第121話 新年会②
「――ふんふん、ふーん♪ ふふふっ、伊波さんはもういらっしゃるのかしら?」
「林華。油断しない方がいいですよ。明らかに場所がおかしいです。何かあると考えたほうが良いと思います」
「わはははっ。静流ちゃんは心配性だね~。そんな警戒しなくったって、あたしらに何かできる奴なんかいないって。ようやく林華ちゃんにも春が来たんだから、応援してあげようよ」
ちょうどその時、体育館の外からはしゃいだような声が聞こえてきた。
これから何か起きるとすら考えていない、実に呑気で平和な声音である。
そして体育館に入ってきたのは、ウキウキとした様子を隠せない浮かれた森山さんである。
「ミライさーんっ。来っましったよ~! 伊波さんはもういらっしゃ――うぇえええええ!? なにこの人数!?」
「これはまた、随分と集めましたね。それも知られた顔ばかり……」
「えっ、なにこれ? マジで何かあんの?」
集まった小畑会の面々を見て、三人共ぎょっと体を固める。
どんなにアホっぽく見えても、実力は間違いなくトップクラス。何かあるとなればすかさず逃走に入るだろう。
が、うちの連中がそんなミスを犯すはずがない。
――パチパチパチパチパチパチ!
「あ、あら? 歓迎されている……ありがとうございます~!」
「敵対ではない、ということでしょうか?」
「じゃない? 拍手されている訳だし」
開幕歓迎の拍手で、あっさりと三人の油断を誘う。
そしてすかさず、真帆さんがさりげなく三人に近づいた。
「あけましておめでとうございまーす! お久しぶりですねお三方! お待ちしておりました!」
「あら。真帆さん、明けましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いします――それで? これは一体何の集まりです? 随分な面子が揃っているようですが……奥にいるのは、確か〈錬金術師〉の小畑さんですね。まるで何かの代表みたいな場所に座っていますが、もしやこの集会の発起人は彼で?」
真帆さんの挨拶に、森山さんはあっさり乗るが、樫原さんは警戒を解いてない。瞬時に状況を見抜くとは、さすがの観察眼だ。
しかし、真帆さんはごく自然にそれをスルーし、さり気なく誘導していく。
「まぁまぁ! 詳しくはお席についてからゆっくりと! ささっ、お席をご用意しておりますのでどうぞ! あ、芽衣さんはこちらですよ!」
「おっ? あたし? えっ、なになに? なんか特別待遇?」
真帆さんに優しく背中を押され、どことなく嬉しそうにしながら、芽衣さんは席に案内される。なんてチョロイ人だ……。
その席の周囲には、世永さんやトシさんを始めとした屈強な前衛ジョブの連中だ。もしの話だけど、一度捕まったら逃げるのも大変そうだな~。
何も知らずに笑ってそこに向かう芽衣さんに、罪悪感すら湧いてくる。
「よう芽衣ちゃん! よく来たな! さぁ、こちらが芽衣ちゃんの席だぜ!」
「皆アンタを待ってたぜ! さぁさぁ、とりあえず座りなよ!」
「ええ~? なになに~? 何かこんなに歓迎されちゃうと照れちゃうな~! あっ、なにこれ! 名札まで用意されてるの!?」
チヤホヤされて照れくさそうにしながら、芽衣さんはテーブルに用意されていたネームプレート――紙で三角を作ったやつ――に手を伸ばし、ひっくり返す。
――TAXI。
そこにはそう書かれていた。
「あははははっ! 何これ! 私の名前じゃないじゃん! しかもTAXIって人ですらねぇし! タクシー乗り場かよここ! あははははっ! ――――えっ」
バカ受けして笑っていた芽衣さんは、何かに気づいたのかピタリと止まる。そして、さり気なく周囲を窺っていた。
皆が、邪悪に笑っていた。
ガシリ、と。両脇から世永さんとトシさんが腕を。そして後ろから真帆さんが肩を抑える。
「ふふふ、よくぞ来たな。小畑会に」
「今日からお前は小畑会専用のタクシーだ」
「これからよろしくお願いしますね、芽衣さん。いやー、これでダンジョンでも楽ができると思うと、本当に助かりますっ」
「はっ――はあっ!? えっ、マジで!? なんで!? いつバレて……い、いや、ふざけろ! 誰がアッシーなんかに……えっ? えっ、なにこれ! 力強っ!? り、林華ちゃん! 静流ちゃん! こいつら強い! 全然振り解けない!」
「えっ? えっ、え、えっ? な、なんで? どうして!?」
「これは一体……」
さすがに全てを察した森山さんは混乱し、樫原さんは顔を青ざめさせている。
彼女らも芽依さんの能力に関しては、しっかりと秘匿していたはず。それでもなおバレているのだ。その動揺は大きいだろう。
他人事ながら本当に同情するわ。それをやったのは俺だけど。
しかしだからこそ、その行動に出るのは仕方ないことだったのだろう。
森山さんは正気を取り戻すと、殺気を込めた目で皆を睨み付けた。
「貴方達! 誰を敵に回しているのか分かっているの!? ここまでされては冗談で済みませんよ!?」
「ふふっ、冗談? 私達が冗談でこんなことをするとでも? 必ず勝てるという確信があるからこそ、力づくの行動に出れるのよ?」
「ミライさん……ッ! よくも大口を叩けたものですね! 本気の私に勝てるとでも……思って……ええええええ!? わっ、若い! 若返っている!? 何で!?」
「明らかに整形とかそういうレベルを超えている……あ。そういうことですか」
樫原さんは全てを察したのか、諦めたようだ。察しが良すぎると言うのも悩み物だな。
そしてミライさんは、未だ気づいていない森山さんにアピールするように、女神の光を纏いだした。俺達が正気を保っているのは、あくまで示威目的で抑えているからだろう。
「えっ? えええ!? 何その光!? 意味分からない! 光って、若返って…………まさか!?」
「そのまさかよ。ねぇ、林華。今までよくも好き勝手言ってくれたわね。さすがの私も憤死するかと思ったわ。でもね、今では感謝しているの。そのおかげで、ここまで辿り着いたんだから。――さぁ、覚悟はいいわね?」
「ひっ、ひぃ……ッ!?」
ゴキリ、と拳を鳴らすミライさんに、森山さんは怯えた。
おそらくレベルは未だに森山さんの方が上だろう。力量的には互角か、あるいはミライさんの方が下のはず。
だが、長年染みついたミライさんへの恐怖はぬぐえないようだ。とてもではないが戦う者の顔つきではない。
「――やめろババア!」
「伊波さんっ!?」
なんとその時、怯える森山さんの盾になるように、伊波が割って入った。
「正気かアイツ……!?」
「惚れた女の為に体を張るのはスゲェが、自殺行為だろ……ッ!」
伊波の暴挙に、俺と川辺は血の気が引く。しかし、助けになんて入れない。
いくら親友とはいえ、自分から死にに行くバカを助ける真似はできん。
「伊波君。今の暴言は聞き流してあげるわ。だからそこをどきなさい。二度と立場を忘れないように、躾けをしないといけないの」
「断る! この伊波智! 森山さんの為なら死す覚悟がある!」
「い、伊波さん……そんなに私を……!」
――バチイイイイイイイイン! へぼぁ……!?
まさしく鎧袖一触。伊波はビンタ一発で気絶した。
「伊波さぁああああああん!?」
「良い覚悟だわ。その覚悟に免じて一発で許してあげる」
その一発が致命傷なんですが……。
しかし、その行動は森山さんの闘志に火を点けたらしい。
「よくも伊波さんを……ッ! 調子に乗らないで! 進化したばかりで私に勝てる訳がないでしょ!」
「ふっ。そう思うなら試してみなさい」
――ヒュッ! ビシッ! バシッ! ガッ! ビュンッ!
俺では目で追うことすらできない攻防。意外というのは失礼かもしれないが、ミライさんと森山さんは互角に渡り合っているように見えた。
しかし、俺には及びつかない確かな差があるのだろう。次第に森山さんの表情が苦しくなっていくのに対し、ミライさんは余裕そうだ。どちらが優勢なのかは明確――あっ。今ミライさんのジャブが森山さんに……げっ!? 鼻から盛大に血が!?
そこからはあっという間だった。
ミライさんのコンビネーションが入り、森山さんが怯んだと思ったら、ミライさんがタックル。そしてそのままマウントポジションへ。
女子の喧嘩のレベルを超えているんだが……。
「いっ、痛い〜……ッ! なんで~……!? レベルはまだ私が上のはずなのに~……!」
「なんでもなにも、今まではレベル差があり過ぎて勝っていただけでしょう? たかが数レベル差程度なら、私とあなたが戦って勝負になる訳ないじゃない」
「そっ、そんな~……!?」
なんて失礼な言い方だ。でも実際に結果が出ているしな。
「さぁ、ここまですればもう分かったでしょ? 今までのことを謝るなら許してあげるわ」
「い、いやですっ!」
「そう、それじゃあ仕方ないわね」
――バチンッ! バチンッ! バチンッ! バチンッ! バチンッ!
四発、五発、と。痛烈なビンタが森山さんに振り下ろされる。森山さんの端正な顔はみるみる腫れ上がり、鼻からは血が未だに止まらずドバドバと流れ続ける。
ほんの僅かな時間で、とてもエルフとは思えないほど森山さんの顔は膨れていた。
「うぅぅ……! うっ、えぇぇぇええええええん……! い、痛いよ~……ッ!」
「ミライ。その、もう少し手心を……」
「それはこの子次第ね」
「ミライちゃーん! 程々にしてやってー! あとこいつらに放せって言ってやってー! つうかマジで放せよお前ら!? 普通にセクハラだろ!?」
「何がセクハラだ。笑わせんな」
「男に腕掴まれた程度で狼狽えるほど若くねぇだろ」
「はああああああ!? テメェ言っちゃなんねぇこと言いやがったな!?」
遠慮がちに止める樫原さんに構わず、さらにビンタを続けるミライさん。
そして暴れようとする芽衣さんを抑えつけてる世永さん達。なんてカオスな光景だ……。
とっくに限界を迎えていたのだろう。
森山さんはボロボロと涙を流していた。
「うぇぇええええぇぇん……! 痛いよぉ~……! なんでこんなにイジメるのぉ~……? もう止めてよ~……!」
「なに被害者ぶってるの? 虐められていたのは私の方よ。こうなるのが嫌なら、なんであんなに挑発するような真似をしたの?」
「だって~……! 嬉しかったんだもん~……!」
子供のように大泣きして、森山さんは続けた。
「ずっと……ずっと憧れてたんだもん~……! 悔しかったけど、憧れてたんだもん~……! ミライちゃんみたいになりたかったんだもん~……! だから初めて勝って嬉しくて……それで~……!」
「調子に乗っていた、と。本当にバカな子ね」
仕方ない子、というように、ミライさんが優しい笑みを浮かべる。それはまるで、泣きながら反省している子供を見る母親のような……。
その感動的に見える場面に、不覚にも誰もがしんみりとしていた。いや、この経緯と絵面は最悪だが。
――バチンッ!
「でもそれとこれとは話が別よ。謝らないのならこのまま続けるわ」
「びぇえええええええん……! ごめんなさい~……!」
台無しだよ。マジで容赦ねぇな。
見てくれがいくら若返ってもやっぱり危ないババアだ。
「ミライ、どうかもうそのあたりで。止めきれなかった私達にも責任があるので」
「ミライちゃーん! 本当にごめんねー! あとマジでこの痴漢共に放すように言ってー!」
「仕方ないわね。二人に免じて、このあたりで許してあげるわ。次はないわよ」
「うぅ~……ぐすんっ。ごめんなさい……」
「これからは貴方たちも、仲間として私達に協力すること。特に芽依にはタクシー代わりに使わせてもらうわよ。いいわね?」
「はい……」
「はいじゃねぇよバカー! あたしがいなかったらお前になんの価値があるんだ!? ちょっとミライちゃん! やっぱりそのバカもっとしばき倒して!」
「酷い……ッ! 芽衣、なんでそんなこと言うの~……ッ!?」
「お前がバカだからだよー!!」
賑やかな人達だなー。
この人達が小畑会に入会となると、また騒がしくなりそうだ。
♦ ♦
「――ズルいズルいズルいズルーいっ!!!! インチキインチキインチキインチキ!」
冷静になった森山さんパーティに、とりあえず契約書を書いてもらった。
そして小畑会について全てを話した後の、森山さんの反応である。
「よくもまぁそんな反則手段を使って堂々と探索者やってますね!? 自分達ばかり得して! 恥ずかしくないんですか!?」
『お前が言うなっ!!!!』
「ひぃん……!?」
皆から一斉に怒鳴り返され、森山さんはあっさり縮こまった。でもまぁ、芽依さんという反則的な人を初期から連れまわしたんだから、マジでおまいう案件なんだよな。
「ぐすんっ……なんで皆、こんなに意地悪なの? 私がそんなに酷いことした?」
「そんなことないですよ。森山さんは悪くないです。悪いのは貴方を虐めるこの連中ですからね」
「伊波さん……ッ!」
また泣き出しそうになる森山さんを、伊波がすかさず慰める。
あの積極性はマジですげぇな。なんか本当に上手くいきそうだし、邪魔するのも悪いか。
騒がれても面倒だし、伊波にそのまま面倒見てもらおう。都合よく二人の世界に入っているみたいだし、そのままフェードアウトしててくれ。
「いや、さすがに驚いたね。くっそ~、まさか【鑑定】持ちだったとは。渋谷ダンジョンで会った時に盗まれたってことか。あたしも言えないけどさ、ちょっと反則過ぎない? しかも本当にあのフィールドボス倒しちゃったの? あたしらでさえあれは無理って判断した相手なんだよ?」
「【鑑定】だけじゃないですよ。レベルを上げた生産職のアイテム。誰でも可能なスライムレベリング。あらゆるホムンクルスの生産。遠征拠点の構築。凄まじいですね。どれか一つでも探索者界隈に革命が起きます」
よほど驚いているのか、芽衣さんは呆れるように。そして樫原さんはじっと怖い顔で俺を見ている。
睨まれただけで死にかねないほど弱いので、優しくしてください。
「やっぱりあの時、もっと本気で勧誘……いや、攫うべきだったかな?」
「ええ、本気でそうしたくなりますね。私達の評価が甘かったとしか言いようがありません。おみそれしました」
「ああ、いえいえ。偶然の要素も重なっただけですので。それでどうでしょう? 小畑会に入会してくれます?」
「もちろんだよ! というかこんなの断れる訳ないでしょ。むしろこっちから入れてくれってお願いする立場だから!」
「ええ。参加しなければ、差がついてしまうことが明白ですからね。私達も限界を感じ始めていたところですし、むしろちょうどいいと言えます」
ほっ、良かった。喜んでいるようで。
あれだけのことをしたから、断られてもしょうがないからな。
しかし、限界とは?
「限界ってどういうことです? 何か問題があったんですか? 誰よりも順調に探索を進めているように見えますが」
「ああ~、まぁね~。単純に敵が強いんだよね」
「正確に言えば、私達の装備が追いついていないのです。今まではなんとか騙し騙しやってきましたが、それも限界に近い。どうにかして装備を揃えたいと思っていたので、有難い話です」
ああ~、なるほどねぇ。
それは皆感じていたことではあったけど、更に先を行く森山さん達はそれが顕著だってことか。そりゃ求めたくもなるわ。
「そしてなにより、ホムンクルスです。今の日本の現状を考えると、小畑さんに協力しない訳にはいきませんからね」
「日本の現状って……なんかまた大きな話が出てきましたね。それはどういう意味で?」
「私達が国からの依頼で、あちこちのダンジョンを回っているのは知ってますか?」
「ああ~、なんかそんな感じのことをどっかで聞いた気がしますね」
腕のある探索者が、人手の足りないダンジョンの探索を頼まれるんだったか。
森山さん達ならなおさらお願いされてもおかしくないよな。芽衣さんもいるし。
「そういえば、皆はそういう依頼を受けたりするんですか?」
「依頼を申し込まれることはあるけど、面倒だから行ってないな」
「だいたいわりに合わない依頼が多いのよね~」
「そうそう。そのくせ、あれやれ、これやれって偉そうだからな。俺らも一回受けたことあるけど、二度とやらないと誓ったわ」
この人達の実力でそういう話が来ない訳がなかったか。そして当然のように断っていると。この不良どもよ。
そんな小畑会の皆に、芽衣さんはしょっぱい顔をした。
「このクズどもがよ~。少しは国のために行動しろよ」
「まぁ、国の対応も悪いので仕方ないでしょう。あくまで個人の選択に委ねられますし。話を戻しますが、その依頼で地方を回ることが多いから分かるのですが、今のままだと数年――いえ、来年には日本が一気に崩壊する可能性があります」
「そんなに!? いや、なんでまた急に!?」
「スタンピードによる、ダンジョンの魔物の地上での野生化。これにより、地方の一次産業が崩壊しかけている。皆さんもニュースで知っているでしょうが、一般人が思う以上に事態は深刻化しているのですよ」
樫原さんはどことなく沈んだ表情で言った。
それに、芽衣さんが続く。
「あたしらもいろいろ見てきたけどさー。もう本当に悲惨だよ? 地方の農家さんはそこに住めなくなっちゃって、ただでさえ低い食料自給率が、どんどん下がっている。外国だって同じ状況で、食料を他国に送る余裕なんかないでしょ? 元々日本は食料を輸入に頼っていたし、今はなんとかやっていけるように見えて、もうギリギリなんだよ」
「探索者がダンジョンで食材を納めて、ようやく回っている状況ですね。ダンジョン食材が少しずつ浸透してきてますが、それでも探索者の数がまだまだ少ないですし、慣れ親しんだ地上の食材を求める人も多いですから。ですが、それもすぐに限界が来ます。遅くとも二、三年以内には、地上産の食材が取れなくなる可能性もあります」
そこまで不味い状況になっていたのか。全然知らんかったわ。
分かっていたつもりだったんだけど、なんだかんだどうにかなるだろうと思いこんでいた。本当にヤバい状況なんだな。
「へぇー。そんな状況だったんだな。まぁ俺らにはあまり関係ないかな?」
「だな。家族の分だけなら、自分でダンジョンに取りに行けばいいだけだしな。他は死んでも俺らは死なんから問題ない」
クソかこいつら。少しは樫原さんを見習え!
呆れていると、タケさんが東さんに話を振る。
「東。実際にどうなんだ? 俺も話には聞いていたが、そこまで酷いのか」
「ええ、樫原さんの見解に間違いはありません。ただ僕としては、今年中に崩壊してもおかしくないと思っています」
東さんは頷き、続ける。
「地方は人が居ませんからね。どうしてもダンジョンの間引きが間に合わないんです。そして日本は全てのダンジョンを把握している訳ではない。今この瞬間から、未発見のダンジョンからスタンピードが発生してもおかしくない状況です」
確かにそれもあり得るのか……。
未発見のダンジョンから同時にスタンピードが起きたら、その地域が崩壊するのは間違いないよな。思った以上に切羽詰まっている状況なのか?
「今でさえ人手不足で、残った地域を守るのが精いっぱいです。これ以上スタンピードが重なれば、地方の生産地域は一気に崩壊しかねません。そうなれば食糧難は避けられない。だからこそ我々は、この事態をどうにかしようとしているのですが……上手くいっていないというのが現状です」
東さんはそこで言葉を切ると、改めて皆を見回した。
「先ほど自分達は死なないと言った人がいますが、この状況が続けば地上は魔物に呑まれ、大量に人が死ぬ。餓死者も大勢出るでしょう。そうすれば今のインフラが全て崩壊し、皆さんの家族も生活がままならなくなります。ハッキリ言いますが、決して他人事ではありませんよ」
東さんの話に、珍しく皆が重苦しい空気を出す。
まさかこんな話を聞く羽目になるとは思っていなかった。
しかし、ちょっと気になるな。
「なんで東さんはそんなことに詳しいんですか? それどこからの情報です?」
「ああ、楓太にはまだ言ってなかったか。東は公安で、俺達みたいな探索者の監視をしていたんだよ」
「はっ? え!? 公安!? 本当に!」
「ええ、実はそうなんですよ。そもそも僕達がソロで探索者をやっているのは、森山さん達のように協力してくれそうな探索者を探す、というのもあるんです」
東さんは困ったように笑う。
驚いた。まさか伊波が言っていたとんでも話が、事実だったとは。
しかし公安は本当に驚き……はっ!?
バンッ! と、俺は強くテーブルを叩く。
皆の注目が集まる中、俺は命じた。
「公安の犬が紛れ込んでいる! 絶対に逃がすな!」
「――はっ!」
「――はっ!」
「――はっ!」
「――はぁ? いやちょっと待て! 僕は小畑会に――ゴフッ!?」
何か喋ろうとしていた東さんだが、一番近くに居た人から容赦のないボディブローで黙らされる。
そしてあっという間にパンツ一丁に身包みを剥がされ、腕を後ろ手に抑えられることになった。
「残念ですよ、東さん。まさか公安の犬だったとはね。裏切られた気分です……」
「ちょっと待って! 裏切ってないですよ! ある意味、僕ほど小畑会に貢献している人はいませんって!?」
「ほう。こう言ってますが、タケさん?」
「ふんっ。口ではなんとでも言えるからな」
「ふざけんな! アンタには僕が何をしてるか全部教えてるだろうが! 裏切ってなんかないぞ僕は!」
「裏切り者は皆そう言うんですよね。それで? 一体どれだけの情報を公安に流したのですか?」
「流してないですって! むしろ小畑さんに目が行きそうなところを上手く誤魔化したんですよ!? 言っておきますけどかなりのファインプレーをしてますよ僕は! それなのにこの仕打ちはあまりにも無情すぎます!」
「へぇ、そうだったんですか。ちなみにどういう風に?」
「え。それは、その……」
「言えないということは、そういうことですね?」
「違います! ただその……戦う事ができない根性なしとか。利用されているだけの都合が良い男だと」
ほ~う。なるほどねぇ。
おおむね事実だが、事実であっても言っていいことと悪いことがあるな。
「まだ何か隠していることがありそうですね。仕方ない――洗濯ばさみの刑に処す」
「了解しました。へへへっ、言いたいことがあるなら早いとこ言った方がいいぜぇ……?」
「だったらせめて聞けよ!? 聞きたいことを! 何も聞かれてないのに何を答え――あいたたたっ!?」
世永さんが東さんの乳首に紐が繋がった洗濯ばさみを挟む。そして、容赦なくその紐を引っ張った。
――パチンッ! あ痛―!?
「マジでふざけんな!? 僕が今までどんだけ頑張ったと思ってるんだ!? こんな辱めを受けるいわれはないぞ!?」
「ほう、まだ元気だな。乳首は二つあるということを知らんようだ……」
「本当に止めろ! そんな歳じゃねぇんだよもう! は、拝賀君、助けて!」
「東さん。僕が助けを求めた時、東さんは僕を助けようとしましたか?」
東さんは何も言えなかった。そして拝賀君は興味のなさそうに頷いた。
「そういうことです」
「いや、そこをなんとか――あ痛ぁあああああああ!?」
「ヒュー! 盛大に音が鳴ったぜぇ! もう一往復いったるかー!」
「思ったより楽しそうだな、次は俺にやらせてくれ!」
「まるで俺達が冷血みたいに扱いやがってよ」
「まったくだ。そもそも低報酬で危険なことばかりやらせようとする国が悪いんだろうが。反省するまで痛めつけてやろう」
「もう止めろぉおおおおおおお!!」
惨いが、これも仕方ないことだ。
裏切り者は出してはいけない。こうなった時の見せしめとしてしっかりケジメを付けなければ。
腹を抱えて呼吸困難になっている芽依さんは置いといて、樫原さんに話を向ける。
「それで? 日本の現状は理解しましたけど、俺が関係するとは?」
「えっ、ええ。結局のところ、探索者が足りないということが問題なんです。ですが小畑さんがホムンクルスを作れるのならば、話は変わります。戦闘用のホムンクルスを大量に生産すれば、ダンジョンの間引き、スタンピードの対応。どちらの問題も潰すことができる。ホムンクルスが日本の未来を救うといっても過言ではありません」
なるほどね。正直、日本の命運を握るなんて大層な立場は要らないんだが。
俺だけがなんとかできると聞かされて、全く関心をもたないというのもな。
実際うちには、スタンピードによって酷い目に合っている子もいるし。
ちらり、と七海姉妹に目を向ける。
二人共、なんでもなさそうな顔をしているが。
なんとなーく、目に悲しむような色が見えた気がした。
……日本を救うなんて、大それたことを本気でやりたい訳じゃないが。
そのための準備をするくらいなら、ちょっとくらいやってもいいかもしれない。
俺の考えを察したのか、川辺が冗談めかして言う。
「タイミングは良かったんじゃねぇの? これからまさに、人型に着手する予定だったんだし」
「ふっ、そうだな。それじゃあ、探索者用のホムンクルスを作る為に――いよいよ計画を次に進めますかぁ!」
俺が声を張り上げると、森山さん達を除いた小畑会のメンバーが一斉に姿勢を正す。
その変わり様に驚く三人を置いて、俺は宣言した。
「皆さん、今までよく頑張ってくれました。どうやら俺達の夢は、俺達だけのものではなく、日本すらも救うことになるようです! 皆さんも【種族進化】が近いところまで成長し、森山さんパーティという強力な味方もできました! 憂いはもう何もありません! なのでいよいよ作りましょう! ――ホム嫁を!」
『――いえええええええええええええい!!!!』
主に男達が、雄叫びを上げて応える。
それに、森山さんは狼狽えていた。
「え? え? ホムヨメってなに?」
「ホムヨメ……ああ、ホム嫁ってこと? ――待って、もしかして旦那も作れる?」
「なんて低俗な……いえ、だからこその熱意? 理由はどうあれ、メリットが大きいのならなんでもありか……」
微妙な顔をしながらも、樫原さんは頷いている。
納得してくれたのならそれでいい。これが小畑会のノリなので、慣れてください。
「さて。ホム嫁製作に移りますが、そのための素材集めから入ることになります。皆さんにも追って協力をお願いしますが――世永さんには確実に力を貸してもらうことになりますので、そのつもりでお願いします」
「ああ、任せろ。なんでも言ってくれ」
皆の視線が、腕を組んでいる世永さんに向かう。しかし、俺の人選に反対の声を上げる者はいない。
〝悪魔殺し〟――世永公司。
サキュバスが生息する悪魔系ダンジョン。〈歌舞伎町ダンジョン〉において、これほど頼りになる人はいないからだ。
「さて、それじゃあ今日はこのくらいで会議は終了ですかね? 何か他に報告のある人います? ……いないっすね。それじゃあ新年が明けたばかりですし――」
川辺に合図して、体育館の隅に置いていた道具を取りにいってもらう。
杵と臼。それを皆に見せて、俺は言った。
「餅つき大会でもしません? テレビで見てたらなんだかやりたくなっちゃって……」
♦ ♦
ぺったん、ぺったん、またぺったん、と。
結局、皆が酒とつまみを持ち込み、餅つき大会という名の宴会となってしまった。
美味しい餅は食べられる。酒を飲んで陽気にはしゃぐ。
一石二鳥だな!
「フンゴッ! フンゴッ! フンゴッ! フンゴッ! フンゴッ!」
「いや、ちょっ!? くっ、ジジイ! ちょっと速すぎ――あ痛―っ!?」
「俺がつく。テメェは大人しくサポートをしてろ!」
「いいや、俺がやる。お前より俺の方が上手い!」
「どっちでもいいから早くやれよ~」
「そうだぞ~……次は納豆で食べるんだから~……早くして~……」
一部喧嘩が発生しそうになっているが、まぁこれも華だろう。
皆が楽しんでいるなら何よりだ。
「芽衣さん、楽しんでますか?」
「おおー! 会長! 勿論楽しんでるよー! 一時はどうなることかと思ったけど、小畑会に入れてもらって良かったよー!」
きな粉餅を美味しそうに頬張っている芽衣さんに声をかける。
ご機嫌なら良かった。お願いするなら今しかないな。
「実は芽衣さんにお願いがありまして」
「おお? 私に? なんだいなんだい? あたしにできることなら協力するよ~」
「それはありがたい。実は俺、〈アイテム使い〉のジョブも持っていまして」
「……マジで? いやそれは驚いたね。まさかあたし以外にも持っている人がいるなんて」
「ええ、俺も正直芽衣さんを見た時は驚きました。だからこそ、芽衣さんにずっとお願いしたかったんですよ」
俺は芽衣さんに丁寧に頭を下げる。
「〈アイテム使い〉の先輩として、どうか俺に、〈アイテム使い〉の戦い方をご教授いただけないでしょうか?」
「――ほう?」
低姿勢な俺のお願いに、芽衣さんはぞっとするような、獲物を前にした笑みで応えた。
♦ ♦
【探索のヒント! その四十五】
〈亜神〉
人から神への段階に足を踏み入れた者。
【種族進化】における〈亜神〉は、あくまで一つの種族である。ゆえに人々が思うような不可侵の絶対性はない。
しかし神の名を冠するだけあって、その能力は間違いなく全種族の中でもトップクラス。
〈亜神〉へと進化するだけで、各種族の最も秀でたそれに一歩及ばない程度の、万能型のステータスへと上昇する。これに加え、その神が司る権能に応じたステータスが強化される。
例えば、武の〈亜神〉であれば筋力や体力が伸びた上で、武の理と直感を身につけることができる。
美の〈亜神〉であれば、器用さや魅力が高まり、外見を整える力や、それに必要な要素を見抜く眼を備えるだろう。
そして〈神〉系統の種族が持つ最大の武器が【信仰】。自身に向けられた信仰心をそのまま力に変えるスキルである。 具体的に言えば、ステータスの強化や権能に応じた特殊能力が増えていく。
【信仰】とはいうが、これは改宗を必要とするほど大袈裟なものでなくてもいい。だが何人であっても、これを偽ることはできない。
一神教の宗教を信仰する信心深い信徒。
ごちゃ混ぜに宗教、文化を取り込み、生活に混ぜ込む変態民族。
俺、二次元にしか興味ないんだよね、とスカした態度を取る拗らせオタク。
いくら貧乳派だと口にしようが、揺れる巨乳に一瞬でも目が行ってしまえば、その事実を誤魔化すことはできないように。
たとえどんな人種であろうと、無意識レベルで一定基準を超えた好意、敬意を持ってしまえば、その瞬間に【信仰】が発生する。
なおこれは種族的な〈神〉における【信仰】の話であり、自身が信仰する宗教の神に対するものとは別物である。
己が宗教への信仰を深めながら、無意識レベルでの〈亜神〉への【信仰】を捧げることは決して不敬ではない。
しかし、〈亜神〉に対する【信仰】に関しては、その重複は認められない。
〈神〉の系譜を問わず、自身が知る〈亜神〉に対する【信仰】の深さにより、己が【信仰】の行き先が決まる。
その点を踏まえると、実は【信仰】によるステータスの上昇は簡単なものではない。
一人分の【信仰】がもたらす力は決して大きくはない。その深さによって価値は大きく変動するとはいえ、信心深い信者を作るのは容易ではない。
そしてそれを他の〈亜神〉と奪い合うとなれば、その難易度は言うまでもないだろう。
長期的に見れば、最強に届きうるスキルかもしれない。だがその壁はあまりに高い。よほど上手くやらない限り、ほとんど【信仰】を集められずに終わる可能性も――ん?
世界初の〈亜神〉……美の女神……同時に〈美肌薬〉の販売……マスコミへの根回しも着々に……日本はもちろん、海外展開もおそらく容易い……競合相手のいないブルーオーシャン……それによる先行ブランドを考えると……。
――はっ、早まるなぁあああああ!! 暴君が生まれるぞぉおおおおおおおお!?
さて、メリットばかりに見えるこの〈亜神〉。しかし当然のことながら、これだけ強大な力であれば相応のデメリットも発生する。
まず挙げられるのが、神性を取得してしまったことによる【神性特攻】に対する脆弱性。
【神殺し】の力を秘めた武器、種族、スキル。これらは全てわずかな傷が致命になり得る。
そして地味に困った問題が、信徒の願いを感じ取ってしまうこと。
物理的な距離の近さ、そして【信仰】の深さに比例し、信者の心の願いがその〈亜神〉へと届いてしまうことがある。
これ自体は特に害はない。ただ、日常生活で四六時中その声が聞こえ続けるとなると、たまったものではない。無秩序に救いを求められる神の立場を味わえる、貴重な体験であるとも言えなくもないが、所詮が元人間では面倒過ぎる。
その信徒の相談に親身になり、問題解決の手助けをすれば【信仰】は深まり、より力は増すことになる。ゆえに完全なデメリットというわけではないが、とんだ現世利益を求める神がいたものである。
そして〈亜神〉へとなったことによる最大の問題は、自身が持つ権能から外れる行為にデバフがかかるということである。
武であれば、武の道から外れる行為。美であれば、美しくないと思われる行動。
〈神〉が司る権能とは、自身が持つ力であると同時に、自身の誓いでもある。
その誓いを裏切る行為は〈神〉であっても――いや、〈神〉だからこそ許されるものではない。
もし己が誇りに背く真似をした場合、その身から力の大半は奪われ、取り戻すのに多大な時間と労力を費やすことになるだろう。なぜならそれは己だけではなく、信徒への裏切りでもあるのだから。
【信仰】で得た力であるからこそ、信徒の憧れを裏切るような言動は許されないのである。
――え? 恐喝や恫喝をする女は美しいのかって?
――気に入らない相手を暴力でねじ伏せることは、野蛮ではないかって?
――そもそも努力して作り上げるからこそ真の美しさが宿る、なんてほざいていた女が〈美肌薬〉を使うのはどうなんだって?
いや、その……結局この判定は、〈亜神〉自身の無意識の美学に委ねられているから……。
例えば誰とは言わないが、平気でダブスタをする女だったり。
それはそれ、これはこれと開き直れる女だったり。
私はいいの、でも貴方は駄目。なんて平然と言いきる女だったりした場合、ほとんど意味がないと言いますか……。
――神とは、明確に人間より上の視座に立つ者。人を見下ろす存在である。
ある種の傲慢さを持つことこそ、〈亜神〉の素質とも言えるのかもしれない。




