第125話 気軽に水は飲んじゃいけません
「なんか気が滅入る場所ですね」
「確かに。辛気臭い場所だな」
「とても歌舞伎町とは思えない所だね」
薄暗い曇り空に、何もない荒れ果てた荒野。
ここにいるだけで気が落ち込んできそうな場所だ。
何もないという意味では渋谷ダンジョンも同じだが、あそこはまだ広大な自然を感じられる良いところだったと、ここを見れば思う。
早くも萎えかけている俺達に、世永さんは含み笑いを浮かべて肩を叩く。
「景色だけならそう思うのも仕方ない。だけどな――ここにはサキュバスが居る」
「そういえばそうでしたね!」
「なるほど。そう聞くと、なんだかこの荒野が輝いて見えるな!」
「そうか。サキュバスと言う宝が眠っている荒野。なんて素敵な響きだ……ッ!」
「サイテー」
「本当にサイテーです」
サキュバスが居る。それだけでこの荒野が華やいで見える。
七緒ちゃんとチヨちゃんからすげぇ冷めきった目で見られるが、そんなのどうでもいい。
この荒野には、男の夢が詰まっているんだ!
「まぁ、夢があるって油断できるほど甘いダンジョンではないんだけどな」
世永さんは表情を引き締めると、また荒野に目をやる。
その表情の変化に、俺達も自然と背筋を伸ばしていた。
「歌舞伎町ダンジョンは悪魔系の魔物が生息するダンジョンだ。悪魔系の特徴として【魔術】攻撃を得意とする魔物が多いこと。そしてなにより、精神系の状態異常攻撃をしてくる奴らが居ることが挙げられる」
「ええ、相当厄介だと聞きますね」
自身に好意を抱かせ、仲間を裏切らせる〝魅了〟。
攻撃力を上げさせてしまう代わりに、敵味方を判別できないほど冷静さを失わせる〝激怒〟。
身を竦ませる行動制限に加え、逃走を促させる〝恐怖〟。
どれもが一筋縄ではいかない厄介な攻撃だ。
やり辛さと言う意味では、単純に強い魔物よりもよっぽど上を行く。
一流の探索者でも、この状態異常で思わぬ相手に不覚を取るというのも、よく聞く話だ。
「精神系は本当に面倒でな。小畑さん達も強くなったとはいえ、精神攻撃に耐性はほとんどない。最低限こういう状態異常があるって、頭に入れておいてくれ。心構えがあるだけでだいぶ違うからな」
力不足で負けるならともかく、こんな精神攻撃で動揺して死ぬのも恥ずかしいからな。言われないでもそうするわ。
「だが、このダンジョンの怖い所は魔物だけじゃない。ダンジョンのギミックこそが最も厄介な部分だ」
「らしいですね。なんでも定期的に、白く光る水場に寄らなきゃいけないとか?」
「ああ、そのとおりだ。伊波さんはしっかり予習しているようだな」
伊波の答えに、世永さんは満足そうに頷く。それに思わず俺は目を逸らした。
だいぶ前に興味本位で調べたけど、もうほとんど忘れてるんだよな。予習はしとこうと思ったが、最近は生産で忙しかったし、今日は世永さんも一緒だから大丈夫だろって。
いかんな。成長したからって、ちょっと気が緩んでいるかもしれない。
ここで改めて初心を思い出したほうがいいかもしれん……。
「まずな、このダンジョンは中にいるだけで、徐々に精神が摩耗していく。この徐々にっていうのがまたいやらしくてな。本当に微々たるもんだから、本人は大丈夫と思って放置した結果、冷静な判断を失って終いには発狂する奴もいるんだ」
「発狂ってとんでもねぇな。そこまでおっかなかったのかよここ」
「私もちょっと怖くなってきました……」
川辺が嫌そうな顔をして、チヨちゃんは不安を紛らわすようにマルの毛並みに手を伸ばした。
実際かなり怖いと思う。ダンジョンの中にいるだけで、そんなデバフを飛ばされるとか中々に理不尽だよな。
正気度、みたいなのが削られているんだろうか? クトゥルフかな?
「初期の頃は、このダンジョンにそんな仕様があるなんてハッキリしてなくてなぁ。相当の再起不能者を出したんだ」
「聞いているだけで帰りたくなってくるんですが……。もちろん対策はあるんですよね?」
「はっはっは、もちろんだ。それがさっき伊波さんが言った、白く光る水だな」
恐る恐る尋ねる七緒ちゃんを、世永さんは笑い飛ばした。
「フィールドに点在する白の水には、飲むとその摩耗した精神を回復させる力がある。おまけに魔物も寄ってこなくなるという完全な安全スポットなんだ。なんでも聖属性の効果が付いた水になっているらしい。つまり〈歌舞伎町ダンジョン〉は、その白い水場に寄りながら目的地を目指すというダンジョンなんだ」
ああー、なるほど。そう聞くと分かりやすい。
途中の回復地点で休みながら進むことができるって考えれば、仕様を理解するとむしろ優しいダンジョンな気がするな。
熱中症にならないよう定期的に水分はとりましょう、みたいな心構えでいけるだろ。
「よかった、それなら安心ですね! ちなみに、あの赤い水はどうなんでしょうか?」
そう言って、チヨちゃんは少し離れたところにある赤い池を指す。
視界の端に映って気になってはいたが、見るからに怪しい色で訊ねるのが憚れていたものだ。
でも、少なくとも絶対に飲んじゃいけない色をしているのは分かる。
世永さんはチヨちゃんの問いに、あ~と微妙な声と漏らした。
「あれはなー。一応、飲むと体力と【MP】が回復する水なんだよ」
「え!? めっちゃ便利じゃないですか! 天然のポーションってこと!?」
むしろポーション要らずじゃん!
ポーション需要がなくなってもおかしくないやつじゃん!
いやでも、それなら今でもポーションが求められているのはおかしいな?
「ただし、飲むとダンジョン探索での精神摩耗とは比べ物にならないレベルで、精神がおかしくなる」
「デメリットの方がデカすぎるじゃないですか。あんなに分かりやすいなら、間違っても飲みはしないでしょうけど」
だけど容器に移されて、トマトジュースって言われたら飲んじゃうかも。健康効果どころか再起不能になりかねないけど。
「それがそうでもなくてだな。回復するのは間違いないから、ポーションが切れた時は応急的に飲むという選択も入ってくるんだよ。さらに言うと、低層はともかく中層以降は白い水場の数が少なくなってな。途中で飲み水が切れたら、やっぱりあれを飲むしかない。このギミックのせいで、このダンジョンは高レベルの探索者が死ぬことも珍しくない。それを踏まえてルートを定め、計画的な探索ができるかどうか。それがこのダンジョンで最も重要な能力だな」
「へぇ、意外と真っ当な能力が求められるんですね」
水場にはそこまで困らない渋谷ダンジョンとは大違いだな。
俺らだけでここを探索できるかと言われると、正直怪しい。
どこかで発狂して裸で走り回ってもおかしくない気がする。
でも逆に言えば、ここで探索できるようになれば、ルート選定の能力が十分に身についているってことになるよな?
そういう探索者に必要な能力訓練という意味では、良いダンジョンなのかも。
「ちなみに、赤い水の他にも黒い水ってのもあるんだが、こっちは絶対に飲むなよ。赤以上に精神が削られ、精神系の状態異常がランダムで発生するから」
「絶対に飲みません……。しかし赤も黒もそうなると、とにかく白い水が生命線なんですね」
「ああ。そんなダンジョンだから、探索最深層の更新が難しいダンジョンでもあるんだ。なんせ初見だとどこに白い水場があるか分からないからな」
「あー、なるほど。出口と白い水場を探している間に限界がくるって可能性もあるんですね。そりゃ探すだけでも時間がかかるか」
で、白い水場が見つからなくて仕方なく赤や黒を飲んで、取り返しのつかないことになるって感じか。
ここで深層を更新した人、貢献度って意味では他のダンジョンより評価されそうだな。
そういうことだ、と世永さんは頷く。そして俺に顔を寄せると、声を潜めた。
「俺としては、スライムで赤い水が浄化できないか密かに期待している。もしできたら、このダンジョンの難易度が格段に落ちる」
「確かに。それさえできれば世永さん達なら……」
がっつり探索して、最深層の更新報酬を独占できるだろうな。
その期待を感じたのか、俺の背中のバッグ、そして世永さんのところのダチョウに括りつけたバッグの隙間から、スライムがにゅるりと体を伸ばしてこっちに手を振ってきた。
ダチョウと同じく、その有用性から求められたスライム君達。その作りやすさから、今では小畑会所属のパーティが、一匹はスライムを探索に忍ばせている。
まさかこいつらがこのダンジョンで救世主になりえる存在になるとは。本当に作っておいて良かったな。
「それじゃあとりあえず、あそこの赤い水場に行きます? 早いうちに試した方がいいかと」
「ははははっ。おいおい、ここで堂々とスライムを使うのはまずいだろ」
あっ。そういえばそうだな。
ここは一階層の入口前。あちこちに他の探索者が居る。スライムだけなら〈調教師〉がうんぬんでいくらでも誤魔化せるとはいえ、トラブルになるのは面倒だ。
「とりあえず、ここから離れて人気のないところに行こう。〈魔力通信変換核〉を設置しないとならんしな」
おお、それはその通り。
このダンジョン探索の第二の目的。通信網を広げていかなければ。
もうダンジョンでネットが使えない状況なんて考えられないからな。
こうして新しいダンジョンに来たなら、インフラをコツコツ整えていかねば。
世永さんの先導に従い、俺達はダンジョンの入口からどんどん離れていく。
白い水場を目指すのが基本である以上、ルートから少し外れるだけで、どんどん人気が少なくなっていく。
そんな俺達を怪訝そうに見る者もいるが、迂闊なルート変更が命に関わるこのダンジョンにおいて、ダチョウで駆ける俺達をわざわざ追ってくるような奴らはいない。
危ないダンジョンではあるが、見つからずに楽に設置できるという意味では、これほどやりやすい場所はないだろう。
俺達はそうして、一層の隅にと辿り着き、そこにあった枯れた木の根元に〈魔力通信変換核〉を埋めた。
近くに白い水場はなく、他に目立った採集物もない。ここなら誰かに見つかることもないだろう。
そして一番近くの赤い池に到着し、早速スライム君達に頑張ってもらうことにしたのだが――
「ピッ……ピキッ……ピピー!?」
「どうした? 駄目か?」
いつものようにビニールタンクに水を汲み、スライムがするりとその中に滑り込む。
ゴボゴボと泡立てているかと思いきや、俺のスライムが逃げ出すようにタンクから飛び出してきた。
よれよれとした動きで、必至に何かを訴えるように俺にアピールしている。
この二日酔いで苦しむおっさんのような動作は……。
「世永さん、駄目みたいです。辛いって」
「ああ~、そうか。こいつらならなんとかと思ったんだけどな。となると、やっぱり根本的に汚れとは違うんだろうな」
残念そうに世永さんは溜息を吐く。
もし安全な飲み水になるなら、このダンジョンでの活動が根本から変わるからな。期待も大きかったのだろう。
ただまぁ、確かに汚れとかではなさそうだよな。
体力と【MP】の回復をこなす代わりに、正気度を減少させる。なんというか、呪いとかそっち方面に思える。そりゃスライムでも綺麗にできないだろうよ。
……この赤い水、素材としてはどうなんだろう? 【鑑定】すれば分かるか? 呪い系に該当するなら、結構な素材になりそうな気がするが。
【アイテム鑑定】
〈悪魔の血潮〉――使用者を悪魔に近づける特殊な液体。精神を消耗する代わりに体力と魔力を回復する。一定量の摂取で悪魔契約の条件を満たす。
――なんかヤバいことが書かれているんだが。
その内容の危うさに、さっと顔が青ざめるのを感じる。それを察したのか、川辺が俺に声をかけてきた。
「おい、どうした? なんか顔色悪いぞ?」
「いや、この赤い水を【鑑定】したんだけどさ。なんか〈悪魔の血潮〉っていう名前らしい。おまけに悪魔に近づけるとか、悪魔契約の条件を満たすとか書いてある……」
「ちょ、ちょっと待て!? それマジか!?」
世永さん達はぎょっとした顔でこっちを見てくる。
ここで活動している以上、仕方なくこの赤い水を飲んだこともあるだろう。それが聞くだけでヤバそうな文句が混じっているのだ。焦るのも仕方ない。
マジです、と俺が頷くと、世永さん達は顔を突き合わせ相談し始めた。
「悪魔に近づける。だから正気を失うってことか?」
「ってことは、このダンジョンの精神摩耗ってのはもしかして、それ自体が悪魔に近づくってことだったのか? 白い水場に近づいて回復するのは、それをリセットしているから?」
「おいおい、これじゃあなおさら気軽に赤い水を飲む訳にはいかねぇな。今後は一層水の扱いには注意せんと」
「ここで時々見かける、目がイッてる奴ら。あれ悪魔になりかけってことか? てっきりヤクのやりすぎだと思ってたんだが……」
「それよりも悪魔契約ってのが俺は気になるな。これ、もしかして未発見のジョブの情報なんじゃねぇか?」
ああ~、確かにありえそう。
〈悪魔使い〉とか、そういうジョブがあってもおかしくないよな。
体力と魔力が回復する赤い水。一見便利で頼りたくなる代物。しかしそれは悪魔の誘い。飲んだ物を堕落させ、悪魔に近づける。そう考えればしっくりくる。
「赤い水を飲んでフラグを立てて、悪魔と契約すること。それで〈悪魔使い〉的なジョブに目覚める、だったらなんかありそうですよね」
「ああー、それホントにありそうだな。しかも結構強そう」
「でも、結構勇気がいりませんか? 私だったらやりたくないです……」
「私は……正直分からないわね。楓太さん達と会う前だったら、気軽に力を手に入れられるとしたらやっちゃうかも」
うん、確かにあの頃の七緒ちゃんはそれくらい追い込まれていたからな。
安易とはいえ、現状を変えたいと思ったらそれくらいはやってしまうかも。
伊波は難しい顔をしながら、首を傾げる。
「でも、これだったらわりと取得している人も多そうじゃないかな? なのに一切それらしい噂すら入ってこないのは妙だと思うけど」
「いや、赤の水を飲むのは最終手段だし、飲んだとしてもなるべく早く白の水で回復しようとするからな。腕の立つ奴ほど、その機会は少ないんだよ。逆に無計画な奴らは勝手に消えていく。たぶん今もここで活動している奴らは知らないはずだ」
「ふむ、なるほど。皮肉にも真っ当な人だからこそ、これを知らなかったのか」
世永さんの見解に、伊波も納得したようだ。
真っすぐな人ほど悪魔の誘惑に耐えられたと考えれば、なんかメッセージ性を感じる気がするな。
「普通に気づかない奴の方が多い。気づいたとしても、さすがにこの情報を秘匿する奴はいない。こんな危ない情報、まともな奴なら絶対に協会に報告――あ」
「あ、ってなんです? 絶対になんかあるやつですよね!?」
「いや、確証はないが、秘匿しかねない奴らもいるなと思ってな。というか、むしろ納得したかもしれん」
こんな危ない情報を秘匿してる奴らがいるの?
なんのために? そいつらどうかしてない?
「〈歌舞伎町ダンジョン〉を縄張りにしているやつらに、半グレの〈影狩連〉って悪ガキどもがいてな。まぁ俺達の商売敵みたいなもんだ。半グレって言葉から分かる通り、勢いだけのガキも多くてな。ろくな腕もなく、赤い水をグビグビ飲んでる奴もいる。アイツらならこのことを知っていてもおかしくない」
「はぁ。またなんとも命知らずな奴らですね。それで、そいつらが〈悪魔使い〉的なジョブを持っている可能性があると?」
「こいつらは俺達ほど強くはないんだが、それなりのレベルで数だけは多いんだよ。レベル10越えで、中層にギリギリ入れるような奴らがな。突き抜けて強い奴は少ないが、なんでまたこんなに数を揃えられるんだとは思っていたんだが、そのジョブがあるせいかもしれん」
はぁ~。なるほどね。
〈悪魔使い〉的なジョブなら、このダンジョンのギミックである精神の摩耗にも耐性ができる可能性がある。そうなると、赤い水も普通に飲むという選択ができるかもしれない。
迂闊な奴だとすぐに死ぬこのダンジョンでも、それならなんとかやっていけそうだよな。そして〈悪魔使い〉的なジョブが、促成栽培的に強さを得られるんだとしたら……。
「突き抜けた強さはないが、数だけは多い。確かにあり得そうですね」
「だろう?」
お手軽に力を手に入れることは出来ても、超一流になるためには狂気的な努力が必要だ。
それこそ世永さん達だって、俺達では想像もできない過酷な経験をしているはずだ。軽く力を手に入れたような奴らに、そんなことができるとは思えない。
半グレなんて連中だ。荒事に慣れているから、そういう意味では探索者に向いている奴らが集まっていると思う。
だけどレベル10も超えれば、他のダンジョンで活動することもできるし、中層での素材採集での報酬も高くなる。苦労もせず手に入れた力でそれなりの稼ぎができるとなれば、そこで満足してしまう奴らも多いんじゃないか?
「やっぱり世永さんの予想は正しそうですね。そんな奴らが集まっているダンジョンか。ちょっと怖いな」
「だな。いくら俺達も強くなったって言っても……」
「数の暴力には勝てないからね……」
俺達はいいとして、なにより心配なのは七緒ちゃんとチヨちゃんだ。いや全然良くないんだけども。
もしそんな奴らに狙われて、俺達が殺されたとして、この二人は……。
怖気づく俺達に、世永さんは豪快に笑い飛ばした。
「はっはっは! そう心配するな。アイツらとは何度もやりあって、お互い手を出しちゃいかん相手だと分かっているからな。俺らと一緒にいる限り、小畑さん達が襲われることはない。それに今となっちゃ、アイツらが俺達に勝てる要素がないさ」
そう言って、世永さんは不敵に笑う。
その笑みを見て、俺ははっと思い出した、
世永さんパーティは、もはやレベル50の【種族進化】達成者。いくら数を揃えようが、30もいかない雑魚なら束になっても勝てない。
それを改めて思い出し、皆でほっとして息を吐く。
「言われてみればその通りでしたね。そんなに心配することもないか」
「はははっ、その通りだ。さて、気を取り直していこう」
安心させるように、パンッと俺の肩を叩き、世永さんは続ける。
「まずは中層手前まで向かい、途中で〈魔力通信変換核〉を設置する。そしてそこまで辿り着いたら、小畑さん達にはここの魔物と戦ってもらう」
「修行っすか? 嫌って訳じゃないですけど、なんでまたそんなところで? 今のオレ達だと、深層じゃないと経験値が入らないですよ?」
「深層に向かう為のスキルを身に着けるためだ。【精神耐性】。これがないままここの深層へ向かうのは、自殺行為と同じだからな」
思わず、といった調子で口を挟んだ川辺に、世永さんは面白がるように言った。
「進めば進むほど、精神異常攻撃の頻度がどんどん上がってくる。中には食らったら一撃でパーティが崩壊しかねないものもあるから、このまま進むわけにはいかない。戦えない小畑さんは無理だとしても、他の四人には低層で安全な内に取得してもらって、最低限の耐性を身に着けてもらわないとな。【精神耐性】は腐ることがないスキルだし、今の内に身に着けても損はないぞ」
うん。確かにその通りだな。これからいろんなダンジョンに行く機会があるなら、積極的に覚えなきゃいけないスキルだ。
世永さんの説明に、川辺と伊波は納得して頷いた。
「なるほどな~。言われてみればその通りか」
「むしろここでやらない方が嘘だね」
「でも、私達はいずれ問題なくなるとして、進んだら楓太さんが危なくないですか?」
「そうですよっ。弱いままで行っちゃうことになるんですからっ」
七緒ちゃんとチヨちゃんが、本気で心配そうな目を俺に向ける。
その気持ちは素直に嬉しい。本当にありがとう。
「大丈夫だよ、俺にはこれがあるから」
そう言って、俺は懐に隠していたペンダントを見せる。
〈守護のタリスマン〉――その守護はあらゆる悪しき念から身を守る。【精神耐性】
渋谷ダンジョンの遠征で届けてもらった〈霊石〉各種。その中の【読心】を始めとした、精神に干渉するスキルの入った素材を使って作った物だ。
いやー、本当は【読心】ができるアイテムが作れるか試してみたんだけど、【精神耐性】に変化するとは思わなかった。
素材が切れるまでに何個も試したから分かったけど、どうやら【読心】の装備を作ることはできないようだ。【読心】を使いたければ、ホムンクルスにスキルとして習得させるしかないということだな。
ちなみに、精神攻撃系のスキルは武器として付ければ、その精神異常を引き起こす武器になり。防具に使用すればそれに特化した耐性防具に。混ぜ合わせて使用すれば、【精神耐性】に変化する。
【読心】が手に入らなかったのは残念だが、こうして〈歌舞伎町ダンジョン〉対策になる装備が作れたのだから思わぬ幸運だった。
というか、【読心】が作れないで本当に良かった、ともいえる。
もし【読心】が出来るアイテムが作れたとして、それがミライさんにでもバレてみろ。
悪用して好き勝手やらかすか、使用した結果、逆ギレして暴れまわるか。どちらに転んでもおかしくない。
ちなみに俺の予想は、悪用した上で理不尽に殴りかかるだ。最悪じゃねぇか。
「いやそんなもんがあるなら渡せよ!?」
「その通りだ! 僕らに黙っている理由があるかい!?」
「自分だけ対策してるとか! 心配して損しました!」
「ほんとですよ! 一人だけ高みの見物とか恥ずかしくないんですか!?」
まぁ当然のごとく不満が飛び交う。
でも、これ俺は悪くないんだよね。
「仕方ないじゃん。世永さんには後で渡せって言われたんだから」
「ちなみに俺達は既に小畑さんから購入している」
ほら、と四人に首に下げたタリスマンを見せる世永さんのメンバー達。
煽ってんのかな?
「自分達だけズル!? じゃあオレらだって貰ってもいいじゃないですか!?」
「そもそも戦えない小畑さんはともかく、お前らは甘えさせるわけにはいかんからな。最初から対策装備を使ったら、スキルが覚えられないだろう? 最低限の耐性さえ身に付けたら渡すから」
「一応、お前らの装備も作ってあるんだぞ。ほら」
そう言って、四人分のタリスマンを見せる。
それを見て、渋々と川辺が頷いた。
「仕方ねぇか。釈然としねぇが……」
「一応ちゃんとした理由があるなら引き下がろう。でも黙っていたことは忘れないからね」
「分かった分かった。サポートはちゃんとしてやるから許せ」
不満そうにしている四人を宥めつつ、俺達はさらに先を進んだ。
高いレベルに加え、ゲロゲロ達に追いつける魔物もおらず、俺達は悠々と〈歌舞伎町ダンジョン〉を走り続け、その日の内に10層まで辿り着き、一夜を明かした。
世永さんの護衛と案内、そしてタリスマンによる精神攻撃対策。これだけ十分な備えがあれば、順調に進めるだろうと俺は高をくくっていた。
しかし、俺は甘かった。
次の日、このダンジョンはそんな簡単になんとかできるほど、甘いダンジョンではなかったということを、俺達は思い知らされることになる。




