52. 鈴の花と招かれた食卓
ずらりと並ぶ濃紺の服。
寸分の狂いもなく、完璧に揃ったお辞儀。
「「「お帰りなさいませ」」」
わたし、とんでもないところに来ちゃった……。
「さあ、サクラさん、入って!」
キラキラした笑顔でわたしの手を引くユーリさん。
「え、ええと……お邪魔します……」
夕方、メルセーリオ領に到着したわたしたち。
花祭りは明日から、ということで、アレンさんとユーリさんの実家、メルセーリオ公爵家のお屋敷に来た。
「疲れたでしょう? まずは客間に案内するわね、落ち着いたらサロンでゆっくり話しましょ!」
ユーリさんは、うん、元気。
アレンさんは使用人さんたちと何か話しながら、わたしの方に視線を向ける。
「彼女はユーリの友人のサクラさん。丁重にもてなして」
「承知いたしました」
老齢の、白髪混じりの男の人が、微笑みながら優雅に一礼する。
「サクラさん、彼は執事長のエドウィン。私が生まれる前から、この家に仕えてくれています」
エドウィンさんの目尻には深いシワ。
優しそうで、それでいて深みのある目元。
「はじめまして、サクラです。お世話になります」
出発前、グレンに教わったのを思い出して一礼する。
「可愛らしいお嬢さんですな、アレン様。何かお困り事がございましたら、いつでも遠慮なくお申し付けください」
挨拶を終えると、わたしは侍女さんに案内されて客間に通された。
……うん。
これはすごい、言葉にならない。
王都のアレンさんとユーリさんの家の客間より、広くて豪華で、なんだか落ち着かない。
ご用の際はこちらを、と示された呼び鈴。
わたし、こんなので人を呼んだことないよ。
……やっぱり落ち着かない。
こんな立派なお屋敷でどう振る舞ったらいいのか、どんな顔をしていたらいいのか、わからない。
座り心地がよさそうな椅子に、座るか座らないか悩んでいると。
──コンコンコン……
「あっ、は、はいっ!」
思わず声が裏返った。
「サクラさん、どう?」
「ユ、ユーリさぁん」
ユーリさんが来てくれてよかった。
心細さが消えていく。
そのまま一緒に、ユーリさんお気に入りのサロンへ。
「すごい、きれい……」
案内されたのは大きな硝子張りの部屋。
透き通った硝子の向こうには、夕陽に彩られた庭と風に揺れる花。
庭がぼんやり光っているのは、魔石を使ったランプがいたるところに置かれているから。
「あの庭の灯りはお兄様が考えて、暗くなると光るランプを作ってくれたの」
「アレンさんが?」
「そうよ。私がいつでも花を眺められるように、って」
幸せそうに目を細めるユーリさん。
いいなぁ、こういうの。
──チリン……
何だろう、何か小さな鈴みたいな音がする。
──チリン、チリリン……
たくさんの風鈴が風に揺れるように、幾重にも重なる可愛らしい音。
「ユーリさん、この音って……?」
「ああ、これね。メルセーリオ領でしか咲かない花なの。揺れると可愛い音がするのよ」
「そんな花があるんですね」
「ええ。まだ小さいとき、この花を使ってお兄様にリースを編んだことがあってね。今でも研究室に飾ってある、ってお兄様は言ってたけど……ふふ、本当かしらね」
そう言ってユーリさんは、また花が咲いたように笑った。
楽しく話している時間はあっという間。
夕陽が完全に山の向こうに沈んで、外が暗くなってきた。
すると。
「可愛らしい声が廊下まで聞こえていたよ?」
「お兄様!」
「アレンさん……と、グレン!?」
え、何で!?
何でグレンがここに!?
「はぁ……やっぱりおまえが一枚噛んでやがったな」
「何のことでしょう? 私はただ、可愛いユーリの“お願い”を叶えただけですよ」
じとりと睨むグレンに、アレンさんの笑みが深くなる。
「……もういい」
「ふふ。ああ、でも両親があなたに会いたがっているのは本当です」
「……そうかよ」
どういうことだろう。
会話に追いつけていない気がする。
「サクラさん。ウォルヴィーゼ様はね、前に領地で魔獣がたくさん出たときに、討伐を手伝ってくださったの」
わたしの様子を見たユーリさんが、ひそっと教えてくれた。
「グレンが?」
「そう、他の騎士様たちと一緒に来られて。ウォルヴィーゼ様が一番たくさん魔獣を倒してくださったのよ」
そうだったんだ……。
わたしと出会う前の、わたしが知らないグレン。
嬉しいような、何とも言えない複雑な気持ちになる。
「もうあれから五年か」
「ええ、早いもので。両親ももうすぐ来ると思うので、少しして待っていていただけませんか?」
「……好きにしろ」
四人でふかふかのソファに腰掛ける。
アレンさんの隣にはユーリさん。
そして、わたしの隣には、グレン。
ユーリさんと二人で話していたときより緊張する……。
みんなの会話が頭に入ってこない。
そのとき。
「お待たせしてしまったね」
その声に四人揃って振り返る。
ゆったりとした足取りでサロンに入ってきたのは、すらりとした壮年の男の人と、ものすごくきれいな女の人。
二人とも髪は鮮やかな金色だ。
そして、特に女の人。
アレンさんにそっくり!
瞳の色はアレンさんと同じ碧瑠璃色で、顔立ちも「アレンさんを女性にしたらこんな感じなんだろうな」っていう感じ。
「サクラさん、こちらが私の両親です」
「はじめまして、サクラです」
「よろしく、サクラさん。私はロラン・メルセーリオ、そして妻のエレナだ」
「はじめまして。ユーリと仲良くしてくださって、ありがとう、サクラさん」
うっとりするような微笑みを向けられて、思わず俯いてしまったわたし。
ロランさんはグレンに向き合うと、肩を叩いて笑った。
「相変わらずだな、ウォルヴィーゼ殿」
「……ご無沙汰しています」
「祭りが賑やかなのは喜ばしいことだが、昨年は警備の面で少々……。だがウォルヴィーゼ殿が来られたなら、今年は祭りに魔獣が出ても問題なさそうだ」
「まさか、ご冗談を」
グ、グレンが丁寧な言葉を使ってる……!
表情はいつもと同じなのに、言葉だけが丁寧……!
まさかこんなものを見る日がくるなんて。
「さあ、せっかくの花祭りだ。ウォルヴィーゼ殿も是非」
そう言って案内されたのは、広い食堂。
部屋の真ん中に長いテーブル。
白い布が掛けられていて、等間隔に置かれた三又の燭台で蝋燭の炎が揺れる。
花瓶に活けられているのは、庭で可愛らしく鳴っていた花。
え、ここで夕食?
みんなで?
わたし、マナーとか知らない。
困っていると、グレンがすっと隣にきてくれた。
使用人さんに引いて貰った椅子に座ると、運ばれてきたのは見慣れない料理たち。
小さくてぷにぷにした塊。
スープのお皿の縁に、なぜかソースが弧を描いて。
肉の上には葉っぱが乗ってる……。
唯一の救いは、パンがパンだったこと。
ナイフとフォーク、たくさんある。
それにスプーンも。
みんなは自然に会話しながら食事を始めているのに、わたしだけ固まったまま。
隣のグレンを見上げると、「食え」と小さく顎で示された。
その食べ方がわからないのに。
「グレン……これ、どれを使えばいいの?」
「外側から順に使え」
グレンが無言で自分のナイフを指差す。
「あとは料理が出る順だ」
な、何それ……。
「サクラさん、作法は気にせず食べてね?」
わたしの様子に気付いたエレナさんが、優しく微笑む。
「こういうときはね、楽しく食べるのが一番なの」
「すみません、ありがとうございます」
そうしてはじめてスープを一口。
「……美味しい……!」
何の味だろう?
こんなの食べたことない。
グレンがさり気なくお皿をわたしの方へ寄せて、肉の上から葉っぱをどかしてくれた。
そっか、これは食べないんだ……。
恐る恐るナイフで切って口に運ぶと、これも美味しい。
「それは良かった」
ロランさんも笑う。
ここからはわたしも少しずつ会話しながら食事ができるようになった。
「サクラさんは王都でどのように暮らしているの?」
「騎士団の寮でみんなの手伝いをしています」
「まあ、それは大変でしょう。見習いの方たちと一緒にサクラさんも力仕事もするの?」
エレナさんが目を丸くして驚く。
「普段は厨房の手伝いをして、それから字を覚えたり……」
「彼女、とても努力家なんですよ、母上」
アレンさんが一言付け足しながら、自分のデザートのケーキを一口、ユーリさんの口元に運ぶ。
ユーリさんは満開の花畑みたいな笑顔。
「サクラさん、これも美味しいのよ!」
今度はユーリさんが自分のデザートの器から果物を一つ、わたしのお皿へ。
「おや、珍しい。まるでユーリがお姉さんみたいだね」
「もう、お兄様ったら!」
笑い声が重なって、いつの間にか緊張が消えかけているのに気付く。
「あったかいね、グレン」
「……そうだな」
そして、楽しい夕食が終わって、食堂を出るとき。
ロランさんがグレンに声を掛けた。
「以前より、随分と雰囲気が柔らかくなったようだね」
「……そうですか」
雰囲気が柔らかい?
グレンが?
「サクラさん、明日は朝から花祭り、楽しみましょうね!」
思わず顔を覗き込んで、グレンと目が合いかけた瞬間、ユーリさんに呼ばれて振り返る。
そうだ、今日は早く寝なきゃいけないんだ。
明日のお祭り、目一杯楽しまないと!
「グレン、お休みなさい」
「ん」
短い返事が、なんだかいつもより優しく聞こえる。
明日はいよいよ花祭り。
ポカポカした胸の奥が、ふわりと弾んだ。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
サクラ、貴族と、しかも公爵家とお食事デビューしちゃいました。
さて、いよいよ花祭りになります。
ぶわっと華やかなお祭りを書けたらいいなと思っておりますので、また読みにいらしてください。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




