54. 名前のない願い
ニコニコ笑顔のユーリさん。
怪訝そうなグレン。
な、何が“大丈夫”なんだろう。
「ちゃんと似合ってるし、とっても可愛いわ」
耳元で言われて、一気に恥ずかしくなる。
「ね? ウォルヴィーゼ様?」
「…………」
「女性にはちゃんと言葉にしなくては、伝わらなくってよ?」
「……あー……まぁ……」
何となく歯切れの悪いグレンと、それを笑顔で見守るユーリさん。
どうしたんだろう。
「あ、そうだ。グレン、これ甘くて美味しいよ」
さっきまで食べていた花の飴細工。
花びらを一枚、パキリと折る。
「……ん」
「え?」
指先で受け取るグレン。
薄い花びらは、グレンが持つとものすごく儚く見える。
あ、でもグレン、甘いのは苦手なんだった。
ちょっと待って、と声を掛ける前に、飴色は薄い唇の向こうに消えていった。
「……甘めぇ」
「えぇ?」
甘いよ、だって飴だもん。
眉間にシワが寄ったのを見て、心配になる。
「グレン、どうしちゃったの、本当に。大丈夫?」
「……ああ、何でもねぇ」
それだけ言うと、グレンは他の人たちと警備の持ち場に行ってしまった。
「ふふ、ウォルヴィーゼ様ったら」
「グレン、なんだかおかしかったですよね」
「あら、何を言っているの? ウォルヴィーゼ様はね、サクラさんのあまりの可愛らしさに、照れてらしたのよ?」
「えぇっ!?」
そ、それはちょっと違うような……。
そうだとしたら、嬉しいけど……。
「さあ、サクラさん。お祭りの続きを楽しみましょ?」
わたしたちはまた人混みの中へ。
侍女さんたちが話していた通り、女の子たちはみんな髪に花を飾っていた。
そういえば、とユーリさんを見上げる。
ふんわり結われた髪に、鮮やかな赤い花が揺れる。
淡い紫色のワンピースとよく合っていて、ユーリさんにぴったり。
大通りから少し道を逸れて、石段を昇る。
「すごい!」
昇り切った先には、噴水がある展望広場。
「ここ、花祭りが全部見渡せるのよ。きれいでしょ」
展望台の先から街を見下ろす。
「街の中に花があるのか、花の中に街があるのか、わからなくなりますね」
「まあ、面白い言い方をするのね」
さっき歩いた大通りも、人も建物も、全部がきれいな花でいっぱい。
深い緑の山に囲まれた、お花畑のような街。
「私ね、ここからの景色が大好きなの」
「わたしも好きです、メルセーリオの景色」
「ふふ、お揃いが増えたわね」
今度グレンにもこの場所を教えてあげよう。
すげぇな、くらいは言ってくれるかもしれない。
そういえばグレンはどこにいるんだろう?
ヒューゴさんは、街の東側って言ってたけど。
見慣れた鎧を探して、じっと見る。
……違う、あれはグレンじゃない。
「ふふふっ」
「どうしたんですか?」
「サクラさん、ウォルヴィーゼ様を探してるんでしょ?」
あっちが東側よ、とユーリさんが指差す方に視線を移して。
「あ、いた!」
建物の壁沿いに見える、いつもの鎧と臙脂色のマント。
ルミネスタの星祭りや月光祭のときみたいに、ただ黙って立ってる。
でも、それでいいんだよね。
立っているだけのように見えて、グレンはグレンのやり方で花祭りを守ってる。
それって、すごくかっこいい。
「サクラさん、そろそろ次に行きましょうか」
「あ、はい!」
もう少し見ていたかったけど、今日はまだ始まったばかり。
花祭りは、これからだ。
「サクラさん、花占いって知ってる?」
「花占い、ですか?」
「そう。花びらを一枚ずつ取って、願い事が叶うかどうか占うの。例えば……」
ユーリさんは木のベンチの近くに飾られていた白い花に手を伸ばすと、一輪だけ、ひょいと抜き取った。
「こうやってね……願い事を頭に浮かべながら、叶う、叶わない、叶う……って」
ユーリさんの細い指が、順番に花びらを取っていって、いよいよ最後の数枚。
「……叶う!」
無邪気に笑うユーリさん。
「ほら、サクラさんも何か願い事を思い浮かべながらやってみて?」
「はい!」
願い事……うーん、何だろう。
みんなが元気にいられますように、とか?
グレンが怪我しませんように、とか?
あ、それなら……。
ふんわりした羽のような、芽吹いたばかりのような、願い事と呼べるかわからないもの。
でも、わたしの中に、ちゃんと息づいているもの。
わたしが手に取った赤い花。
最初の一枚に指をかけると、なぜか緊張してきた。
すう、と息を吸って……。
「……か、叶う……叶わない……叶う……」
花びらがちらちらと舞って、石畳に落ちていく。
「……叶わない……叶う! ユーリさん、叶うって!」
「ふふ、おめでとう、サクラさん!」
二人できゃっきゃと手を取り合って喜んでいると。
「おや、何かそんなにいいことがあった?」
「お兄様!」
「アレンさん!」
声が重なったのに、また二人で笑う。
「今ね、サクラさんと花占いをしていたの」
「叶う、ってなりました!」
「それは良かった。きっと叶いますよ」
アレンさんは石畳に散らばった花びらに目を向けて、ふっと小さく笑った。
「随分と楽しんだみたいだね、ユーリ」
アレンさんが軽く指を振ると、足元からふわっと風が吹いて、鮮やかな金色の髪が揺れる。
落ちていた花びらは風に浮かんで、アレンさんの手のひらに乗った。
「では、これは記念にどうぞ」
アレンさんが花びらを両手で包むと、指の隙間が淡く光っているのが見える。
ゆっくり開かれた手の上に乗っていたのは、花占いをする前の赤い花。
「え、ええっ!?」
久し振りに見た……アレンさんの魔法。
やっぱりすごい!
差し出された花を手に取って眺める。
うん、やっぱり花占いに使った花だ。
「ありがとうございます、大切にします!」
「ふふ、どういたしまして」
アレンさんはユーリさんの手にもそっと白い花を乗せる。
「二人とも、本当に似合っていますよ。おとぎ話に出てくる、可愛らしい花の妖精みたいだ」
そう言うとアレンさんはユーリさんの髪を優しくひと梳きして、小さい声で何か囁く。
それから、後ろにいた人たちと一緒に人混みの中に消えていった。
「お兄様は、領地の方たちと一緒に祭りの見回りがあるんですって」
そっか。
これだけお客さんがたくさんの花祭りだもんね、メルセーリオ領の人たちも見回りしなきゃいけないんだ。
ほんのり頬を染めたユーリさん。
何か褒められたのかな。
「さ、さあ、私たちも行きましょう。次はね、花冠を作れるところがあるの。サクラさん、きっと似合うわ」
「作ってみたいです!」
「あっちよ、ついて来て!」
「え、あ、ユーリさん、待って!」
さっきまで胸の中にあった小さな願いは、まだ名前が付けられないまま。
いつか育って、花を咲かせるんだろうか。
胸の奥のくすぐったさを誤魔化すように、先を歩くユーリさんを追いかけた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
花祭り編、作者の脳内は百花繚乱で楽しく書いております。
皆さまがお好きな花はどんな種類、色でしょうか?
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




