50. 春を待つ花
わたしがグレンの部屋で眠ってしまった日から何日も経って、また少し季節が進んだ。
青空の向こうに浮かぶ雲が、どこか寒々しい。
グレンはそれまでと変わらずわたしに接してくれている。
今年も冬の月光祭が近付いてきて、街の雰囲気は何となくそわそわ。
わたしもそわそわ。
「そういや、来年の花祭りはうちからも何人か応援に行くらしいぞ」
「今年の春は警備が足りなくて大変だったらしいな」
厨房で皿洗いをしていると、賑やかな食堂から聞こえる話し声。
花祭り?
「お前、警備に名乗り出て、ついでに彼女と祭り楽しんで来りゃいいじゃん。いい雰囲気の子、いるんだろ?」
提案された方の人は、照れ臭そうに頬を掻きながら何か決心したように答えた。
「まあ、な……よし、誘ってみるか」
きれいな花がたくさん飾られるお祭りなのかな?
ルミネスタの大通りは、春になると街の人たちが植えた花が店先や家の窓に置かれて、明るい雰囲気になる。
でも街をあげての花のお祭りは見たことがない。
どんなお祭りなんだろう。
「……おい、黒猫女」
「トビアス、何?」
ん、と差し出されたお皿。
「……ちゃんと言わなきゃ、わかんない。パンもあげない」
「なっ!? ……パン、おかわり」
「はいはい」
「お前なぁ……っ!」
トビアスも、騎士団に入団してもうすぐ一年。
この数ヶ月で体力がついたらしく、いつも何かおかわりしている。
最初から「おかわり」って言えばいいのに。
「あ、そうだ、トビアス。花祭りって知ってる?」
「ん? 東のメルセーリオの花祭りのことか?」
「うーん……多分それ」
「多分って何だよ。でもそこくらいじゃね? 俺でも知ってるようなデカい花祭りって」
なるほど、東のメルセーリオ。
……うん?
どこかで聞いたことがあるような……。
まぁいいか、後でグレンに聞いてみよう。
夕方の鐘が鳴って、グレンが訓練場から戻ってくる。
グレンに早く聞きたくて、わたしはうずうずしながら厨房を走り回った。
「ねぇ、東のメルセーリオって、花祭りが有名なの?」
シャワーから戻ったグレンを廊下で待ち伏せして、後ろを歩きながら聞いてみる。
「……お前、それどこで聞いた?」
「食堂でトビアスに聞いたの」
「……あー……」
まだ少し濡れた髪をガシガシ拭いて、歩きながら話し始めるグレン。
「東にデカい森があるだろ、お前を拾った森」
そう。
わたしがはじめてグレンと出会ったのも、魔獣から助けて貰ったのも、そこだった。
「その森をもっと奥へ抜けていったところに、メルセーリオっつー街がある」
あ、メルセーリオって、思い出した。
「ねぇ、そのメルセーリオっていう名前……」
「そうだ、アレンの実家がある」
「アレンさんの?」
前にアレンさんが“家名”って言ってた。
それが街の名前?
もしかしてアレンさんって、すごいところの人なんじゃ……。
「……アレンの家は公爵家だからな」
「こうしゃくけ?」
「貴族の種類で……あー、今は気にすんな」
あ、今のグレン、説明が面倒になったんだ。
「で、アレンの父親が治めてるのが東のメルセーリオ領」
そこは高い山に囲まれていて、あとは一年を通して気候が安定しているらしい。
だから花がよく育つんだって。
「……で、その中心の街で開かれるのが花祭りだ」
春になって雪が溶けて、きれいな花がたくさん咲いて。
いいなぁ、行ってみたい。
きっと素敵なんだろうな。
「……行かねーぞ」
「ええーっ!?」
部屋に入っていくグレンを追いかける。
「わざわざ行く理由が無ぇだろ」
「だって、人、足りてないんでしょ?」
「……お前、変なとこで情報が早ぇな」
「えへへ」
「褒めてねーよ」
とにかく行かねぇからな、と念押しのあと、わたしはグレンの部屋から摘み出されてしまった。
グレンは花祭り、興味ないのかな?
……ないか。
グレンが花を持ってるところ、見たことない。
レオンさんならたまに花束を持って巡回から戻ってきてるんだけどなぁ。
自分の部屋に戻って、ベッドの隅に座っている“友だち”に目を向ける。
……よし、こうなったら!
花祭りをグレンに断られて数日後、わたしは魔術師塔に来た。
「アレンさん」
「おや、サクラさん」
花祭りがあるメルセーリオの街、アレンさんの故郷。
アレンさんにお願いしたら、どうにか行けないかなって。
事情を説明すると、アレンさんはくつくつとおかしそうに笑った。
そしてほんの少しだけイタズラっぽく目を細める。
「ふふ、あなたは本当に……。でも、面白そうですね」
「じゃあ……!」
「“偶然”にも、ちょうどユーリが両親に会いたがっていましてね。最近あまり顔を見せていなかったので」
アレンさんは笑顔のまま続ける。
「でも領地までの馬車移動が退屈だと、そう話していたんですが……“友人”と一緒なら、その退屈も紛れるかもしれないですね」
ちらりと視線を向けられて、大きく頷いた。
「ユーリさんと一緒に、メルセーリオの街、行きたいです!」
「ありがとうございます、サクラさん。ではお願いしていいですか?」
こうしてわたしは“ユーリさんの友だち”として、花祭りに行けることになった。
あとはグレンが、花祭りの警備の応援に選ばれてくれればいいんだけど……。
「グレンには私から話しておきますよ」
アレンさんが笑みを深めながら言う。
何をどう話すのか、グレンを納得させられるのかわからないけど、ここはアレンさんに任せるしかなさそう。
「お願いします、アレンさん。……あ、そういえば、前に貰ったハーブティー、美味しかったです!」
少しでもお礼になれば、と、グレンに教えて貰ったのを思い出しながらアレンさんにハーブティーを淹れる。
「……グレンの教え方は、厳しくなかったですか?」
「え?」
何でわたしがグレンに教わったって知ってるんだろう。
グレンが話したのかな?
「サクラさんが私に淹れ方を聞かなかったなら、あとはそれを“教えられる”身近な相手はグレンしかいませんから」
「……あ、あの、アレンさん。グレンって、もしかして……」
「うん、美味しい。サクラさんは腕がいいですね」
これは……。
アレンさんは教えてくれないやつだ。
いつかグレンに聞いたら教えてくれるのかな。
「また花祭りが近くなったらお伝えしますが……祭りの間は知らない男性から花を受け取らないようにしてくださいね?」
「は、い……」
「それから酒場の近くも通らないこと」
「わ、わかりました……」
「きっと心配はいらないんでしょうけど」
また何か意味深に笑うアレンさんを見ながら、知らない人から花は受け取らない、と頭の中で繰り返す。
でも。
ああ、楽しみ。
早く春にならないかな。
まずは月光祭なんだけど……今から春が待ち遠しい。
騎士団に戻って、廊下ですれ違ったトビアスが変な目でわたしを見る。
「お前、何ニヤニヤしてんだよ……」
「んふふ、別に?」
「気持ち悪っ!」
トビアスの口の悪さも、ちっとも気にならない。
窓の外は風に乗って雪が舞っているのに、わたしの頭の中には一足先に春風が吹いていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
サクラ、花祭りは何とか行けそう……ですね、良かったね。
サクラのベッドにいる“友だち”については、番外編を用意してあります。
いつか載せますので、そのときに読んで「あー!」となっていただけたら嬉しいです。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




