表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/41

5. あなたの声


寝起きの少し掠れた声で何か言うグレンさん。

「大丈夫か」とか、そんな感じかな。


コクンと頷くと、グレンさんも無言で頷き返してくれた。

無愛想な表情が、少しだけ柔らかくなったように見えた。


グレンさんはポキポキと首を鳴らしながら椅子から立ち上がる。

わたしに「ここにいろ」と言うと(多分そうだと思う)一人で部屋から出て行ってしまった。

昨日は一人になるのがとにかく不安で怖かったけど、今はそこまで感じない。


グレンさんならきっと戻ってきてくれる。

心のどこかでそう思うことができた。


少しして部屋に戻ってきた焦げ茶の髪は少し湿っていて、毛先からは水滴が垂れている。


水浴びしてきたんだ……いいなぁ。


そう思いつつ、鍛えられた裸の上半身から慌てて目を逸らす。

すごい筋肉……。

それに傷もたくさん……痛くないのかな?


見ちゃいけないと思うのに、どうしてもちらちらと視線がいってしまう。

気付いたグレンさんは、少し丈のある服をさっと着てわたしに手招きした。


もしかして、と期待しながらついて行く。

案内れたのは石の壁に囲まれた狭い部屋。


……たらいも桶もない。

水浴びができると思ったのに残念。


ここで何をするの? とグレンさんを振り返ると、壁を指差して何か説明している。

指の先を見てみると、壁の中に青い石と赤い石が同じように埋め込まれている。

グレンさんの真似をして、わたしに近い方の青い石に手をかざしてみると……。


わっ!?

つ、冷たい!?


石の上、グレンさんの頭の高さほどのところについていた如雨露の蓮口(はすぐち)のようなところから、冷たい水が勢い良く降ってきた。

浴衣が一気にびしょ濡れになる。

慌てたグレンさんが赤い石に手をかざすと、今度は冷たかった水がどんどん温かくなってきた。


何これ、どういう仕組み?

竹の水筒でも、井戸でもないのに、水がこんな勢いで……しかも温かい。


よくわからないけど、ここで水浴びをしていい、っていうことらしい。

置いてあった石鹸で髪や体を洗うと、嗅いだことのない不思議な香りがした。

汚れていた浴衣も石鹸で洗って、できるだけ固く絞る。


さっぱりして狭い部屋から出るとグレンさんの姿は見当たらず、廊下には畳まれた布が置いてある。

これは手拭いと……服?


初めて着る形の服。

グレンさんのと同じだ。


グレンさんが着ていたところを思い出して、頭から被って着てみる。

全体的に大きくて、胴はブカブカ、袖はダボダボ、裾はふくらはぎの辺りで揺れている。

なんだか足がスースーして、ものすごく落ち着かない……。


どうにもならない違和感に固まっていたわたし。

迎えにきてくれたグレンさんを追いかけて部屋に戻ると、机の上に食事が用意されていた。


グレンさんを見ると「食べろ」と視線が返ってくる。

次いで顎で部屋の入り口を示す。

食べたら出掛ける、ってことかな。


なんだかわたし、グレンさんの言いたいこと、わかるようになってきてる……かも。


広口の椀の中には麦餅と、黄色い果物。

あと、長細くて、弾力のありそうな塊。


麦餅は今まで食べた中で一番柔らかかった。

果物も瑞々しくて爽やかな甘さ。

……あの変な塊は、怖くて食べられなかった。


最後に「ごちそうさまでした」と手を合わせるわたしを不思議そうに見ていたグレンさん。

わたし、何か変なことしたかな?



食後、グレンさんと一緒に建物の外へ。


広い通りは相変わらず賑やかで、活気に溢れている。

どんな楽しいものがあるのかな、とわくわくしていたけど、グレンさんが向かったのは反対側。


神様の大きな家の近く、尖った屋根の高い塔の方。


え、あそこにいくの?

入っていい場所?


ズンズン歩くグレンさんを追いかける。

中庭に出ると光る花が花壇で揺れていた。

すれ違う人たちはみんな大人で、グレンさんと同じ鎧姿、もしくは深緑色の外套を着ている。


塔に到着、と思ったとき。

グレンさんが誰かに話し掛けた。


女の人、かな?

深緑色の外套を羽織った、ものすごく綺麗な人。

さらさらした胸くらいまである髪の毛は鮮やかな金色。

グレンさんの肩越しにわたしを見る碧瑠璃(へきるり)色の瞳は穏やかに微笑んでいる。


……うん?

グレンさんの肩越し?


グレンさんは大きい。

わたしが今まで見たことのある中の、誰よりも。

そんなグレンさんの肩越しにわたしを見ているということは……。


二人の会話に耳を澄ませてみると、金色の髪の人は……男の人だ!


グレンさんの低くて太い感じの声と比べると、金色の髪の人の声は少し高くて柔らかい。

それにグレンさんより全体的に線が細くて、中性的な顔立ち……でもやっぱり男の人だ。


グレンさんが金色の髪の人を指して「アレン」と繰り返す。

この人の名前はアレンさんね、わかった。


「アレンさん……わたし、サクラ、です」


グレンさんを挟んで挨拶すると、アレンさんが頷き、グレンさんの横を抜けてわたしの目の前まで来る。

ゆっくり膝を屈め視線を合わせると、胸に手を当て優しい笑顔で挨拶を返してくれた。


アレンさんは再びグレンさんと何か話している。

たまに視線がこちらにくるから、わたしのことを話しているんだとは思うけど、何を言われているのかはわからない。


……あ、これ……。


森の中で見たような光の粒がふわっと目の前に現れたかと思うと、すうっと消える。


これは何だろう。

何でみんな気にしてないんだろう。

わたしにしか見えてないのかな……。


光の粒をじっと見つめていると、グレンさんとアレンさんに名前を呼ばれる。

振り返って二人を見上げると、グレンさんがアレンさんに小さく頷く。


アレンさんが微笑みながら一歩前に出て何か小さく呟くと、わたしの額に右手をかざした。


アレンさんの瞳が、まるで水面のように淡く光る。

ふわっと温かい風が吹いたかと思うと、その風に乗ってキラキラと光の粒がわたしの周りで踊る。


まるで竹林を抜ける月の光みたい。


その瞬間、耳の辺りにチリッと熱のような痛みを感じて、思わず手をやってしまった。


少しして温かさと光がゆっくり消えていく。

耳の痛みも、もう何ともない。

アレンさんだけが少しだけ怪訝そうな顔をしている。


な、何だったんだろう、今の……。


「……おい」


……え?


「おい、聞こえてんのか?」


この声って……もしかして……。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

サクラが初めて「言葉」と出会うこの瞬間を、少しでも一緒に感じていただけたら嬉しいです。

次回もどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ