第122話 クリエイターというのはこれだからっ!
渋谷ダンジョン、30階層。
一流の探索者でさえ足を踏み入れるのに躊躇するこの場所に、二人でポツンと立っている。
一人は言うまでもなく俺。そしてもう一人は、芽衣さんである。
早速〈アイテム使い〉の戦い方を教えてもらおうと、餅つき大会の翌日に付き合ってもらったのだ。そして芽衣さんの【次元跳躍】により、あっさりとこの階層に連れてこられた。
いやー、本当に一瞬だった。
視界がゆっくりと歪んだと思ったら、次の瞬間にはここにいるんだもの。
これは反則だわ。今までの探索がバカらしくなるレベル。そりゃ森山さん達もレベルが上がって当然だよ。
「まぁ、こんなもんかなー。どうかな? 参考になった?」
「……ええ、もちろん」
不安そうな言葉だが、表情はそれとは裏腹。ちっともそんなことを思っていないような、自信と悪戯心を感じる笑みを浮かべている。
そんな芽衣さんに対して、俺は肯定することしかできない。
〈空間魔術師〉の感動が吹き飛ぶ、それ以上に反則と感じるような光景が、目の前に広がっている。
あちこちにいくつも広がっている、巨大なクレーターの数々。
そして、横たわった魔物の死骸。比較的綺麗な物もあれば、原形を留めていないほどのものもある。
それらを目にしながら、俺は血の気が引いているのを感じていた。
俺は〈アイテム使い〉というジョブを、そして芽依さんという人を、勘違いしていたかもしれない。
「――それで約束の報酬なんだけどさ! ポーション各種! それと攻撃アイテム! いっぱい頂戴ね! いろんな種類があると嬉しいんだけど!」
「はい。とりあえず今回使った分の補填も含め、在庫は全て渡しますね。生産ホムンクルスも揃ってきてますので、遠慮せずにどうぞ」
「いやったぁあああああ楓太君大好き! 初めて【インベントリ】をアイテムで全部埋められるかもっ!」
アイテムで狂喜乱舞する芽衣さんを見ると、こんな光景を作りだした人とは到底思えない。
うきうきはしゃいでいる芽衣さんに、俺はこの人が味方で本当に良かったと心から思うのであった。
♦ ♦
「――ほぉん。そんなに凄かったのか?」
「ああ、マジでやべぇよあの人。森山パーティの最大戦力なんじゃないかな?」
さらに翌日。俺は川辺と伊波、三人でとある場所に向かって歩いていた。
その道中で、昨日の芽衣さんについて話している。
俺の話した内容に、川辺はなんとも言えない顔をしていた。芽衣さんがそこまで強いと想像できないのだろう。見た目はマジでちっこくて可愛いだけの少女だからな。さもありなん。
しかし逆に、伊波は感心したように頷く。
「そこまでとは思わなかった。しかし僕らには吉報じゃないか。どうだい? 芽衣さんと同じことはやれそうかい?」
「そうだな。さすがにあのレベルをすぐに、というのは無理だけど……限りなく近いことは今でもできるだろうな。俺もまだスキルの経験値には余裕があるだろうし、それに、芽衣さんにはない強みがある」
芽衣さんの戦い方を見て、改めて確信した。俺が取ってきた道は間違いではなかったと。
今まで戦闘ではあまり役に立てなかったが、あれができるのであれば、俺も立派な戦力として数えられるようになるだろう。
ふひひ、と。前を歩いていた川辺が笑う。
「なんか怖いくらい順調だな。ホム嫁にパーティの戦力に、面白いくらい前に進みやがる。このまま進んでいいのかと思うくらいだ」
「順調ならいいじゃないか。それに越したことはない」
「そうだな。強いて言えば調子に乗って痛い目に合わないよう気を付けるくらいだ」
それだってちゃんと注意すれば防げる類のものでしかない。小畑会の未来は明るいですなぁ! がははははっ!
……マジで墓穴掘りそうだわ。気を引き締めていこう。
「あっ、着いたぞ。ここだここだ」
そうして、川辺はとあるマンションの前に止まる。
そのまま川辺についていき、目的の部屋まで辿り着いた。
川辺がチャイムを押してやり取りをすると、ガチャリと扉があき、部屋主が出てくる。
「よくぞいらっしゃいましたな、川辺氏。お久しぶりです。元気にしておりましたかな?」
「おー、早乙女氏久しぶりー。まぁぼちぼちっすな」
川辺と気軽なやり取りをするその人は、俺達と同年代の男だった。
背丈は川辺と同じくらいか。細身の体型で、ボサボサに伸びた長い髪をポニーテールにし、スウェットを着ている。
「んじゃ紹介するわ。こちらが早乙女恒一さん。オレの前の職場の同僚」
「早乙女です。どうぞよろしくお願いしますな」
部屋の中に入れてもらい、川辺に紹介される。
早乙女さんは定位置であろうPCデスクの椅子に座りながら、ペコリと頭を下げた。
この口調といい、この姿といい、明らかに俺ら側の人種。見るからにオタクらしい人だな。ゲーム会社で働いています、と聞いたら素直に頷ける。
「早乙女氏は凄腕の3Dデザイナーでな。キャラも背景もなんでもこなす。前の職場では俺が一番頼りにしてた人だ」
「いやいや、川辺氏のお力添えがあったからでござるよ。川辺氏にどれだけ助けられていたのかと、川辺氏がいなくなって皆思い知らされましたな」
「え? そうなん?」
「ええ。まともに他部署と連絡も取れず、作業が遅々として進まない。言った言わない論争。挙句の果てには作った物を頼んでないと無下に扱われたり、ま~最初の一、二ヶ月は本当に地獄でしたな……」
おお、追放系の駄目パーティみたいな末路になっているな。
このデブ、本当に実は有能でしたの主人公枠だったのか。こいつのことだからてっきり盛りに盛りまくっているのかと思っていた。
「へっへへ。そうだよな。俺がいなくなったらやっぱり……ん? 最初は?」
「ええ。その頃になってようやく川辺氏の代わりになる、新たな犠牲者が入社してくれましてな。今はようやく仕事が回り始めて、まともになりもうした」
「へぇ、そりゃよかったじゃん! あの仕事をやらされるとなるとそいつには同情しかないけどな。わはははは! ……そっか。俺がいなくてもなんとかなるか」
川辺がどことなく哀愁を感じさせる表情を浮かべる。
自分の意思で辞めたとはいえ、いざいなくても大丈夫と知らされると、ちょっと複雑だよな。気持ちは察する。
しかし、と。早乙女さんは改めて俺と伊波を見て言う。
「川辺氏がご友人と探索者をやると聞いて驚きましたが、どうやら上手くやっているようでなにより。正直、いつ死んでしまうかと気が気でなかったですぞ」
「あはは。何度か危ない目にも合ってますけどね。川辺のおかげでなんとか怪我無くやってますよ」
「ええ。川辺というタンクがいたからこそ、今の僕達がある」
「ほう。確かに川辺氏のような人がタンクであれば、後ろも安心できますな。川辺氏が〈戦士〉になったのは驚きましたが」
「はははっ、早乙女氏には前から〈魔術師〉になるって言ってたもんな。そこのモヤシに取られちまってよ」
「ははは、結果的に天職だったんだからいいじゃないか」
一見和やかに見えるが、言い合う川辺と伊波になにやら危うい雰囲気が漂っているような……。
未だに恨みは忘れてないか。このまま続けたら危ないかもしれん。
そんな二人の様子に気づいているのかいないのか、早乙女さんは朗らかに笑っていた。
「某には探索者の知り合いがいないですからなー。川辺氏から久しぶりに連絡が来て、今日を楽しみにしていたのです。ぜひ探索の話を聞かせて頂ければと」
「ああ、全然いいですよ。……やっぱり探索者に関しては気になります?」
「そりゃもう! やはり男なら一度はダンジョンに挑んでみたいと思いますからな! まぁ、某は命をかける勇気はありませんでしたので、結局挑戦はできませんでしたが」
うん、やっぱりそうだよな。それが普通だ。
しかしやはりゲーム会社で働いている人だけあって、感性が俺らよりで親しみやすい。これなら仕事も遠慮なく頼めるな。
「さて、探索の話は後で楽しく聞くとして、本題に入りましょうかな。なにやら某に仕事を頼みたいとか?」
「はい。実は俺の嫁となる女性キャラのモデリングをお願いしたくて」
そう。今回はこの人に、俺のホム嫁のデザインをお願いしにきたのだ。
【錬金術】は基本的に、俺のイメージを補完し、限りなく理想通りのデザインでアイテムを作ってくれる。
ペロ達もなんとなくこんな感じー、という感覚で作ったにも関わらず、一切不満がない出来栄えで完成したからな。本当に便利な仕様だ。
だが、ホム嫁までそれでいいのか? と俺達は考えた訳だ。
人の頭の中は曖昧なものだ。補完してくれるとはいえ、それは結局オートによるもの。もしかしたら、自分の理想とずれるかもしれない。
自分の大事な嫁で、そんな妥協をしていいのか? いや、許される訳がない!
だからこそ、事前にイメージしやすいように、3Ⅾデザイナーにキャラを作ってもらえばということになった。
それによくよく考えてみると、俺のホム嫁ならともかく、他人のホム嫁を作るとなったら、その外見を俺が正確に捉えなければならない。どのみちこれは必要になってくるんだよな。
俺のホム嫁も作れて、今後他の人のデザインも頼めるか参考になる。そこでちょうど川辺が腕の良い知り合いがいると聞き、まずはお試しと言う感覚で今日は来たのだ。
ほほう、と。俺の話を聞いた早乙女さんは、興奮した声を出した。
「いいですなっ、そういうのは大歓迎ですぞ! ただその、お値段の方は大丈夫ですかな? 川辺氏の紹介なのでサービスは致しますが、それでもそれなりにはしますぞ?」
早乙女さんは遠慮がちに言ってくる。
これは……本気で俺を心配している感じだな。
ああー、まぁ上手くやっているといっても、底辺の探索者としては、という意味で捉えてるんだろうな。そりゃ料金を払えるか不安になってもしょうがない。
「はい、大丈夫です。とりあえずこれくらいでどうでしょう?」
「……はぁ!? い、いやいや、これならもちろんこちらとしては大歓迎ですが! 川辺氏!? これ本当に大丈夫なので!?」
「ああー、早乙女氏。マジで気にしないで大丈夫。そいつ金だけならいっぱい持ってるから。ちなみにだけど、去年だけで十億以上稼いでるぞ」
「十お――ッ!? そ、それは探索者としては上澄みどころかッ! ……同じパーティなんだよね?」
「そうなんだけど、そいつはほら。〈錬金術師〉なんだよ」
「〈錬金術師〉……あ、ああ。そういうことでしたか。器用貧乏とはあくまで一部の勘違いと噂では聞いてましたが、まさかここまで稼げるとは。御見それしました。どうやら某の目が曇っていたようで。大変申し訳ない」
「いやいや、お気遣いありがとうございます」
お互い頭を下げあう。
そして憂いはなくなったとばかりに、早乙女さんはノリノリになった。
「これだけの報酬なら喜んでやらせて頂きますとも! それで? イラストはどちらに?」
「すみません。実はイラストは用意してなくてですね……」
「ほう、なるほど。あの、さすがにイラストがないと、モデルを作ろうにも作れないのですが?」
ですよね、本当にすみません。
ただ、急に決まったことだからな。今からイラストレーターを探して依頼したら、納品まで時間がかかるから。もっと前から探せば良かったんだけどね。
困り顔の早乙女さんに、川辺は分かっているとばかりに言う。
「ちょっと事情があってさ。外見の修正は後でいくらでもできるんだ。ただ、大まかな顔つきや雰囲気、特に体型とかのイメージを先に作りたくてな。だから早乙女氏にお願いしにきたんだよ」
「はぁ~、なるほど。それならまずはMODを入れたゲームのキャラクリで、叩き台を作るのはどうですかな? 種族、衣装も大抵のものは揃えられますし、イメージもしやすいかと。出来上がったものをモデルに、気になるところを某が細かく仕上げましょう」
「はい! それでお願いします!」
確かにそれならお手軽にできるし、俺も意見しやすい。
早乙女さんは頷くと、パソコンに向き合って早速準備し始めた。
「しかし、嫁となるキャラクターを作るですか。面白い企画ですが、ここまでやる人も中々珍しいですな。嫁を作った後はどうするのです? 誰かにV活動でもしてもらうつもりで?」
「ああ~、それはですねぇ……」
どうしよう。これは小畑会の内容になるから、言いたくても言えないんだよな。
川辺の知り合いだし、早乙女さんなら俺達の活動を理解してくれそうだし。正直全部伝えてもいいんだが。
俺が目線で合図すると、川辺が頷く。
「ああー、早乙女氏。実はこの仕事の内容、契約書を使っててさ。ほら、〈呪術師〉のやつ」
「おっ、おおう。そうでしたか。まさかそこまで重要なことだったとは。申し訳ありませぬ。聞かなかったことに……いや、しかしあの高額な絶対の契約書を使用してまで、こんな物を作る? ますます気になって……んっ、んん! 止めましょう。呪われるのは嫌ですからな」
危ないことには踏み込まない。賢明な人だ。こういう人ならむしろ言いたくなる。
……早乙女さんなら俺達に近いんだし、ちょっとしたヒントで気づくんじゃないか?
大丈夫な範囲で試してもいいかもしれない。
「早乙女さん、契約書があるので詳しくは言えないんですけど……別にV活動させるーとか、このキャラをモデルにグッズ作るーとかをやるつもりはないんですよ。いや、ある意味グッズ作りに近いですけど」
「ほう、なるほど。……ん? では何を?」
「あのですね、早乙女さん。俺、〈錬金術師〉なんですよ」
「え? ええ、さっきも聞きましたな。それが何か――」
早乙女さんは間の抜けた顔で俺を見て、固まった。
じーっと、俺の顔を十秒くらい見つめて――
「――――カヒュッ!?」
そして、息を漏らしたと思ったら、苦し気に胸を抑えた。
まるで心臓発作でも起きたような反応。苦しそうに、しかし興奮と疑念の混じった顔で、俺を見上げている。
「おっ、小畑氏! そ、そそそっ、それは……まさかそういうことで!?」
「なんのことかは分かりませんが、まぁそうかもしれませんね?」
すっとぼけて顔を背ける。しかし、早乙女さんにとってはそれで十分だったのだろう。
震えるように何度も頷きながら、自分を抑えつけるように言う。
「いえっ、いえっ! もう分かり申した! なるほど、契約書を使うわけです! こんなこと、世間にバレたらとんでもないことになる! こんなっ、こんな――ッ!?」
ハッと、早乙女さんはまた表情を変えた。
そしてすぐに椅子から滑るように落ちたと思ったら、ピシッと完璧な姿勢を取る。
それは、見事すぎるまでの美しい土下座だった。
「――小畑さん。お願いがあります」
「いや、急に止めてくださいよ。土下座なんてそんな……」
口調まで変わってるじゃねぇか。なんだその畏まった声は。
しかし、俺が言っても早乙女さんは顔を上げない。床を見つめたまま、真摯な声で懇願する。
「今回の報酬は金銭ではなく、別な物でお願いできないでしょうか。具体的には――私にも嫁を作っていただけないでしょうか? どうか、なにとぞ……!」
「いや、まずは頭を上げてくださいよ……」
「いいえ! 上げられません! いいと仰っていただけるまでは! どうか! どうかぁ……!」
むしろ気持ちを固めてしまったらしい。
これから仕事を頼む人なのに。頭上げてもらわないと話し辛くてしょうがないんだが。
土下座って、本当に脅迫みたいなもんなんだな……。
「いいから頭上げてください。というかですね、そもそも嫁作りって何のことだか分からないんですよね。まぁ嫁を紹介することならできそうですけどね」
「――ッ!! あ、ああ、そうでしたな。紹介の間違いでした。へへへっ」
お互い曖昧な笑みで誤魔化して、予防線を張っておく。で、その上でだ。
「まぁ先約がいるので、それなりに先にはなりますけど、それでも一年以内には早乙女さんの予約を入れておくことは可能なんですよ」
「おっ、おお!? それなら――ッ!」
「ただですね。その、払えますか?」
俺の言葉に、笑ったまま早乙女さんは固まる。
なんか意趣返しみたいになっちゃうし、すっげぇ言い辛いんだけど、早乙女さんのことを思うなら伝えないといかん。
「俺が紹介する嫁って、間違いなく高スペックな嫁ですよ? 紹介する人によっては一流の探索者並みの実力を持つくらいの。完璧に理想を体現できる相手な上、絶対にその人を裏切らない。他の異性に見向きもせず、自分だけを愛してくれる。そんな人を紹介する訳です。とんでもない金額がかかることは予想できるでしょう?」
「それは……そ、その通りですな。ちなみにいかほどで?」
震える声で、早乙女さんが聞いてくる。
その気持ちが痛いほど分かるわぁ。いくらだろうと、絶対欲しいもんな。
言い辛そうにしていた俺に代わり、伊波が淡々と答えた。
「人間一人分の値段ですからね。それなりに順調なサラリーマンの生涯収入が、約二億としましょう。これが最低限の金額だとして、その上で、外見や能力によって値段が上下する訳ですが……仮に一般人と変わらない最低スペックまで落としたとして、そもそも外見的な要素を全て満たせる相手を用意できる、という時点でとんでもない話です。付加価値として、三億貰ってもおかしくはない」
「さ、三億……」
額を聞いて、早乙女さんは絶望の色に染まる。
オアシスにたどり着いたと思ったら、それが蜃気楼だと分かったのだ。無理もない。
だけどこれ、決して誇張じゃないんだよな。
絶対に自分を裏切らない人間。
見た目が完璧な好みの異性。
どっちかだけでも、一生に会えるか分からない相手じゃん? むしろそれを金で買えるだけでありがたいレベルだろ。
さらに言うとサキュバスを素体にした時点で、中層レベルのステータスが確定する。護衛として考えれば一般人相手なら十分。なんだったら探索者の相手もできる。
で、当然嫁にするなら、炊事家事洗濯の三点セットを完璧に用意するだろ? んでまぁサキュバスなんだから、性技とかも付いてる可能性がある訳で。
見た目バッチリ。性格と忠誠心もよし。家事が完璧で床上手なお嫁さんが手に入る。
な? 数億貰ってもおかしくないだろ?
値段をどうするかは、小畑会でもまだ決まってないんだよな。実際にホム嫁を作ってみて、その性能を見てから改めて決めようということになってる。
とはいえ、今の値段が最低レベルだと思うんだよなぁ……。
「――ふぐっ、うぅぅううぅぅぅ……!! 三億なんて、払える訳がない! だけど、こんな……こんな話を聞いたのに、諦めるなんて……!?」
早乙女さんは頭を抱えると、悔し泣きをし始めた。
分かるっ、分かるよ! 俺だって同じ立場だったら同じ行動を取ると思う!
だけど、だからといって同情はしちゃいけない。
ここで甘い顔を見せては、他の人達にしめしがつかないからな。
でも、同士を放っておくなんてことは、俺にはできない。
だから、ちょっと手を伸ばすのはありだと思うんだよ。
チラッと川辺を見ると、深く頷いた。やはり引き込む価値はあるか。ならいいねっ!
「まぁ三億なんて金、そうそう払えませんよね。川辺と伊波も普通じゃ無理ですし」
「え? でも二人は小畑氏の……」
早乙女さんはうろたえたように、二人を見る。
それに、二人はふっと小さく笑って答えた。
「稼ぎのほとんどは楓太の力によるものだからな。オレ達は給料をもらっている立場だよ」
「もちろん満足な金額を貰えているけど、それでも普通に買おうとしたら嫁なんてとてもとても。会社の福利厚生がなければ、僕達だって無理な話です」
「福利厚生……ッ!?」
早乙女さんは、バッ俺の方に顔を向けた。
そうだ、と。俺は深く頷く。
「合同会社OBATAでは、福利厚生の一環としてOBATA製アイテムの社員割引制度があります。このアイテムの一覧にはホム――ごほんっ! まぁ嫁の紹介も予定しておりまして」
「あっ、ああ……そ、それじゃあ……!?」
「嫁のスペックをいくらか落とせば、さらに安く済ませられますし、ローンも受け付けます。ちなみにこれからどんどん社員を増やす予定でして。今ならスタートアップ募集ということで、能力のある人でしたら、それなりの待遇も払えるようにしたいなーと」
まぁ、社員を増やすってのは嘘だけどな。事業を大きくして社員が必要になったら、それこそホムンクルスを増やせばいいだけだし。
しかし、同士であると言うなら話は別よ!
「それなら……! あっ、いや、だとしても、某は探索者じゃ……」
また落ち込み、顔を落とす早乙女さん。
そんな彼に、俺はわざとらしく呟く。
「そういえば、腕の良い3Dクリエイターがいたら助かるなーって思ってたんだよなぁ。宣伝でも使えるし、なにより今回みたいな嫁のイメージ作りを手伝ってもらいたいし。どこかに働いてくれる人はいないか――」
「今の会社は退職します! どうぞよろしくお願いします!」
決断が速ぇ。秒も掛からず頭を下げてきやがった。
ありがたいけど、そんなあっさり決めてええんか?
「あのですね。べつに退職はしないでもいいんですよ? ほら、契約社員とか、あるいは業務委託で準社員扱いとかでもいいですし。今までのキャリアを全部捨てるのは拙速過ぎやしませんか?」
「あんなクソみたいな会社でのキャリアなんかどうでもいいですぞ! 冗談抜きで理想の嫁も手に入る上に、これから絶対に大きくなる会社に就職できるんでありましょう!? 唾を吐いて出ていくでござる!」
「分かる」
うんうんと深く頷く川辺。
お前らの会社、どんだけ酷いんだよ……。
「いやまぁ、来てくれるのならありがたいので、こっちとしては歓迎ですが、ゲーム作りから離れていいんですか? やりがいは落ちるかと思いますよ?」
「何を言ってるんですかな? 色々な人のお嫁さん作りを手伝えるわけでしょう? ずっと可愛い女性キャラのモデリングするわけですな。やりがいしかないでござる」
言われていればその通りだな。
んじゃ憂いは何もないねぇ!
「では、契約書は後日。これからよろしくお願いしますね」
「はい、社長! どうぞよろしくお頼み申す!」
「また早乙女さんと仕事出来るのは嬉しいぜ」
「いつか僕の嫁もお願いします」
歓喜する早乙女さんを、拍手で迎える。
頼りになる仲間ができて嬉しい限りだ。
「さて、それじゃあ今日の仕事を頼んでもよろしいですか?」
「任せいただこう! 社長の最初の嫁ですからな! 腕によりをかけ、どんな注文でも完璧に叶えてみせましょうぞ! それで社長――どんな女がタイプかな?」
九〇九さんかな?
ノリでタッパと尻の大きい女、とか答えたくなる。
が、ここは真面目に行こう。
「綺麗系の黒髪ショートのメイドさんで。キリッとした顔つきの出来る女って感じ。髪型はいわゆる姫カットに近いんだけど、もうちょっと伸びてる感じで」
「ほう、なるほど。いいですな。王道のメイド長という感じで。タッパは高い感じで?」
すぐに早乙女さんが手元を動かし、画面に女の子が作られていく。
なんだろうな。どんなゲームを始めるよりもワクワクしてきやがったぜ!
「高いので頼む。具体的にはこう、抱き着いたら俺の顔がちょうど胸の上に乗るみたいな」
「ほっほ~。そういう癖ですか。ということは、胸は大きくですな?」
「さすが分かってるね。一番いいので頼む」
「了解。――まだいく?」
「盛るペコ盛るペコ。どんどん盛るペコ」
「盛るペコか~……」
「楽しそうでいいな~。オレも速くロリ嫁作りてぇ」
「僕もすぐに同じ立場になると思うとワクワクする」
打てば響くとはまさにこのこと。早乙女さんは素早く俺の癖を捉えてくれる。
これはあっさり理想の嫁に会えそうだぜ!
――――五分後。
「でかいって!?」
「でかくないって!!」
「いやでかいって!!」
「でかくないっての!!」
「絶対にデカいって! これもう爆乳通り越して超乳とか奇乳の域なんでござるよ! パッ〇ョンリップじゃねぇんですぞ!?」
「なんでだよ! リ〇プ可愛いだろうが!」
ふざけんなよこのクソオタクがよぉ!? 人の性癖にケチ付けやがってよぉ!
だいたいお前みたいな女に縁のなさそうな男に何が分かるんだよ!?(ブーメラン)
そもそも社長を相手になに歯向かってんだよこいつ! クビにしたろか!?
しかし、俺が睨み付けても、早乙女さんは引くどころか更に反抗してきた。
「そこまで言うなら、現実で同じサイズの女性を見せてさしあげましょう! ――ほら、これですぞ! これを見てもまだデカくないって言えるでしょうか!?」
「はぁ? こんなの――」
こんなの……こんなの……。
「……ちょっとデカすぎるなぁ?」
「ほら見ろ言ったとおりじゃないですか! 社長は漫画とかアニメの見過ぎで感覚がバグってるんですぞ! 言っておきますけど二次元のE、Fカップとか現実だったらH、Iカップくらいありますからな!? なんだったらもっと上のサイズですぞ!? 二次元ばっかりに夢中で現実に目を向けてないからそんな風になるんですぞ!」
「誰が童貞クソオタクだテメェ! 現実だってしっかりと見てるわ! こちとら毎日GカップHカップはある若い巨乳姉妹を見てるんだぞ!?」
「なんですかそれ!? ちょっと詳しく!!」
「やめろやめろ。それまでにしておけ。みっともない。というか七緒ちゃん達に殺されるぞ」
「まさかものの数分でこんな大喧嘩をするとは思わなかったよ」
興奮して争う俺達に、川辺と伊波の仲介が入る。
伊波は俺の肩に手を置いて言った。
「実際、早乙女氏の言い分は正しいと認めただろ? ならちゃんと受け入れないと」
「いや、正しいけどさ! 言い方ってもんがさぁ!」
俺だってこんな言い争いするとは思ってもなかったわ!
だけど俺のこだわりに一歩も引かねぇんだもん。そりゃムキにもなるわ。
俺がまた早乙女さんを睨み付けると、キッと逆に睨み返された。
「いくら敬愛すべき社長だといえど、某もプロのクリエイター! 悪いものはハッキリと悪いと言わせてもらいますぞ! 妥協すれば全員が不幸になる! いくら某も嫁を人質に取られているとしても、こればかりはプロとして譲れませんぞ!」
「むっ……」
きっぱりと、早乙女さんは言い張った。
なるほど、プロのクリエイターとしての矜持か。それを言われたら何も言い返せない……というか、口出ししちゃいけない領分だと思う。
腕を組んで川辺が頷き、早乙女さんを援護する。
「早乙女さんの目は正しいと思うぞ? この人の作る物に外れはない」
「今のやりとりを見て思ったんだけどさ、思い入れがある人ほど、過剰なこだわりが出ると思うよ。その点、早乙女さんは客観的に見てくれる。むしろこれはありがたいことじゃないかな?」
……確かにな。こだわりが強すぎて理想から外れると、逆によくないし。
下の者の諫言に耳を傾けるのも、上に立つ者の度量か。
「そうだな。早乙女さん、すみませんでした。俺が間違っていました」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませぬ。どうしても譲ることができず……」
「いや、いいんですよ。それこそがプロのクリエイターでしょう」
「そう言って頂けると助かります。それでは僭越ですが、そもそもいきなり大きさを決めようと言う時点で間違っていると思うのですよ」
「ほ~……というと?」
また表情が引き攣っていくのを感じる。
謝った傍からまた不穏なことを言ってきやがって。俺がいつまでも優しいと思うなよ?
俺もそこばかりは厳しいからな。間違っていると思ったら遠慮なく言わせてもらうぞ!
「大きいのは確かに素晴らしい。しかしまずはなにより、形あっての大きさではありませんか?」
「――俺が間違っていた」
信じよう、この人を。
早乙女さんが居れば、俺は理想の嫁を作れる!
俺のこの直感は、正しかった。
俺の要望を可能な限り聞いた早乙女さんは、俺すらも気づいていなかった癖を見つけ出し、理想以上の嫁を作り出してくれた。
後日送られた早乙女さんの修正版は、思わず胸が高鳴るほどの出来栄えだった。
もしかしたらこれが、俺の初恋だったのかもしれない、と感じるほどに。




