53. 青空が透ける飴細工
──チリン……
透き通った、可愛らしい音。
何の音だろう。
──チリリ、ン……リン……
なんだか聞き覚えがあるような。
ゆっくり目を開けると、見慣れない天井が目に入る。
……そうだ。
わたし、メルセーリオのお屋敷に泊まったんだ。
布団、ふかふかだった……。
名残惜しさを覚えながら、大きいベッドから下りる。
カーテンから差し込む光がだんだん強くなってきた。
わたし、日の出前に目が覚めたんだ。
いつもならもう寮の掃除を始めてるもんね。
あくびを噛み殺しながら、カーテンを開ける。
窓の向こうにはメルセーリオ家の広い庭。
「うわぁ……!」
窓を開けてみると、朝のひんやりした空気と一緒に、花の香りが部屋に入ってきた。
甘いだけじゃない。
どこか青いような、湿った土の匂いのような。
今まで知らなかったはずなのに、心地よくて懐かしい。
言葉では表せない、深くて不思議な香り。
しんと静まり返った空気の中で、たくさんの花が踊っているみたい。
何度も深呼吸をしていると、部屋の扉が小さくノックされた。
「サクラさん、起きてる?」
「あ、ユーリさん。おはようございます」
少しして扉が開くと、今日も可愛らしいユーリさんが笑顔で入ってきた。
「まあ、早起きさんなのね」
「いつもこのくらいの時間に起きてるんですけど、今日も自然に目が開いちゃって」
「そうだったのね、すごいわ。私なんてミアに三回も起こして貰ったのに」
「……四回です、お嬢様」
後ろに控えていたユーリさん付きの侍女さんが、さらりと訂正した。
「……四回だったらしいわ」
「ふふっ」
ここから先は侍女さんたちが着替えを手伝ってくれた。
「本日は花祭りですので、こちらの服はいかがでしょうか」
「わぁ……すごい、可愛いです」
淡い黄色のふんわりしたワンピース。
いつもの服と違って、なんだかそわそわする。
「髪も少し結いましょう」
「せっかくの花祭りですもの」
楽しそうに話してくれる侍女さんたちのおかげで、いつもはそのままにしている髪が可愛くなった。
「このあたりに花を飾ると素敵ですよ」
「きれいな黒髪なので、花も映えますわ」
か、髪に花を飾るのって、たしか“愛する相手がいる”って意味じゃなかったっけ……?
「ふふ、大丈夫ですよ。お祭りですもの、女の子はみんな髪に花を飾っています」
よかった……!
でも、わたしが一人で勝手に何かを意識していたみたいで恥ずかしい。
「……さあ、できましたよ」
「すごい! ありがとうございました!」
鏡を見て、思わずくるりと一回転。
わたしなのに、わたしじゃないみたい!
「サクラさん、こちらを」
ミアさんが差し出したのは、小さな橙色の花。
「お召し物が黄色ですので、こちらの色の花がいいかと」
そっと耳の上あたりの髪に刺して貰って、わたしは完全に花祭り気分。
朝食はわたしとユーリさんの二人。
朝食の席では、ユーリさんが花祭りのオススメの回り方を教えてくれた。
「まずは大通りを歩いて、中央広場に行きましょう。そこからね──」
次から次へと出てくる話に、わたしもどんどん楽しみになってくる。
そして。
「ご馳走さまでした」
手を合わせると、ユーリさんが不思議そうにわたしを見る。
「それ、何かの儀式?」
「え、ええと……儀式というか、挨拶です。食べ物とか作ってくれた人への感謝を……」
「まあ、そうなのね。素敵な文化だわ」
「エイルメーアでは、そういう挨拶はしないんですか?」
「そうね……あまりしないかしら。美味しかったら、食事を出してくれた相手にお礼は伝えるけど」
……そっか。
だから前にわたしが手を合わせたとき、グレンが不思議そうな顔してたんだ。
最後に食後のハーブティーを飲むと、ユーリさんがパッと立ち上がる。
「さあ、行きましょう!」
お屋敷を出る前にもう一度、侍女さんたちに服と髪を見て貰って、いよいよ玄関へ。
「「「いってらっしゃいませ」」」
たくさんのお辞儀に見送られて、外に出ると。
「わぁ……!」
きれいに整えられた庭と花壇。
朝露に濡れた木や花が朝日を浴びてきらりと光る。
空気はやっぱり、甘くて深い花の香り。
ユーリさんと並んで門を潜ると、庭師さんたちが笑顔で見送ってくれた。
夕方とは違う、朝のメルセーリオ。
大通りは人がたくさん行き交って、どこを見ても必ず花が目に入る。
「街を花で飾り付けるなんて……」
「ふふ、本当よね。こんなこと誰が思い付いたのかしら。この日のために花を育てて、何日もかけて飾るんだもの」
思わず漏れた言葉に、ユーリさんが頷く。
「しかも、この花ね、長持ちするように魔法がかけてあるの。それをできるようにしたのはお母様なんだけどね」
「そうなんですか!?」
ユーリさんのお母さん、エレナさんだっけ。
そんなすごい人だったなんて……。
「あ、ほら見てサクラさん、この飴細工、きれいでしょ」
「あらユーリちゃん、来てくれたんだね。そちらはお友だち?」
「こんにちは、おばさま。ええ、王都から来たサクラさんよ。可愛らしいでしょ」
飴屋のおばさんが「一緒に食べな」とくれたのは、花を模した飴細工。
薄い飴色の花びらを光にかざしてみると、青空が透ける。
「きれい……」
花びらを一枚パキッと割って口に入れてみる。
「……!」
消えた!
消えたというか、溶けてなくなった!
「ね、美味しいでしょ」
「はい!」
何枚かある花びらを気まぐれに口に入れながら、大通りを進む。
花の香りを比べて。
露店で甘い焼き菓子を買って。
そして、見つけた。
「あ、グレン!」
花祭りの警備の手伝いに、王都の騎士団から呼ばれたグレン。
他にも呼ばれた人たちと集まって何か話してる。
「お、サクラ」
先にわたしに気付いたのは……そうだ。
あのとき、花祭りの警備に出たいって言ってたヒューゴさん。
「ヒューゴさん、お疲れさまです」
「グレンなら、今日は……あー、東側の警備だ」
そう言いながら、ヒューゴさんはどこかそわそわ。
でもわたしは知ってる。
ヒューゴさん、“いい雰囲気”の人と一緒に、お祭りを回るんだもんね。
「ヒューゴさん、頑張ってください!」
「ん? お、おう……ありがとな……?」
何かブツブツ言いながら歩いていくヒューゴさんを見送って、視線を上げる。
目に入ってくるのは、いつもの大きな体と焦げ茶色の髪……なんだけど。
「…………」
なんだか、おかしい。
「グレン?」
「…………」
じっとわたしを見て、何も話さない。
もしかして、変なのかな?
ワンピース、似合ってない?
「え、と……グレン?」
そこでようやく琥珀色の瞳と目が合う。
どこかハッとしたような顔のグレン。
「あの……わたし、変、かな?」
「……ん?」
「だ、だから……っ」
そのとき。
わたしの肩に、手が優しく置かれる。
「大丈夫よ、サクラさん」
肩越しに微笑みを覗かせたのは、なぜか目をキラキラさせたユーリさんだった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
はじまりました、花祭り!
花の香りって、いろいろな種類がありますよね。
うまく言語化できず、ぐぎぎ……となりました。
……精進いたします。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




