さんは助かると言わんばかりに頷いている。
そんな簡単に言える相手ではないと思うが。
ピンクチャーマーは全身がピンク色をした、綿あめのような体をした魔物だ。見てくれだけならマスコットっぽくて、子供に人気が出そう。
しかし二体同時とはいえ、やはり戦闘力はそれほどでもないようだ。川辺は直接攻撃も【魔術】も完璧に防いでくれている。そして効かないとみるや、二体同時に精神攻撃を撃ってきた。
うっ、と呻き声が聞こえる。今の四人には、頭をかき乱すような不快感が襲ってきているのだろう。
俺だったら抵抗もできず、醜態を晒しているだろうな。それを耐えている四人は本当に凄い。しかし当然、それも限界がある。
「ヴヴヴッ……ッ! グルルルルルルッ……!」
「あっ、ヤバそうだなこれ。おらっ!」
突然マルが牙を剥き出し、唸り声を上げていた。フーッ、フーッと息を荒らし、今にも飛び掛かりそうだ。
川辺と同じ【激怒】状態になったようだ。同じ経験からその危険性を感じた川辺は、すぐに防御を切り上げ、二体の魔物をメイスで叩き殺した。
だからといって油断はできない。
マルが状態異常をなんとかしないことには、安心できないからだ。
とりあえず声を掛けて――と思った時、マルが川辺に向かって飛び掛かろうとしていた。
さすがにマルからの攻撃は、川辺と言えど……ッ!
最悪の光景を想像し、喉が引き攣る。
しかしマルが襲うより早く、チヨちゃんが叫んだ。
「マル! 待てっ!」
「――ヒャン!?」
さっきまでの獰猛さはどこへ行ったのか。いつものマルに戻ったかと思ったら、緊張した表情で体を固める。
プルプル震えているマルに、チヨちゃんはさらに厳しい表情で続けた。
「マル、お座り!」
「ワン!」
「よーし、良い子良い子」
素直に従ったマルを見て、チヨちゃんはにこりと笑ってマルの頭を撫でる。
そしてようやくマルは緊張を解き、パタパタと尻尾を揺らしていた。
おお、なんというご主人様っぷり。まさか一言声をかけるだけで正気に戻るとは。これが主従の絆か?
心が繋がっている〈調教師〉なら、殴らずとも正気に戻らせることができるのかもしれない。
だとしたら〈調教師〉の支配下の魔物って結構反則じゃないか? これが標準装備だったら悪魔系の魔物にとって天敵に――あ、いや、どうやらそういう訳ではないらしいな。
【人物鑑定】
名称:七海八千代
ジョブ:〈調教師〉【叱喝】
【叱喝】――支配下の魔物への声掛けにより、動揺した魔物を正気に戻す。
精神系の状態異常の確定回復ってこと?
対象が限定されてるとはいえ、強くね? まじで悪魔系の魔物が涙目じゃん。
このダンジョンではチヨちゃんが主軸になるかもしれないな。
「凄いよチヨちゃん。いつスキルに目覚めてたの?」
「え? そうなんですか? とにかくマルを止めなくちゃって思っただけで、特に何も考えてなくて」
ってことは、今まさに必要だから取れたってことか。
チヨちゃんがどれだけ二匹を大事にしているかよく分かるな。
「いや、本当に凄いよこれ。最悪、マルとピーちゃんに頼ればこの先も安全に戦えるってことだし。さすがだ」
「ふふ~。そこまで褒められちゃうと照れちゃいますね~」
それくらい褒められてもおかしくない能力だから、照れることはないと思う。
思うん……だが……。
「あの、チヨちゃん? なんか近くない?」
「ええ~、何がです~?」
「いや、距離。近いよ。なんでそんな近づいてくんの?」
「そんなことないですよ~」
ぽやっとした顔でチヨちゃんは否定してくるけど……いや、絶対に近いよ。
なんでそんな、触れるか触れないかの際どい距離感で迫って来るん?
「ふ~、なんだかあっついですねぇ~」
「【耐暑】がついてる装備なのに?」
パタパタと手でわざとらしく顔を扇いでいたチヨちゃんは、俺の言うことを無視して、おもむろに胸のボタンを外し始めた。
一つ、二つと上から外して……おお、中には胸の谷間が露わになっているシャツが――!
「チヨちゃん待った! ストップストップ! どこまで脱ぐの!?」
「ふー、ふーっ。暑いので、もう少し……」
「もう少しじゃなくて! それ以上は駄目でしょ! ――なんで胸当ててきてんの!?」
「違います~。当ててるんじゃなくて当たっちゃうんです~」
「ちょっ、ちょっとチヨ!? 貴女本当に何やって――」
呆然と見ていた七緒ちゃんが、ようやく動き出す。
しかし、チヨちゃんは俺の腰元に抱き着くと、足を掛けてきた。
俺は仰向けに倒れ込み、チヨちゃんに押し倒される。
そしてそのまま、チヨちゃんにマウントポジションを取られた。
ポジションを取って見下ろすチヨちゃんから、恐怖は感じない。
その上気した頬と目から感じられるのは、欲情したそれ――あ。
「世永さん! 世永さーん! チヨちゃんが【欲情】しているんですけど!」
「あー、ピンクチャームは色欲の魔物だからな。そりゃそうなるだろ」
「分かってるならのんびりしてないで助けてくださいよ! ほら! 今まさに襲われてる!」
「なんだ、本当に助けていいのか?」
「それは……!」
いや、確かに美味しいポジションではあるけど!
正直このまま身を任せたくもあるけど!
――でも大人としてそれはいかんでしょ!
「なんだよ。やっぱり助けてほしくねぇんじゃねか。くそが、見せつけやがって……」
「いやマジで助けてくださいよ! 本気で無視するの!? 七緒ちゃん! 妹さんを止めて!」
「チヨ! そこまでに……なにこれ!? 力強っ!?」
「暑いですからね~。楓太さんも脱いで涼しくなりましょうね~」
「いやぁあああああ!? 止めて! 脱がさないで!? ――いやだからと言って自分が脱いで良い訳じゃない! マル! ピーちゃん! お願い助けて!」
「二人共、邪魔したらご飯抜き」
「ワン……」「ピュイ、ピュイィイイ……」
「お前らこのバカ野郎! 主人が男を襲って純潔を散らそうとしてるんだぞ!? 本当に大事だったらご主人を止めんかい! この役立たずが! 川辺! 伊波!」
「もう年貢の納め時ってことじゃねぇの?」
「初めてが野外なのはびっくりだけど、まぁこれも多様性ってことで。いい加減見ていてやきもきしていたし、覚悟を決めたらどうだい? そもそも正直嬉しいだろ?」
「ざけんな! ここまで来たら初めてはホム嫁って決めてんだよ! 手を出すにしてもその後――待て待て待て!? 本当に駄目だってマジで! 我慢できなくなるから!」
「我慢なんて……しなくていいですよ?」
「まじで駄目なんだって! ――い、いやぁあああああああああああっ!!」
一応、俺の純潔は下を脱がされる前に守られた。
♦ ♦
「…………」
「あのさ、チヨちゃん。気にしなくて大丈夫だって。【欲情】状態になってただけだって分かってるから」
「大丈夫じゃないですっ……! 慈悲があるならどうか殺してください……」
「いや、それをやったら俺がピーちゃんとマルに殺されるんだよね」
あのあとすぐに正気を取り戻し、チヨちゃんは我に返った。
そして自分がやったことを自覚し、顔を真っ赤にして蹲っている。
私を見ないでとばかりに、顔を手で隠している姿はなんとも哀れなものだ。
恥ずかしがる気持ちは分かるんだけど、本当に気にしないでいいのにね。
「大丈夫だよ。チヨちゃんが野外でもオッケーなド淫乱とか誰も思ってないから」
「それ思ってるやつじゃないですか!? ちがうもん! 初めてはもう少し雰囲気のある高級ホテルでとか考えてますもん!」
いや、それもどうなんだろう。
そういうこと考えているなら、元々頭ピンクだったんじゃないかなって……。
しかし、あのまま続いたら本当に危なかったな。
若いチヨちゃんだから倫理観でまだ耐えられた。正直、これが七緒ちゃんだったら耐えられなかったと思う。
「うっ、ううっ……なんでこんな目に……お姉ちゃんも辱めを受けないと納得がいかないよっ」
「絶対に嫌よ。何がなんでも耐えきってみせるわ」
「いや、そうはさせねぇ。順番的に次は七緒ちゃんだ」
「その通りだ。絶対に通してみせるよ」
「貴方たち敵ですか!? そんなに私を裸にさせたいの!?」
裸にさせたい訳ではないけど、まぁなんかしら苦しんで欲しいんだろう。
当事者からすれば何でお前だけってなるだろうし。七緒ちゃんが何らかの恥をかくまで止まらないだろうな。
これ以上の黒歴史が起きないよう、何も起きないでほしいが。……ほんとだよ? もっと醜態が見たいなんて思ってないよ?
「あっ。ピーちゃんが次の獲物を連れてきましたね。今度は一匹か。都合よく孤立している魔物が多いですねーここ」
「階層にもよるが、渋谷は動物型が多くて群れをつくるけど、こっちはそうじゃないからな。まぁ俺らにとっては助かる話だ」
「ですね。今度はスィートウィスプか。状態異常は――【陶酔】ですか。どんな感じです?」
「簡単に言えば、自分に酔って普段と異なる言動を取る感じだな。無駄に前に出たり、必要ないのに大技を決めたりしてまぁ鬱陶しくなる。振り返ると一番恥ずかしくなるやつだ」
なんつう厄介な。このタイミングで最も嫌な奴が来たな。
七緒ちゃんがなったら、一体どんな醜態を晒すか分かったもんじゃない。
チヨちゃん並みの黒歴史を作る可能性がある。できれば無事に耐えきって欲しいが……。
「――――私の歌を聞けぇええええええええええ!!」
あっ、良かった。
いつも通りの七緒ちゃんだ。




