第123話 そりゃ女が欲しがらない訳がないんだよね……
早乙女さんを仲間に引き入れてから数日後。
俺達は家のリビングで、三人揃ってノートPCを覗き込んでいた。
「これが俺の嫁。最高すぎる……ッ!」
「ぐふっ。んぐふふふっ。今から楽しみだな……」
「ああ。僕達は間違いなく、世界で一番幸せな男だ……!」
三十を超えたオッサンが三人。怪しい笑みを浮かべて、画面を見続けている。完全に事案である。
そしてそんな俺達を、七緒ちゃんとチヨちゃんは炬燵に入りながらジト目で見ていた。
ちょっとだけ視線が痛いが、今の俺達にはどうでもいいことよ。
軽蔑するならしたまえよ。もはや俺達は無敵だぞっ!
「さすが早乙女さん。これだけの短期間でよくぞここまで完璧な仕事をしてくれたもんだ」
「ああ、まったくだ。いつも以上に力をいれてくれてるな。これがオレの嫁かと思うと、感慨深いな」
「この子たちがすぐに来てくれると思うと、僕は……僕はっ! くっ!」
伊波は今から感動の涙を流し始める。
全くしょうがない奴だ。まだ来てもいないのに早いだろ。まぁとはいえ、気持ちは分かる。
俺と川辺は顔を見合わせて苦笑し、伊波の背を叩く。
そんな俺達に、姉妹はますます冷たい目になった。
「三人で遊びに行ったと思ったら。あんなことをしていたなんて」
「正直ちょっとキモイです」
「あん? なんだこのおっぱい姉妹。なんか文句あるのか?」
「まぁまぁ、そう怒るなよ川辺。しょせんただのひがみだ」
「その通り。半端な美貌しか持てない女共の嫉妬だ。寛大な心で聞き流してあげよう」
「はぁ!? 誰が半端ですって!? 私だって負けないくらい美人ですけど!?」
「あんまりふざけたこと言ってると、ご飯作ってあげませんからねコノヤロー!」
「ちょっと待てそれは反則だろ! 食事を人質に取るのは卑怯だぞ!」
スキルで作った料理は上手いけど、普通の家庭料理でしか感じられない美味しさもあるんだぞ! もう二人のご飯を食べるのが当たり前になってるから、それは勘弁してください!
「楓太。完全に胃袋を乗っ取られてるじゃないか」
「でも、実際オレも二人のご飯が食べられなくなるのは嫌だからな。楓太のことは言えない」
「だったらもう少し態度を改めてもらいましょうか。暴言を吐くんじゃありませんよ」
「人には人の魅力があるんですよ」
腕組みをして不満を露わにする姉妹に、伊波も川辺もしぶしぶと頭を下げている。
ここにきて食事を任せ続けていたことが仇になったな。しかたない、今は大人しくしているしかないか。
だが今に見てろよ。俺がホム嫁を作ったら家事を手伝わせて、お前らの料理の腕もパクらせてやるからな。
俺の嫁が料理を完コピできた日が、お前らをここから追い出す時だ!!
――ワンワンワンッ!
決意を新たにしたその時、外から番犬の声が聞こえる。
ガチャッと玄関が開く音のあと、お邪魔しますと聞き覚えのある女性の声が。
先導するように、サンちゃんが入ってくる。そのすぐ後に、バッツを抱えたミライさんが続いた。わしゃわしゃとその頭を撫でつつ、ミライさんは機嫌の良さそうな笑みを見せた。
「お邪魔するわね。約束通り来たわよ」
「おっ、お邪魔しますっ!」
そんなミライさんの後ろには、緊張した様子の森山さんが。そしていつものように、芽衣さんと樫原さんが付き従っている。
「やっほー、我が弟子! 遊びにきたよー!」
「芽依、会長に向かって失礼ですよ」
「ああ、いえいえ、樫原さん。弟子なのは間違いないので。とりあえずお好きなところへどうぞ」
俺は席に促し、各自思い思いの場所へ座ってもらう。
ミライさんに森山さん、樫原さんは俺達が座っているテーブルへ。ちなみに森山さんは迷わず伊波の対面に座った。抜け目がないというか、ちゃっかりしている。そして芽衣さんはウキウキと炬燵に潜り、七緒ちゃん達と談笑し始めた。性格が出てるなぁ。
伊波と対面で、そわそわきょろきょろとしている森山さん。気になっている異性を前に緊張しているのか。ホストとしては気遣いを見せないといけないだろう。
「皆さんが家に来たのは初めてですね。今はちょっと狭く感じるかもですが、不快でしたらすみません」
「いえ、そんなことありませんよっ! こじんまりとして可愛いお家だと思います!」
森山さんは少しだけ上ずった声だが、やはり嬉しそうだ。
しかし、この拠点がこじんまりか。マジでお嬢様なんだな。どんな豪邸に住んでるんだよ……。
ウキウキとしている森山さんに、ミライさんは小さく溜息をつく。
「バカね。家じゃなくて、この子達のことを言っているのよ」
「ミライの言う通りですよ。しかし随分と数を揃えましたね」
半ば呆れたように、樫原さんは周りを見回す。
樫原さんがそう言うのも無理はない。なんせ今、この部屋には俺達だけではなく、ぐでーっとだらけた生産コボルト達があちこちにいるのだから。
作ったそばから渋谷ダンジョンの遠征拠点に送り込んでいたが、十分に数が揃ったから、最近は近くに置いて俺の仕事を手伝ってもらっている。
簡単なものならすぐ作ってくれて便利だし、そのうち手が余っても小畑会の誰かに言えばすぐ引き取ってくれるからな。サイズ的にも居場所に困らないから、作るだけ作ってしまった。
正直、作り過ぎたと思わなくもない。
「でもいいじゃん! 凄く可愛いし! それにめっちゃあったかいよ」
「それはそうですね。……あの、よければこちらへどうぞ」
「わんっ」
許可を取る前から、芽衣さんはコボルトと一緒に炬燵に入っていた。ぎゅっと抱き締めて毛皮を満喫している。それを羨ましく思ったのか、樫原さんも近くの子に遠慮がちに声をかけると、一声鳴いてあっさりとその膝に座る。
結果、女性陣は全員、コボルトをぬいぐるみのように抱き締めるという微笑ましい光景が広がった。なお、チヨちゃんはコボルトではなくマルである。奴はわりと嫉妬深い。
「それで? なにやら進捗状況を報告したいとのことですが?」
今日の来訪は、ミライさんの方からの申し出だ。新年の集まりから早速動き出していたミライさんだが、早くも準備が整いつつあるとか。
俺の確認に、ミライさんは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「ええ、私と林華の伝手を使って、あらゆる業界に声をかけたわ。テレビ、広告、雑誌、いろいろとね」
「今はまだ根回しの段階ですが、一度動き出せば一気に広まるでしょう。あっという間にミライさんのことが日本中に知れ渡るでしょうね」
コボルトの頭を撫でながら、あっさりと言う森山さん。
その姿からはまるでできる女のように見える。
いや、この短期間でそこまで話を通すのは、紛れもなく凄いんだけど……。
俺が違和感を持っていると、伊波は感心して頷く。
「さすが森山さんです。まさかもうそこまで話を進めているとは」
「えへへへっ、まぁそれほどでも」
「なにさも自分がやりました、みたいな空気出してるの。対応したのは静流でしょ」
「それなりに大変でした」
なんでもない顔で頷く樫原さん。
やっぱりできる女というのは幻想だったか。
「まぁ本人が無能でも、できる部下に仕事を任せるというのも能力だからね。実家のコネもちゃんと使って、役に立ったと思うわ」
「――わんパーンチ!」
森山さんはコボルトの前足を延ばし、むにゅりと殴るようにミライさんの頬に押し付けた。当然、ミライさんは怒った。
「ひぃぃん……っ!」
「……楓太君、この子たちはどういうつもりなのかしら?」
「いや、ほら、こいつら犬じゃないですか? たぶん群れの争いが嫌いなんで、ガチな雰囲気に入るとこうして仲裁に入るんですよ。俺らも結構止められます」
涙目になっている森山さんの胸倉をつかんでいるミライさん。そしてそんなミライさんに、部屋にいたコボルト達、ついでにサンちゃんとバッツが殺到し、震えながらヒシリと抱き締めて止めようとしていた。
正直、凄い勇気だと思う。おかげで半ギレミライさんに怯えるべきところなのに、犬に埋まって笑いをこらえるのが大変だった。
「なるほど。この子たちが嫌がるならしょうがないわね。家を出てからにするわ」
「許してよぉ!? ちょっとした冗談でしょー!」
「貴方が私に舐めた態度は許されないのよ」
なんて厳しい関係性なんだ……。
まぁこの場で暴れられるよりはいいか。
「まずは二週間後、協会経由で私の【種族進化】を発表するわ。その後、林華と一緒にどんどんメディアに出て、知名度を上げる。ただでさえ少ない女探索者。しかもあの森山林華の昔からの友人、となれば世間の注目も集まるでしょう。癪だけど使えるものは使わないとね」
「ああー、それは確かにエグイくらい注目されそう。だけどいいんですか? 失礼ですけど、その、森山さんでミライさんの存在が薄れません?」
「ふっ。楓太君、この私の美貌を見て同じことが言える?」
「ねぇそれどういう意味!?」
憤慨した森山さんに、ミライさんは無視をしてポーズを決めている。
どこまでもスゲェ自信だな。まぁそれだけの力はあるけど。
普通ならエルフっていうだけで森山さんに軍配が上がるんだけどな。今のミライさんの美しさは尋常のものではない。
明らかにオーラが違うんだよな。森山さんには悪いが、隣に美しきエルフがいるからこそ、その美貌が際立つだろう。引き立て役にしかならん。
「メディアの展開と同時に、SNSも始めるわよ。これも林華をだしにすれば一気に拡散するでしょう。そうすれば私のフォロワー数もうなぎ上り。あっという間に林華を超えるインフルエンサーになれるでしょうね」
「マジでそうなりそうで否定できない……あれ? というかミライさんって、SNSやってなかったんですか?」
今の人なら少なからずやっていて当たり前だし、この人ならなおさらやってそうだけど。
そんな俺の疑問に、ミライさんはなんとなく陰を感じる微笑を浮かべた。
「一時期はやっていたし、フォロワー数もそれなりだったんだけどね。美人っていうだけで妬まれやすいの。そのせいで疲れちゃって止めちゃったわ」
「ああ、そういうことですか……」
アンチに心ない暴言を吐かれたってことかな。
元から美人な人だもんな。ファンも多そうだけど、それ以上にアンチが湧きそうだ。
この人なら耐えられそうだし、気にしなけりゃいいっていう人もいるけど、顔も知らない奴に誹謗中傷されるいわれもないんだよな。それで嫌な気分を味わうというだけで、心にくるんだよ。
SNSだし顔が見えないからって、何を言ってもいいと思っているバカが世の中に多すぎる。もうちょい自重して欲しいもんだ。
と、俺が同情しかけた時、森山さんが声を上げた。
「騙されちゃ駄目ですよ! ただアンチに自分から喧嘩を売って、自分で炎上させただけですからね!」
「アンチどころか、ファンですら怒るノンデリ発言を連発しましたからね。燃えて当然です」
森山さんに肯定するように、樫原さんも頷く。
自業自得じゃねぇか。同情しかけて損した。
「ちなみに何て言ったんです?」
「ああ、それじゃあ再現してあげましょうか? ――私、昔から太りやすいんです。どうすればいいんですか?」
「太りやすいんじゃなくて、食べ過ぎてるだけでしょ。太りやすいなんて自分のコントロールもできないデブの言い訳よ。まずはその豚のような精神性をなんとかしなさい」
「なんか最近の男って、デートの時に奢ってくれないケチな人ばかりですよね? 食事も奢れないような男ってあり得ないと思うんですけど、どう思います?」
「男がケチなんじゃなくて、アンタがブスだからでしょ。奢られたければ美しくなりなさい。そもそも奢り論争が気にならないくらいに自分で稼ぎなさい」
「男なら誰でも自分の言いなりなるとか思ってそう」
「悔しいの? そんなに男が欲しいなら股を開いて媚びれば? あなた程度のブスでも尻軽になれば、どうでもいい男なら寄ってくるわよ?」
「なんちゅう火力の高さだ……」
「これで燃えるなって方がムリだろ……」
「しかもわりと的を射てるだけに反論できない……」
そりゃ炎上必至だろ。
言っていることは正しいとはいえ、それを受け入れるかと言われるとな。
もう少し発言に配慮すればまた違うだろうに。いや、この人にはそれこそ無理か。
「SNSだったら、私よりカコ達の方がやってるわよ」
「ああ~。まぁあの人らならやってそうですよね。特にカコちゃんなんか若いんだし、やって当然でしょうね。意外とフォロワーも多そう」
「実際凄いですよ~。ほらこれ、カコちゃんのアカウントです。フォロワー五十万くらい」
「マジで!? やべぇなそれ!」
チヨちゃんが炬燵から抜け出し、スマホを見せてくる。
そこに開かれたのは若い年代や女性がよく使うSNSで、画像や動画を上げるのがメインのやつ。ああ、そりゃ知らんはずだ。お洒落過ぎて俺らが見ないタイプのやつだもん。
俺らはオタク向けのやつしか使わんからな。こういう承認欲求バリバリの女共やリア充しか使わないようなやつは見向きもしない。
「おおっ、本当にフォロワー数が50万も行ってる。毎回いいねが三万以上……しかしこの投稿は……」
「さり気なくセレブ生活を自慢する女さんのアカウントみたいになってるな」
「でもこれは確かに気になるね。高校中退元JK探索者の生活。一流のレストランにタワマンの景色。ブランドのお買い物。高級レジャー施設の利用。これに憧れる人は多そうだ」
確かにこれは夢見る女性に特に刺さりそう。
俺から見ればリア充アピールしやがって、なんだけど。カコちゃんはこれ、素でやってるんだろうな。嫌味なく笑っていて憎めねぇや。
こんなペカーっとした気が抜けるような幼い笑顔が、良い具合に嫉妬心を中和してくる。これで全力でキラキラセレブアピールしてれば、そりゃフォロワーも増えるわ。
今西さんはコスプレのアカウントか。こっちはカコちゃんと違う、俺らもよく使うやつだ。かっこいい王子様系のコスプレ画像がいっぱいある。フォロワーも多いし、むしろ今まで俺らが目にしなかったのが奇跡だな。
他にも刻子さんと小鈴ちゃんのアカウントを見せてもらうが……刻子さんもカコちゃんより落ち着いた感じだが、優雅な生活を見せるタイプ。で、小鈴ちゃんは料理アカウントか。
〈五匠〉の一人として有名だからか、小鈴ちゃんはカコちゃんに匹敵するフォロワー数が。四人もインフルエンサーと呼べる人が集まったパーティか。とんでもねぇな。リーダー一人でとてつもないマイナスになりそうだけど。
「日向さんのアカウントはないの?」
「向いてないからやってないって言ってました。見てみたかったんですけどね~」
「いえ、あの子は人に言ってないだけで、絶対にやってるわよ。見られたくないみたいだから、無理に探ろうとはしてないけどね」
あ~、なるほど。日向さんだからなー。なんとなく想像できるわ。
匿名のアカウントでいろんなとこ荒らしまわってそう。
絶対レスバして楽しんでる。
知らないほうがお互い良いかもな……。
「まぁそんな感じでね。広報に関しては着々と準備は進んでいるのよ。となると問題なのはむしろ、商品の流通とマーケティングに関してね。その部分で相談があってきたの」
「はぁ、まぁそうなりますね。でも〈美肌薬〉はちゃんと在庫を作ってますよね?」
家にいるこいつらもそうだし、渋谷ダンジョンの遠征拠点に送り込んだ奴らも、日々生産を重ねていると聞く。特にあっちの方は人数も揃っているから、相当な量が揃っているとか。
別に問題はないと思うが?
「そうね。遠征拠点の方では順調に〈美肌薬〉が作られていると連絡が入ってるわ。それだけじゃなく、ポーション類もどんどん備蓄ができて、もはや遠征拠点というより生産拠点になりつつあるわよ」
「はい。俺もそう聞いてます。おかげで地上にそういった拠点を作ったりしないで済むので、かなり助かりますね」
どこかで巨大な工場なり倉庫なりを買うか、作るか。どちらにせよ相当な出費がかかるところだからな。ダンジョンに生産拠点を作れば、それも必要なくなる。これ本当に反則だよな。真っ当に経営している企業に申し訳なくなるレベル。
「今更ですけど、遠征拠点を作って大丈夫だったんですかね? なんか法律に反してたりしません? まして今や生産拠点になってるわけで、これ土地代なりなんなり取られるんじゃ……」
「ダンジョン内の土地の所有権に関する法律はまだできてませんから、そう怯える必要もないでしょう。法が無いのですから、責められる謂れもありません」
かまへんかまへん、というようにコボルトの前足をふりふりと横に揺らし、あっさりと樫原さんが言う。樫原さんの意図を組んだのか、コボルトも小馬鹿にするように笑って芸が細かい。腹立つわぁこの犬。
だがよく堂々とそんなイギリス人みたいな考えができるものだ。この不動の精神力、やっぱりミライさんの友人だけあって図太い。常識人な俺には無理。
俺の不安を晴らすためか、ミライさんは皮肉気な目で語る。
「他の連中が同じ真似をしたところで、再現はできないわ。拠点の維持もそうだし、そもそも作った物を輸送するのも難しい。そんな状況で法律を作るとしたら、明らかに私達を狙い撃ちにするために作ったようなものでしょ? 今まで放置していたくせに、私達の努力で築き上げた物を、後になって金になるならって奪われるのよ? 誰がそんなの認めるもんですか。もしそうなりそうならあらゆる手を使って政治家に圧をかけてやるわよ」
頼もしすぎる……!
傍若無人なこの人に頭を抱えることの方が多いが、今ほどこの人の存在を有難く思ったことはない。
その時は是非ともお願いします!
「ただそれはそれとして、どこかに専用の倉庫を用意する必要はあるけどね。商品の検品に梱包、宅配。その為の設備を用意しないと」
「ああ~、それがありましたね」
当たり前のことではあるんだが、頭になかったわ。
てっきり物だけ作ってりゃいいのかと。んな訳ないだろっていうね。
「どこかに下請けでやらせるってこともできるんだけどね。でもうちは無理でしょ?」
「あまりにも他に漏らせない情報が多すぎますからね。可能な限り自分達で全てを用意した方がいいかと」
じっと、樫原さんが俺を見つめてくる。まるで分かってますよね、と先生に叱られているようだ。なんかぞくっとして癖になりそう……!
「最初はネット販売のみにするとしても、相当の数が売れるはず。物流も全て自分達でやるとなると、今から人を集めるとして数年掛かりになるでしょう。でも、楓太君にはホムンクルスがある」
「嫁ではなく、従業員としてホムンクルスを作れと」
それなら確かに問題は解決するな。
それに、将来的にホムンクルスを使った商売を考えると、派遣業は当然外せない。今の内に自分達でホムンクルスの感覚を確かめられるのはちょうどいい。
「もちろん最初っから全部任せるわけじゃないわよ? 最初はネット販売の小規模で済むでしょうし、小畑会の身内で一般人の人を、バイト、パートで募集したり、なんだったら社員にしてもいいしね。それから順次ホムンクルスを増やしていく感じで」
「実地指導で教育し、ノウハウが固まったら、ゆくゆくは出店して店頭販売もしましょう。ハッキリ言って売れる気配しかしません。冗談抜きで美容業界の頂点に立てます」
「おっ、おおう。もうそこまで考えてるのですね……」
俺なんかよりよっぽど先を見据えている。
もうこの人達だけでいいんじゃないかな。
壮大な話になってきて怖気づいてきたが、どうやらそれは俺だけではなかったようだ。
「なんか一気に話が大きくなってきたな……」
「うむ。分かっていたことではあるが、僕らにコントロールしきれるのだろうか?」
「大丈夫ですよ、伊波さん! 私も手伝いますから!」
「森山さん……ッ!」
しかし、伊波は森山さんに声を掛けられだけで、ぱぁっと明るくなる。
完全に相思相愛じゃん。もうお前ら結婚しちゃえよ。
「縮こまる気持ちも分からなくはないわ。でも安心してちょうだい。楓太君ができないことは、できる人に任せればいいのよ。ただ、この話はあくまでホムンクルスが前提でのもの。こればかりは楓太君に頑張ってもらわないといけないわ」
「なるほど。つまり、俺は今と変わらずホム嫁を作ればいい訳ですね」
ミライさんは満足そうに頷く。どうやら正しい返答ができたらしい。
「目的はどうあれ、その出来次第でこれからやれることが大きく変わるわ。だから、楓太君はそれに集中してちょうだい。他の雑事は私達が全て片付けるから。どんな凄い子が生まれるのか、私も楽しみにしているわ」
「任せてください! そこで妥協するなんてありえませんから!」
元からモチベーションは高かったが、大義もあるならなおさらだ! 頑張らないとね!
俺に続き、川辺と伊波も立ち上がった。
「おうとも! ホム嫁を手に入れるためなら、どんな所でもいくぜ!」
「その通り! ホム嫁ハーレムという漢の夢! なんとしても掴んでみせる!」
「え」
気合を入れた声の直後、寂しそうな声が響いた。
森山さんの声だった。
「ホム嫁……芽衣から意味は教えて貰ったけど……まさか伊波さんも? ハーレムなんて目指していたんですか?」
「あっ。いや、これは……」
じわっと涙を浮かべる森山さんに、伊波は言い淀んだ。
それで彼女には充分だったらしい。
「――酷いっ! やっぱり伊波さんも他の男と同じだったんですね!? ……うっ、うぅぅぅ!」
「森山さん!? ま、待ってください! 僕は決して!」
泣きながら部屋を出て行った森山さんを、伊波が追いかける。
ガチャンッ! と玄関の音が響いた。
外まで出て行ったんか。まぁ好意を寄せていた相手がハーレム狙いってなったら傷つくよな。最低だな伊波やつ。見損なったわ……。
「外に出て行っちゃったみたいですけど、追いかけないでいいんですか?」
「気を引くために逃げたふりをしているだけですから、大丈夫でしょう」
「追いかけてほしいから、外に行っても敷地内から出ないから大丈夫だよ~。むしろ伊波君が上手く追いかけてくれたんだから、放っといてあげて~」
きっぱりと言い切る樫原さんに、のほほんとしたままの芽衣さん。
素晴らしい信頼関係だな。上手くいくようなら放っておくか。
「さて、楓太君。ここまで進捗状況を確認したところで、相談なんだけど」
「ああ、はい。なんです?」
こっからが相談なのかよ。結構重要なこと話したと思うんだけどな。
一体何を言われるやら。
「〈美肌薬〉は確かにOBATAの看板商品になるわ。生産するのが難しい現状、それを安定供給できるのはうちだけ。確実に他と差を付けることになる。でもね、商品がそれ一つって寂しいと思わない?」
「はぁ、まぁそうですね。でも今ならポーション類とかの探索者グッズだって売れますよね?」
というか元々、そういう探索アイテムを販売するのが目的だしな。〈美肌薬〉はどちらかといえばついでだぞ。そもそも美容部門なんてできると思ってすらなかったんだし。
「もちろんそれも売るわよ。でもインパクトがあるのは〈美肌薬〉でしょ?」
「まぁそれはそうですね。それで?」
「こういうのはね、立て続けに話題を作り続けるのが大事なのよ。だからね、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
「何を?」
「〈美肌薬〉以外に、何か売れる物があるんでしょ?」
そういうことかぁ……。
今まであえて口にしなかったけど、気づかれないはずがなかったか。
俺の僅かな反応から察してか、にんまりとミライさんは笑った。
「ああ、やっぱりあるのね」
「いや、そのですね。黙っていたわけではなくて……」
「ええ、分かっているわ。そんなに心配しないでちょうだい。〈美肌薬〉だって満足に作れなかったんだもの。他にも何かあるって知られたらキャパオーバーになるものね。だから黙っていたことに怒ってなんかないわよ」
ああ、そこの理解はしてくれてたのか。
良かった。最悪シメられるんじゃないかと。
「でも、もう生産環境は整ってきたでしょ? これからの営業戦略にも関わるし、売れそうなものがあるなら今の内に教えてほしいんだけど」
「それは確かにそうですね。〈美肌薬〉に匹敵するものがあるなら、気になりますし」
「え? まさか本当にあるんですか? 私も聞いてないんですけど?」
「私もです。同じパーティなんですから教えてくださいよ~」
「おうおう弟子ぃ! 私も気になるぞ~! 教えて教えてー!」
部屋に残った女共が揃いも揃って関心を持ち始める。
この状況は誤魔化せるものではないか。
しかし本当に言っていいものか……チラッと川辺を見て、伺う。
「どう思う?」
「いや、まぁいいんじゃねぇの? 今ならホム達が作ってくれるだろうし。お前がこれ以上忙しくなるってことはないんじゃね?」
「それもそうか。なら教えてもいいか……」
「ふふっ、もったいぶるわね。今度は一体何かしら?」
「まぁ、はい。え~っと、一応〈痩せ薬〉的な――」
「「「「「あるの(ですか)!?」」」」」
一斉に叫ばれた。
耳が痛い、とか思ってたら、七緒ちゃんとチヨちゃんが炬燵から飛び出して詰め寄ってくる。
「楓太さん!? 本当にあるの!?」
「いつからあったんですか!? なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!? というか前に聞いた時はないっていいましたよねっ!?」
「いや、だから言ったじゃん。作る余裕が無かったんだってば」
「それでも私達の分くらいは作れたじゃないですか!」
「そうですよ! いつも家事全部やってるんだし、それくらいのご褒美を用意してくれてもよかったと思います!」
「それを言われるとちょっと弱いけど……君らスタイルいいんだしいらなくない?」
顔もシュッとして、ウエストも細い。それなのに胸も尻もでかい。これのどこに痩せ薬が必要な要素がある。
……やっぱりこの子ら本当にスタイルがいいよな。いかん、浮気しそう。
「要りますよ! このスタイルを維持するのにどれだけ頑張ってると思ってるんですか!?」
「女の子は太りやすいんですよ! だから食べたいのを常に我慢してるんです! 飲むだけで痩せるなら、好きな物をいくらでも食べれるでしょ!? 女の子だって食べたいんですよっ!」
思った以上の勢いだ。特にチヨちゃんの剣幕が凄い。マルの主人だけあって、本当はめちゃくちゃ食いしん坊なのかもしれない。
そっか、普段の食事は我慢してたのか。てっきり女性だから小食なのかと。
そんな子達の前でむしゃむしゃ遠慮なく食べてたと思うと、本気で申し訳なくなってきたな。少しくらいなら分けてあげても良かったかもしれない。
……いやでも待てよ? もしかしたら胸とか尻の脂肪も減ることになるのでは?
――渡す訳にはいかない!!
「楓太君、それどのくらいの効果があるの? 呑み薬? それとも塗薬? 全身が満遍なく痩せるの? 部位を狙って絞れるの? 副作用とか健康面は?」
「弟子ぃ! 師匠には優先してくれるよな!? そうだよな!? なぁ?」
「小畑さん。テストなら私が請け負います。ええ、いくらでも」
しかし、ミライさん達にも殺気すら感じる勢いで詰め寄られ、渡さないという選択はとれなかった。
結局その日は女性陣にガン詰めされ、脅された結果、〈痩せ薬〉の生産と検証で潰れることになった。
言われるがままに何度も作らされ、うんざりするほどだったが、最終的には皆満足そうにしていたから良かった。七緒ちゃんたちの胸と尻も減ることなく、俺もニッコリである。
〈痩せ薬〉は〈美肌薬〉以上に売れる。OBATAの主力製品がまた増えたことに、ますますこれからの成功を確信するのであった。
そして、この〈痩せ薬〉騒動から数日後。
俺達はいよいよ、ホム嫁作りの材料集めに、〈歌舞伎町ダンジョン〉へ向かうことになる。




