51. お揃いの魔力
「うわぁ……!」
速い!
ものすごく速い!
ガラガラと響く車輪の音。
街が遠退くにつれて、道は石畳から森の道に変わっていく。
馬の蹄の音はいつの間にか車輪の音に紛れていた。
冬が終わって、春。
わたしは今、メルセーリオ家の馬車に乗って、東の領地を目指している。
「ねぇお兄様。サクラさん、なんて可愛らしいのかしら」
「ふふ、そうだね」
アレンさんとユーリさんの話し声を聞いて、ちょっとはしゃぎ過ぎたかな、と座り直す。
隣同士に座る二人は本当に仲良しというか……お似合い、という言葉がぴったり。
今日を迎えるまで、本当に大変だった。
人を説得するのがこんなに大変だなんて……。
──月光祭が終わって少しした頃、わたしは花祭りに行きたいことをバルタザールさんやガルドさんに相談した。
「メルセーリオの坊が一緒なら、いいんじゃねぇか?」
アレンさんはこの二人にも認められているらしい。
「あとはグレンに相談しとけ」
「わかりました」
そう返事はしたものの。
「却下」
「……ですよね……」
グレンからのお許しはなかなか出なかった。
「だいたい、どこで寝泊まりすんだ」
「道に迷ったらどうする」
「土地勘も無ぇだろ」
うっ、と言葉に詰まる。
でもわたしだって負けられない。
「ユーリさんと一緒に行くの」
「……ユーリと?」
「うん。メルセーリオ家の馬車に乗せて貰って、一緒に行くの。泊まるのもお屋敷に泊めてくれるって」
「…………」
「それに、アレンさんとユーリさんに案内して貰うから、一人ではお祭りは行かないよ」
黙って何か考えているグレン。
これでもまだ何か心配なのかな。
「それに……グレンも警備で行くんだよね? 花祭り」
「だからお前、どこで……」
「内緒」
「ンのっ……」
こうしてわたしは、グレンから花祭りに行く許可を勝ち取った。
「サクラさん、そろそろ休憩しましょ?」
ユーリさんの声でハッとする。
「あと少しでメルセーリオ領なんだけど、その手前にきれいな湖があるの」
「湖?」
「そう、サクラさんもきっと気に入るわ。ほら!」
ユーリさんが指差す先。
馬車の窓から見える、澄んだ青。
「すごい、きれい!」
「ね?」
アレンさんが御者の人に、馬車を停めるよう伝えると、馬がゆっくりと歩みを止める。
馬車から降りてみると、目の前に広がる大きな青。
空の色をもっと濃く、深くした色の上をたくさんの光珠が踊る。
大きく息を吸うと、豊かな緑の匂いがした。
「こんなにきれいなところがあったんですね」
「サクラさん、気分は悪くありませんか?」
「え?」
「ここは魔力が濃い場所なので。それに、馬車は初めてだとお聞きしました」
あ、そっか。
光珠が多い場所は、魔力が濃い場所なんだっけ。
「ユーリもここに来て体調を崩したことがあったんです」
「そうだったんですね」
「私ね、魔力が無いの。……もしかしてサクラさんも?」
「ええと、そうみたいです」
「ふふ、ならお揃いね」
わたしがまだエイルメーアに来たばかりのとき、アレンさんが魔力を調べてくれた。
よくわからないけど、アレンさんが「無い」と言ったんだから、そうなんだろう。
でもユーリさんは……。
アレンさんは魔力があるのに、妹のユーリさんは魔力がないんだ。
なんだか不思議。
こうして三人で湖を眺めて、再び馬車へ。
アレンさんが、メルセーリオ家の料理人さんが焼いてくれたパンにハムとチーズを挟んでくれた。
「これ、美味しいです!」
「ふふ、それは良かった」
メルセーリオの街や花祭りのことを聞きながら、初めての馬車に揺られながらの昼食を楽しんだ。
その中でも、花祭りの歴史や風習の話は面白かった。
昔からきれいな花で有名だったメルセーリオ領。
アレンさんのおじいさんのおじいさんの、そのまたおじいさんが、愛する人に花を贈った。
その姿に感動した街の人たちが真似して、春一番の花が満開になる頃、愛する人に花を贈るようになった。
花を髪につけている女性は“愛する相手”がいるっていうことらしい。
逆に、髪に何も飾りをつけていない女性に花を贈るのは“恋人になってください”っていう意味になる。
「──知らない男性から花を受け取らないようにしてください」
あのときアレンさんが言ってたの、そういうことだったんだ……。
そして。
恋人は同じ種類の、同じ色の花をそれぞれ飾ることができる。
……グレンは……。
いつもの仏頂面を思い出す。
グレンは、どんな色の花が似合うんだろう。
赤?
それとも黄色?
ピンクは可愛過ぎる、よね。
「ふふっ」
思わず笑いがこぼれた。
頭の中に浮かんだグレンには、どの色の花も見事に似合っていない。
じゃあわたしは。
黒髪に合う花……白なんてどうだろう。
山吹色も素敵。
ピンクも捨て難い。
でもグレンと一緒につけるなら……。
そこで、ふと気付く。
わたし、もしかして。
グレンと同じ花をつけたわたしを、無意識に思い浮かべていた……。
グレンの隣には、わたしが当たり前のように立っている。
そんなところを想像していた。
「……っ」
誰かに指摘されたわけでもないのに、勝手に恥ずかしくなっていく。
顔が、熱い……!
「……サクラさん、大丈夫? 気分が悪いの?」
ユーリさんが胡桃色の髪を揺らしながら、ちらりとわたしの顔を覗き込む。
「お兄様……サクラさん、馬車酔いしちゃったのかしら」
アレンさんは、そんな心配そうなユーリさんに、意味ありげな微笑みを返す。
「きっと違うよ、ユーリ」
「そうなの?」
「春だからね、少し温かいのかもしれない」
「ふうん?」
よくわからなそうに首を傾げたユーリさんは、換気のためか馬車の窓を小さく開けてくれた。
馬車はいつの間にか森を抜けて、広い草原のような場所を走っていた。
「……すごい……」
傾き始めた夕陽に照らされた、見渡す限りの花畑。
茜色の中に咲く色とりどりの花が踊るように揺れている。
「ようこそ、メルセーリオ領へ、サクラさん」
花畑の中を進んで、その先に見えてきた大きな街。
窓から吹き込む風が花の香りを運んでくる。
「あそこが中心街よ。うちのお屋敷もあるから、今夜はゆっくり休みましょう」
こうしてわたしは無事、メルセーリオ領に到着。
頭の中に吹いていた春風が、本物になった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
いよいよ春!
花祭り!
花の香りに包まれた楽しい時間になるといいね、サクラ。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




