55. 秘密の微笑み
まずは黄色。
そこに赤と白と、それから橙色も。
「そう、上手よ。次はここに茎を通して……」
ユーリさんが指先で示した、茎と茎の小さな隙間。
グレンのマントを縫ったとき、針に糸を通したのを思い出しながら、細い茎を少しずつ編んでいく。
「ユーリさん、どんな色の花がいいかな?」
「そうね……服の色や髪に飾った花の色に近い色を選ぶと、まとまって見えて素敵よ。でもこういうときは、好きな色の花を使っていいの」
「何色でも?」
「ええ、ここにある全部の色の花を使ってもいいわ」
「じゃあユーリさん、これも?」
「勿論!」
わたしが手に取ったのは、スクレリア。
メルセーリオ領でしか咲かない、鈴みたいな可愛い音が鳴る花。
茎に近い部分の花びらは真っ白で、先端は透き通った淡いピンク色。
「スクレリアの名前はね、昔の言葉で“秘密の微笑み”っていう意味なんですって。昔、表立って思いを伝えられなかった恋人たちが、相手を思って贈ったそうよ。……なんだかロマンチックねぇ」
ほう、息を吐いたユーリさん。
こういう話が大好きみたい。
少しずつ形が見えてきた黄色い花冠に、差し色の花をどんどん刺していく。
ピンク色のも入れてみようかな。
紫は……今回はやめておこう。
こうして昼前に完成した花冠。
「……」
「……っ、ふふ……あははははっ」
「わ、笑わないでくださいっ」
頭に乗せようとしたら、すとんと頭を通り越して肩に落ちた。
何回試しても頭に乗ってくれない。
「ふふ、ごめんなさい……だってサクラさん、それ……」
わたしの頭よりだいぶ大きな花冠。
……どうやら張り切り過ぎたらしい。
「豪華な、ネックレス、みたいで……素敵よ?」
まだ笑いの中にいるユーリさん。
「お嬢ちゃん、これを作ったのかい?」
「この大きさなら、男の人の頭にぴったりかもねぇ」
近くで様子を見ていたおばさんたちに声を掛けられる。
「男の人に……?」
パッと頭に浮かんだのは、勿論……でも……。
似合わなそうなんだよなぁ……。
大きくて、分厚くて、仏頂面で。
その頭に、この花冠を?
「渡しに行ってみる?」
「……え?」
そこには、さっきまでの笑いとは違う笑顔を湛えたユーリさん。
「東側、行ってみましょ?」
「あの、でも……仕事中だし、忙しいかも……」
「サクラさん、誰を想像したの?」
「え?」
「私、ウォルヴィーゼ様のところだなんて、一言も言ってないわよ?」
…………!?
「え、あの……えっと……」
や、やられた……!
「さあ、行きましょ!」
「ええええぇっ」
ユーリさんに手を引かれて、人混みの中をどんどん進む。
後ろに流れていく景色がやけに遅く感じて。
早く会いたいような、まだ到着しないでほしいような、変な感じ。
すれ違う人たちがわたしの腕の中を見て「わあ」と声を上げる。
大通りを曲がって、いつの間にか街に飾られている花の色が少しずつ変わっているのに気付いた。
大通りはいろんな色の花があちこちに飾ってあったけど、このあたりは赤や紫が多いみたい。
もしかして……。
「街の東側に入ったわよ、サクラさん」
「もしかして、街の場所を色分けしてるんですか?」
「そう。こうすればこの街に不慣れな人でも、自分たちがどのあたりにいるかわかるでしょ?」
なるほど、とってもわかりやすい。
メルセーリオの花祭り、すごい。
少し歩いて。
わたしの視線が、無意識に探す人に辿り着いた。
「あの……グレン……」
「ん?」
振り向いたグレンが固まる。
そうだよね、こんなに大きい花冠を持ってるんだもん、目立つよね。
「こ、これ……」
おずおずと花冠を差し出す。
口の中が渇いて、喉までカラカラになってきた。
王都から応援に来た騎士団のみんなや街の人たちが花冠を覗き込む。
「おー、こりゃすげぇな!」
「これサクラが作ったのか?」
「まぁ、よくこれだけ大きいのを作ったねぇ」
周りの人たちの声が重なって、ぐわんぐわんと頭に響いて。
やっぱり迷惑だよね。
仕事中だし、荷物になるし。
それにこんな大きい花冠、グレンは使わないし。
いや、わたしも使いどころはわからないけど。
こんな大きなものを持ってきた自分が、一気に恥ずかしくなる。
引っ込めどころもわからなくなって。
やっぱり何でもない、と花冠を背中に隠そうとしたとき。
「……どんだけデカいの作ってんだよ」
いつもの無表情に近い。
でも、これは……困ってるというか、戸惑ってるというか。
グレンが苦笑してる。
「い、いろんな花、使ってたら……こんなになっちゃった」
「まあ、“あのクマ”よりは、それなりに見えるな」
ひ、ひどい……!
騎士団寮のベッドでわたしの帰りを待っている、“あの子”を思い出す。
あんなに可愛いのに……!
何か言い返そうとして。
今まで手にあった重みが消えているのに気付く。
「……ま、頑張ったな」
最後に飾り付けた一輪のスクレリアが、チリンと鳴った。
おおお、と周囲がどよめく。
グレンが、花冠を、手に持っていた。
被ってみろよ、と笑う仲間たちをひと睨みして、再び祭りに視線を戻したグレン。
正直、花は似合ってない。
でも……。
グレンが手に持って、なお存在感を放つ大きな花冠。
勝手に頬が緩んで、でもそれに気付かれたくなくて、変な笑顔になってしまう。
「良かったわね、サクラさん」
「え?」
「花冠、受け取って貰えて」
「…………は、い」
小さく頷くと、頬に入れていた変な力が抜ける。
受け取って、貰えた……。
それがどうしようもなく嬉しい。
──はい、母さま、これあげる!
かじかむ手で折った、小さな折り紙。
あのとき作ったのはたしか、花か何かだったか。
「……ま、まあ……ありがとう、後で貰って行くね」
母さま、とわたしが呼んだ人は、ぎこちなく笑って。
嬉しそうに、少し寂しそうにわたしを抱き締めて。
そして、母さまがそれを持って帰ることは、なかった……──。
「……サクラさん?」
ユーリさんの声に、ハッとする。
「え、あ……ご、ごめんなさい……」
「いいのよ、それよりサクラさん、大丈夫? ちょっと疲れちゃった?」
心配そうに覗き込むユーリさんに、慌てて首を振る。
「いえ、大丈夫です! ごめんなさい、ちょっとボーッとしちゃって」
あはは、と笑うと、ユーリさんも笑ってくれた。
よかった、心配かけずに済んだかな?
「…………」
「グレン、どうしたの?」
「……いや……まあ、これは貰っとく」
「……うん!」
いつの間にかわたしの近くに来ていたグレンの手にある大きな花冠。
「ふふっ」
やっぱり、似合ってない。
「何だよ、グレンの圧勝じゃねぇか」
「最下位だと思ってたのにな」
「完敗だ、あれにゃ勝てねぇ!」
笑いながら話す騎士団のみんな。
よく見てみると、みんな花を何本か手に持っている。
「あれはね、街の人たちなんかが感謝の気持ちを込めて、騎士様たちに花を渡したのよ」
どうやらみんなは、花祭りの間に“誰が一番多く花を貰うか”賭けていたらしい。
じゃあ、グレンも……?
「……ンなもん知るか、あいつらが勝手に賭けてただけだ」
「そっか」
なんだかホッとした。
何でホッとしたのかは、わからない。
こうして話している間に、少しずつ日が傾いてきた。
春の、山間の街の夜は、意外と早いらしい。
「もうすぐ夕方ね。サクラさん、今日は屋敷に帰りましょう」
花祭りは二日間。
夜は一旦露店を閉めて、また翌朝から祭りを始めるらしい。
街の外からもたくさんの人が来るから、祭りの間は夜も交代で警備をするけど、基本的には静かなんだって。
「グレンはどこで寝るの?」
「そこの宿屋だ」
グレンが通りの向こう側にある建物を顎で示す。
野宿じゃないんだ、良かった。
「グレン……あの、それ……」
ちらりと花冠に目を向ける。
あんなに大きいの、邪魔にならないかな……。
「あ? ……持って帰るに決まってんだろ」
「……!」
「さっさと帰れ、ユーリが待ってんぞ」
「わかった! グレン、お休みなさい!」
言っている途中でグレンに背中を向けて、ユーリさんの方へ走る。
「走んな、転ぶぞ」
背中に受けたグレンの声と夕陽、それからスクレリアの音。
あったかくて、やっぱりくすぐったかった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
グレン、サクラに何度も「花が似合わない」認定されてますね、おめでとう(?)。
サクラも花冠作りを堪能できたようで良かったです。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




